この恋だけは終わらせない
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「話があるんだ」
男性からその言葉を聞いて、普通はどう思うのだろう。告白?あるいはプロポーズ?
まぁなんにせよ、ある程度は予測がつきながらも、胸をドキドキさせてキュンキュンしちゃうんだろう。
でも、私の場合はちょっと違うのだ。
私はもうこの男性と付き合ってるし、なんなら今はデートの帰りだ。それに、プロポーズにはちょっと早すぎる。大体、私たちはまだ学生だ。プロポーズされても困る。
……だから、まぁ、消去法ですぐに答えは出てしまうのだ。……ある意味胸をドキドキさせて、胃がキュンキュンしているから、別に違わないかも。うん。
「ちょっとあそこの店に入らないか?」
なるほど。私の彼氏さんはどうやらカフェで“お話し”がしたいらしい。まぁ、ここで逃げてもどうしようもないし、入るしかないだろう。だから、全身で感じる嫌な予感に気がつかないフリをして、吐き気を抑えながら口を開く。
「えぇ、もちろん、いいですよ」
……少し、声が硬くなってしまっただろうか。まぁ、別にいいだろう。彼の方がガッチガチだし。
カランコロン、と軽快な入店音が今は少し煩わしい。というかまず、何でこのお店にしたんだろう。ここは私たちが初めて出会ったお店じゃないか。……思い出の場所でお別れをすることで、この恋愛にケジメをつけようって魂胆だろうか。まぁ、そういう考え方があるのはわかるけれど。……どういう理由で別れるのかは知らないが、そうやってスッパリ切り捨てようとするの、なんかムカつくなぁ。いや、単に忘れてるだけかもしれないけれど。
二人用のテーブルに案内されて、適当に飲み物を頼んで、いざ、“お話し”開始。
「……美奈。俺と、別れて欲しいんだ」
……えぇ!?単刀直入過ぎぃ!!いや、わかってはいたけれど!そういう話ってわかってたけれど!開口一番にそれですか!いや、まぁ、長々と焦らされてから言われるのも嫌だけど!もうちょっと……なんかさぁ……。こう、情緒というか、そういうものに耽ってからですね……。まぁ、こういう人だっていうのは知ってましたけれど……。
とりあえず、理由でも尋ねてみますか。
「……どうしてですか?私に何か不満があったなら……」
「いや、そうじゃない。他に、好きな人が出来たんだ。君に不満がある訳じゃない。…….ごめん」
……あー、なるほどね?そっちだったかー。私への不満が原因ならどうとでも出来たんだけどなぁ。いや、他の女に目移りしたのは、私の魅力が足りなかったのが原因なのか。まぁ、それなら責めれないかもしれない。……これでも、結構オシャレとか、色々頑張ったんだけどなぁ……。あと、謝らないで欲しいんですけれど。謝りたい気持ちはわかるけど、余計惨めな気持ちになるから!
「……そうですか。いえ、謝らないでください。それは、仕方がありませんから」
そう、仕方ないのだ。他の女性を好きになってしまったのに、そのまま付き合い続けるのもおかしな話だし。そんなことは私も望まない。それに、彼がそういう不義理なことを嫌うことはよく知っている。だから、これはどうしようもないことで。まぁ別れるしか道はないのだ。ここは、彼の幸せを願いながら大人しく身を引くのだ。それがきっと、理想的な清楚系負けヒロインのあり方ですから。
なーんて。
このままで終わらせてなるものか。
そんな清楚で都合のいい女は物語の中だけで充分だ。
思い知らせてやるのだ。お前が逃した魚が、どれほど大きかったのかを。
そして―――
「……憶えていますか?ここ、私たちが初めて会った場所ですよね」
―――植えつけてやるのだ。この後どんな女と付き合おうとも決して消えない、ふとした瞬間に思い出してしまう様な、
トラウマを。
「あ、あぁ。そうだな、もちろん憶えてるよ」
おっと、憶えてたのか。じゃあ意図的ですか、このお店セレクションは。
……まぁ、思うところは色々あるけれど、抑える。感情的になったら負けだ。喚き散らす女なんて誰も好ましく思わないだろう。私はとてつもなくイイ女として彼の記憶に残る必要があるのだ。
「あの時、柊さんと出会えたのは本当に幸運でした。ふふ、小銭も落としてみるものですね。アレがなかったらきっと、私たちは付き合っていなかったでしょうし」
まぁ、出会ってなかったらこうやって吐き気を催すこともなかったのだが。
「あぁ、そうだな。人の出会いっていうのはわからないもんだよな」
そうですねぇ。いつの間にか知らない女に盗られてるようなことが起きるくらいですからねぇ。いやはや、本当にわからないもんですねぇ。
「あの時は驚きましたよ。一目惚れって本当に存在するんだなって」
「……ッ。そう、だな。俺も一目惚れって漫画とかの中だけだと思ってたよ」
む?なんか変な態度だな……?他の女を思い出してる?……もしかしてその「好きな女性」っていうのも一目惚れだったんだろうか?……えぇ……この人一目惚れしすぎでしょ。てか、もうすぐ別れるとはいえ、まだ彼女の前だぞ。他の女のことを考えるんじゃないよ。……まぁ、いい。
「思えば、色々なところに行きましたよね。どれも楽しかったですけれど……やっぱり、一番嬉しかったのは、あのクリスマスデートです。……ふふ、あの時の告白、最高にロマンチックで、柊さん、とてもカッコよかったですよ?」
「……あぁ、ありがとう」
あら、口数が減ってきちゃったなぁ。罪悪感を感じてるのか、それとも早く別れたいのか。……たぶん、後者ではないと思う……思いたいけれど。
「……きっと私は、この人と添い遂げるんだろうなって。この人の隣を歩んでいくことが出来るんだろうなって。……そう思っていました」
「……」
まぁ、これは本心だ。高校生でそんなことを考えるのは重い女って言われるかもしれないけれど、こういうことを全く考えない女はいないだろ。もしも考えない女がいるなら、そいつはきっと“恋”をしていない。愛する人との未来くらい、夢をみさせてくださいよ。
「……本当に、私と別れるんですね?」
「……」
沈黙。……少し悲劇のヒロインぶりすぎただろうか。反省しよう。まぁ次に活かす機会が来ないことを祈るけれど。ま、彼の次の言葉はもう知っている。きっと―――
「……すまない。別れてくれ、美奈」
うん。知ってた。
「……わかりました。大好きな彼氏さんからのお願いですからね。私は、断りませんよ。えぇ……別れましょう、柊さん」
「……ッ。本当に、ごめん」
いやー、知ってはいた。というか、予想通り予定通り。それでも、実際に言われると、こう、来るものがある。あと、自分で言っちゃったのも悪手だったか。素直にキツイですわ、これ。
それに加えて、また謝られちゃいましたよ。それやめろって言ったじゃんか。
いつの間にか来ていたジュースを飲む。
あぁ、ついいつもの癖でオレンジジュースを頼んでしまった。本当は紅茶が好きなんだけれど。男の人って、ジュースを飲む女の人を可愛いって思うんですよね?え?違う?……まぁ、それは別にどうでもいいや。
はい。現実逃避兼、気持ちの整理終了。
「えぇ、えぇ。大丈夫です。そりゃあ悲しいですけれど。ですが、このまま関係を続けるのはあまりにおかしなことです。論理的に考えて仕方がないことなんです。ですから、謝らないでください」
「……それでも、謝らせてくれ。裏切ったのはこの俺だ。美奈の気持ちを踏みにじったのはこの俺だ。美奈は何も悪くない。悪いのは……最低なのは俺なんだ」
あぁ、ちょっと面倒になってきましたねぇ。私が持っていきたいのはそういう方向じゃないんです。だから少し罪悪感を薄れさせましょうかね。
「いえ、それは違います。誰も悪くないんですよ、柊さん。ただ、縁がなかっただけなんです。私の運命の人は柊さんではなく、柊さんの運命の人は私ではなかった。ただ、それだけなんです」
罪悪感は負の感情で縛るだけだ。そんなものを植えつけるより、私はもっと違うものを。
「……本当に、すまない」
……もう。だから、謝るなって―――
「……どうか、泣き止んでくれないか」
―――――え?
「……え?」
「……気がついて、なかったのか」
泣いている?誰が?私が?
目元を拭う。なるほど、確かに泣いていたらしい。あらら〜……。もっと効果的な場面で泣くつもりだったんだけどなぁ。どうやら感情を抑えられていたのは心だけで、身体は別だったらしい。
「別に、泣いてなんて、いないですよ」
「……」
黙んないでよ。あぁ、もう、ダメだ。感情が抑えられない。身体に引っ張られちゃってるのか。なるほど。これが、身体は正直だな、ってやつですか。
「あっ、ちょっと待っててくれ。確かハンカチがあったはずだ」
そう言ってポーチをゴソゴソ。そういうイケメン行動は、黙してやるからカッコいいんですよ、柊さん。でも、そういう少しダサいところも、素敵です。
―――もう、涙も感情も止まらない。それならいっそ。計画外ではあるけれど。どうせこれで最後になるのだ。恥も外聞もあるものか。思いの丈を全部、ぜーんぶ言ってしまえ!
「……ごめん、ティッシュしかなかった……」
「いえ、充分です。ありがとうございます。そういう優しいところ、大好きですよ」
「……そ、そうか」
「それだけじゃありません。柊さんの、全てが大好きです」
「……」
「ロマンチストなところも、少しカッコつけたがりなところも。それでいてちょっと、不器用で天然気味なところも」
「……」
そう。告白はとってもロマンチックだったし、デートでも少し格好をつけていた。
でも、それが空振ることも多々あって。
それはそれで愛おしくって。
「他人には優しく接するのに、自分にはとっても厳しいところも。他人を傷つけることを一番嫌うところも」
「……」
そう。いつだってあなたは、他人に優しく自分に厳しく、を貫く男性だった。だから、わかっているのだ。このような別れになって、苦しんでいるのは彼も一緒だということを。
「それなのに、あなたはどこまでいっても誠実だから。辛くなることはわかっているのにこんな別れを切り出した。他の方法なんていくらでもあるはずなのに、この、一番辛いけれど一番誠実な方法を選んだんですよね。……えぇ、ちゃんと、わかっていますよ」
「……」
そう。そんな彼だから。
こんな彼だからこそ、私は。
「……そんな柊さんだから、私は好きになったんです。私が好きになったのは、そんな柊さんなんです。ですから……そんなに自分を責めなくていいんですよ」
「……ッ」
「このように別れ話を切り出してくれて、むしろ私は安心してるんです。やはり私の目に狂いはなかったと。私が愛した男性は、本物だったのだと。そう、知ることが出来たんですから。まぁ、変な話ですけどね」
思わず、少し笑い声が漏れた。彼も微笑んではいたが、目の端に煌めくものがあるのを私は見逃さなかった。
……ここが、退き時だろう。このエモエモオーラが最高潮の時にお別れするのだ。
最後の布石を打つ。
「……ねぇ、柊さん。最後に、キスしてくれませんか?一度だけでいいんです。軽くでいいんです。……初めてキスをした、あの日みたいに」
「……ッ!」
はい、普通に見れば面倒くさい女ムーブ。でも、この流れなら、少なくとも面倒女とは思われないだろう。このエモエモな空気の中だ。むしろ愛おしさが溢れるに違いない。
……だけど、柊さんの次の言葉は空気を読まない一言だ。間違いない。だから。
「……美奈。それは、でき」
「もちろん冗談ですよ!うふふ、びっくりしました?」
―――だから、先手を打って終わらせる。これで、本当に、おしまい。
「……そう、か」
「えぇ。……では、お別れですね、柊さん。今まで、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、本当にありがとう。美奈」
なんとなく握手。
これで、この関係ともお別れだ。
伝票を取る。
「あっ、ここは俺が……」
「ふふっ、いえ、ここは割り勘でいきましょう?そういうのは、彼女さんにしてあげてくださいね?」
ちょっとショックを受けた顔。まぁやりすぎ感というか、見せつけ感は強いけれど、これくらいアピールした方がわかりやすいだろう。もう、私はあなたの彼女ではないのだと、実感させるのだ。
店を出る。まぁもうこの店に来ることはないだろう。結構お気に入りだったのに、残念だ。
「では、ここで失礼しますね」
「……あぁ、それじゃあ、な」
流石にフった女を送っていくほど肝は据わってないよね。よかった。送っていくよって言われてもちょっと困る。一人で帰るのは久しぶりだ。それも気楽でいいだろう。少し、寂しい気はするけれど。
「……いや、ちょっと、待ってくれ」
むむ?この期に及んでなんだろうか?
まさか……。
「ごめん、こんなことを言うのはおかしいと思う。みっともなくて、恥知らずだっていうのもわかってる。全く誠実ではないっていうのもわかってる」
「……」
あらあら、これは、まさか……。
「……でも俺は、美奈のことが、やっぱり好きなんだ。今回の件で気づかされた。君がいないと、ダメなんだ」
あぁ、なんて、愚かな男性なんだろう。こんなことを言うとは思ってもみなかった。誠実さをかなぐり捨ててまで私を選ぶなんて……。なんて。
「……俺に、やり直させてくれないか」
なんて、理想的な男性なんでしょう。
「んふ」
おっと、思わず嗤い声が出てしまった。
「……美奈?」
えぇ、えぇ。答えてあげましょう。すぐに答えてあげるから、そんな不安そうな顔をしないで?
一つ、息を吸って。
「嫌です♡」
ふふ、呆然としてる。結構これ、笑えますね。嫌に決まってるじゃないですか、やり直すのなんて。その想いはきっと一時的。また一緒になったって、どうせすぐ冷めてしまう。
だから、ここが退き時なのだ。彼の心に、罪悪感ではない、後悔と渇望を植え付けるためには。
きっと、その感情は冷めない。ふとした瞬間にフラッシュバックするのだ。他の女と比べて、思い出すのだ。そして思うんだ。
――なんで俺はあんなにいい女を捨ててしまったのか――と。
それでいい。
それが、いいんだ。
終わらせない。
二人の間に、かつての“愛”がなくなってしまったとしても。関係が終わってしまったとしても。
この、“恋”だけは。
私もあなたに恋をし続ける。
あなたも私に恋をし続ける。
それなのに、二人は二度と結ばれない。
あぁ、なんておかしな話なのでしょう。
それでも。この恋を終わらせないことが。この恋だけは終わらせないことが。
それこそが、私にとっての復讐だ。
「ふふ。それでは―――」
一つ、深呼吸。正真正銘、次の言葉が、私の、最後の言葉だ。彼に贈る、最後の言葉だ。
唾を飲み込む。
もっと違う場面を想定して練習しておいた、とびっきりの笑顔を浮かべて――他の女の笑顔を見る度にこの笑顔を思い出すように――。
もっと違う状況でいずれ、彼の耳元で囁こうと思っていた、最高に甘〜い声で――他の女の声を聞く度にこの声を思い出すように――。
いざ、言葉を紡ぐ。真っ直ぐに彼の目を見つめて。
さぁ、しっかりと聴け。
未来永劫絶対に忘れるな。
私の万感の思いを込めた、この最後の呪詛を。
「――私を忘れないでくださいね、柊さん」
続編はこちらです。ぜひ併せてお読みいただければ。https://ncode.syosetu.com/n6090gi/