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一日一話投稿します。全8話話の予定です。
タイトル変えました。
「うわああぁぁぁぁぁあああああ!!」
「きゃああぁぁぁぁぁあああああ!!」
明らかに女性の声ではあるが、叫び方が明らかに女性的ではない叫び声は、頭から兎の耳がでている女の子から。
絹を裂くその乙女のような叫び声は、棺で上半身を起こしている男性から。
なぜこうなったのか。物語は少し前に遡る。
***
ネツアクの大陸は、魔の森が多くを占めており、その麓には魔の森から溢れ出てくるモンスター討伐や魔の森の採取などの依頼とそれらを請け合う冒険者達の仲介の元締たる、冒険者ギルドがあった。
「おい、こっちだ」
彼らは魔の森の深淵に近いところに潜んでいた。ギルドから依頼を受け、魔の森へ入った五人の冒険者パーティ。戦士、魔法使い、魔物使い、武闘家、神官、そして人数には含まれない兎の獣人が一人。彼らは小山ほどの大きさのある一つ目の巨人、サイクロプスをみていた。本来であれば一体を追い払うだけでよかったが、何故か二体いた。
「二体か。依頼と違うぞ」
「だが、どうする?」
「成功すれば割増だな」
「一体ずついけばやれるな」
「一体は少し小さいし」
彼らはすでに二体撤退させ、割増料金をもらうということで決めたようだ。
彼らは最近ランクを上げている冒険者パーティではあるが、評判はよくはなかった。それは彼らが奴隷を酷使することで有名な冒険者パーティであるからだ。
「あいつら二体追い払えば、俺達の実力を疑ってる奴らの鼻もあかせるな」
「ギルドの受付の姉ちゃんも愛想ねぇしなぁ」
「ちょっとくらいおっぱい触らせてくれたっていいのによ」
「おい、殴られっぞ」
軽口を叩いてはいるが彼らは緊張していた。彼らの実力では、サイクロプス一体追い払えるかどうかの実力だからだ。彼らは自分達のランクを上げるために、奴隷を使い始めた。最初はただばかにされたことが悔しくて、相手を見返すための手段ではあったが、それは思いの外良い手となった。奴隷を悪い意味で使い潰すことで、自分達の実力以上の依頼を達成してすることができた。肉の壁として、囮として、捨て身の攻撃手段として。その恩恵として冒険者としてのランクもあがっていった。そんな彼らの行動は、人道に悖ると他の冒険者からは批判も多いが、冒険者ギルドは自由を標榜している以上、彼らのやり方に忠告すること以外何もできなかった。
彼らは今回も連れてきている兎の獣人を囮として一体のサイクロプスに、その間にもう一体を追い払おうと考えていた。
彼らが連れてきている兎の獣人は、このパーティでは7人目の奴隷であった。この奴隷は思いの外長生きで結構役に立っていた。戦闘能力も高く、行動が素早く、立ち周りも良いと来た。しかしそれももう限界に近い様子ではあった。着ている襤褸から覗く手足は皮と骨ばかりで、髪や皮膚も泥や汗、油脂あみれで、かたくごわごわしており、元の髪色もわからないほど汚れていた。襤褸から覗く身体には手当てのされない傷が幾つもあり、あばらが浮いている身体はひどい悪臭が漂ってきていた。
獣人は獣と同じ性質を受け継ぐことがあり、死を悟られないように弱ったところは決して見せないというが、この奴隷も同じような状況にあるとパーティの誰もが思っていた。だから彼らはこの奴隷をここで使い潰そうと考えていた。
「おい、行ってこい」
それが合図となり、兎の獣人はサイクロプスに向かっていった。
首には奴隷の証である奴隷の首輪というアイテムがつけられている。これにより命令に逆らうことができず、逆らおうとすると契約違反として罰が与えられる。その罰の内容は主人が決めてよいことになっているため、主人によっては一度歯向かうだけで死んでしまうこともある。
兎の獣人は小さなサイクロプスに向かい、挑発をし、相手を自分の方に引き付けた。兎の獣人は身体能力が高く、枝やサイクロプスの本体を足場にしながらジャンプをしたり、攻撃を紙一重でかわしながらパーティから距離をとっていった。
残ったサイクロプスは追いかけようとしたが、パーティの戦士からの挑発をうけ、追いかけられなくなってしまった。そのままパーティとの交戦に入った。
サイクロプスは本来、気性が穏やかで集落を作り、鍛治を生業とするといわれていた。よく近くに住む魔族や妖精達と取引をして、穏やかな生活を望んでいた。彼らは身体は小山ほどの大きさではあるが、非常に繊細な技術をもっており、それを愛好する者も多い。
そのため、討伐依頼ではなく人里から離れた場所へ追い払うだけでよいという依頼ではあった。ただ、狂乱している場合は話が違ってくる。以前にもあったが、普段は温厚な魔物が狂乱に陥り、退治しなくてはいけないことがある。その場合にはまずは騎士団へ依頼となるが、難しい場合には冒険者への依頼となる。
サイクロプスは下にわらわらと寄ってくる、小さな生き物が煩わしく、手に握っている大鉈を水平に薙ぎ払う。威嚇のための攻撃のため誰にも当たらず、サイクロプスは兎の獣人の威嚇にかかった小さなサイクロプスを追いかけようとする。そこへ魔法使いが風の魔法を使い、足止めをする。
「カアアアァァァァァァアアアアア」
サイクロプスは煩わしくなってしまい、咆哮し動きを止めようとするが、神官の結界により威力が半減してしまう。
咆哮により動きが止まったサイクロプスに、戦士と武闘家が前へ進み出て、足を中心に攻撃を始める。しかし、彼らの剣と打撃、そして攻撃力ではなかなか歩みをとめることは難しかった。魔物使いが使役している鳥の魔物が上から、気をそらすためにちょっかいをだしているが、何分レベル差があり鳥の魔物も本能的に怯えて有効な攻撃手段が得られないままであった。
「くそっ」
「思った以上に固いな」
パーティのリーダーである戦士は思った以上に自分の目論見が甘かったことに気づいたが、ここまできた以上は引くことは許されなかったし、何より依頼の失敗はペナルティへとつながる。
「何かいい手はないものか」
武闘家は攻撃を続け、魔法使いは攻撃魔法を打ち込み、神官はサイクロプスの攻撃から皆を守るため結界を貼り続け、魔物使いはサイクロプスとのレベル差により、魔物が使い物にならなかったため、周辺の哨戒を続けていた。
「このままではペナルティになるな……」
正直なところペナルティは勘弁して欲しかった。自分達のパーティが周りからあまりよく思われていないのも知ってはいるし、メンバーもそのことでストレスを抱えているのも知っていた。だが、今更やりようを変えることはできなかった。自分達は自分達のやり方でやっていくだけだった。
「……あの兎を使ってサイクロプスを追い払う」
あの兎の獣人は、奴隷としての値段の安さからは信じられない戦闘センスの持ち主だった。有効な攻撃力がないため、見落とされてしまったのだろうが、あの兎の回避能力や挑発は見事なもので、戦士が考える囮の役目をその命をもって遂げてくれるだろう。あの値段でこの働きぶりは見事なものではあったが仕方がない。依頼達成と自分達が無事に逃げるためには仕方のないことだった。
『戻ってこい』
奴隷の首輪に向かって命令を下した。その命令は、どんな状況下にあろうとも逆らうことができなかった。
***
兎の獣人は小さなサイクロプスを自分に惹きつけたまま、パーティからつかず離れずをくり返していた。
兎の獣人は自分の命がそこまで長くないことは知っていた。獣ならではの本能というものだった。
(できることなら集落に帰りたかった)
兎の獣人は集落から逸れてしまったところを、運悪く奴隷商人に捕まってしまったのだった。兎の獣人は魔の森の奥深くに住んでいる種族で、滅多に人前には出てこない珍しい種族であった。
元々魔の森の奥深くに住んでいた兎の獣人達の集落は、世界樹の小さな株を中心として広がっている。世界樹は神木とされており、その周囲では誰も命のやり取りをしてはならないという掟があった。そのため、その世界樹の周囲に広がる兎の獣人達の集落は、誰にも襲われることもなく、さらには知られることもなく、静かに暮らし続けることができたのだった。
そこへ何人かの古の妖精達がやってきた。彼らはこの世界樹の恩恵にあやかりたいと言い、兎の獣人達の集落の外でもいいから、自分達の集落を作り住まわせて欲しいと。ただ、集落の単位としては同じものとして欲しいと。同じ集落としなければ、世界樹の恩恵にはあやかれないからだった。妖精達はその代わりに、彼らの剣となり弓となろうと契約を交わしたのだった。
その言葉通り、古の妖精達は兎の獣人達を守るようにそこへ住み着いた。妖精達は元々は女神に仕えていた者達ではあったが、女神から暇を出されてしまったと涙ながらに語っていた。自分達がいなければ誰が彼女を守れるのか、とも息巻いていた。女神は自分を慕う者を遠ざけている、と彼らは泣きながら去り、遠くから彼女を見守り、有事の際には駆けつけようとここへ身を潜めることにしたという。
兎の獣人達にとって、女神なんているのかいないのかわからない雲の上のような存在だったこともあり、外の話をよく知っている彼らの話は良い娯楽となった。
(……仲間に会いたい)
仲間達と離れ、奴隷に身を落としてどの位経ったのか。
兎の獣人は外の世界に憧れて、よく妖精達の集落へ出入りしていた。彼らの話は娯楽以上の魅力的なもので、彼らと一緒に狩りをしたり、採取をしたりして古の妖精達に可愛がられていた。
その日も仲の良い古の妖精達と狩りをしていた。獲物も幾つか狩り戻ろうかと話をしていたところ、突然奴隷狩りが現れた。森の浅いところにいたため、見つかってしまったと思われる。妖精達は姿隠しで難を逃れたが、自分の足が頼りの兎の獣人は、逃げようとしたものの奴隷狩りメンバーの一員だった竜に難なく捕われて、売られてしまったのだった。
***
サイクロプスの頭を土台に空に高く高く飛び跳ねた。空中で回り、治癒できない傷から血が滴り落ちてくる。
『戻ってこい』
頭に割れるような声が響く。この声を聞かなくてはいけない。そんな気にさせる声。戻らなければならない。小さなサイクロプスはそのままに、急いで契約主の元へと戻る。
「………戻ったか」
息を切らせて戻った時には、サイクロプスに戦士以外倒れている状況ではあった。息はあるが、皆起き上がれずに呻いており、これ以上の戦いは無理な状況ではあった。
「………二体のサイクロプスを追い払え」
兎の獣人は頷いて、挑発をサイクロプスにした。すると戦士に向かっていたサイクロプスは大鉈を振り上げ、兎の獣人に向かってきた。
兎の獣人は落ち着いていた。サイクロプスに挑発をかけ、大鉈の一撃を後ろに跳ぶことで避けた。そのまま先程の小さなサイクロプスの元へと駆けていく。時々、足に力が入らず転びそうになるが、持ち前のバランス感覚で難なく立て直すことができた。
「ほら、ここにいるよ」
兎の獣人はサイクロプスを小さなサイクロプスの元へ連れてきた。そこにいた小さなサイクロプスは、その巨体を小さく小さく丸め膝を抱えていた。一つしかない目からは大粒の涙が湛えられ、今にも溢れ落ちそうになっていた。
「ごめんね」
兎の獣人は小さなサイクロプスの頭を軽く撫で、彼らと距離をとった。八つ当たりされると思ったからだ。小さなサイクロプスは仲間のサイクロプスに気づくと、泣きながら駆け寄って行った。仲間のサイクロプスは小さなサイクロプスを抱きしめると、怒りの為か会えた喜びのためか雄叫びを上げた。それは衝撃波となり、周り一帯の木々を薙ぎ倒した。それは距離をとっていた兎の獣人を巻き込み、吹き飛ばされて行った。落ちる間際に受け身は取ったものの、すでに力の入らない身体は地面を何度も跳ねて、やがて大木の根本で止まった。