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KのーとinS  作者: 炯斗
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12/23

5/美の国で

── side others ──

ティフェレト最大の繁華街、ウォンダミール商街道。少女は銘菓キッカロッカを齧りながら、隣を歩く友人に力説を続けていた。

「だーかーらぁー、本当だって! 昨日ネツァクの友達から電話あって、オチガミを倒した人がいるんだって!」

キッカロッカを力強く握り締め、その形を失わせていく。

「え~~~? そんな事あるワケないじゃん~」

もう何度もこんな遣り取りをしてきたのだろう、隣の少女は疲れた様子で呆れ返っている。

オチガミというのは古来から世界の天敵だ。倒す事など出来ないというのが世間一般の常識なのだ。

「その人たち、ファイアードレイクとコルードを操ってて、神さまみたいに消えたり現れたりするんだって!」

例えこの少女が言うように、近年では稀なカルキストが世に現れたとしても。所詮神の力の執行者である以上、オチガミの前には無力な筈だ。そのくらいの見解を持つ程度には、この友人は一般教養が身に着いていた。

この不毛な遣り取りにとっくに嫌気が差しているが、残念ながらまだ続きがある。

「それでね、話を聞いていくと、どうにも怪しくて」

この娘のとんでもない処は、カルキストが現れたと言っている処でもオチガミが倒されたと言っている処でもない。そこから何故か、

「ね! きっとジズフだよ! 神秘の神は人に化身するって聞いたコトあるし!」

という、突飛な結論を導き出した処にある。

「だから、それはないでしょ」

「なんで~」

ふと、少女たちは周囲のざわめきと異様な空の暗さに気付いた。

「…あれ? なに、急に暗く……」

「! ! !」

「あ、あれ…」

見上げた空、太陽を隠すように浮かぶもの。それは、新たな太陽のような。

「ファイアードレイク!?」

燃え盛る、巨大な玄鳥だった。街の上に突如として現れたドレイクは、皆が見上げる中、その巨体を一瞬にして掻き消した。

「き、消えた…」

代わりに何か、声のようなものが聞こえてくる。

「…何か落ちてくるよ!」

ざわめきの街目掛けて落下してくる未確認物体。微かにその姿を捉えた人々が叫びだす。

「ひとじゃないか…?」

「人、ほんとだ人だ」

「二、四…四人だな」

四体の人影は速度を緩める事なく落下し、二番街の方に物凄い音を立てて墜落した。

「落ちた、あっちに落ちたぞ!」

「あれじゃもう死んだんじゃ…」

「見に行かなきゃ!」

少女は友人の手を取って、野次馬の中をその中心へ向かって駆け出した。




── side K ──

「成功ー! 巨大クッション法~!」

大きなクッションの上で青褪める三つの死体を背に、きゃらきゃらと身を揺らす。

此処は、フェニックス君が間違えていなければティフェレトで一番賑やかな場所の筈だ。ターミナル参拝の前に観光を済ませようと、転移先を「一番賑やかな場所で!」とお願いしたのだが、確かに凄い人の量だ。上空から見た限りフェニックス君が降り立つスペースが無かったので、取り敢えず飛び降りてみる事にした。着地に際し何を緩衝材にするかで迷ったのだが、巨大クッションは成功した。次こそ巨大トランポリンを試してみよう。

人混みを掻き分けてやって来た数人が、Kたちに向かって声を張り上げた。

「え?」


「くそぉ~、交通違反で罰金取られるとかぁ~っ」

交通法とかあるのか、このファンタジー世界!

「俺は言ったからな、違反行為だって」

「アタシも止めたからね」

ふたりが冷たい視線を向けてくるので、堪らずグールに助けを求める。

「俺は知らん」

機嫌が悪い。髪が乱れた所為だろう。

「ファイアードレイクのカルキスト!! あのっ! ジズフですよね!?」

「じ…ずふ?」

再び掛けられた突然の声。人集りに目を落とせば、見るからに頭の弱そうな可愛らしい女の子がひとり、目をキラキラさせてこちらを見上げていた。

Kとaは首を傾げる。背後で男たちが肩を揺らす気配。どうやら震えるほど笑っている。

「ジ…、ジズフ…ッ!!」

「な、何??」

「さぁ」

どんな意味だとしてもここまでふたりが爆笑するのは初めて見る。そして恐らく珍しい事だろう。ジズフとは。

「…ジズフ…」

「…ジズフ?」

「ジズフか…」

騒ぎ出す民衆。

「あたし聞いたもん。ネツァクの友達が言ってた通り! 突然現れてファイアードレイクを使う橙髪青目のちっちゃい子! オチガミ倒したんですよね!!」

民衆に波紋を投げかけた少女は更に波を広げていく。

「ネツァクで…オチガミ…? 倒したけど…」

何故知っているのか。「友達に聞いた」と言っていたが、その友だちは時越えでも使えるのだろうか。ネツァクはターミナルの転移機能が切られていた。残る可能性としては、電話に準じるものの存在か。

「やっぱり! 伝説にもあるもんねっ」

「ジズフ…そう言えば…」

「ジズフ…言われてみれば……」

「…ジズフ……」

ざわめきが際限なく広がっていく。それは催眠に罹るように。人々は譫言のようにジズフの名を呟きながら好奇の目をこちらへ向ける。

「ね、シール…なんかこわいんだけど…」

反応がないので振り返ると

「────~っ、──ッ!!」

まだ笑っていた。

「Kが解んない事でいつまでも笑うなぁッ!!」


「ジズフは神の一人だ。『神秘』を司る」

いつもの無表情で腹を抑えながら説明してくれるシール。手加減はした。それでも痛みに慣れていないオージサマには痛かったろう。

「なるほど? で、何故笑う」

「聞くか?」

「聞くよッ!!」

張り付かせた笑顔を脱ぎ捨ててグールを連蹴する。

「俺は何も言うてへんがな!」

「るさい」

ちょっとaにイイって言われたからってその髪形キープしやがって!

「で? 伝説って何?」

「ジズフは特殊な神で…あ────(略)時として人の体を持つ、と。結構古い神だが、ジズフに関する伝承はそんなに残ってはいないな」

そろそろグールを蹴り飽きたので、始まっていた講義に参加する。

「どんなの伝承?」

「…めんどくせぇ。グール、説明してやれ」

「はっ?」

突然指名されたグールは驚いているが、一緒になって笑っていたくらいだから知っているのだろう。

「簡潔に頼むよ」

「ぐっ」

aにまで指されて引き下がれなくなった様子だ。本当にaに弱い。

かったるそうな説明が始まる。

「あ~~…何やったかなぁ。ジズフが現れたんは確か、神が現れ始めた初期の頃やな。女神やゆう説もあるけど一般的には男神っちゅー事になっとる。現れた場所は今で言うティフェレト=ネツァク間。なんや見た事もない生物従えて、物を消したり出したりしとったらしいで。俺そんくらいしか知らんわ」

「似てる…かねぇ」

「K神だったのか?」

「あはは、実は?」

「って事で、私の代で現れてくれて感激です!」

忘れてしまっていたが今Kたちは衆人環視の中に居た。

ラッキー♪と手を絡める少女の目はキラキラしている。伝承も碌に残っていないという割には随分人気者のようだ。

そんな少女に野次馬の中からまた声が。

「しかしお嬢さん、知らんのかね。ジズフは破壊の神としても知られている。あの伝説が伝えるのはジズフの神秘とともに破壊の惨劇でもあるのだよ」

途端。

「「「おまえ、神だったのか」」」

「それどーよ皆して!?」

Kはまだこの世界でそんなに破壊活動をした覚えはない。aはともかく、シールとグールにまでそう思われているのは心外だ。

「…あながち…」

シールが真顔に戻ってそう呟いた時、本格的に今の状況を思い出した。ここは、相変わらずジズフジズフと呟く民衆の群れの中心。寛いでいていい場所ではない。

「取り敢えず、参拝終わらせて宿だな。話はそれからだ」

「うん…。すっげ見られてるし」


ぴたりとドアに耳を当てて外の様子を窺う。

居る。確実にたくさん居る。この部屋は張られている!

(いる)

口パクで背後のふたりに伝える。

(コルードとか使って追い払っちまえ)

GoAwayのジェスチャーでベッドに座ったまま指示を下すシール。

(人遣い荒!)

シールが腰を降ろしているのとは別のベッドに寝転がったaがシールを見上げている。

参拝はかつてないほどスムーズだった。恐らく順番も譲って貰えていたのだろう。その後ウォンダミールの外れに宿を取ったが、先刻の騒ぎの所為で野次馬につけられたり宿屋の人がドアの前で待機していたりして困っている。

はい、と挙手で提案を示す。ふたりに近付いて小声で相談する。

(この部屋張られてんだからさ、グールの居る方に転移すりゃいーんだよね)

甦る惨劇に青褪めるシールに構う事なく、転移は実行された。




── side グール ──

「─────…」

グールはひとりベッドに仰向けになっていた。

いつものように二部屋とって、話に興味のないグールは自分の部屋に真っ直ぐ来ていた。

静かに息を吐く。

ホドの公主の瞳の色がまだ気になっていた。自分と同じ月色の瞳のツェク・マーナ。マルクトでは逢った事がない。感情が高まると金に近付く処まで同じだった。そして、置かれた境遇も。

『──…おまえのその瞳の色は、おまえが特別な証だ。おまえがここに居られる理由だ…──』

いつか聞いた、誰かの言葉が頭を過ぎる。もう細かく思い出せない。今思い出せただけでも驚きだ。もうずっと昔に捨て去った記憶。

…なのに、自分は今ここに居る。


もう一度溜息を吐こうとして──

…突然の悪寒に、目を見開いて身体を捻った。


◇◇◇


── side K ──

「よよ?」

転移完了。

完璧な着地のKと、一応ベッドに乗ってはいるが心臓を抑えて蒼白なシール。少し疲れた顔で上半身だけベッドにうつ伏せになっているaとベッド脇で額を抑えているグール。何が起きたかは知らないが、ベッドから頭…というか恐らく顔面から落ちたらしい。

ドアに耳を当てて外の様子を窺う。

「………」

人の気配はなさそうだ。

「…多分…大丈、夫。うん」

扉から耳を離してベッドに戻る。

「何や、聞かれたらあかんの?」

「いや。なんか聞こうとされると。嫌じゃん?」

ベッドの側面を背凭れにして床に座るグールを覗き込むようにベッドに寝転がるa。

「落ち着かんしな」

「ん」

シールの座るベッドに腰掛ける。グールの凭れている方はaが占有している。

「で、本題です。シールさっき何言い掛けてた?」

「ああ」

忘れかけていたのか、暫し目を閉じてから口を開く。

「もしかしたら、おまえ本当にジズフかもなって」

「はぁ~──? 本気かぁ?」

「あんだけ笑っといてよく言う」

間髪入れず洩れる抗議の声。まったくだ。

すると、シールは喉を均しだした。

「詩がある」


~おぉ我等が神秘の神よ…

幾千もの星を渡って流れ着き

宿命を揺るがし瞳を掴まん

やがて遙し古と未来を結びかけゆき

我等が元へと廻り来る

おぉ我等が神秘の神よ

其は三の僕を連れて

光と共に世を廻る……~


歌った。

「う…歌まで略しよった…しかも巧く繋げよるし…」

「アタシら下僕って事になっちゃうよ、それ認めると。ぜってー嫌」

意外にいい歌声だった。

「それに、あれだ」

ふたりの反応も意に介さず、シールは壁の画を指した。

「…あれ、ジズフ?」

恐らく宿屋は、この画があるからKたちにこの部屋を選んだのだろう。

「ああ」

壁に掛けられた画には、赤い巨鳥を従えた灰髪の男性と、蒼の龍に乗る女性が描かれていた。

「この灰色いのがジズフ?」

「首飾りを見てみろ」

ジズフは透通るような青色の、雫型の石を付けている。何か文字のような紋様が掘り込まれているが…。じっと見てみても、それがどうしたのか解らない。

「…これ」

aが戸惑うような反応でグールを見た。それでグールも画に目を遣り、軽く目を見開いた。

「偶然か? 俺の紋や…」

「へ?」

言われてグールをよく見てみる。グールの首に着いているのは、青い透明がかった雫型の霊石。

「うわ」

掘り込まれた模様まで一致する。

「で、後ろのコルードに乗った女性の外見的特長は」

「茶髪、クセっ毛、赤…目?、黄色人。女」

シールの台詞を引き継いで並べ上げる。

「もしかして、aさんかい」

「はぁ~っ?」

照れている。

「で、ボサ髪、ジーンズ、青目でK? よく似てるね、でいいんじゃない? こんなの。K覚えないんだし」

だいたい要素で言ったらシールの方が似ている。灰色の髪の目付きの悪い細身の少年だ。

だがシールは次次元に飛び立った。

「覚えがないのは、それはおまえらにとって未来だから──と考える」

「はあ…?」

納得しそうでしない声を上げてaも不可解な顔をしている。それはつまり、タイムトラベラー。

「ついてけん。俺もう寝るわ」

グールはボフっといい音を立ててベッドに横になった。いつの間にかaに場所を譲って貰っていたらしい。

疑問符が乱舞する室内で、その生みの親は自説の解説に入った。

「『幾千もの星を渡って~』。おまえらは異世界から来たという」

「うん」

「『定めを揺るがし~』。古来より巡礼を終えられれば何か起こると言われている」

「うん」

「『遥けし古と未来を結び駆け行き、我等が元へと廻り来る』……」

「………」

「………」

「…なるほどね?」

Kは眉を顰めて顔で肯いた。

「古と未来──つまり今、を結んで、我等が元、つまり過去《ハジマリ》へと廻り行くって事は、これから過去に行くって事ね」

静かに肯くシール。aはショート起こしかけている。

「ま、いーや。つまりジズフは過去で未来のKなのね」

伸びをしながら言ってみる。

「そんな取り方もできるなという話だ」

「じゃ、訊いてみれば」

手っ取り早い確認法を提案するa。

「へ? 誰に」

Kの洩らした疑問はシールの疑問でもあった。


「ジズフ? 勿論会った事はない。何しろジズフはまだ生まれていないし、彼が生まれた時、私がまだ生まれていなかったからな」

Kが陣取るベッドの脇に、神々しくたなびく長い髪。

「そして、言うなればジズフは私の親にあたる。彼の使う術を見て人々は私を創造したのだから」

神の事は神に訊け。Kたちが助けを求めたのは召喚の神タクリタンだった。

「神を、人が創る…」

感慨深げに復唱するaにタクリタンは慈愛の微笑を向ける。

「そうだ。おかしいか?」

「んー、なんていうか。…うん」

シールは極力神を直視しないようにしている様子だ。微妙な顔で黙り込んでいる。

「遥に昔、とても強大な力の塊が散ったという」

aの疑問に対する答なのか、タクリタンがゆっくりと話し始める。

それは誰も知る筈のない、遥昔の物語。まだ神も居ない頃。天に月が一つしかなかった頃の話。

「人々は昔から様々な物を畏怖し、また親しんで祭ってきた」

森や海、雷や火などの自然や神秘。人の手の届かない大きな現象に対する畏怖と親しみ。

「人の想像力は豊かだ。散った力はそれらの念に同調し人格を与えられた。そうして我々は姿容、司る時と事象、性質、時に性別すら与えられ、鬼神──神と呼ばれるものになった」

「それが神の誕生か。初めて聞く」

シールは真面目に聞き入っていた。

「ふーん」

Kは流す程度にしか聞いていなかったし、aも同様だろう。タクリタンはKに目を遣って「それと」と付け加えた。

「おまえはジズフじゃない」

「え」

明後日の方を見るシールと無言でシールを見つめるa。

「人がおまえを見て、神秘を司る神だと思った。そこは合ってるだろう。そこでその姿形・性格──此処では性質とでもいうか…が、口伝えで伝わっていきその噂から人々が創造したものがジズフだ」

「それならKじゃん」

不可思議だ。自分を指してタクリタンを見上げる。

「人の口とはどれ程正確だと思う」

出来の悪い生徒にも懇切丁寧なタクリタン先生はKの不出来を責める事なく諭すように続けた。

「それに神とは力の塊だ。例え正確に伝わろうとも、それはおまえ自身ではなくコピーでしかない」

解るか? と小首を傾げてみせるタクリタン。

後ろで小さくaが

「なるほどね、だからジズフ男神なんだ。どう見ても男の子だもんねK」

などと納得しているのが聞こえてくる。確かに今までの騒動から実感出来る説明ばかりだ。だが。

「うーん、じゃあさ、こうも言えるよね?」

タクリタンを見上げる。

「KはKでジズフだけどジズフはKじゃなくてジズフ」


「タクちゃんも納得して還っていったね」

ごろんとベッドに寝転がる。

「呆れて還ったんだよありゃあ」

タクリタンはKの言い分をきょとんとした顔で受け止めていたとaが言う。

暫らくして、誰かが戸を叩いた。

「はい? 何、どなた?」

反射的にKが答える。戸が開いてこの宿の主が出てきた。

「やや、こちらにおいででしたか。私この宿の主で御座居まして、この度はよくぞ私の…」

「あ、はい…何? 用は?」

「は…。つきましては是非ジズフ様方の御歓迎をさせて頂きたく…」

寝転がったままだった姿勢からボフっと上半身を起こす。

「歓迎…それはつまり…」

お食事! 小腹が歓声を上げ、目を輝かす。

「…まぁ、そうだな…」

「うん、賛成。食事。異議無し」

ふたりも身体を起こして、食事に向かう事にした。


食卓に圧倒的な存在感を放って並べられるその物体に、気後れして足が進まない。

「こ…これは…」

身構えたままaと寄り添う。食卓に並ぶソレは、どう見ても───イモムシ、なのだ。怯むKたちにシールが小声で告げる。

「エキンムの蒸し焼き。高級食材だぞエキンムは。ティフェレトの名物の一つだな」

「いやいやムリ」

「うん、ムリ」

せめて形を…、と呟くa。何せ丸々原形が残っている。エキンムはかなり大きなイモムシで、皿に一匹丸々乗せられている。サラダで可愛く飾付けてある所がもう何とも言えない…


「むちゃくちゃ美味しい」

もくもくと口を動かすa。そんなaを横目に見る。

「よく喰えるね…」

「いや、喰ってみろって。うまいよ」

「いや」

さすが高級食材。なんとエキンムはちゃんと美味しかったらしい。とはいえ手を出す勇気はない。マツタケやキャビアが美味しくなかったように、高級食材というのはKの口には合わないものだ。だからきっとコレも口に合わない。それでいい。

「食わず嫌いめ」

「何とでも」

横から綺麗なお姉さんが如何にも酒が入っていそうな小さな瓶を差し出してきた。

「どうですか?」

お姉さんが綺麗なので思わずグラスを空ける。

「貰う。何?」

グラスを差し出しながら、瓶を傾けるお姉さんに尋ねる。たんまりと注がれたそれを口に運び、金色の液体を口に含んだ瞬間。

「花幼虫を蜂蜜で漬けたお酒です」

ブッ──────!!

虫!!

「けへっ、グヘ、ガフッ…!!」

「ど、どうなさいました? 大丈夫ですか?」

気管に入った。些か大仰に驚き過ぎたようだ。お姉さんにも申し訳ない。

しかも甘過ぎてあまり舌に合わない。度数も高そうな熱さがあったし、気管が苦しい…。なんだってそんなに虫ばかりなのか。

呼吸が落ち着いてきてから、普通に果実酒を頼んでお姉さんには下がって貰った。


「しっかしさぁ──」

果実酒は良かった、普通に美味しかった。グラスを傾けながら静かに周囲に目を配る。

…ジズフ様、ジズフ様…、ジズフ様!

視線が辛い。カミサマやるのも大変そうだ。


夜。

食後割とすぐ陽が落ちて、四人はそれぞれ部屋で休んでいる。Kは風呂上がりだ。ティフェレトは風呂のある国でよかった。

流石に宿場街なので幅広い施設が揃っていて助かる。ネツァクでは湯に浸かる習慣がないみたいだった。暑い国だからだろうが、故にこそ水浴びだけというのもどうかと思う。

それはともかく。ちょっとした暇を持て余している。aも誘って男性陣の所へ遊びに行くとしよう。


「やぁやぁ男ども。お出《で》」

「邪魔するよー」

aとふたりでドアを開く。シールとグールは特に会話もなくそれぞれのベッドでだれていたようだ。

「寂しいねアンタたち」

呆れたaがグールのベッドに腰を降ろす。ならばKはシールの座っている横に寝転がる事にする。男どもはふたりして何か言いたそうな顔をしたが、結局何も言ってこなかった。

「で、ジズフ是非見てみたいよね! どうしたら会えるかな?」

「「………」」

「どう、グール」

返答がないので、名指しした。指名を受けたグールは面倒臭そうな顔で一蹴する。

「気軽に神呼び付けた奴が何言うとん」

「あー、なるほど。訊いてみますか。タクちゃ──ん」

空に向って呼びかける。

「そんな風に呼ばんでも」

aは呆れ顔だ。

「──何だ」

現れたカミサマもa同様の顔をしていた。

「度々ゴメンね。ジズフに会ってみたくってさ」

「…解った。次に会った時スカルティの月第二オク宵の八時に神殿で待つように伝えておこう」

タクリタンは「神使いの荒い…」なんて呟きながらも託《ことづけ》を承ってくれた。しかしその面倒臭い言い回しは。

「時を越えてるね?」

「まだ会った事がないと言っただろう」

そういえばそうだった。


「約束は取り付けたけど…」

「なんかもう、呪文のようだった」

「うん。宵の八時しか理解できなかった。いつ行けばいいって言ってた?」

頼りのシールに顔を向ける。

「スカルティの月第二オク宵の八時。つまり、今夜八時だな」

「神殿、とは?」

「ジズフ神殿だろ」

カミサマに会うなら神殿で。なるほど、理に適っている。


◇◇◇


宵八時、ジズフ神殿。


「星すげー」

街を見下ろせる高台に鎮座ますジズフ神殿で、空と地上に溢れる星屑に息を飲むa。

「でも、何も居ないよ?」

皆で首を回らすが、見える範囲には誰も居ない。

「遅刻か?」

aがそう呟いた瞬間。

「お?」

不可思議な空間に転移した。


「何この…黒光舞う空間…」

「目ェおかしくなりそう…」

辺りは暗く輝いている。闇のような光が散っている、明らかに通常にありえない空間と化していた。どうなっているのかは解らないが、この空間には光る闇の他は何もない。床は然る事、天地上下が存在しないようだ。

「──何だ、チビども」

それでも自分を基準にすると頭上の方から、声が落ちた。すゎっと現れたのは灰色の髪の青い瞳のカミサマ。こちらを見下すように降りてくる。

「俺のモデルの割には品が無いな」

「なッ」

これがジズフか。

「失礼な奴め、オリジナルに対して!」

初対面で暴言を吐いてくるカミに払う敬意はない。あちらもあちらで、こちらの文句を溜息一つで流して涼しげに言う。

「我鳴り立てるな。だから品が無いと言っているんだ」

どうやらKとは相性が悪い。

「で、何だ。もう満足か? ならもう行くが」

愛想も皆無である。

「確かに用は無かったけど。何、急いでんの?」

もう半分以上消えながら声を返すジズフ。

「ああ。そろそろ戻らないとケイが煩い」

ケイと音にすれば珍しい名前ではない為、告げられた同名に特に反応は返さなかった。

「そうだ」

ジズフは消えかけた身体を再構成して人差し指を立てた。

「『何が何でも荷物を放すな』『借りた物は返しましょう』だそうだ。伝えた」

「「え!?」」

突如ぽいっと放り出されたような感覚。直後に浮遊感。

「ぃでっ!」

「…っぅー…」

aとKは折り重なるようにして地に落とされた。衝撃はあったが怪我はしていない。精々一mもない落下だっただろう。

Kたちの落下を遠目から眺めていたふたりが近付いてくる。

「おまえら…何処行っとったん?」

「はへ?」

「会えたか」

どうやらグールとシールはジズフに会っていないらしい。

「──…うん」

覗き込むシールを見て思い出した。

『借りた物は返しましょう』

「んじゃ…はい。ありがと」

シュルっとマフラーを引っ張って首から外す。出てきたら外が意外と寒かったのでシールに借りていたものだ。シールは手を差し出しながらも不可思議そうに首を傾げる。

「 ? 寒いんじゃないのか?」

「寒いけど」

有っても無くても正直そこまで変わらない。

「なら宿に戻ってからでいい」

不可解な奴、と伸ばしていた手を引っ込める。

「でもオツゲなんだけど…」

「まあまあ、今すぐにとは言ってなかったし宿に帰るまでは良いんじゃないか?」

確かにそうだ。

「帰るまで着けとけ」

「…じゃ、そうするよ…」

皆がそう言うのであれば従っておこう。

「そうしろ」

洟を啜ってマフラーを捲き直す。巧く留められずに四苦八苦しているとシールにギュッと締められた。

「ぎゅっ…くび絞ま…」

死ぬ死ぬ! 慌てて緩めてゼーハーしていたら、背後で一歩退いたグールと軽くぶつかった。

「何や? アレ…」

トンと軽く触れる肘。

「──…悪意…」

aが真剣な声で構える。

「え?」

背後に不穏な気配を感じて振り返る。遠くの空で、空間が歪んだ。

「─────────え」

北西上空に開いた金の瞳。

  ヴ、ヴヴ…ヴッ…

「お?」

  ヴヴッ…ヴ…ッ

「「Kッ!!」」

空には無限の銀の点描。

それすら翳む金の大眼。

「え?」

月をも飲み込むような悪意の塊がその眼を開いた瞬間に駆け抜けた、物理的ではない衝撃波で足を踏み外した。

浮遊感。

目の前は鮮烈な星屑。

恐らく背後には海のような街明かり。


随分長い事浮いていた気がする。

漸く始まる、落下感と焦燥感。

「─────~~~!!」

落ちる!

先程から、フェニックス君が喚べないでいる。何故だか『穴』が開かない。このままでは死ぬ…!


手が伸びる。

 手が伸びる。

一つはマフラーを掴み、一つは細い腕を掴んだ。


「──ッ、」

「~──っ、ゴメングール…、引き揚げて…」

Kを追って手を伸ばし、共に空に身を投げたaの腕をグールが支えていた。過重を受けたマフラーはか細く悲鳴をあげている。

  ヴヴ、ヴ…

「布が…」

  ヴヴヴヴッ、

「ぐぅ…死…死ぬ…」

マフラーを腕に捲きつけて負荷を軽減しているものの、絡んだマフラーで首が絞まった。しかもKは高い所が好きではない。なので早くこの状況を打破すべく『穴』を開こうとしているのだが。

「布が、保たなぃッ」

  ヴ  ヴ ヴン!!

「「開いたッ」」

瞬間。

「「あ…」」

とても気持ちの良い音を立てて、命綱《マフラー》は力尽きた。

「うぎゃあああああぁああぁ───────っ」


「マジ死ぬかと思ったマジ死ぬかと思った…何あの『眼』ッ」

飛び出したフェニックス君になんとか助けられ、今は神殿中央で膝を抱えている。小刻みに震える身体が止められない。

「疲れたぁ」

aがそう大きく息を吐く隣で、グールはしゃがみ込みKを覗き込んできた。

「おまえでも怖くて震えるなんて事あるんやな。かわいいトコもある?」

「うっさい」

揶揄われてつい悪態を返してしまったが、言わねばならない言葉がある。

「皆、ありがと。…助かった…」

真面目にお礼を言うのは慣れていない。少し気恥ずかしい。

「「──…」」

aとグールも、驚きつつも少し照れたように顔を見合わせた。

aが膝を叩きながら立ち上がる。

「まあ気にすんな。あの『眼』が悪いんだし」

「せやな。俺はコイツ助けただけやし」

「うんまぁでも、ありがとうだよ」

段々気持ちも落ち着いてきて、漸く気が付いた。

「あ」

aの手に残った布の切れ端。借り物のマフラーを破いてしまった。

「あと、シールはゴメン。これ…破けちゃった」

「ああ、別に構わない。不可抗力だろ」

あそこで返していればこうはならなかった。だが、生きてもいなかっただろう。

「そっか、ありがと。助かった」

「俺は何もしちゃいない」

「いやいや。首絞まる程締め付けてくれたお陰で命拾いした」

「──…ジズフは何が言いたかったんだろうな」

そう言って、シールはふいとKから視線を逸らした。思わず眉が顰まる。その態度に思う所はあるが、マフラーを破いてしまった手前それは飲み込む事にする。

本当に、ジズフは何が言いたかったのだろう。

「Kに死んで欲しかったとか…?」

「神が個人に殺意抱いたりせぇへんやろ。別のモン指しとんのと違う?」

「ほえ?」

他に借りているものなどあっただろうか。

「何かあるっけ?」

「そこまでは」

「だよねぇ」

神殿の階段を下り始めているaから声が掛かる。

「もう帰るぞふたりともー」

「あ、はーい」

酷く疲れたし、とりあえず帰ろう。


「はぇー、やっと着いたよー」

一刻も早く部屋に戻って寝たい。だがその前に。

「えっと、どうしよっかコレ。一応返しとく?」

ボロボロにしてしまったマフラーの処遇に悩む。取り敢えず外そうとすると、

「待て。部屋まで着けてろ」

不機嫌そうなシールに止められた。もう我慢が出来ない。

「──…はぁ、もう…。あのさぁシール」

右に立つシールを睨み上げる。

「さっきからムカつくんだけど? それ」

碌にこちらも見やしない。あれ以降著しく態度が悪い。意味が解らない。

「────」

シールは一度口を開きかけて、飲み込んだ。

「済まないがグールはそっちの部屋に居てくれ。おまえはちょっと来い」

aとグールに一言告げてから、Kの右腕を引っ張った。

「へ? わ…」

「「はぁ…」」

引き摺られていく途中で、グールとaが無言で目を合わせているのが見えた。


◇◇◇


「ちょっ…痛いっつーの。何!やっぱマフラー裂いたの怒ってんの!?」

部屋の前で漸く右腕を振り払う。

「入れ」

「──…」

取り敢えず従って部屋に入り、ベッドに座る。

「──…で?」

「腕」

シールも向いに座ると、Kを指してそれだけ言った。

「──…うで?」

「左腕!」

言われて自分の左腕に視線を移す。

「──…おぉう」

擦過傷及び鬱血痕で大変な事になっていた。

「あー。そっか」

首が絞まり過ぎないようにマフラーを腕に捲き付けて助かろうとした痕だ。道理で何か痛いと思っていた。

「それから、襟巻取って鏡見てみろ」

「はぁ…」

言われた通りにしてみると、首も腕と同じようになっていた。

「────…うっわー」

これは酷い。首だからか、傷自体はマシなのに腕の痕より格段に痛々しい。あまりにもアレなのでもう一度マフラーを捲き直してベッドに座り直す。

「殺されかけてるよねコレ。ってか自殺痕?」

いや、やはり他殺だろう。苦し紛れの引っ掻き傷までちゃんとある。

「…暫らくハイネックだな…」

「治すか?」

「は?」

「見苦しい」

「へお!?」

訳の解らない事を言いだしたと思ったら、折角捲き直したマフラーを引かれ、押し倒された。

違う。いや違わない。両手で首を締められる形で襲われている。シールの手に力は入っていないが、それでも、恐怖を感じるには充分だった。

「あの?」

「ちょっと黙ってろ」

そう言われても、自分の上に人の顔があるのも恐いし、首に当てられた手も恐い。

「コワイか」

シールが漸く少し表情を崩した。

「~~~ムカツク」

それでもやっぱり、何処か妙だ。

「──あの時、落ちた時。何ですぐドレイクを喚べなかったか考えたか」

「──へ?」

『穴』が開けなかった理由。

「えっとそれは、知ってるでしょ? Kたち両手合わせないと『穴』開けないから…」

「じゃあ途中で開いた理由《ワケ》は?」

「──あ。ホントだ」

手を合わせて開いているのはただの癖だ。タクリタンから貰った空間を開くには、自力召喚と違って『穴』を機械で作り出す必要はない。何せ神力。Kたちの知る理屈は要らない。だが恐らく無意識に理解していた。両手を合わせないと開けないと思い込んでいたのに、あの時、手も合わせずに開こうと頑張っていた。

「あの時は、神力が使い難くなってた。解らなかったか?」

「ぜ…全然。そうだったんだ」

「ああ。普段よりずっと高い集中力が必要だった」

「へ、へぇ…」

それが、あの時途中で開いた理由だろうか。

「オチガミの時は何とかなったが、今回は…」

語尾が掠れていく。

「どうしたのシール? 何の話…?」

段々と力なく俯いていくシール。元々開ききっていない瞼が、トロンと下がっていく。

「──…なんでもない」

す、と影が落ちる。

「ちょ、え?」

「殺すには惜しいと…」

「死なないよ」

思わずムッとして反射的に返した。殺す気だったとでも言うのか。

「思っただけ、だ…」

「え!?」

ふら、と。

「えッ!? ちょっと!! シールさ~~ん!?」

ぼふっといい音を立てて倒れ込むシール。なんだかよく解らないが、確かに今日は疲れているだろう。

「Zz」

いきなり眠りこけるのはどうかと思うが、それはまあいいとして。問題は。

「重ッ…、助け、助けて~──」

首を締めたまま人の上に倒れ込むのは勘弁して頂きたい!


「………」

aは目を瞑って、難しい顔でKの目の前に座っている。

「まさかシールが暴挙に及ぶとは」

「えっとぉ」

あの後助けを求めて叫んだ処、即行でaとグールが飛んできた。つまり、近くにいたという事だ。色々と気まずい。

「ていうか腕大丈夫なの?」

しまった。隠していなかった。しかしそれをいうなら…

「いや、どっちかって言うと首の方が──…」

あれ?

「首?」

無い。あの派手な引っ掻き傷や青黒い鬱血痕がなくなっている。決して元通りの無傷な肌とはいかないが、あの見るに耐えない激しい痕がなくなっている。

──『治すか?』──

「………」

なるほど。

Kの不審な態度に特に突っ込みもせず、aは再び苦い顔を作る。

「まったく~。びっくりしたよ。入ったらKがシールに圧し潰されてるんだもん」

それはそうだろう。Kだって吃驚した。

しかしこれはどういう仕組みなのだろう。腕の痕と見比べれば一目瞭然だ。回復魔法? 流石魔法のある世界。シールがそんなものを使えるなど知らなかった。首を擦りながら、魔法という存在に感動する。

「大丈夫だったの? 変な事されてたんじゃないでしょうね」

「いや、どっちかって言うと…いい事された?」

「………え」

さっきまで茶化し顔で笑っていたaが目を見開いて固まっている。

「えっ…あっ、いや違ッ!! そんな意味じゃなくっ!!」

しまった、ちょっと言い方とタイミングを誤ったらしい。

「いやいやいや。そうか邪魔したね?」

頬を染めて視線を逸らすa。

「勘違いだから!!」

Kの紅潮は感動の意であって、aが思うような意味では決してない。シールを勝手に幼女趣味にしないであげて欲しい。


「んー…、おハヨ」

「ああ。おはようK。大丈夫?」

起き抜けの頭だからだろうか。aの言わんとする事が不明だ。

「…何が?」

aはベッドに腰掛けて髪に櫛を入れている。Kは髪を梳いた事があまりない。今日も元気に跳ねている事だろう。

aは横目でKを見ながら、一晩寝て忘れかけていた事実を突き付けてきた。

「シール。会うけど」

「……ヴぅ」

そういえばそうだった。なんとも気まずい感じになっていたのだった。


「「………」」

案の定気まずい。なんとか切り抜けたい。そうだ、とりあえず首のお礼をと思い立つ。

「ちょっとふたりとも──…まぁいいか…。あのさ、シール、首の跡…──って…」

ギロリと激しく睨まれてしまった。何がお気に召さなかったのか。もしかして秘密なのだろうか。

「首…跡って…もしかしてソレ…えぇっ!? やっぱり!?」

「だっ! から違うって言ったでしょ!!」

いい加減それから離れて欲しい。グールは欠伸交じりに

「確かに鬱血痕やけどアレは違うやろ」

などとプロめいた発言をする。

「なぁんだ」

それでaが納得してくれたので良しとする。

仕方ないのでシールと内緒話が出来る距離まで近付く。

「首、ありがと。これってシールのおかげなんだよね?」

「あぁ」

aが複雑な顔でこちらを見ているが、グールとふたり大人しく詮索しないでいてくれている。助かる。

「で、どういう仕組み?」

好奇心が僅かに気まずさを上回る。シールは複雑な表情だ。

「治療系に属する中級術だ」

「術って…契約してんの?」

Kたちの召喚はタクリタンとの契約により使えるようになった術だ。神術を使うには特定の神との契約を要する筈である。

「学ぶ事で習得可能なものもある」

「へー。じゃあKも学べば何か覚えられる?」

「どうだろうな」

会話はいつも通り…のようでいて、危うい雰囲気を孕んでる。折角こちらから関係の修繕を持ち掛けているというのに。イライラする。ガシガシと頭を掻いて一声、気合を入れる。

「っあ~~~!!」

離れたふたりを驚かせてしまった。

「もうっ! いいでしょっ!? いいやっ! 次行こ次!」

ふんっ。グールとaが身を寄せ合って「Kが狂った」と呟き合っている。失礼な。前向きに頑張ろうとしているのだ。

「はぁ、次…て言うと?」

決まっている。

「あの眼、許さん」

「うわ~…」

アイツが悪い。なんかもう多分全部アイツの所為。

「ならゲブラーか?」

グールの問いに皆でシールを見る。こういう時真っ先に道を示してくれる筈のシールは、今は──。いけない、また眉間に皺が。吹っ切ろうとしたばかりなのに。

「…シール?」

aが声をかける。

「─────────あぁ」

長い沈黙の後、漸く返事が返った。やはり様子がおかしい。そっとシールに向けて伸ばした手は、

「………、わる…い」

叩かれた。

叩いた本人も驚いた顔をしている、が。

「な…。具合悪そうかなって思っただけだよっ」

自分でもイマイチよく解らないが、多分熱でもあるのかと計ろうとしたのだと思う。それで伸ばした手を叩かれた。

──あ、ちょっとダメ。泣きそう、かも。

よしよし、と今度はaの手がKに伸びる。嘆息して事を纏め始めた。

「シール。休んどいで。出発は延ばそう」

「その方がええな。じゃ俺ちょい散歩してくるわ」

軽く手を振って背を向けるグール。

「あ…お…」

その背をaがわたわたと見送る。

「いいよ、aさんも行ってきなよ」

これは恥ずかしい。

「でも」

「いいって」

此処は是が非でも出て貰おう。これ以上は顔が燃え尽きる。

「いーから行けっ」

本当に頼むから。

「ほら、じゃあ行くで。ええから来ぃ」

それでも渋るaをグールに任せ、手を振って送り出す。

見えなくなった所で表情を消した。

「じゃあK部屋に居るから」

顔も見ずにそれだけ告げて、立ち去ろうとした。

「───おい」

「あ?」

引き止める声が上がった事に驚きは感じつつ。

「…悪かったな」

「─────…」

何を謝っているのか定かではないが、確かに、謝られる事をされた気はしている。

「うん」

頷きだけ返して、別れた。


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