第四話 怪談【アララギサマ】
キーボードを叩く。
この夏休みは、確かに怪談を書こうと決めていた。時間はたっぷりある。夏休み明けに、由佳がクラスメイトを震え上がらせるのを見てみたい、などと黒い期待をしながら。
だがまさか、二週間で五本も書くことになるとは思っていなかった。
「ああもう!」
ネタが向こうからやってくるのだから忌々しい。
「なんで私ばっかりこんな」
「それはまあ、けしかけるやつがいるからだろうな」
床に転がって、アララギサマはあっさりと言う。振り向いた明依を片目で見上げ、不味い、とでも言いたげに視線を逸らした。
「へーえ。何で分かるんです? まるで犯人みたい」
「……あのな。怪異もウツロも人の死角の住民だ。だから、人より多くのものが見えるんだ」
「じゃ、教えてくださいよ。私をこーんなに苦しませてる黒幕ってやつを」
「今せんべい食うのに忙しい」
歌舞伎揚げを袋ごと貪るアララギサマに、明依は鼻を鳴らす。
「ま、美味しい怪異が食べられて、強くなれればいいんですもんね、アララギサマは」
「後半はともかく、喰えればいいのはそうだ。俺はそういう怪異だからな」
「コンビニ行ってきます」
USBメモリを引っこ抜いて、明依は椅子から立った。印刷した怪談は、明日由佳に渡す約束だ。怪異談も五度目となれば慣れたものである。
明日は、三週間の課外授業の最終日。アララギサマとも出会って三週間だ。
「次の飯の名前は?」
「【愛玩】……怪異を飯呼ばわりは流石に」
「何だ、甘ったるそうなやつだな」
「味の違いなんてあるんですか?」
そもそも、食べ物もビニールも木も紙も、アララギサマは区別なく咀嚼する。
「あるとも。【夕暮】は甘かった。枇杷のようだ。【巣籠】は少し苦い。若い瓜のようだ。【狩】は刺々しいくらいに塩辛かった。魚のようだ。【喘鳴】は味が薄かったな。重湯のようだ」
そう具体的に言われると、アララギサマも人間とそう変わらないような味覚を持っているのかと思う。だが、何を食べても美味いと言うアララギサマなので、どれほど信用できるだろうか。
「あの、ちなみにノートって美味しいですか?」
「紙の味がする」
どんな味だか想像できなくもないが、想像したくはなかった。
「どれ、お前が出るなら俺も」
「そこのコンビニ行くだけですよ? 襲われても逃げられます。【愛玩】は足が遅いですし」
「つまみ食いされるのは気に食わない」
「私を?」
「お前を」
明依は唇を曲げた。
「もう怪異談されている怪異って、どうやって倒すんでしょうね」
「は。さてな。怪談を探して、上書きでもしてみたらどうだ。少しは効果があるかもしれないぞ?」
「見つからなかったですもん。【アララギサマ】の怪談。それと、あなたの本当の怪談」
「……ふうん」
マンションを出ると、途端にかっと夏の日差しが降り注いだ。まぶしさに目を細めて、明依は片手で庇を作る。横にあったアララギサマの影が消え、振り返ると、敷地との境界でアララギサマは足を止めていた。
「……どうしたんです?」
「いや。やっぱり、留守番をしている」
「……? そうですか」
一瞬。柔らかく笑ったアララギサマの姿に、小さな子供が重なった。明依は目をこする。相変わらず、薄暗がりにいるのは、年齢の読めない青年の姿の怪異だ。
「……なまえ」
「うん?」
「あなたの、本当の名前は何ですか?」
そう口に出したのは、ほとんど無意識だった。アララギサマは、前髪の奥で軽く目を見開く。だがすぐにその表情は消え、鋭い犬歯が唇の間から覗く。ぞわり、と明依の背を悪寒が這い上がった。
「残念、ほんとうはなくしてしまってな。そも、名は性を縛る。お前がウツロに名付けるように。こうあれかし、という枠が名だ。それをなくしたからこそ、俺は怪異になったんだ」
アララギサマは、大股で明依に近づくと、ずい、と顔を明依に寄せた。
「それとも何か? 名を知れば俺が知れるとでも思ったか」
「……いいえ」
「ならいい」
明依の数歩後ろを歩き、アララギサマはふっと短く息を吐いた。そして、そんな人間らしい癖に苦笑する。
「……もしお前が望むなら、全てが終わったその時に」
その先の言葉を飲み込んで、アララギサマは目を伏せた。
課外授業の最終日。昼食の後は、視聴覚室を借りて、落語研究会が怪談のスペシャルトークショーをするという。日ごろから由佳の怪談を楽しんでいたクラスメイトは、こぞって参加するらしかった。
絶対に聞かないことを条件に、明依は手伝いを引き受けた。思ったよりも観客が多いらしく、視聴覚室の椅子が足りないそうだ。近場の美術室から借りる約束をしているから、と、落語研究会の一人から鍵を受け取って、明依は美術室に入る。絵具と紙と木、それからよく分からない色々なものが混ざった匂いがした。
「失礼しま……」
一歩踏み込んで、足を止める。
先客がいた。部屋の中心で、こちらに背を向けている。手には下敷き代わりの木の板と、その上に留められた紙があった。もう片方の手には、細い筆を持っている。
人間ではない、と即座に明依は判断した。黒の髪からは尖った耳の先端が出ており、青みがかった緑色の着物を羽織っていたからだ。腰帯には、蓋のついた墨壺がいくつも吊るされている。
その怪異は、鴉を描いていた。剥製だろうか、机の上には一羽の鴉がいる。明依はごくりと唾を飲み、わざとらしく戸を閉めた。瞬間、怪異は鋭く振り返る。
「あ」
目が合った。咄嗟に目を逸らそうとして、
「カイ先輩?」
そう、口に出していた。怪異は青い目を見開く。
「不思議なことを言う。僕が見える天眼というだけでも珍しいというのに、人間と見間違えるなんて」
音もなく、怪異は立ち上がった。と、ピクリとも動かなかった鴉が、首を振って羽を広げた。
「それに変なものに取り憑かれているね」
「変な……」
口元に手をやって、くすり、と怪異は笑った。
「ここで出会ったのも何かの縁。一つ、警告をしてあげよう」
海のように揺れる目が、すうっと細められる。
「君に取り憑いているそれは、ひどく厄介なものだ。怪異には情も理性もない。だが、自分にとっての極上の快楽のための自制は、できてしまう。残念なことに」
羽繕いをした鴉が、窓から飛び立っていく。それを目で追ってから、怪異は指を口の前に立てた。
「彼はいつも飢えている。そして、その飢えを満たす方法を知っている」
薄い唇の間から歯を見せて、怪異は怪しく笑った。
「彼は、怪異【貪食】。天地の間にある須くを喰らい、己の糧とする。彼の好物は怪異。だが今時分、新たな怪異など生まれない。ならばどうする?」
「……怪異談」
「そうだ。怪異談で怪異を生み出させる。そして、怪異談をし続けた少女という怪異が生まれる瞬間を、待っている」
「……え」
「怪異は現象、特異な概念だ。君はすでに、普通の女子高校生の枠から逸脱しているんだよ」
明依の背中が粟立つ。怪異はやおら立ち上がると、音もなく明依に近付いた。黒い筆の先端が頬をなぞって、明依は、怪異の顔が鼻先に触れそうなほどに近付いていたことに気付く。
「よく」
囁くような声。頬に塗られた何かが、言葉に従って熱を持つ。
「考えて。彼にとっての利益は何なのか」
怪異はそのまま、明依の横をすり抜けていった。はっと振り返ると既にそこに姿はなく、由佳が不思議そうに首を傾げているだけだった。
「明依、カイ先輩が遅いねって。何かあった?」
「……先輩……え、あ、ううん、ごめん。何でもない」
頬を拭って、明依は顔を笑わせた。
「何かあったでしょ」
「何でもないって」
由佳の両手が、明依の頬をつかんだ。
「じゃ、私の目を見て言ってよ」
「……ごめんってば」
レンズごしの由佳の目は、明依の不安を見のがさない。見透かされていると察して、明依はゆっくりと一つ、瞬きをした。
「今、ここに……怪異がいて」
「……うん」
「私達はこれまで五回、怪異談をしたでしょ? それは、怪異が襲ってくるから。……だけど、そのことで、一番得をしていたのは、誰だろうって」
うすうす、勘づいてはいたことだった。アララギサマを疑ったのは昨日や今日が初めてではない。
「アララギサマは、」
あの怪異は――絵描きの怪異が【貪食】と呼んでいた彼は、食べたものを取り込み、その力を利用できる。【夕暮】の力を使っていたことを否定しなかったことからも、これは事実だと考えていいだろう。名を隠し、本性を隠して、彼は【アララギサマ】として明依の傍にいる。恐らく、それが最も都合がいいから。
(でも、だとしたら)
「……明依?」
(どうしてあの時)
明依はぎゅっと目を閉じ、記憶をたどった。
初めての怪異談の、その前。【夕暮】と名付けたあの怪異が襲ってきた、三週間前のあの日の夕暮れ。
「……由佳」
由佳の手を握って、明依は目を開く。
「怪談、私も聞く。由佳のと、カイ先輩の」
「え? うん、それはいいと思うけど……」
由佳は明依を見返し、それから、きゅっと唇を閉じた。
「ごめんね待たせて。すぐ椅子運ぶよ」
「明依」
「うん?」
「私は明依の味方をするから」
両手の人差し指を口の端に当てて、由佳はにっかりと笑った。
「明依が信じるものを、私も信じる。明依のことを信じるよ。親友だもんね!」
「……由佳……」
疑うことは恐ろしい。それは、信じていた自分自身を捨てるということだ。
だが、盲信して気付けば泥沼など笑えない。
「ありがとう」
だから、崖から飛び降りるような覚悟で、明依は信用を捨てた。そこに道連れがいれば、どれほど心強いだろう。
「カイ先輩の出番は最後だから、一時間半くらい後。その間、どうする?」
「調べものしてくる。それから」
ぱん、と両手で頬を叩き、明依は表情を引き締めた。
「やっぱり一度、本人に話を聞く」
拳の風圧が、頬をかすめる。
「何だ急に物騒な」
「お心当たりは?」
「……いっぱい」
「よろしい」
部室棟からプールの横を抜け、短い階段を下ると第三グラウンドがある。校舎からはほぼ死角で、今日は使っている部活もなかった。その片隅の道具小屋に寄り掛かり、アララギサマは憮然として腕を組む。
「いきなり脅しとは」
「色々と答えてもらいたいですけれど、うだうだ話すのは面倒なので」
「脳筋め」
「うるさいな」
明依は一歩引き、拳を握ったままで表情を引き締めた。
「質問に答えてくれますね?」
「答えられるものになら答えよう。代わりに、あの水色のアイスが欲しい」
「じゃあソーダのアイスキャンディーは約束します。まず一つ。確認です。アララギサマは、食べた怪異の力を使える怪異ですね?」
「ああ」
あっさりと肯定し、アララギサマは頷いた。
「じゃあ次。アララギサマは、私に怪異をけしかけている黒幕が誰かを知っていますね」
「ああ」
「……それはアララギサマで」
「違う」
噛み付くような否定だった。明依はややひるむ。だがアララギサマはそれ以上何も言わず、またゆっくりと腕を組んだ。
「じゃあ……アララギサマは、怪異談をし続けた少女、という怪異を知っていますか」
「……知っている」
「アララギサマの……いえ。【貪食】、あなたの目的は、私を怪異にして食べることですか」
「……どこでその名を」
明依はじろりと睨みつけて、答えを拒絶する。今は自分が質問をする時間だ。
「……分かった。今ここでお前に全てを教えてもいい。だが、お前がどれほど信じられるかだ。俺は怪異、人でなしだ。明依、お前のことも、由佳のことも、どうでもいい、と言えば、」
「まだるっこしい」
「俺が喰いたいのはお前じゃない」
まあ待て、と言いたげにアララギサマは諸手を挙げた。
「もう一度言う。どこまで信じるか、だ。俺はお前を喰いたいと思って近付いたわけじゃない。どうあっても喰いたいものはあるが、それはお前達には関係ない。……以上だ」
「嘘」
「ほら信じない」
嘲るように口の端を上げて、アララギサマは明依を見下ろした。
「こう言えばいいか。『お前を怪異にしようとしている奴は、別にいる』」
「誰ですか?」
「それを言うと、俺の目的に差し支える」
だが、とアララギサマは片手を明依の頬へと伸ばす。掌から伸びた舌が、べろりと明依の頬を舐めた。明依は「ひょあっ」と素っ頓狂な声を出す。ひんやりとしているような、生ぬるいような、奇妙な感触だった。触っても濡れてはいない。
「最初に怪異談をお前に教えたのは、誰だ」
「……アララギサマでしょう?」
「思い出せ」
アララギサマは掌の口をむぐむぐと動かすと、そのまま、舐め取ったものを地面に吐き捨てた。
「よく、思い出せ」
頭の奥に、針が刺さったような痛みが残っている。
三週間前、アララギサマと出会った後に、怪異が見えるようになった。そして、アララギサマに相談を――違う。
「【画客】に会ったな? あいつは、人の記憶を塗り替えるんだ」
アララギサマは、明依の唇に指を当てた。
「ほんとうが分かるはずだ。今のお前なら」
じわり。
見えている世界に、別の景色が重なる。蝉時雨、木々のざわめき、午後の風。それらは、死角を闊歩する怪異達のささやきとなる。見下ろしてくるアララギサマは、見上げてくる少年へ。くすんだ赤黒い風の合間に、羽虫の群れが通る。四つ目の犬が、するりと足元を通っていった。空を泳ぐ寄生虫のような平たい怪異。その尾の先には、首を吊った誰かの幻影がある。
常人には見えない世界。それは、決して美しいものではない。一瞬のうちに流し込まれる情報は、瞬きを忘れるほど鮮烈だが、目を閉じなければ間違いなく、気が狂う。
アララギサマの手が、明依の目を覆った。はっと息を吸って、明依は喉に手を当てる。
「……私、もう怪異になっているんですか」
「怪異は人には見えない。お前はどうだ」
「見えてる……と、思います」
「そうだな」
明依は握った拳を胸に当て、緩く唇を噛んだ。それからぎゅっと一度目をつぶり、顔を上げる。
「『助けて』と言われて、俺は来た。……お前を助けるまで、お前から離れない」
「……アララギサマ……」
優しい声音だった。明依は探るように、アララギサマを見上げる。と、さっとアララギサマはそっぽを向いた。
「だったら全部教えてくれてもいいじゃないですか?」
「それはそれ。これは、これ」
明依と自分を順に指差して、アララギサマはふんと鼻を鳴らした。
「だいいち、『助けて』なんて曖昧な言葉で言うからだ。最後にお前が、人間として生きていればそれで助かっているだろうが」
「ひっどい、私だって不安なんですよ? それに、私から結構報酬もらってるじゃないですか。アイスとか、アイスとか」
「仕方ないだろう。生きていると腹が減る。仕事には報酬。護衛も牽制も立派な仕事だ」
アララギサマが横に手を伸ばすと、ぐげっ、とその先で何かが悲鳴を上げた。
「ほら見ろ、眼が来た」
突き出された三つ目の雀に、明依は顔をしかめる。アララギサマは握りつぶすように雀を飲み込むと、とん、と自分の目元に指を当てた。
「話はどうやらここまでだ。俺は腹ごしらえに行く」
赤銅色の虹彩が、じわりと深紅の光を帯びた。アララギサマの姿が揺らぎ、霞のように消える。
「ああ、それとこれはさぁびすだ」
声だけが、耳元で囁いた。
「お前に巣食う怪異の名は――――」
ざあ、と木々の枝を揺らした風が、明依の背を押し、そのまま空へと吹き抜ける。
アララギサマの気配が遠のいてもしばらく、明依は空を見上げたまま立ち尽くしていた。相変わらず、風も日差しも熱い。砂塵を含む熱風が、少し不快だった。
さて、何から手を付けようか。
音を立てずに明依が視聴覚室に入ると、一年生の最後の順番だった。カイの順番は最後で、今はその直前、由佳がまさに語り始めようというところだった。壇上に上がった由佳を、クラスメイトが拍手で盛り上げる。由佳は照れたように笑ってから、すっと表情を引き締めた。
「さて、御噺の前に一つ。コックリさん、という儀式をご存知ですか?」
定番の話題だ。今時の高校生で本気で行う者もいないだろうが、多少の怖さと興味を抱いている生徒は少なくない。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください……狐、狗、狸の霊を呼び、質問に答えてもらう、降霊遊戯」
冷たい風が吹いた気がして、明依は身震いをする。それは、誰かが気付かないうちに冷房を強めただけで、演出に過ぎない。そう、分かってはいる。そもそも由佳が語る怪談の作者は明依であり、落ちも筋書きも知り尽くしているのだが。
「たわむれに霊を降ろし、問答する――さて、本当に。そんなことが可能なのでしょうか?」
由佳の声が低くなり、明依はそっと、髪の下で耳にイヤホンを詰めた。
「本来、霊のいるところは人とは交わらない場所です。しかし、そんな境界を越えてしまうものが一つ。人の声、つまり、言葉です」
暫時、しん、と重たい静けさが、視聴覚室を包む。空調に暗幕が揺れ、ちらりと午後の日差しが差し込んだ。だが誰一人として、そちらを振り返らない。既に場は、由佳の声が支配していた。
明依はカイへと視線を向ける。カイは薄く微笑んだまま、舞台の由佳を見ていた。頭の中でその様子を文字に起こしながら、明依は手元に視線を落とす。その手には、小さく折りたたまれたコピー用紙が握られていた。
やはり、似ている。美術室にいたあの怪異に。だが、明依があの怪異と話している間、由佳もカイと話していた。いくら怪異であっても、同時に二か所に存在するなど可能なのだろうか。いや、そういう現象ならあり得るかもしれない。
だが、仮にあの怪異とカイが同一だとして、目的は何なのか。自分の疑いの目をアララギサマに向けたところで、アララギサマは真っ向から否定した。もちろん根拠はないが、疑う理由も今のところ、ない。
「……、」
両手で頬を覆う。疑るだけならばともかく、疑心暗鬼に陥ってはしょうがない。
話は十分聞いた。ならばあとは、決めるだけだ。ほかならぬ、自分自身が。
「……私は」
何を、どこまで信じるか。
壇上の由佳を見る。その明依の瞳が、ゆらりと金色の光を帯びた。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください。女子生徒は一人、紙の前で祈ります。指先で押さえた十円玉が、ずるずると、紙の上を這いまわる。指が真っ白になるほど押さえつけても、紙が破れそうなほどの力で、文字を刻みます」
ぱん、と扇子が鳴る。誰かの短い悲鳴が、沈黙を破った。
明依の視界の端、窓の外を、何かが横切った。
由佳の怪談が終わり、カイが壇上に登る。大トリとして現れたカイは、拍手で迎えられた。
明依は一端視聴覚室を出る。と、窓をすり抜けて、アララギサマが隣に立った。手には、薄黄色の核を持っている。
「また怪異を食べてきたんですか」
「先に謝っておく」
二口で核を飲み込んで、アララギサマは眉間にしわを寄せた。「檸檬のようだ」と呟いて、アララギサマは廊下を向こうへと歩いていく。
「……?」
アララギサマの影を目で追って、明依は首を傾げた。
視聴覚室に戻ると、既にカイの語りは始まっていた。明依はスマートフォンを見下ろし、録音が開始されていることを確認する。
「それでは語ってあげましょう」
薄い笑みのまま、カイは扇子を口元に当てた。
「公衆電話に巣食う怪、名を【アララギサマ】。ご存知ですか。人でなくなり、人に忘れられた、そんな、少年の幽霊の御噺を」
語られた言葉に、
「……あ」
明依は、スマートフォンを取り落とした。




