3/勝利の国で/閑話
「うわ! すっげーバラ園!!」
なんとも高級そうな敷地の一角、そこは広大な薔薇園だった。赤も赤、立派な真紅の大輪が乱れなく咲き揃っている。
「うっひゃー…」
別にバラが好きという訳でもないが、あまりの見事さに見惚れたままフラリと庭園に足を踏み入れた。
途端。
「そこで何をしている!」
「わへ!?」
厳しい叱責に遭い、素っ頓狂な声を上げてしまった。振り返ると、如何にも戦士然とした女性が一人、腰のモノに手を掛けてこちらを睨んでいる。
「えっと…あ。不法侵入か。申し訳ない。バラがキレイだったからつい」
僅かに動揺しつつ、慌てて一歩戻る。
雰囲気からしてちょっと…いやかなり強そうなその女性は油断なくこちらを監視している。
「バラには触ってないし! いやごめんなさい、」
口にこそ出していないが「もう逃げて良いですか」と続いている事は全員にバレているだろう。
強そうなお姉さんは剣から手を離すと、ニヤリと笑ってKを見た。さっきからKだけが警戒されているような気がする。
「薔薇泥棒か、少年。男がこの地域まで来ている事が既に罪に当たるのを解っているか?」
「……少年?」
お姉さんは明らかにKを見ているのだが、その言葉に一応背後を振り返る。茶髪の少女と、自然体で下僕感溢れる青年と、銀髪の見事な美少女……!?
「シールいつの間に…」
やや違和感はあるが、なかなか似合っている。しかしこうなると「少年」に該当する人間が居ない。眉根を寄せてお姉さんに向き直る。
「少年って…K? K女の子だよ」
その言葉に目を見開いたお姉さんは、じぃ~っとKを値踏みして
「失礼」
「うぎょっ!!」
ガシッと掴まれた。掴まれた!
言葉が続かないKと、ともに硬直する三人。aとグールは自分が掴まれた当人であるかのようなお揃いのポーズで固まっている。あわあわと口を動かしているのもKではなくaだった。
流石に納得したのだろう、お姉さんはその手を離してにこやかに詫びた。
「これは申し訳ない。真実女性だったようだ。大変失礼した。お詫びにこの薔薇を差し上げよう。それから、この庭園には足を踏み入れないように」
「…はぁ」
未だショックの抜けやらぬまま、言われるままに花を受け取り、威風堂々と去っていくお姉さんを見送ってしまった。
バラを顔に当て、もう彼女の居ない道を見ながら溜め息を吐く。
「おっとこまえな女だったねぇ…」
指先でくるるとバラを弄ぶ。
「う、うん。なんだったんだろうね」
皆なんとか気を取り直し、バラ園を去る。これ以上厄介事に出会いたくないというのは本音だが、頭が軽く麻痺しているのでただ単に彼女の言葉に従っただけかも知れない。
第一印象からしてこんな感じではあったが、この国──ネツァクの案内を振り返ろう。
女たちの支配する国、ネツァク。
バラの生産が世界一で、そのバラの多くはティフェレトに買われていくらしい。気候は温暖~亜熱帯。上から見た時、海寄りの方角には熱帯雨林が広がっていた。つまりバラと翻訳されているし外見もバラだが、このバラはKたちの知る植物とは違うのかも知れない。Kは植物には詳しくないので解らない。
日に焼けた黄色肌に黒髪赤茶の瞳を持つ人種が国民の大半を構成するらしい。
一応王国だが、執権を持つのは実質女性のみで構成される神殿の神官たち。国王は代々男性だがその権力は無に等しく、その存在も単に国交上の便宜的なものだとか。国王に仕える騎士のように神殿に仕える神兵がこの国では大きな権力を手にしている。言うなればイェソドと逆。女尊男卑の激しい国なのだそうだ。男に人権はないと公然と言い切る国──それがネツァク。
道理でシールが女装しているワケだ。因みに女尊男卑と聞いてグールがビビっていたが、明らかに下僕の雰囲気を放っているので大丈夫だろうとシールは言っていた。
「ネツァクに来るのは初めてだな」
自らが低く見られる国にわざわざ望んで出向かないのは当然だろう。
Kはバラの花の匂いを嗅ぎながら、何処か落ち着かない、そわそわした感じがする事に気が付いた。
「なんかさっきから、こう…」
aが辺りを見回して呟く。
「だよね、なんか変な感じするよね! 落ち着かないっつーか」
「へ? ああうん…アタシは…なんていうか、力が有り余るというか。そんな感じなんだけど」
「えぇ? Kはなんか…」
上手く言えずに首を捻る。
「あとは、異様にスクラグスが多いとかな」
何処から続いたのか、シールが付け足す。
「スクラグス? ? 何ソレ」
「炎術師やろ」
答えたのは意外にもグールだった。
「炎術師?」
「一般には火の神をさすな。紛らわしいがその神と契約した者の事もそう呼ぶ。スクラグスなら炎術師と訳すのもいいんじゃないか」
今度はシールが答えた。なるほど、とKは頷いた。
「じゃあKたちはタクリタンかな」
「いや…何故かタクリタンの契約者は『カルキスト』だな。そういえば」
シールは一瞬だけ首を傾げて、すぐにまあいいかみたいな態度に戻った。
「スクラグスはシセラと結構相性ええねん。せやから知っとる」
欲望と炎なら、確かに相性は良さそうだ。
『よんだあー?』
突然、そんな声が聞こえた。
「呼んでへん」
半ば反射的にグールが返す。一拍遅れて、その声の主を探しだす。
ゴッ、と。グールの右側に赤い渦が湧いた。
『うそ! 呼んだでしょ?』
現れたのは、性別不詳の小さなこども。暫定的に彼と呼ぶが、彼は炎を纏って宙に浮いている。大きな蒼い目にボブカット。赤い衣を纏っているが、全体的に黄緑色の印象がある。
男どもは驚いて見せた。
「「スクラグス…ッ!?」」
なるほど、噂をすれば…というわけだ。キュートな顔を綻ばせて彼は笑った。
『タクちゃんが久し振りに気に入ったコがいるっていうから見に来たの。君たちが? ふーん…』
ぐんっとKたちに顔を寄せるスクラグス。Kの肩がビクッと跳ねる。何故だか物凄く落ち着かない。値踏みするように見られている事が原因ではない。さっきまで感じていた「何か」が何十倍にもなったようだ。
「………」
「?」
もしかしたら「恐い」ような、そんな気さえして、Kはaの後ろに隠れた。
神殿があるのが首都のランパス。王城があるのがその隣のハニーで、ターミナルがあるのが少し離れたウィンルーパス。
今はターミナル参拝を終えて、ウィンルーパスからハニーへやってきた処だ。
「さ。目的は果たしたし、服見よ服!!」
「服ぅ~?」
aが不思議そうに聞き返す。
後ろにはスクラグスが浮いている。あれからずっと付いてきているのだ。会話には参加してこないが、どうやら観察されている。
「うん。気候に合わせようよ」
開いた瞳孔でシールに訴える《おねだり》。シールはいつの間にか着替えているが、こちとらずっと初秋用の長袖だ。マルクトは春のような感じだったからそのままだったし、イェソドも問題なかったが、この地では正直暑い。真夏は外れているように思うが、見れば地元民も皆肩を出した装いだ。ここは着替えねばなるまい。
そんなこんなで着替えも終えて、観光を楽しんでいる。
因みに、一応勧めてはみたがグールは着替えなかった。二日前の傷が残っているからかも知れない。そう考えるとイェソドで具合が悪そうにしていたのも、カラとの相性の所為ばかりではなかったのかも知れない。
「ネツァクはなんかアレだね、南国情緒溢れてるね」
大きな河があり、商人が船で行きかっている。葉の大きな植物や原色の花もよく目につく。オウムやインコのような鳥がその辺を飛んでいるのも見慣れない。
「すごい活気だよなー」
亜熱帯気候の土地には行った事がないので、色んな物が珍しい。
「確かに活気はあるが、街の活気ならティフェレトの方が凄いぞ」
「へー」
「でも街はこんなに活気あるのに、ターミナルの位置は何とも言えず寂しいね」
イェソドのターミナルはあんなに保護されていたというのに、ネツァクのターミナルは遺跡に塗れて野晒しになっていた。
「ネツァクは航海技術が発展してるからな。さっき見た限り転送機能は切られてるみたいだったし」
石碑のクセに機能の制限も出来るとは驚きだ。転送機能が使えなければ、それこそ石の塊でしかないのか。
「転送装置なんて歪だと思わないか?」
突然背後から話しかけられて、Kは仰け反った。
「あっ、さっきの人!!」
「はは、先程は本当に済まなかったな」
「もうやらないだろうからまあいいです。なんかバラも貰ったし…?」
「ああ。あの薔薇は大切にしてくれよ」
「…はぁ」
他の三人は気付いていたのか、リアクションがない。
快活に笑っていたお姉さんは、スッとトーンを落としてKに耳打ちする。
「今日はあまり神殿の方面へは近付かない方が賢明だ」
「…はぁ…?」
「さって、私も働いて来ねばなぁ」
ひとつ大きく伸びをして、彼女は踵を返す。
「じゃあな異邦人。機会があったらいつか話でもしたいものだ」
「…え…どうして…」
異邦人だと見抜いたのか。
「…あ…行っちゃった…」
「なんか、不思議な人だね」
近付かない方が賢明だと言われても。今からまさに向かう予定だ。
「どうする…?」
aとシールに判断を仰ぐ。
「まぁ用件は済ませてる。行かなくても問題はないが」
「とはいえ、まだまだ陽もあるし…」
なにより、禁じられれば行きたくなる。
忠告を無碍にしたツケはしっかり返ってくる事となった。




