1話「血塗られた宿命の咆哮」
空を裂く稲妻が、血のように赤く輝いた。
荒廃した街並みの中、瓦礫の上に立つヴァルトは、漆黒の短髪に血の雫を滴らせていた。
深紅の瞳は戦場を見据え、血塗られた双剣を握る指先に力を込める。
冷たい風が吹き荒れ、瓦礫の間を灰色の砂塵が舞う。
その向こうに、白金の髪と氷の瞳を持つ男――レイヴンがいた。
レイヴンはゆっくりと唇を歪め、冷笑を浮かべる。
「ヴァルト。お前は、運命に抗うというのか?」
「……その双剣こそが、お前の罪深さの証だ。すべてを壊すために生まれた刃だと、未だに気づかぬか。」
レイヴンの言葉は鋭く、戦場の冷たい空気を切り裂くようだった。
しかし、ヴァルトの心は揺るがない。
両手に握る双剣は、かつて仲間と交わした誓いの象徴。
そして、背負う血塗られた宿命そのもの。
「お前の言う通りだ。これは呪われた剣……だが、それでも俺は――運命に抗う。」
低く絞り出す声に、ヴァルトの決意が宿る。
大地が震え、二人の間に小さな地割れが走る。
瓦礫の山が崩れ落ち、赤黒い煙が舞い上がる。
遠くからは、戦士たちの悲鳴と剣戟の音が聞こえた。
この戦場は、血と絶望の饗宴だ。
レイヴンは静かに剣を抜く。
その銀色の刃は《氷鎖》と呼ばれ、ヴァルトの双剣と同じく呪われた運命の剣だ。
周囲の空気が一気に凍りつき、視界が白く曇る。
「この世界に救いなどない。血の因果は、絶対に絶たれぬ。」
レイヴンの氷の瞳が鋭く光り、冷たい声が響く。
ヴァルトは双剣を構え直し、ゆっくりと息を吐く。
「救いはないかもしれない……だが、俺は信じる。俺自身の意志を。」
その瞬間、レイヴンの剣が閃く。
氷のように冷たい斬撃が、ヴァルトに迫る。
双剣を交差させ、ヴァルトはその一撃を受け止めた。
刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。
赤黒い残光が戦場を切り裂き、瓦礫が爆ぜる音が響いた。
「……お前は甘い。」
レイヴンが呟く。
「仲間の亡霊に縋り、過去に縛られる愚か者だ。」
ヴァルトの脳裏に、一瞬、仲間たちの幻影が浮かぶ。
かつて共に戦った、あの笑顔。あの声。
それは苦しみと同時に、背中を押す力でもあった。
ヴァルトは幻影を振り払うように、双剣を握り直す。
「仲間の声は……俺の弱さじゃない。俺の強さだ。」
深紅の瞳が、再び強く輝く。
ヴァルトは踏み込み、双剣を振るう。
剣の一振りは、血と想いの重さを宿し、真紅の光を残す。
「運命なんて、俺が選ぶ!」
咆哮と共に振るわれた双剣は、レイヴンの剣を弾き飛ばす。
氷の刃が砕け、戦場に凍てついた風が舞う。
しかし、レイヴンは後退せず、冷笑を深めるだけだった。
「無駄だ。お前の双剣も、お前自身も――すべて血の因果に絡め取られる。」
レイヴンの言葉は、呪詛のように戦場に響く。
だがヴァルトは、その声を跳ね返すように双剣を構えた。
「たとえ呪われた剣でも……俺の想いまで縛れはしない!」
その時、ヴァルトの脳裏に白銀の髪が揺れる幻影が現れる。
青い瞳で優しく、しかし深い決意を湛えた、聖女――セレスティアの声が。
「ヴァルト。あなたは、まだ終わっていない。」
心の奥底で、その声が確かに響く。
ヴァルトはそれを胸に刻み、血塗られた双剣をもう一度握り直す。
背負う罪も、運命の呪縛も――今はすべてを断ち切るための力になる。
「レイヴン……終わらせてやる。俺の手で!」
咆哮と共に、ヴァルトは再び踏み込む。
血と灰が舞う戦場を駆け抜け、双剣を振り上げる。
その刃は、運命を切り裂くための赤黒い光を帯びていた。
――全ては、この瞬間に至る物語の始まり。
白銀の髪を揺らし、戦場の遠景を見つめる私――セレスティアは、崩れた神殿跡の高台に立っていた。
灰色の雲が低く垂れこめ、冷たい風が頬を撫でる。
遠くに見える、漆黒の髪と血塗られた双剣を握るヴァルトの姿。
そして、その前に立つ白金の髪の男――レイヴン。
二人の剣戟の音が、雷鳴と共に私の胸を打つ。
「……ヴァルト。あなたは……。」
小さな声が風に消えた。
けれど心の奥では、彼が感じる痛みと迷いがはっきりと伝わってくる。
私は聖女としての“癒し”を司る存在。
けれど、この世界の理不尽に抗うことは容易ではない。
レイヴンの冷たい瞳に、私はかつて希望を見出していた。
彼もまた、運命に抗おうとした一人だったから。
だが今、彼は血塗られた因果に飲まれ、ヴァルトの前に立ちはだかっている。
「……止めなければ。」
指先に光の気配が集まる。
私の“癒し”の力は、戦いを終わらせる力ではない。
それでも、ヴァルトの声が私に届く限り――私もまた、諦めない。
目を閉じ、意識を澄ます。
世界の理――その囁きに耳を傾ける。
(どうか……ヴァルトを、闇に沈ませないで。)
祈りにも似た呟きが、空へと溶けていく。
冷たい風の中で、ふと遠くから悲鳴が聞こえた。
戦場は、命を喰らう獣のように咆哮している。
その時、私の傍らに現れたのは、銀髪の仮面の男――グリム。
仮面の奥の瞳は、まるで人形のように感情を宿していない。
「聖女よ。哀れな祈りだな。」
無機質な声が私を打つ。
その存在感は、私を震わせるように冷たい。
「お前の癒しでは、運命を変えることなどできはしない。」
「……それでも、私は信じます。」
小さく返した声は震えていたが、決意は揺るがなかった。
グリムは一歩、私に近づく。
「聖女よ……この世界の理を知れ。血と呪いは、誰にも断ち切れぬ。」
「それでも、ヴァルトは……!」
私の視線は、再び遠くで戦うヴァルトへと向かう。
瓦礫を踏みしめ、血と炎の中で剣を振るうその姿。
幾度も倒れ、立ち上がり――それでも抗う姿が、私の胸を強く打つ。
「彼は……自分の力だけで戦っているのではない。仲間の想いを、その剣に刻んでいるのです!」
声を荒げた私に、グリムの瞳が僅かに揺れたように見えた。
だが、すぐに仮面の奥は無機質な光を取り戻す。
「……ならば見届けるがいい。血塗られた剣が、いかにして砕け散るかを。」
グリムの言葉が冷たく響き、戦場に溶けていった。
私は瞳を閉じ、胸の奥に小さな光を灯す。
聖女としての力は、この場ではわずかな光にすぎない。
けれど――その光は、ヴァルトに届くはずだと信じている。
(ヴァルト……どうか、負けないで。)
戦場を見つめる瞳に、涙が滲む。
灰色の空は冷たく、血と絶望の匂いに満ちている。
それでも私は、祈りを捧げ続ける。
――光はいつか、血塗られた運命を切り裂く剣となる。
そう信じて。
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