表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無言坂

作者: 白百合三咲

公式企画2作目です。

 大正3年

香の通う女学校の近くには急な坂道がある。香の通学路でもある。行きはこの坂を降りて帰りは登っていく。

 この坂を登る時は消して声を出してはいけない。お喋りは勿論歌を歌ってもいけない。その事からこの坂は無言坂と言われている。

「それじゃあ、私こっちだから。」

無言坂に差し掛かった時香は薄紫色の振り袖を級友に振りながら別れようとする。

「待って香さん。」

級友に呼び止められる香。

「どうしたの?夏子さん」

「この坂登るのに喋っちゃいけないんでしょ?」

「ええ、そうよ。」

「でも下るときはいいんでしょ?」

夏子の言葉に香は確かにと頷く。

「私もよく分からないけどお婆ちゃんから言われているのよ。坂を登る時は声を出すなと。」

「どうしてかしら?」

香はお婆ちゃんの言い付けを守ってるだけで理由など考えたことはなかった。


「私その話知ってるわ。」


そこに上級生のお姉様が1人話に入ってきた。

「お姉様」

夏子のお姉様なのだ。

「これはまだ明治だった頃の話なんだけどね。うちの女学校の生徒で駆け落ちをしようとした生徒がいるのよ。」

「うちの女学校でですか?!」

香はそんな話は初耳だった。

「そうよ。」

1人は新入生の可愛らしいリボンの少女でもう1人は最上級生のお姉様。お姉様は新入生の少女を妹のように可愛がっていた。いえ、妹以上に。だけどお姉様は婚約者がいた。それで2人は街を出て2人で暮らそうと駆け落ちを考えたという。

「2人はこの坂の前で会う約束をした。だけどお姉様の方が遅れてきた。坂の前には何者かに刺された妹の姿があったの。それ以来うちの女学校の生徒がそこの坂を登ると自分のお姉様だと思って声をかけてくるそうよ。」

香は夏子のお姉様の話を聞いて青ざめた表情を浮かべている。

「ちょっとお姉様。香が怖がってるじゃない。」

「うふふ、ごめんなさい香ちゃん。単なる噂よ。」

香は安堵すると夏子達と別れて無言坂を登っていく。

夏子のお姉様の話は怖かったがあまり気にしないようにした。今までこの道を使って誰かに声をかけられたこともないし、駆け落ちした先輩の噂も初耳だ。きっとお姉様の考えた作り話だ。

そう思って無言で坂を登って行く。

 周りの民間は既に灯りが点り始めてる。空は夕焼けだ。今日は倶楽部活動をしていていつもより遅くなったのだ。

(急がなきゃ。)

香は足の速度を速める。







 どのくらい登っただろうか?背後からすすり泣きが聞こえてくる。

「ぐすん、ぐすん。」

迷子の子が泣いているのだろうか?

しかし香は振り替える事なく歩いていく。

「帰りたい。でも帰れない。」

後ろからそんな声が聞こえてくる。

どこに帰りたいのか、どうして帰れないのか?

「お姉様が来ないの。」

まるで心を読まれたかのように声は答える。

「お姉様はおっしゃったの。この坂の上で落ち合おうって。お姉様の元に帰りたい。だけどお姉様は来ない。」

彼女はお姉様を待っているのだろうか。

怖くなって香は足を速める。

「待って待って。どうして逃げるの?お姉様。」

声の主は自分を誰かと勘違いしてるようだ。

(私はお姉様じゃない。人違いよ。)

そう思いながら帰路を急ぐ。

「待ってお姉様。」

香は走り出す追ってくる声から逃れるために。

目の前には階段になってる部分が見えてくる。


「きゃっ!!」


香は段差に躓いて転んでしまう。

「大丈夫?お姉様。」

立ち上がろうとした時目の前には赤いお手玉が転がっている。

(このお手玉は??)

香はお手玉に見覚えがあった。








 香がまだ女学校に入学する前尋常小学生の5年生の頃。香には3才年下の妹がいた。

妹は身体が弱く学校には通っていなかった。

香が学校から帰ってきた時

「お姉ちゃん!!」

その日は珍しく布団から起きてお手玉で遊んでいた。

「どうしたの?洋子。寝てなきゃ駄目でしょ?」

「見て、お姉ちゃん。」

洋子はお手玉を香に見せる。

「どうしたの?それ」

「お婆ちゃんがからもらったの。お婆ちゃんが女学生の頃仲のいいお友達からもらったって言ってた。」

「いいの?お婆ちゃんの大切な物もらっちゃって。」

「うん、お婆ちゃんがいいって言ってたもの。」

「良かったわね。」

「うん、お姉ちゃん見てて。」


   1かけ2かけて3かけて4かけて

   5かけて橋をかけ


洋子は数え歌を歌いながら手の上でお手玉を投げる。

「上手よ。洋子。」

  しかし洋子は香が女学校を入学する1カ月前に容態が急変。激しく吐血して病院に運ばれたが程なくして亡くなった。お手玉はお棺に一緒にいれた。





「お姉様。」

「洋子なの?」

香は振り向いて妹の名前を呼ぶ。

「やっと気付いてくれた。」

しかしそこにいたのは洋子ではなかった。

「貴女誰?」

赤いリボンに白い袴の少女が真っ赤な血を頭から流しながら香に迫ってくる。

「お姉様酷い。ずっと一緒にいてくれるって約束したのに。」

「わっわたしはあっあなたのおっお姉様ではなっなっいわ。」

震える声で香は少女に告げる。

「何を言ってるの。貴女は私のお姉様よ。えいっ!!」

少女は香を思いっきり突き飛ばす。


「きゃあ!!」 


香はまっ逆さまに坂の下へと落ちていく。

「これでずっと一緒ですわね。すみれお姉様。」






 翌朝。

「ねえ、お姉様。」

夏子はお姉様と登校している。

「あの無言坂の姉妹どうしてお姉様は待ち合わせの時間に遅れたの?」

「お姉様は断髪していたのよ。」

「断髪?駆け落ちしようって時に?」

「駆け落ちしようとしたからよ。お姉様は妹を守るために男になろうとしていたの。それで兄の衣服をこっそり拝借して男の姿で約束の場所に向かったの。」

だけどそこには何者かに刃物で刺された妹の姿があった。

「逃走中の通り魔に刺されたそうよ。」

お姉様はなんで詳しい話をしっているのだろうか?その時

「あっお姉様。」

お姉様の袴の袖からお手玉が落ちた。薄紫色の綺麗なお手玉だ。

「ありがとう。夏子。これお婆ちゃんからもらったの。お婆ちゃん手先が器用でお手玉の他にも人形も作ってくれるのよ。自分と同じ名前のすみれの花が好きでお手玉は女学校時代にお気に入りだった振り袖から作ってくれたの。」

そんな話をしていると二人は無言坂の前を通る。坂の下は人だかりで警察も来ている。

「あの、何かあったのですか?」

お姉様が警官の1人に尋ねる。

「お嬢さん達、あまり見ない方がいいよ。」

「ひっ!!」

傍らでは夏子が泣き出している。

「どうしたの?夏子。」

「香さん」

夏子は見てしまった。頭から血を流し倒れている級友の姿を。



「あの娘はすみれお姉様じゃなかったのね。でもいいわ。」


どこからか知らない少女の声な聞こえてきた。

   

                   FIN

某演歌歌手の楽曲イメージして書きました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ