御免
「春希、手紙だよ」
放課後になると同時に声をかけられた。
手招きをされるので行くと、桜が一封の便箋を手渡してくる。
「なんかめっちゃラブレターっぽい」
「ハートマークが付いてるね」
言葉通り、桜から渡されたレターは封のところを真っ赤なハートのシールで止められていた。
「え、マジ?」
思いがけないサプライズに胸がドキドキし始める。まさか桜から俺宛てということはないだろう。桜の友達から「春希くんに渡してほしいの!」と頼まれたという線が濃厚だろうか。
「━━俺宛て?」
「ううん?私宛て」
ひっくり返す。『月ヶ瀬桜様へ』の文字。
「ぬか喜びさせやがってこの野郎」
「?」
「え、なんで俺に渡すの?馬鹿なの?貴様」
「泣かないで」
「純情な男心を弄びやがって……」
机に突っ伏して泣いた。それはもうさめざめと泣いた。いくらなんでも酷すぎた。
「だ、大丈夫?春希くん」
「大丈夫じゃねえよぉ……」
隣の席の唯子ちゃんに心配そうな声をかけられても俺は机に突っ伏したままダメージを隠しきれなかった。
「とても悲しそう」と何故か嬉しそうに桜が呟く。
「教えといてやるぞ。普通の人間はな、ラブレターをもらう機会なんてほとんどないんだよ」
「あ、桜ちゃん、またラブレターもらったんだ」
すごいねぇ、と唯子ちゃんがゆったりと微笑む。彼女は深山唯子といって、桜の数少ない友達の一人だ。
「今年に入って……これが四回目くらい?」
「数えてない」
「四回だろ。口頭で呼び出されたのも含めれば六回目」
答えると、未知の生物を観察するような視線が二人から向けられる。
「なんで春希が覚えてるの?」
「普通の人は告白された回数くらい覚えちゃうもんなんだよ」
「ちなみに……春希くんは何回?」
「ゼロだけど?」
「知ってるよ?」
「予想通りかなぁ」
「期待通りで悪かったな!」
いつも思うんだけど恋愛って男女間の需要と供給が釣り合ってないよな?
男の恋愛事情の厳しさに打ち震える。
「つーかお前宛てなら自分で開けろ。俺に渡すな」
ラブレターを突き返すと桜はベリベリとぞんざいな手つきで封を剥がしていく。
「な、なんて書いてあった?」
「『好きです』って」
「ひゃ、ひゃぁあ」と身悶える唯子ちゃん。「す、すごいねっ」
「字が下手」
「そ、それでも一生懸命書いてくれたってことだよ!?」
「返事をしよう」
桜はボールペンを取り出し、便箋の空白部分にでかでかと筆を走らせる。
『御免』
武士かよ。
「渡してくるね」
「待て待て待て待て待て」
慌てて引き止める。
「お前、それでいいのか!よくないだろ!」
「?」
美人は首を傾げるだけで絵になるからずるい。
「つまりだな、たとえ気持ちに応えられないとしても、相手への気づかいや思いやり、そして配慮、労り━━」
「春希くん、それ全部同じ……」
「そういった気持ちを忘れてはいけないんだ。分かるな?桜」
「付き合うつもりはない」
バッサリと切り捨てられる。
……こいつは昔からそうだった。どこかズレてるのだ。そのくせ顔だけはいいものだから面倒ごとに巻き込まれることだって少なくなかった。
「━━分かった」
もうほとんど諦めの境地である。桜だけに行かせたら何が起こるか分かったもんじゃない。この役目はずっと昔から俺のものだった。
「俺も行く」