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プロローグ

仕事終わり、午前3時。

紗雪とファミレスに入る。


「聞いてよ、まじありえない。

あのクソオヤジ!」


喫煙席に案内され、腰を下ろすか下ろさないか。

早々に口を開いた紗雪に苦笑する。


「またいつものあの人でしょ?

そんなに嫌ならさっさとNGしちゃえばいいのに」


紗雪にクソオヤジとまで呼ばれる人は1人しか居ない。

紗雪のリピーターで会う度に連絡先をしつこく聞いてくる上、

本番強要してくるらしい。


「だってぇー、あいつ羽振りいいんだもん。

180分以上でしか入らないし、なんでも買ってくれるし?」


指を折ってメリットを数える彼女は同僚の紗雪。


俗にソープランドと呼ばれる店の従業員。

いわゆる風俗嬢だ。


「んじゃ、我慢して稼いでおいでー」


いつもの愚痴に適当な返答を返しつつ呼び出しボタンを押す。


「我慢して稼いでるから琉叶に話聞いてもらって鬱憤晴らしてんのー。

あ、あたしいちごパフェで」


「私はミルクレープのコーヒーセットで。

そういえば今日さ、」


一方的な愚痴大会が始まりそうなナイスなタイミングで現れた店員に注文を伝えてから話を摩り替える。


こういう話って、嫌いな訳じゃないけどファミレスでするような話じゃないし、気力使うから疲れる。


その後、注文したケーキを食べながら小一時間程どうでもいい話で盛り上がった後、割り勘でお会計を済ませて店を出る。

仕事終わりの毎日と言っていいほどの日課だ。


金の無駄遣いだなんて言う人も多いが、こんな仕事毎日気分転換しても追いつかない。


「このまま飲みにでも行くー??」


「うわー行きたい...けど今日は帰るわぁ」


「あー...ヤンデレ彼氏?」


「そう。さっきからLAIN止まらない」


「琉叶こそもう好きじゃないなら別れればいいのに」


「別れたら殺されるって、別れ話持ち出した時点で」


行きたい気持ちを抑え紗雪の誘いを断って帰路につく。

その間もLAINは止まらない。


ヤンデレ彼氏...尚斗とは、もう2年半の付き合いになる。

初めは凄く優しくて面白くて、運命の人だとまで思った。


おかしくなりだしたのは一年記念日。

私の祖母に癌が見つかり、記念日の約束をドタキャンした時からだ。


祖母の見舞いを終え、家族会議を終えて同棲しているマンションの一室に戻ると、玄関で包丁を持った彼に刺されかけた。


「ねぇなんで?俺のこともう、どうでも良くなったんだ?飽きたの?他に男が出来た?」

低く唸るような声で包丁を振りかざす彼を咄嗟に寸でのところで避けるも、頬を掠めて血が流れる。


一年半経った今でも思い出すとゾッとする。


あれから彼は変わった。

時間に少しでも遅れると疑われる。

殺されかけたことも何度もあった。


おかげで仕事終わりの紗雪とのファミレス以外、ここ1年半尚斗以外とまともに外出した覚えがない。

紗雪とのファミレスでさえ、ようやく最近許可が降りたばかりだ。


「ただいま」


玄関を開ける瞬間が毎日怖くて仕方がない。

...今日は大丈夫だったみたいだ。


「おかえり琉叶、お疲れ様」


私の声が聞こえたのか、私が開けるより先にリビングの扉が開き、尚斗が顔を覗かせる。


「ありがとう」

作り物の微笑を顔に張り付け、彼へ触れるだけのキスを落としてからリビングに入る。

仕事で鍛えられた笑顔の仮面は2年半一緒に居る彼にすらバレることは無い。

この時ばかりはこの仕事で良かったと心から思う。




...そう、思っていたのに。



「...え...?」




それは冷蔵庫からチューハイを手に取り、ソファに腰かけようと彼に向き直った瞬間だった。

初めは、ただ抱きしめられたのだと思った。

が、次の瞬間には腹部が燃え上がるように熱くなり体からは力が抜けて、彼に全体重を預けていた。


「...俺が気づいてないとでも思ったの?客に笑う顔で俺を見やがって...、俺は客じゃない、お前の彼氏なのに、」


腰に手を回して抱き寄せられれば、更に深くへと包丁が突き刺さる。

凍えるほどの寒さと遠くなる意識の中で私は

(あぁ、しくじったのか...)

と酷く冷静だった。

このまま死ぬのだと。


でも、もうそれでいい。

初対面の男に愛想を振りまいて体を売るのも

愛してもいない恋人に嘘をつき続けるのも

何もかも、もう疲れてしまった。


あぁ、こんなことなら紗雪の誘い断るんじゃなかった...

最期に紗雪と飲みたかったなぁ...


完全に意識が闇に飲まれる寸前、

ガシャン、と何かが派手に割れる音が聞こえた気がした。

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