10/王冠の国で
帰って来た。
最後の国、ケテル。
とはいえ、馴染みのあるのは王都ゼクトゥズのみ。ターミナルのあるティアラは初訪問だ。
「ティアラって何処?」
「おまえ行った事あるだろ、玄獣の丘。その向こうだ」
あー、前は止められちゃったけど、今なら行かせてくれるだろうか。
黒い針葉樹林帯を抜けると、整った街並みが見えてくる。完全に街に入ってしまう前に、少し拓けた場所へ翼を降ろした。
「何でしょう、視線が痛い」
ターミナル参拝前に街を散策中なのだが、住民の方々からの蔑むような視線を感じる。痛い。とても痛い。何故なのか。
「格好だな」
「は?」
格好、つまり服装。言われて周囲を見回すと、確かにカジュアルタイプが見当たらない。
「嘘でしょ」
セレブ街だった。ここは高級住宅地だったのだ。労働者の服では居た堪れない。
「…Kちょっと、丘行ってくる。皆は街見てて」
ぶるじょわじぃに負けた。
玄獣の丘。
広い草原。乱立する折れた柱。風を受けて佇む、羽根を纏う少年。
「──……」
誰だろう。真っ黒の髪にピンクの目をした少年は、恐らくKより少し年下だろう。こちらに気付いて一瞬鋭い表情を浮かべた。
「なんだおまえ──って、カルキストの片割れか」
橙の髪は目立つのか、Kはaより覚えられやすい。片割れと言われるのは珍しい。
「カルキスト知ってるって、キミ誰」
「ハッ。雇い主の事くらい知っておけ」
Kは僅かに眉を顰めた。
「Kたちの雇い主はシールだよ」
「──おまえらを雇ってんのはゼクトゥズだ。シルータ兄貴個人じゃなくてな。つまり俺の下だろ」
「はぁ?」
脳内検索にヒットなし。シールは弟がいると言っていたが、それも違いそうだ。何言ってんだ? と声を出しそうになったところで
「俺はヴァイス・ゼクトゥズ・マディメ。第二六代ケテル国王だよ、カルキスト」
一瞬頭が真っ白になる。
国王はシールの父親ではなかったか。
「おまえの会った王は代理だ。知らなかったのか? シルータ兄貴はその息子」
「……たぶん知ってた」
言われてみればシールから聞いている気がする。国王は代理だと。
ではこれが、『可愛くない従弟』。道理で『勉強を教えさせて貰ってる』などと妙な言い回しをする筈だ。相手はオーサマだったとは。
「で、オーサマが何故こんな処に」
どう見ても麗らかな丘だが、危険な場所だと聞いている。
「いいんだよ俺は。おまえこそ──ああ」
一旦言葉を切って、オーサマは嗤った。
「玄霊を降して調子に乗ったか」
反射的に怒りを覚えたが、反論出来ない。このタイミングで思い出したが、ヴァイスといえば、曠真爺やaが口にしていた名前だ。なるほど、だいぶ強いらしい。
「まあほら、昼寝に良さそうな丘だと思って」
「昼寝ね。解るが」
オーサマからまた羽根が舞う。薄青色の羽根だ。
「じゃあなカルキスト、覚えておけよ」
「そっちもね、オーサマ。Kたちの雇い主は、シールだからね」
「──フン」
最後まで偉そうにして去って行った。本当に可愛げがない。結局羽根も何だったのか解らなかった。
「──完了だ」
光を放ち終わったターミナルストーンに背を向けて、シールは静かにそう言った。
「て事は、え? テマーネ完了?」
「そうだ」
「やっほう! 祝杯だ!」
「城に戻るぞー!」
「…マジか…態度デカいとは思っとったけど」
城に戻ると、グールが驚いたというより呆れた顔をして言った。
「ケテル《《本国の》》坊やったんか」
「え、知らなかったの?」
aも吃驚している。Kから伝えた記憶はないが、aも言ってなかったらしい。
「ケテルの王族っちゅーんは察しとったけど…」
は~~と息を吐くグール。なんやかんや、グールは意外と人間社会を理解している。人喰種たちは一般的にどういう生活をしているのだろう。謎だ。
「でも良かったね、グールも部屋貰えて」
「………」
aの言葉にKは黙り込む。
因みに今シールは報告に行っており、その間休んでおけと言われている。
「俺はいつ解放されるん…」
「なんだよーゲブラーの功労賞だろー。祝杯は付き合え」
「全部終わったら帰してやるからさ」
Kたちは還れるのかどうか、まだ解らないけれど。
「とにかく、祝杯ね!」
「おぉぅ…」
ドレスアップさせられたKとaは、開かれたパーティーの盛大さに戦慄していた。想定外に規模が大きい。つまり人が多い。
「なるべく小規模にとは進言したんだが…玄霊を倒した者を祝うとあっては仕方ない」
シールは少しだけ申し訳なさそうにそう漏らした。オージサマの凱旋とあってはこの規模も仕方あるまい。
大変ありがたい事に、パーティー慣れしていないカルキストに配慮されていた。最初にこのパーティーの趣旨の説明があっただけで、シールも喋らなかったし、軽く紹介されて頭を下げた程度だった。あとは立食形式で自由にしている。個々の挨拶はそこまで恐くない。とはいえシールの側を離れられない。ひっきりなしに人が来るが、シールはうまくあしらってくれる。グールはひとりプラプラとしているが、声は掛け辛いのか少し遠巻きにされている。城に人喰を客として招いている事自体異常だ。つまりそれだけの功があるという事なのだが。
「エケルット公!」
次の挨拶者は黄色い髪の偉丈夫。そのオッドアイには見覚えがある。
「カムシャ公」
「おめでとうございます! 成功なされたんですね」
「それはこっちの《《三人》》に」
シールの手を掴み取って祝辞を述べた後、誘導に従ってこちらにも笑顔を向けてきた。
「おふたりならばと思いましたよ」
「カムシャ公、『三人』です。」
「え?」
「だから、あっちの彼も。ゲブラーでの功労者は彼なので」
そう言ってグールの方を示すと、カムシャ公は戸惑ったように言葉を濁した。
「彼は……」
本当に眼中になかったらしい。初めましてと言わんばかりだ。
カムシャ公がグールに声を掛けるか掛けまいか迷っている間に、こちらには次の挨拶者が現れた。
「a様、K様」
華やかな薔薇の香りを纏って現れた女性──いや、うん、女の人。
「玄霊を倒したのがおふたりだと聞いて。祝辞を述べさせて頂きに参りました」
「ロイザさん」
「リステアから貴女方に」
「ありがとうございます」
立派な赤い薔薇の花束を受けとると、足元から「にゃうん」と聞こえた。視線を落とすと、大きなシャムネコがすり寄っていた。
「フェイリス!」
猫は声に応じてさっと主の腕に飛び込んだ。猫を抱いた長身の男。知らない人だ。シールに軽く挨拶した後、Kとaへしっかりと向き直った。
「魔術師協会より代表で参りました。この度の快挙、お祝い申し上げます」
「あっ!」
弓を返すのを忘れていた。折角塔に寄ったのに、テストの所為で完全に忘れていた。慌てて弓を取り出して差し出す。
「……その弓ですが」
男は受け取ろうとせず、目を細めて弓を取り出す様を見ていた。
「生涯貸与、という決定が下りました」
「えっ……」
困った。此処で借りておいたらもう返せなくなる。Kたちは帝国へ還る予定なのだから。
「その弓は何処へ在っても還ってきます。必ず、我々の元へ。だからこそ『差し上げる』という表現が出来ないのですが」
「そういう事なら…」
実質貰えるという事なら、断る理由はない。
「それでは」
ひとつ頭を下げて魔術師は背を向ける。抱かれたシャム猫がにゃあと鳴いた。今気付いたが、恐らくあの時のニアミだろう。
ボボボボッ、と灯りが一斉に揺らぐ。次の瞬間、ゴッ!と炎が渦を巻いて、火の神は現れた。
「ボクからもおめでとー!」
「スクラグス!?」
突如現れたカミサマに、パーティー会場は大混乱だ。その驚愕の様を見るに、ひょっとしたらカミサマというものは通常気軽に拝めないものなのかも知れない。シールとグールは「もう驚かないぞ」と言わんばかりの半眼だ。とりあえずKはaを盾にしてスクラグスを窺う。
「お祝いも上手に言えない子を連れてきたよ~」
「へ?」
再び炎が渦を巻くと、現れたのはぶすっとした表情の神秘の神。なにしてんだコイツ、と思わず失笑するとジズフは心底面白くなさそうに顔を歪ませた。
「祝儀だ。ひとつだけ、なんでもアリだ。よく考えて使え」
「っ!?」
痛みに似た違和感が二の腕を襲う。見ると、精密な紋様が刺青のようにそこに在った。
「…わぁ、また派手なシルシを…」
しかし、コレで少し安心出来た。帰り道の切符みたいなものだ。
◇◇◇
凱旋パーティーを終えて翌日。
午前の麗らかな陽射しを浴びながら、aと中庭でのんびり駄弁っていた。
「還れそうでホントに良かった」
「そうね。どんくらい保つのかな? このシルシ」
消えるまでに願いを決めておけとジズフは言った。考える間もなく願いは決まっていたのだが、還れると決まればこの世界で過ごす時間も惜しくなる。
再びこの世界に来る事は出来るだろう。しかし、その時は還れる保証がない。また来るとしたらそれは、どうしようもなくチキュウに飽いた時だろう。
「んーじゃあ、アタシ訓練所の皆に挨拶してくる」
「あいよ。じゃあKは──」
お茶友の女中さんには朝の内に挨拶を済ませている。ブラブラしよう。
駐翼場の片隅に小さな小屋を発見した。何ともなしに歩み寄る。戸に手を当てると、ぎしと軋んでゆっくりと開いた。
「………」
開けるつもりはなかったが、折角なので入ってみる。誰も居ない。
椅子を引いて机に凭れ掛かる。何も考えずに暫く呆っとしていると、ふわりとした気配を背後に感じた。
「………なに?」
見もせずに言ってみる。何が居るかも知らない。ただ悪くない感覚だったので、警戒する事はなかった。
「驚いた。タクリタンは居なくなったのに、君たちの力は消えていないんだ」
何処か違う所から響いているような、妙な感覚だ。
「ああ、そういえばそうだね。でもほら、消えたわけじゃないから」
誰かも解らない声に、気兼ねなく答えていた。
タクリタンは消えたわけじゃない。ただ、簡単には会えなくなっただけだ。貝空の中に生きているのだから、まだその恩恵を受けていてもおかしくはないだろう。
「なるほど。まぁそんな答でもいいか」
声はただ降る。何故だか、声の主は誰だろうという考えは浮かばなかった。
「貴方は此処で何してるの?」
「私か。そうだね、ここは私のお気に入りの場所だから」
「そうなの? そりゃ悪かった。勝手に上がっちゃった」
姿はないのに、それが寄り添うように腰を降ろしたと感じた。
「面白い奴だね、おまえ」
「失礼な、そうかい?」
それは隣で身体を揺すって笑う。
「タクリタンが好きだったんだろう? アレが憎くないのか?」
「アレ? 貝空?」
はは、と今度はKが笑う。
「いいや」
「アレがいなければタクリタンは消えなかったとは思わないか?」
「違うんじゃないかな」
何故ならタクリタンはあの眼を倒せる者を探していた。だから出会えた──というか、構って貰えたのだ。そもそもあの眼がいなかったら、タクリタンは消えていないだろうがKたちとも出会っていないかも知れない。そうしたらシールとも一緒にいなかっただろう。──うん、過去の『もしも』ほど無意味なものはない。
「ていうか、あの眼と貝空は違うものだよ。貝空にはタクちゃんも入ってるし」
「なるほどね?」
聞くだけ聞いて満足したのか、謎の気配はそれで消えた。今のは、きっと、恐らく。何らかのカミサマだったのだろう。
aと合流して、グールの元へ向かう。こちらの姿を確認するなり、
「還るんか」
「あ、うん。まだ少し居るけど」
aの返事にふーんと返す様をなんとなく見つめる。ちょいちょいと無言で手招きをすると、意外と素直に寄ってきた。
「?」
「ちょっとしゃがんで。もっと」
ぐっと身を屈めたグールの首元に抱き着くように手を回す。
「!?」
aはぎょっとしているがグールは解っているようだ。何故なら反応が薄い。
チャリ、と小さな音を立て、身を離す。
「──あ」
手の中にはグールの首輪。ずっと着いていたものが無くなって違和感があるのか、グールは首周りをさすっている。
「Kの用事は以上だから。後で送っていくね。お別れを、ごゆっくり」
「えっ」
「じゃーねー」
戸惑うaと溜息を吐くグールに背を向けて、部屋に戻った。
コンコン。
小さなノックに応じて戸を開けると、来訪者はシールだった。
「いいか?」
「うん。その内行こうとしてたトコ」
招き入れられたシールはイノクンの乗っていない方のベッドに腰を下ろした。
「首輪、回収してきたんだろ」
「うん。後でグール送っていくから、お別れするなら今の内だよ?」
しまいこんだグールの首輪を『穴』から掘り出す。
「今更何も──なんで俺に寄越す」
投げた首輪を綺麗にキャッチして、シールは眉を顰めた。
「要らないもん」
「俺だって要らねぇよ」
ご主人サマはシールだと認識している。溜息ひとつ、シールはそれをポケットに突っ込んだ。
「おまえらはいつまで居るんだ?」
「んー、許される限り?」
「すぐにでも還りたいんじゃなかったのか?」
「えー? 別にこの世界キライじゃないもん」
行き来が出来れば、と思う程度には気に入っている。そんな方法があれば良いのだが。
「──まぁ…きっとまた、いつかな」
「 ? うん、そうだね」
そう思ってくれる言葉を否定するほど夢のないKでもない。
「いー天気!」
少しだけ寒いが、青く晴れ渡ったいい天気だ。お別れには丁度いい。
「だなぁ。K、忘れ物ないか?」
「んー、大丈夫!」
黒紫城の駐翼場。
グールはもう送り届けたので、見送りしてくれるのはシールだけだ。諸々湧いて出そうだったので「シールだけで結構です」とお断りした。
「じゃあ、お世話になりました」
「うん。元気でね」
「──あぁ。おまえたちも」
そのシールの表情が、あまりにもらしくないから。
「ぷっは! なんてカオしてんのさ!」
「シールでもそんなカオするんだねぇ」
ふたりで思いっきり笑ってやった。笑い過ぎて涙出た。
「じゃあね!」
「ありがと、たのしかった!」
── side シルータ ──
ヴぉん、と鈍く空気を振動させて。
現れた時と同じく、あっけないほど唐突に、彼らは還っていった。
世界の扉が開く。
今度は、来た時とは違って静かに──
「──宰相?」
その呼び声でハッと我に返る。
「あぁ、なんでもない。すまないな報告の途中に」
いえ、と静かに会釈して報告を終えた官は下がっていった。
「んー、最近何か妙だよな従兄殿。どうした?」
「──ヴァイス」
長身を屈めて覗き込んでくる王に、シルータは睨み付けるような視線を送った。
「おまえが還ってからえらく不吉な予感が過るようになってな」
「わあ刺々しい」
「何処で何をしてきたんだおまえは」
「なぁんにも」
悪戯に口に人差し指を当てて笑う。
「でもその『不吉』が──待ち望んだモノなんだろ?」
「──…」
不吉な予感ではある。だが確かに、待ち遠しく思う自分も居る。この予感は、一三年前、別れの際に感じたものとよく似ている。
「さぁな」
脳裏で再生される、空気を鈍く振動させるあの音。
遠くで、猫の声が聞こえた気がした。
── side K ──
世界が融ける。
世界が混ざる。
「自分」が存在するのは、どっちの世界──
「K! a! ふたりとも!」
「「…う…?」」
のっそりと身を起こす。倒れて寝ていたらしい。
「やっと起きた! もう! 三ヶ月近くも何処行ってたの!?」
あたしだけ置いてくなんてヒドイ、と頬を膨らませるその姿に
「「──姫?」」
ぼんやりとしたまま不明瞭な声を発する。
「そうだよ! 忘れたの!?」
姫はぷんすかお怒りだ。
見回すと、金色の豪奢な内装の部屋。記憶に違わぬ、仁麗殿だ。
「──K」
「…うん」
間違いない。還って来たみたいだ。
「──えぇ」
姫のぷんすかなんて比じゃないくらいの激しい怒気を孕んだ声音に、血の気の引く音が聞こえる。
「たっぷりお話をお聞きしましょうか」
「あ…いや…その…」
長期の無断欠勤に大変お怒りの我らが王佐のその威圧に、間違いなくこれは現実だと実感した。
お疲れ様でした。一作目『Re:』に続きます。




