鏡餅を食べて悪霊にとりつかれた 〖2023元旦 縦読み挨拶〗
明らかに原因は鏡餅だと思う。
ケトルで沸かした日本茶を器に注ぎ、俺は一気に飲んだ。
まだはっきりと確証はないが、餅には悪霊が憑いていた。
しましまのセーターを捲り腹部を露にする。
手形ようなものと、意味不明の点々、そして目のようなもの。
おそろしい程はっきりとそれらが腹に描かれていた。
面倒臭がって、去年の鏡餅を使い回した。
でもって、鏡開きも待たずに食べた。
とにかく禁忌を重ねてしまったのだ。
うかつだったとは思うが、こんなことが起こるとは。
護符とか買って来るべきだろうか。元日の神社にあるのか。
座椅子から立ち上がる。
いまから行けば、近くの神社なら明るいうちに着ける。
マキシコートを部屋着のセーターの上に羽織る。
すがるような思いで俺は神社に向かった。
幸運の御守りなど眼中に無い。欲しいのは悪霊払いの御札だ。
多くの人が神社にいた。
きつい寒風が吹き始める時間帯だが、社務所は混んでいる。
新潟出身だが寒いのも雪も苦手だ。
春以降でなければ、無駄な外出はしたくない。
ヲタクの友達はこんな季節でもイベントで並ぶそうだが。
迎春と書かれている縁起物を眺める。
絵馬なんてものも、そういやあるんだなと思った。
ラコステの上着を着た男性に「前詰めて」と押される。
レプリカでもこの際いいから、強力な御札あってくれ。
たのむ、と俺は列の間を詰めながら祈った。
ここに無かったら、あとは近くに神社はない。
となりの列が引けて、巫女さんが俺と目を合わせた。
土地訛りで「こちらどうぞ」と言われる。
御札を俺は目で探した。無い……ような。
慶賀とか慶祝とか書いてある縁起物を巫女さんが手にする。
微笑して「これですか」と尋ねてきた。
申し訳ないが違う。俺が欲しいのは除霊の御札だ。
しかたない。俺は思い切って除霊の御札はないか尋ねた。
上目遣いについなる。何となく場違いで恥ずかしくて。
迎春の縁起物を買う人々の中で浮いているが、俺は必死だ。
まわり中の御守りの棚を見回し、巫女さんが探してくれる。
すこししてから、何か思いついたのか俺に笑顔を向けた。
皆に聞こえないようにか、巫女さんは声を潜めた。
様子はどんな感じですか、そう聞いてくる。
ノイローゼになりそうです。怖くて、と俺は顔を歪ませた。
ごもっともですがもう少し具体的にと巫女さんが言う。
健康に問題は無いのに、変なのが出てと俺は腹を見せた。
康永だか康安だかのからのおまじないだそうですが。
とある神社でやっていたそうですと巫女さんが前置きする。
五分五分ですがやってみましょう。そう言われた。
多くの飾りの中から、巫女さんが鯛の縁起物を持って来る。
幸い値段は払える範囲だ。
お願いします。助けてください、そう俺は力なく言った。
俺の腹に巫女さんが縁起物を掲げ、柏手を打つ。
祈りの言葉を捧げてくれた。
理不尽な怪奇現象に怯えていた俺は泣いた。
いいです、服をもう一度捲ってください。やがてそう言われる。
鯛と、腹に浮かんだ手形、点々、目のようなもの。
しょうもないオチだが……ひょっとしてと思う。
まじめに言うのも阿呆らしくなるが「めでたい」だろうか。
すっと力が抜ける。俺はその場に座り込んだ。
令名高い神社の巫女さんだけある。凄え。
和鏡で腹を映してくれる。奇妙なものは消えていた。
五臓六腑にほんわかした安堵が広がる。
年神様の一種ですね。巫女さんが言う。
元の姿に揃ったことで解放されたんですね。そう続けた。
日常に戻れる。俺は縁起物の代金を払い社務所を後にした。
路沿いに少し残った水気の多い雪を踏み帰途に就く。
明かりがいくつかの家の窓に灯っていた。
終




