6/峻厳の国で
ヒュオォォオオォ────
「朱い」
「赤いねぇ」
夕刻。赤く染まった大地。その地は、澱んだ大気に深い狂気を宿し。
「マスカルウィン。血に染まる死の大地」
重たい圧迫感と悪意を以って旅人を迎える。
「マジ行くんか? 俺気乗らんわ」
それは死の国への招待。
「奴の狂気で草一本生えん土地だ。立ち入って気が狂った奴なんか数え切れんと聞く」
シールの説明を聞かずとも、既に立ち入ってしまっている三人はその身を以って理解している。上を見上げて思わず顔が引き攣る。
「すげー威圧感。渦巻いてんねぇ」
「…うん。行くん、だよねぇ…?」
aの顔色も芳しくない。上空にはどんよりと《《何か》》が渦を巻いて見下ろしている。
「「「………」」」
三人の上に落ちる沈黙。
「行くよ、あいつ倒さなきゃ気がすまねぇ」
威圧感に負けじと気を引き締めて空を睨む。シールは黙り込んでいる。まだ何か気にしているのかも知れない。
「シール、大丈夫。信用ないね」
「そんな問題じゃない。俺は…」
「いいよ、こんな処で死んだりしないって。だから今は気にしないで。集中してくれないと、そっちが死ぬかも知れないよ。それは寝覚め悪いからさ」
「…そうだな、今は…忘れる努力をしよう」
「うん、まあ、無理すんな?」
「こっちの台詞だ。いいか、退く時は退けよ」
真剣に言うので、つい素直に頷いてしまう。
「でもそういうけどさ、別にKたち無理な戦いはしないけどなぁ」
「これに挑もうって時点でそれは嘘だな」
「…そう言われると」
よし、戦い前の一時は済んだ。行こうじゃないか、あの下へ。
先陣切って歩き出したのはシール。本当に、度胸があるというのとは少し違う気がする。蛮勇だが、すごくはある。aすら躊躇しているのに。
その時、赤い空に金が開いた。
「シール危ないっ!」
aが叫んだ時には駆け出していた。シールを掻っ攫って上空へ退避する。地上には銀の羽根が無数に突き刺さり蒸気を上げていた。
「──助かった」
「うん、ギリギリだったけど良かった…」
まったく恐ろしい。シールは何処か感心したように大地に穿たれたクレーターを見つめている。aたちも無事なようだ。グールとともに青龍ちゃんの背に退避していた。
ぎろりと天空の『眼』が獲物を探す。
「やだ、ヤル気満々だわ☆」
ひょうっと『眼』の攻撃を躱す。
「aさん! 全力で行こうぜ!!」
「おう!」
互いに気合も入れ終わり、フェニックス君の背を叩く。
「いい? フェニックス君。Kたち邪魔になるから落として。全力で戦ってきて」
Kの発言に後ろのシールが驚いているようだが、無視。
「はぁ!? おまえ死ぬじゃん。シールド張って…」
Kをじっと見て、フェニックス君はその先を飲み込んだ。
「大丈夫だな?」
頷く。と同時に、
「な」
始まる落下。
「にを考えてるんだおまえは──ッ!?」
ああこの落下感。最悪だ。
叫ぶシールは取り敢えず放置で、パラシュートを召喚する。
「てや」
ふんわふんわ。意外と成功だ。
「あ」
だが、シールは落下していった。低速で落下するKの横を青緑の曲線が降って行く。
「っ、キャッチ」
シールはaにうまく受け止められて事なきを得た。
「別に降りてから向かわせりゃ良かったろ! 自殺願望があるのかと思っちゃったよ」
ふわりふわりとaの傍まで落下する。
「いや、ほら。一匹くらい囮が居た方が避難も易いかな、とか」
「いいや」
そんな即座に簡潔に否定しなくても。流石に少し反省する。パラシュートがやってみたかっただけだ。
「ってか…」
aは腕の中のシールに目を落とした。
「………」
シールは完全に気を失っている。
「かっ…かよわいッ…」
aはその様に何某かのショックを受けているようだ。
──ぼむ。
「え」
シールに気をとられて、今が戦闘中だという事を失念していた。
「うきゃああぁああ────ッ!!」
さよならパラシュート、さよなら我が人生。
『眼』の攻撃が見事にヒットして、Kは再び自由落下を始めた。
教訓:戦闘中の油断及び余所見はやめましょう。
「死ぬかと思った」
「何度目や」
aに助けられて地へ降り立つと、グールが横で呆れ返っていた。それもこれもあの『眼』の所為だ。
「絶対倒すし」
「逆恨み違うん」
そんな事はない。
「上空から見下ろされたら俺には戦う術はないなぁ。まぁそもそも戦いとぉないんやけど、あんなんと」
「戦う術なんかKにだってないけどさ。これじゃ何もしてないみたいでヤダ」
上空の戦闘を観戦しながらヤキモキする。
「アタシらの精神力で戦ってるんだけどね。青龍ちゃんたち」
それは解っているが、見ているだけというのは…
「うん、性に合わない」
なんというか、こう、一緒に戦いたい。
『眼』の攻撃を喰らってフェニックス君がよろめいた。見ていられない。
ええい、フェニックス君そこでバーニング!! 右ッ、あああっ、ファイアーブレスッ!! だぁ危ないッ! 避けてッ、ファイアーウォールっ。ああ畜生。だからそこでバーニンッ。
見ているだけというのはどうにももどかしく、ついイライラしてしまう。下から色々言われるフェニックス君のフラストレーションも相当だろう。
「「──っあぁッ」」
叫んだのはフェニックス君も同時。
「Kにやらせろッ」
「テメーがやってみろッ」
瞬間。
──どくん。
フェニックス君が光に変わる。その眩しい閃光が、Kの体を包んだ。
「 えぇと」
一体何が起きたのか。じっと手を見るも、おかしな部分は見当たらない。
「K危ないっ」
「え」
またしても油断。襲い来る銀の羽根。それを避けようと地を蹴って…
──ズダンッ
「──っ」
足元に穿たれたクレーター。それを、眼下に収めていたりして。
一秒後、クレーターの上に着地した。
「………」
「…うわぁ」
ただいまの飛距離、数メートル。
何となく。とても漠然とではあるが、何が起きたか解った気がした。
たった今手に入れた凄い脚力を駆使してaの元まで一気に飛躍する。
「aさんaさん!! 青龍ちゃん乗せてっ」
「お。あ。うん」
青龍ちゃんに乗って、空からの攻撃に切り替える事にした。
── side a ──
少しだけ遡る。
「…玄獣て…『術』なん違った?」
今更やけど、とグールが呟く。
「術、でしょ?」
Kはaとグールの遣り取りを背にフェニックス君の応援を続けている。
「や、何ちゅーか…本来は確かもっと違うカタチやったような…」
「よく知ってるな」
「タクリタン!?」
グールの後ろにふわりとタクリタンが現れた。
「本来は同化して使用する。玄獣を常に実体化させるより低コストで術が使えるようになるからな」
「え」
とすると、横でフェニックス君に叫び続けているKはまさに最悪効率例。
しかし同化と言われたって、何をどうしたらいいのか解らない。そうタクリタンにぶつけると、然も簡単そうに言ってのけた。
「要はシンクロだ」
「同調っていうと…つまり」
その時、後ろで叫び声があがった。
「どうやら、彼女は同調を習得出来たらしいな」
Kが光と化したフェニックス君を纏い、取り込む。何が起こったのか自分でも解らないらしく、暫くじっと手を見つめていた。
その上空で『眼』が光る。
「K危ないっ」
その叫びが聞こえたのか、瞬間、Kがその場から消えた。
「え?」
グールとともに呆然とその様を見つめた。Kの姿は、その遥か上空にあったのだ。
ずだんと着地を決めて、数秒の沈黙。次の瞬間には己の身に起こった事を何となく悟ったらしい。一蹴りでこちらとの距離を詰め青龍ちゃんを回収すると、上空の『眼』と戦い始めた。
「………」
「お。起きたんか」
Kが青龍ちゃんの背で戦い始めて数分、眠り姫が眼を覚ます。
「わ、グールちゃん避けてっ」
まだ状況把握が出来ないシールを抱えてグールが上空から降り注ぐ攻撃を避ける。
「今の…アイツの技やで」
味方に殺されかけるようでは勝ち目が見えない。
「こりゃ、分悪過ぎやな…」
今この空間に安全な所など欠片もないようだ。グールは呆れ顔で溜息を吐いて、主の守に専念する事にした。
── side K ──
青龍ちゃんを駆って『眼』と戦い始めて数十分。途中何度か術の目標がずれて地上のグールたちを殺しかけたが、今の処事なきを得ている。自分の意思で炎が扱えるというのは素晴らしい。化学反応を計算しながら薬品を使わなくていい。思い通りに攻撃が出来る。とても楽しい。ただ、大きな炎は出せるのだが、如何せん命中率が致命的だ。射撃の腕ならそんなに悪くないのだが。
「───…はら…?」
──くらっと。
突然の目眩に青褪める。
「…やば…」
視界が回って、何だかよく解らない内に、青龍ちゃんの背から落ちた。ああ、最近よく落ちるなぁ…などと益体もない思考が過る。
「Kッ」
「マスタァッ」
皆の声が聞こえる。これはやばい。急に身体に力が入らなくなった。死なないと豪語しておいて申し訳ないが、正面から死の矢が迫っている。
スクラグス、シール、タクリタン。謝る相手を順に浮かべる。
目の前には死の切先。そっと瞳を閉じる。
───────諦めんの?
「──え」
瞳を開く。
かちゃかちゃチャキチャキと音が響いている。此処は…?
『諦めんなら左へどうぞ。まだやんなら右だ』
「や、断然右だけど」
後ろに窓が一つだけある、何処までも朱い部屋。中央には青年が一人座って手元の何かを弄り続けている。こちらを見る素振りもなく、ただかちゃかちゃと音を立てる。
「でも何故だかさっぱり急に体に力入んなくなっちゃったんだよ。だから──」
『ああ、それは熱があるからだろ。そんな高熱で普通戦わねぇ』
熱…
『数日で一気に体動かし過ぎだ。術ってのは唯でさえ消費激しいんだ。連日連続使用なんざ馬鹿げてる』
「そう言われても…」
今更教えられても、最早手遅れだ。
「てか…」
お兄さんはずっと手元に集中しており、一向にこちらを見てくれない。
『ああ、だから一回休んで出直して来い。ここで死なれちゃ困んだよ』
「さっきから何やってんの? チャキチャキと」
『あ? 弓の手入れだよ。もう長い間使ってねぇし』
そうして漸く、彼はそれから手を離した。
『ちょっと手貸してみろ』
「?」
なんだかよく解らないままに手を差し出してみる。彼の差し出した左手に、Kの左手を乗せただけ。それで何が解ったのか。
『──…。なるほど』
「? ?」
何かに納得した彼はまた手元のそれを弄り始める。
『俺の弓は扱いが難しいぞ。エネルギー消費は莫大だ。要領を押さえろ。何かしたいと強く願うんじゃない。心を空にして澄ませ。無心になるんだ』
「…無心…ね」
チャキ、と。軽く曲線を描く筒が触れられて音を立てる。
「さて…右だったよね」
その朱い部屋を横切って、右の通路へ向かう。
「──これでまた、一人増えちゃった」
最後に少し振り返る。
「ありがと先輩。やっぱK負けらんないわ」
『──ああ。頼んだぜ、《《後輩》》』
その見えない筈の顔が、確かに笑ったのが解った。
メヲアケナキャイケナイ
「」
ダッテダレカガヨンデルカラ
「」
イキテカツトヤクソクシタタイセツナダレカガ──
「───」
──ナイテ──
「うわ。まだマスカルウィンか」
上空には『眼』が我が物顔で陣取っている。
「何言ってんの。Kが倒れてからまだ五分も経ってないよ」
それは驚きだ。随分と長い時間が経った気がする。それはもう十年くらい。
「夜になるね…。悪いけどさ、一旦退いていいかな?」
視界が潤む。熱の影響で涙が出てきたみたいだ。これは思った以上に高熱の予感がする。
退く、という言葉にaが一瞬驚くが、
「その方がいいな。おまえ、熱出てるだろ」
「──…うん、よく判ったね」
続くシールの一言で納得してくれたらしい。
「ほな早退くで。二陣が来る」
「aさん、移動、お願い………」
「って、Kー!」
ここで完全にヒートアップだ。それを言うのがやっとで、Kは再び意識を手放した。




