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ジルの治癒魔法のおかげでリリーはどこの不調もなく、ギルド本部へと新たなパーティメンバーとして登録をすることになった。
新たにメンバー登録したリリーは、クラノグに当面の生活用品や衣料品を揃えてもらった。動きを阻害しないようなノースリーブのタートルネックにショートパンツ、タイツの上から膝下までのブーツを履き、革のグローブ、丈の短いケープマントを羽織り、左の上腕には星が彫られ所々に宝石があしらわれている太い腕輪を身につけられていた。
ただ彼女の首にはまだ奴隷の首輪がはめられていた。
「とりあえず、メンバー登録は終わったよ」
受付のお兄さんから、新しく発行して貰ったパーティ登録証を貰う。
「その奴隷の首輪は厄介だよ。相手が死んだと思って所有権を放棄してくれているといいんだけど……」
「これはこっちでなんとかするよ。あいつらにあったらそれとなく情報を聞いといてくれるか?」
「おいよ。あいつらには手焼いてるから、これで何とか踏み止まってくれるといいんだけどな。……後は良ければこれ。簡単?だけど、割のいい依頼。……ギルドで何とかしたかったけど、できなかった詫びかな。困ったら何とかするから言ってくれよ」
「助かる」
そう言い立ち去ろうとする四人に、受付のお兄さんはもう一言申しつける。
「あ、そうだ。申し訳ないけど、その依頼が終わったらもう一つ頼みたい依頼があるんだ。『黒い雨』の討伐依頼だ。こちらは日時指定だけど、まだ時間はあるから……」
「『黒い雨』が出たなら仕方ないよね。……二月は先だね。まだ実体化はしてないのね」
ジルは依頼書をみながら、ランベルトとクラノグの顔を見て、依頼を受けると伝えてギルド本部から出た。クラノグが先頭となり、そのまま少し歩き人通りの少ない裏路地へと入っていった。
「さて。まずはこの奴隷の首輪をなんとかしようか」
「なんとかできるの?」
ランベルトが不思議そうに尋ねてきた。
「偽証の魔法は妖精の専売特許だからな」
そう言うと、魔法陣を組み立てていく。小さな立体魔法陣は、そのままリリーの奴隷の首輪へと吸い込まれていき
パキッ
真っ二つに割れた。
「クラノグ、すごい」
「さすがだね!」
「魔法って便利だな」
リリー、ジル、ランベルトとそれぞれ感想が出るが、全く表情を動かさずに割れた奴隷の首輪を片手で握り込み、粉々にする。
「全く……。俺の妹分に何をしてくれてるんだ……。覚えとけよ……」
粉々になった奴隷の首輪は、黒い鳥の姿になり空へ飛んでいった。
「さあ、我々妖精が護ると誓った者への害意は、報復をもって返させて貰おう」
「……悪い妖精みたい……」
「お前殴ってやろうか」
ランベルトがボソッと言い、クラノグに腹を殴打されて蹲ってしまった。
「クラノグは妖精の割に血の気多いんだよ?」
「………そ、そうだね」
「突撃する司令塔みたいな感じかな?クラノグみたいなのは敬遠されるかと思ってた」
リリーに言われてしまったが、ここ数ヶ月の付き合いでランベルトも何となくわかってきてはいた。
妖精といえば、博識、冷静で穏やか、感情はあまり動かないというのが一般的ではある。クラノグは、古の妖精の中でも比較的感情的で特に護り手となった今では、兎の獣人達を護る第一人者ともいえる存在となっていた。
兎の獣人に害を為そうとする魔物や、時には拐おうとした魔族をとりあえず再起不能にしたり、獲物になりそうな場合には妖精の国に落としたりしていた。
リリーが奴隷狩りに連れ去られたときにも、古の妖精達の間では、様子を見る派とすぐにでも探しに行く派に分かれて話し合いが行われたが、何度も紛糾してしまっていた。そのためすぐにでも探しに行く派の中で、話し合いが行われ、探索と偽証魔法が得意であり、他種族とも比較的懇意に付き合うことができるクラノグが抜擢された。
抜擢されたクラノグは密かに集落を出て、近場の街で探索を行った。しかし、行動を起こしたのが遅かったためか見つからず、そこからさらに足を伸ばすが、確たる証拠が見つからなかった。そのため冒険者登録をし、パーティに入り紛れ込もうと考えた。クラノグは奴隷狩りに見つからないように、御し易そうなジルとランベルトのパーティに入りながらリリーを探していたようだった。
「リリーの言うことは最もだな。彼らは俺が、探し人がいると言ったら快くパーティメンバーに加えてくれたが………。俺がいうのもあれだが、パーティメンバーはよくよく見極めたほうがいい」
にっこり微笑んだクラノグはとても良い笑顔をしていた。逆にジルとランベルトは顔を見合わせ苦い顔をした。
元々ジルとランベルトは二人でパーティを組んでいた。近接二人ではあるが、依頼を選べばそれなりにこなすことができていた。しかし、やはりある程度のところで個人ランクとパーティランクが上がらなくなってしまった。これといった目標はなかったが、やはりランクはあげて難しい依頼をこなしたかった。そのために人格が良く、長距離、中距離担当のメンバーを探していた。そこにクラノグが現れ、言葉巧みにいつの間にかメンバーとなっていた。クラノグが涙ながらに、大切な仲間を探していると二人に訴えると、二人も涙ながらに協力すると申し出てくれたのだった。
「ジルとランベルトのおかげで奴隷狩りにも見つからず、目的のリリーが見つかって本当に助かったよ」
「「…………それは良かった……」」
そう言ったジルとランベルトの顔はなんとも言えない顔をしていた。
***
数日後。
リリーはクラノグと同じ宿屋に部屋を借り、そこで寝泊りすることにした。三食きちんと食べ、身なりを整え、休息をしっかりとることで、リリーのこけた頬や落ち窪んだ眼窩は少し戻ってきた。パールホワイトの毛並みも艶が出て、瞳にも力が戻り始めていた。
リリーがパーティメンバーになったため、ジルのパーティはリリーが本調子になってから活動を開始することになったが、リリーは体力が戻る数日間は暇を持て余していた。そのため、クラノグと簡単な依頼をこなしたり、ジルやランベルトと状態回復訓練と称し、打ち合いや模擬試合などを行い、これならと他三名に承諾をもらい、四人で活動再開しようという話になった。
四人はリリーをパーティメンバーとして迎えた後、一先ずは依頼活動におけるリリーの状態回復も兼ねて、数日前にギルドの受付のお兄さんから受け取った、割のいい仕事(?)を受けることにした。その依頼は魔の森の深淵に突如として姿を現した城の内部調査であった。
「いつの間にか姿を現したみたい」
「魔法で消していたのかな?」
「みたいね?先にいったパーティが、周辺の探索をしたみたいだよ?」
魔の森の深淵には人には計り知れない物が多く、それを守るための物かは不明ではあるが、巨大な魔法陣や迷いの森、守護者が存在した。今回突如現れた城は、その一つではないかと言われている。
すでに何組かのパーティがその周囲を調べ上げていた。城の周囲にあった魔法陣により城の姿が見えなくなり、さらに透過や気配遮断の魔法などが複数、城とその内部、周囲にかけられていた。今回魔法が消失した原因は周囲の調査をもってしても解明できず、城内部の調査へと移行することになった。
「古城っていうのが嫌だな」
「主人がいてもおかしくないわね」
「……ってなると高位のモンスターがいるかもしれないな」
クラノグも会話に加わり、仮説を組み立てて行く。
調査の過程では周囲にアンデットの気配が色濃く漂い、レベルの低い神官や巫女達は体調を崩す者も多く出たほどだ。
「高確率で不死の王だろうな」
ジルの手にあった依頼用紙をながめながら、クラノグが結論を出す。ジルとランベルトも予想していたようで、必要な道具を幾つか見繕ってはいたようだった。
「じゃあ、道具屋で必要な物揃えて、野営の準備しようか」
「はい!野営の準備なら整っています!」
力強くリリーが手を上げて、褒めて褒めてと言わんばかりに自身の功績を主張した。
「……|魔法の袋「マジックバック》か」
「はい!クラノグとラクラン、オーベンに貰ったものです!四人なら一週間は野営できる荷物が入ってます」
そういうと小さな巾着袋をとりだした。少しくたびれた皮袋は、片手に乗る程のサイズでリリーの腰のベルトに下げられていたものであった。
「食料は心許ないですが、テントや寝袋、鍋、蝋燭、毛布まで完備ですよ!」
リリーは幾つかの魔法道具を身につけていたが、どれも上から偽証の魔法をかけられており、前のパーティから取り上げられなかったのだった。
これらの道具は、リリーが前のパーティから、魔物の盾役だけではなく、ダンジョンの奥で置いて行かれたり、炭鉱のカナリアの如く、魔物の巣やダンジョンへの先駆け役を担い、さらに生きて帰るために必要なものを揃えていた。
「……あいつら、楽には殺さない……」
なんて事はないと言うふうに語るリリーに、何とも言えない顔になるジルとランベルト、そして怒りを滲ませるクラノグであった。
「じゃあ、食料買ってくるかな」
「あ、ラン、私も行くよ。道具屋で聖水ももう少し買わないとね」
ジルとランベルトが買い出しに行き、リリーとクラノグは残ることになった。
「きちんとは見ていないが、傷は残ってないだろうな?」
「うん!ジルのおかげかな?すごい傷がたくさんあったけど、傷跡は無いと思う」
「お前未婚なんだから気を付けろよ。気のない奴と添い遂げたくないだろう?」
「あまり考えたことないけど、そうなのかな?」
「俺に聞くな。獣人のことはわからん」
獣人は惚れ込みやすく、一度惚れた相手には執着を見せる。相手が思いに答えてくれれば良いが、そうでなければただ、ただ恐ろしいイベントにしかならない。リリーはまだそんな相手に出会ったことがないので、集落の家族やら友人達から聞いた話だけだが、運命の人に出会うと本能でわかる、とのことだった。
「……運命の出会いなんて諦めてたんだけどね。……クラノグはまだ独身?」
「……逞しくて強い女性との出会いがほとんどないんだ……」
妖精族の割に血の気の多いクラノグではあるが、その姿は儚げな妖精そのものではある。そしてクラノグは、種族を問わず筋骨隆々とした逞しく、強い女性が好みであった。
「私もそんな女性見たことない」
「一度だけ冒険者ギルドで見たことはあるんだ……。ただ、あの淑女には好いた相手がいるらしい……」
「残念だね?失恋パーティする?」
「パーティはやめろ。彼女はどうやら好いた相手とは、あまり上手くいっていないようだから、また出会えた時には遠慮はしないつもりだ」
「その女性の動向を何で知ってるのか気になるけど……」
「何、簡単なことだ。使い魔の魔法の応用で全てわかる」
「…………それって……」
親しくしている兄貴分の妖精の、知ってはいけないことの一部を知ってしまい、慌てて話を変えた。
「ラ、ランベルトさんは呪われてるって聞いたんだけど、あのままで大丈夫なの?」
「あー、俺が見てる中では解呪しようとはしてなさそうだけど……。進行はしてそうなんだけどな」
「人狼化の呪い?」
「知らん。魔女をふったら呪われたって」
「よくわからないね」
「呪いなら魔族に聞いたほうがいいだろうが、知り合いにはいないしな」
「私もいない。調べられる範囲で調べてみようかな」
「呪いはよくわからないなら手を出さない方がいい。近づくだけで影響があるかもしれないからな」
「わかった」
そんな話をしている内に、ジルとランベルトが戻り、依頼の魔の森の深淵へと向かったのだった。