2/基盤の国で
「すげぇ」
ポカンと口を開けて感嘆の声を洩らすグール。
「ほんとだー、超高層ビル!」
だだっ広い草原を抜け、ちらほらと現れ始めた集落を越えると、眼前に現れたのは突然の現代都市。決して広くはない範囲が城壁のようなもので覆われており、その壁の内側だけ異様に文明が進歩しているのが見て取れた。
立ち並ぶ高層ビル群に街を縦横に走る高速道路──みたいなもの。今迄見た事はなかったが、この国には自動車もあるのかも知れない。
「あの壁の内側がイェソドの首都、ウォートバランサー。…まあ、あそこだけがイェソドだと言ってもいいんじゃないか」
シールの説明を適当に聞き流しつつ、地に降り立ったKとa、グールの三人は天空へ続く線を見上げていた。
「でかいなぁ、そして高い」
一本だけズバ抜けて高いビルを見上げてaが洩らす。世界貿易センタービルを思い出したが、もっと高い。バベルの塔みたいだ。超高層ビルの先端は、雲がかかって見えなかった。
「アレがイェソドの中枢。『中央』と呼ばれる─…あ~────、政治機関、というか」
ざっくりと説明を終えたシールが振り返る。
「一日だ。何処を見る?」
「とりあえずシールの髪型変更の理由が知りたい」
一瞬の間。
今日のシールはいつもの髪留めを外して、前髪を下していた。
「髪留めに国紋が入ってるからな。他の国はともかくイェソドでは使えん」
そういえば最初に会った時も「この紋が──」と言っていた。イェソドで使えない理由は解らないが、そんなに興味もないので流す事にした。
「ヘアピンか何か貸そうか?」
何故か異次元ポッケには使いもしないヘアピンが入っている。
「別にあの髪型にこだわりはない」
そもそもシールの前髪は留めておけるほど長かったわけで、それを全部下ろしてしまえば必然目元が隠れてしまう。
「暗く見えるよ?」
常に半眼気味の目付きなだけに、陰気が増してしまう。
シールは憮然と口を尖らせた。
「ところでおまえら、中では絶対に神と魔術の話はするなよ」
シールの前髪は分ける事で一段落つけた後、突然にそう警告された。その話題がKとaから自主的に出てくる事はまずないだろう。とりあえず解りましたと返しておく。
「おまえ、信仰はあるか?」
シールは一度Kとaに視線をやってから、グールに対しそう尋ねた。
「信仰っちゅうか…シセラの加護なら受けとるけど…」
それを聞いたシールは、恐らく僅かに眉を顰めた。
「…シセラ…深い信仰じゃないだろうな」
「いやまあ、特に信仰はしてへんのやけど」
この世界のカミサマは信仰していなくても加護が貰えるのだろうか、と考えてから、思い直した。貰えるようだ。そういえばKたちもタクリタンの加護を貰っているのだ。さっきのシールの視線とスルーはそういう事だ。
「何、シセラってのはよくない神なの?」
「欲望の鬼神だ。イェソドとは相性が悪い」
何かで見た説明によると、各国にはその国の守護を担う聖霊がいて、確か『カラ』と呼ばれている。彼らは昔その国を建国した人たちなのだそうだ。国との相性という時は、政治や習慣的な民族性の違いの他に、その国のカラとの相性も含まれる場合がある、と。難しくてそのくらいしか読み取れなかった。読み取るといってもこちらの文字はKには読めないので、映像資料で得た知識だ。
「………まぁいい。入ってみりゃ解るだろ」
そして、青く輝く世界へ来た。
建物、服装、ペイント、空、壁、建物。全てが青い。入国手続きを終えて壁を潜った途端、真っ青な世界が広がっていた。
「…青いよ…」
更にはとにかく人通りが多い。まさに都会だ。気分は「初めてのトーキョー」! だが、歩いている人々にトーキョー感はない。かなり独特な格好をしている。司祭風、役人風、傭兵風。ボディペイントをしている人も少なくない。皆何処かに青と白の十字の模様を付けていた。イメージカラーなのだろうか。
「あの高ッいのがセンター?」
横でaが高いビルを見上げながら言う。
「そうだ。樹と張り合ってるらしいぞ」
確かに大きい。今に樹も越されそうだ。いや、高層ビルより大きな樹というのがそもそもおかしいのだが。
「…グール?」
aの声に振り向くと、なにやらグールがぐったりしていた。
「なんや…キモ、悪…」
「えぇ? 大丈夫かい」
「あかん」
そのままずるずるとしゃがみ込んでしまった。
「ち。やっぱりだめか…」
「『やっぱり』っ!?」
背後でシールが小さく洩らした言葉を問い質す。
「イェソドの聖霊とツェク・マーナの相性は最悪なようだ。壁の内側は聖霊の影響力が強いからな」
カラという単語が解らないのだろう。眉を顰めたaが、それでも単語の意を確かめる事を後回しにして尋ねた。
「どうするの?」
どう、と言われても、特に考えるまでもない。
「「置いていく」」
思わずシールと目を合わせる。台詞もタイミングも見事に同じだった。
「なッ」
とてつもなく嫌そうな表情をしているが、『見知らぬ異邦の地で体調が悪いまま一人置いて行かれる不安』VS『隷属契約から逃げられるかも知れないチャンス』の葛藤が見て取れる。
「そんなに時間もかかんないでしょ、きっと」
暫らく待ってなさい、とaが諭している。まるで聞き分けのないこどもに言い聞かせているかのようだ。グールが逃げる事は考えていないのがaらしい。
「────……」
捨て犬のような瞳でじぃ~~っとaを見るグール。どうやら不安が勝ったらしい。しかしこれは良くない。それはaを落とす時のKの常套手段だ。
「────~~~……」
逸らしきれないaの視線。どうにも駄目そうだ。
「──はぁ。解った、しょうがないなぁ。アタシも残るから」
大きな溜息を吐いて肩を落とすa。仕方ない。これは読める展開だった。
「じゃあaさん、ターミナル着いたら呼ぶから」
掌を示して告げる。
「OK。適当に待ってるわ」
「じゃあ行くぞ」
颯爽と襟巻を翻して歩き出すシール。Kたちの大体の能力は説明してあるので、特に説明を求められる事もない。
「んじゃaさん後でね!」
爽やかに手を振り、急いでシールの後を追った。
◇◇◇
「で、イェソドのターミナルは何処にあるの?」
「中央。ここからだと…大体二㎞くらいか」
「二キロ?」
凡そ、Kの歩行速度なら十五分/㎞くらいだろうか。とすると三十分程度掛かる計算だ。
「歩くの?」
「まさか。俺にそんな体力はない」
シールは潔く言い切った。
「じゃあどうすんのさ」
「バスで行く」
「………バス…?」
やはり自動車はあるらしい。
バスは、あった。本当にバスだった。だが、動力はKたちの馴染んだ物とはかなり違うらしい。
「魔動…?」
「言葉に気を付けろ。聞きつけられると厄介だ」
「はあ…。えぇと………」
思い付かない。基本、こういった不思議な力は全て「魔力」と呼んできた。この世界には力の種類がたくさんあり、呼び分けているようで面倒臭い。
とにかく、イェソドでは魔力でバスを動かしているなどと口にしてはいけないらしい。それなら何と言えば良いのか。ファンタジー脳から絞り出すなら、『法力』だろうか。
このバスの外見は見知ったバスとほぼ同じで、ボディは金属製でタイヤはゴム製だ。だがエンジンルームにはナントカいう石が詰まっていて、その石に蓄えられたエネルギーを使って走るらしい。この石は有害廃棄物が一切発生しないのでとても「えころじかる」なんだとか。石炭を燃やして走っているようなもの──というよりは、たぶん電池に近いのではないだろうか。便利な燃料もあったものだ。帝国に持ち帰っても使えるだろうか。走行中に読み書きをすると酔うので、後でメモに「石」と書き足しておこう。十分程度で着くらしいので、速度もチキュウ産バスと変わりなさそうだ。
十分弱黙っているのも苦しいので、適当に話題を探してみる。
「そういや昨日の…聖石? っていうのはどういう石?」
「ああ、あれは魔祓師が作った浄化石だ」
要は人喰種の使う緊縛や魅了などのステータス異常を治すアイテムで、カミサマの加護が詰まったアイテムなのだそうだ。
「はへ~。不思議な力がいっぱいだね」
バスの車窓から大都会を眺めて言うのも妙な気持ちだが、流石はファンタジー世界。
「おまえはコクマに行ったら喜びそうだな」
「 ? 国?」
「国。あと六つ先」
「結構遠い」
順調に一日一国巡っても一週間後だ。
どんな国なのか教えて貰う前に、目的地に到着した。
巨大な建築物の前。高層ビルの頂点を見ようと天を仰ぐも、危うく首を痛めそうになり慌てて戻した。
「 っ。近くで見るとなんとなく恐いね」
「だな」
壁の内側を中央と呼ぶが、正しくは中心に位置するこの超高層ビルこそがセンターという名の執政機関なのだそうだ。壁の内側には選ばれた民・栄誉ある中央市民が住んでいる。簡単に言うと莫大な住民税を払える裕福な人のみが住めるのだ。更には聖霊教会に収める布施の量が、待遇を大きく左右する。
「で、この中にあるの? ターミナル。入りたくないねぇ」
「同感だが残念ながら中だ。入国制限の厳しい国だからな。ターミナルを使った不法入国を避ける為中央の管理下に置かれてる」
その対策は適切に思うが、ファンタジーなのだからもっとラフなものかと思っていた。
「で、この中、旅人は監視付だったりするんだろうね?」
「そのくらいの予測はつくか。安心しろ、その通りだ」
「何か…厳重じゃない? ……思った以上に」
こそっと耳打つと、シールは微かに肯いた。
「だな。何かあったか? ここまで厳しくはなかったと思ったが」
建物内だという事を忘れてしまいそうな程開放的な空間には、しかし息が詰まる程の兵が配置されていた。警備兵だろうか。種別は判らないが、驚いた事に女性が多い。黒髪ストレートの知的な女性兵はKのタイプにストレートだ。
「嬉しそうだな」
「うん…ちょっとね」
キレイなオネーサンは大好きだ。
「で、何かあったんですか? 厳戒態勢ですけど」
気になったので、案内してくれているお姉さんに訊いてみた。
「もう大丈夫ですよ、心配はありません。市民の安全を守るのが私たちの役目ですから。先程悪魔の侵入があったようなのですが、追い払いました。現在はもう中央には居りません。本当はその場で仕留められれば良かったのですが…」
「そ、そうですか」
なんとも居心地の悪い返事を貰ってしまった。
Kが恐がっていると勘違いしてだろう。お姉さんはもう大丈夫なんだと繰り返す。
「悪魔っているの?」
声量をなるべく落としてシールに尋ねる。
「いない」
「でも今お姉さん…」
シールは微かに眉を顰めて「後にしろ」と小声で命じた。なるほど。ここではマズイらしい。
途中、案内のお姉さんが上官らしき人に声をかけられ、Kたちは休憩室のような場所に通された。暫く此処で待つように、との事だ。
「………」
仕方ないので椅子に座って大人しく待つ事にした。くれぐれも勝手に出歩かないよう釘も刺されている。
「で? What is Devil?」
ぴくっと眉を跳ね上げたシールは無言。まだダメだっただろうか。
「あ~…種族について知ってるか?」
「種族?」
人型に限っての話だろうか。グールとシールは異なる種族だという事は知っている。それ以外はあまり知らない。
「お願いします」
「めんどくせ。じゃあ簡単にな」
「うん」
いつも簡単に済ませてくれている気はしている。
「まずヒトは大別して三種類だ。人間、人喰種、獣血種の三つな。因みに俺はホーマサス、グールはツェク・マーナになる」
「ふーん、じゃあKたちもほーまさすかな」
何故なら人を食べたりしない。シールとも何処か違うようには思えない。
「まあどれかっつーとな。で、まだ遭ってないと思うがミッシュリングルは獣の血が入った種族だ」
「獣? ワーウルフとかワーキャットの類って事?」
「あ~…人型と獣型に変移できる、身体の構造を自在に組替えたりできる奴らだ」
獣人がいるというならばそれは是非見てみたい。ファンタジーの醍醐味だ。
「つまり身体能力的にホーマサスが一番劣るわけだ。それで自分たちより強い種族を恐がるんだろ。外見も様々だし。イェソドは市民自体単一民族で構成されてる事もあって他種族には厳しい」
ははぁ。
「つまり人喰いや獣人は『悪魔』なんだ?」
「そういう事だ」
「なるほどねー」
他種排斥は生物的に間違った事ではないと思う。だが、形が似ている上に互いに同じ言語を操り、意思疎通も出来る知能を持った動物同士では、やはり引っかかるモノがある。
ところで、ひとつ懸念が過る。
「グールじゃないよね」
ふたりして暫し考え込む。
「いや、あの様子からしてその心配はないだろ。逃げ切れるとは思えん」
「だよね。aさん付いてるしね」
言ってはみるものの、なんとなく落ち着かなくなってきた。先程案内のお姉さんは逃げられたような事を言っていたし、グールがあの状態で逃げ切れたとは思えない。だが、そう。それはグールひとりだったらの話だ。グールにはaが付いていた。
「aさんが……付いてたね、そういえば」
「…………」
話が変わってきた。もし何かあって、ツェク・マーナを天敵とする(比喩にならなかった)イェソドの兵士にグールが見つかっていたとしたら。グールに売られた喧嘩だろうが、aは間違いなく買う。買った処で、グールはダウンしているし、逃げるしかなくなって…という展開は充分あり得る。
「まだ決まったわけじゃないし、危惧しても始まらん」
シールはサクっと思考を放棄した。
「まあねぇ。一応ちょっと確認してみるわ」
何かあったなら連絡が来ているかも知れない。
「ぅん…、なんにも……ないみたい」
「そうか。とりあえずは安心だな」
「うん」
そこで丁度戸の開く音がしてお姉さんが戻ってきた。早くターミナル参拝を終わらせて観光へ行こう。
案内のお姉さんに連れられて、遂にターミナルまで辿り着く。ターミナルホールは一階にあり、見事にセンター内に溶け込んでいた。マルクトみたいな独特な祠があるわけでもなく、ごく普通に建物内の一室に置かれていた。これもまた勿論というべきなのか、厳重な見張りが置かれている。室内も燐光を放つ青色で統一されていて、神秘的…というより、偏執的だ。
「さて、そろそろaさんたち呼ばなきゃね…って、なんか呼んでる!」
aからアクセスが来ているようだ。ここで転移を使うと騒がれてしまうだろう。シールに目を遣る。
「………。仕方あるまい」
どうせ呼ぶつもりだったのだ。
「じゃ」
見張りとして同室しているお姉さんを横目に見る。耳元に小型インカム。見事だ、イェソド国。
◇◇◇
── side a ──
Kたちと別れた後、aはグールと壁の外で待つ事にした。
思わず零れる溜息もそのままに、道端に腰を降ろしたグールを見下げる。
「壁の外なら大丈夫なの?」
「そうみたいやな」
相当具合が悪そうだ。腰を落として目線を合わせる。
「大丈夫?」
「んー」
あからさまに視線を逸らせて首を傾ける。具合の悪さとはまた違う居心地の悪さを感じたようだ。
「あー、…壁の内側、全域に魔祓の結界が張ってあるみたいなカンジやったわ」
「え。グールは魔の類なの?」
「効くんやしそうなん違う。知らんけど」
魔といえば、aには肉体のないものというイメージがある。だが、そうか。所謂『魔族』だと思えばしっくりきた。
会話も途切れ、聳える青の世界を見上げながら少しだけ郷愁にふける。自分の居た世界とは違うが、そんなに大きく違うわけでもなし。言葉が通じているというのが大きくて、どうにも実感として薄い。解っているのは此処からは城へ帰れないという事だけで。
残して来た姫やエリさんに変りはないだろうか。aはあちらの事は心配していないが、あちらはaたちの事を心配してくれているだろうか。…恐らくまだ気付かれてもいないだろう。城を抜け出す事などこれまでも幾度もあった。しかも今回は珍しくKが「長い休みを貰って来た」と言っていたから、許可も下りている。この状況では数ヶ月は経たないと心配して貰えないだろう。それ迄に還る術を見付け出せればいいのだが。
壁の内側、街中を、息を切らして走る人影があった。白金の長い髪は走る鼓動に合せて揺れる。黒のスレンダーボディは人込みを駆け抜けて壁門から外へと走り抜けようとする。
「おいっ、待て! 通行証を…」
交叉する長柄に行く手を遮られ立ち止まる。
「通行証は」
厳しい声を上げる門番にも無言。
「無いのか。大体なんだ、女がそんな格好で一人で… っ!?」
「な…」
軽やかにステップを踏んで後退する。長く伸びた爪を掲げて、髪と同じ白金の長い尾がひゅらっと揺れる。門番の顔には三本の線。指先で傷をなぞれば、ぬるりとした感覚。
「ぅ…、…ゎ」
その色を確かめると同時に、彼は大きく叫び声を上げた。
「うわあぁああっ…!」
それを合図に、彼女は再び走り始めた。
「ああ、マシんなってきた」
「そ? でも中入ったらまた気持ち悪くなっちゃうんでしょ? まあここらでゆっくりしてなよ」
座っている事に疲れたのか、グールが大きく伸びをしながら立ち上がる。
「ああ、そうさせて貰… …!」
突然、険しい顔で動きを止める。
「どうした… って…」
誰かが真っ直ぐこちらへ走ってきている。大層なスピードだ。このままでは──
案の定グールにぶつかって、それでもそのまま走り去ろうとする。
「ちょ」
その腕をグールが掴んで引き止めた。反射的に振り返った彼女とグールの目が合う。くっきりした印象的な金色の瞳。グールは暫し言葉を失くした。
aもまた言葉が出ない。彼女の格好に目と言葉を奪われた。長いプラチナブロンドに身体のラインがバッチリ出るタイト過ぎる黒衣。そして長くしなやかな──尻尾。
彼女は未だ魅せられて呆然としているグールの胸元にそっと手を伸ばし──
「いたぞぉ──っ!!」
後から響いた声に合わせ、強くグールを突き飛ばした。
「~~~~っ!」
駆けつけた警備兵の一人がグールを抱き留めようとし、受け止めきれずによろめいた。
「おい君、大丈夫か!」
「ぃって~…」
「大丈夫?」
警備兵は倒れたグールと逃げていく女性を数度見比べ、彼女を追うのを諦めた。
「ち、逃げられたか。化け物め、なんて逃げ足の速い!」
もう一人の警備兵が戻ってくる。その時、後からグールを支えていた警備兵が何かに気付いてグールの正面に回りこんだ。
「………」
aは息を詰める。グールはまだ何が起こったか気付いていない。
「? ? ?」
「おい…こいつ……人喰種じゃないか?」
「………」
バレた。グールも身体を僅かに緊張させて戦闘態勢に入ろうとしている。呼び掛けられたもう一人の警備兵も直ぐに駆け寄って来て眉を顰めた。
「確かに…やけにキレイなカオに……硬角紋…!」
グールの両目尻の辺りにある藤色の紋様は、どうやら種族特徴らしい。それで決まり。彼らは先程の「化け物」を始末し損ねた鬱憤をこの弱った獣で晴らそうとしている。
「化け物め。退治してやる」
門番たちはそれぞれの得物に手を掛ける。
aは溜息を隠して彼らの前に歩み出る。
「やめて下さい。これには既に首輪が着けられています。問題は起こしません」
グールは複雑な表情だが特に反論する様子はない。マシになったと口にしてはいたが、まだ具合は良くないのだろう。突き飛ばされただけであのザマだったのだから。
「そんな事は問題じゃない。化け物は退治されるべきだ」
「私の所有物だと言っています。器物破損で訴えますよ」
「訴える? 何処に? 誰に?」
それは勿論。
「この拳に」
怒気を解放する。
「は…はは…」
気負けして空笑いを漏らす門兵たち。
「女が! 生意気なんだよ!!」
自らを奮い立たせる為かそう叫ぶと、勢い良くaに殴りかかった。
「うわ、おい!」
殴りつけて満足したのか、必要以上に荒い息を吐く門兵。
──あんたが狙ったのはアタシの顔だろう。ちゃんと確認しろ。あんたが殴ったのは、アタシの掌。
aは受け取った拳をずらして敵を睨み付ける。
「ひ…」
三人は青褪める。
昼下がりのイェソド・センター近郊。平和な青空に三つの悲鳴が響き渡った。
「わ~~っ、やりすぎや!! 騒ぎが大きなる!!」
絡んできた門番をぶちのめしたまでは良かったものの、追われる対象があのネコ尾ガールからaたちに変わってしまった。逃げても逃げても何処からかワラワラと湧いてくる。
「しっつこいなぁ!」
「あいつらからのコールはまだか!?」
「呼んじゃいるんだけどね!」
反応はない。恐らく気付いていないのだろう。
「やば、囲まれた…!」
「げ。…あ!」
着信アリ。どうやら気付いて貰えたらしい。
「よっしゃ! いくよグール!」
繋がった空間の向こうへと、勢いよく身を投げた。
◇◇◇
── side K ──
ヴォン、と慣れた振動で穴が開く。同時に人間が二体転がり出てきた。
「──っ!」
「ふあーっ、しつこかった!」
肩を回しながら溜め息を吐くa。安心したと思っている処悪いのだが…
「何があった」
Kの後ろからシールが尋ねる。
「え、ちょっともンッッ!」「大した事あらへん、はよ済まして次行こか!」
aの口を封じてグールが継ぐ。あからさまに怪しい。ふたりで何かひそひそと言い合った後、aはちらりと見張りに目を遣って口を閉ざした。やはりそういう事なのだろう。
因みに、グールがこっそりアゴで示した先は、天井の隅に付けられた監視カメラだった。この国は中々に抜かりがない。
「K、とっとと済ませて行くぞ!」
バレない内に、としか聞こえない。
グールとaが急かすままにサクっと手続きを済ませ、いざ出口へ振り返ったその瞬間。
突き出された腕により、退室が阻まれた。
カメラに映ったふたりの姿が追っていた相手だと認識されたか。それとも転移を使ったKたちが悪魔と認定されたか。はたまたただ単に、入場手続きもせず突然現れたふたりに対する警告か。どうやらお姉さんは、Kたちを帰してくれる気がなくなったらしい。
ここで真偽を確かめておくのと突破するのと、どちらが面倒が少なかったのだろうか。
「ホント、何したのさあんたら!」
気が進まないなぁ、などと言いながら放たれたaの一撃は心地良いほど鮮やかに見張りのお姉さんのミゾオチを穿ち、部屋の前の見張りも見事な手刀で昏倒させて、四人はセンタービルを脱出した。現在追っ手を振り切って逃走中である。
「何っつっても…、向こうが突っかかってきたんだよ!」
街には人が多く逃げるのも一苦労だ。特にKは背が低いので、何度か前が見えなくなり逸れかけた。思い通りに進めないストレスで目に涙を浮かべながら、誰かの裾を掴もうと手を伸ばし──適当に何かにしがみ付いた。
「ぐ! 何やおまえか! 何すんねん具合悪い奴に向って!」
「んだぁグールかよ! グール背高いから見つけ易かったんだよ!」
「それでなんでタックルやねん!」
「うっさい! Kちっこいの! 黙って連れて行け!」
「…ち!」
「て、えッ! だからって小脇は嫌ァ~っ!」
Kは壁際までグールに運ばれる形になってしまった。
「あ~あ~、まだ観光してなかったのに~~!」
大きくうねる龍の上から、青い国を名残惜しく見つめる。
壁際まで逃げ切ったものの、そう簡単には壁を越えさせて貰えず、結局実力行使で逃げ出したのだ。街中では人やらビルやら障害物が多く、青龍ちゃんもフェニックス君も喚び出さないようにしていたのだが、堪えきれなくなったaが喚んでしまった。
召喚スペースも碌に確保せずに無理やり喚んだ結果、壁の一部が損壊したが知った事ではない。しつこく追ってきた方が悪い。
「ね、また来ようね!」
「ごめん、K」
aの言葉に続けて、
「「「もう二度と来たくない」」」
お疲れ顔の三人は、見事にハモった。
片角の頃より、少しだけ技術が古い。




