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7.鬼畜の所業

 一試合、二試合……と、前の者たちが試合を終えてゆく。

 四試合目は肉薄した勝負となり、観客たちは手に汗を握りながら、戦いのゆく末をじっと見守り続けている。

 しかし、フィールドに直接繋がる廊下の、質素な部屋に控える選手たちはそれどころではなかった。

 時間があればタブレットに目を落とし、何やら話し合うことに始終して試合をまったく見ていない。画面を向ける者もいたが、それはごく少数に限られた。

 一試合に三人ずつ部屋を出る。今ここの椅子に残るのは、最後の試合を待つ三人の選手だけとなっている。


「ニヴェ、お前に何かあれば私は――」

『グレイ様。私は戦うために呼び出されたのです。それに傷はすぐに癒えます。どうか厭わず攻めに出て下さい』

「ニヴェ……」


 画面に口づけするのは、ティナの許婚のグレイ。

 ティナとその闘士の鬼、またもう一つの街の代表である太った男・ブライアンも、これには顔をしかめていた。


「敵は雑魚ばかりだ。容赦無く叩き斬れ」


 ブライアンは色白い痘痕面で、自身の闘士に向かって血色の悪い口をちょぼちょぼ動かし続ける。ティナよりも年上に見えるが、止まらない貧乏揺すりに揺れる頬肉は、見た目をより幼く感じさせた。

 羅刹は彼らを特に気に留めず、流れるアナウンスに眉を上げている。


「このアナウンスは中々、美しい声だな」

「プリスカ・レイウェン嬢だ。彼女はここの塔の地下に住んでいるから、どこの街所属というわけではないぞ。面会謝絶で誰も彼女の姿を見た者はいない」

「ほう。前もって用意していたかのような答えだな」

「そりゃあの美声だ。誰かと問われることも多いからな。お前もその口だろう」


 まあな、羅刹は頷いた。

 観客が集まる理由はもう一つ、塔の中を流れる美しい女の声にあるだろう。

 水晶のように透き通り、喧騒の中でも耳に直接入るような凛とした声。耳を傾ければ妖艶さも感じられる。詩でも詠えば、素養のない鬼でも興じるに違いない。


「ところで、観客にはガキの姿も多かったが相手を殺したらダメってことはないよな?」

「無論だ。形骸化しつつあるとは言え代理決闘だからな」

「死んだらどうなる?」

「大けがでもタブレットに戻れば治療するが、死んだら消滅する。再召喚にも金がかかるしタブレットも壊れているんだ。絶対に無茶はするな」

「ありがたい言葉だ。だが戦いは命のやり取りがあってこそよ」


 四試合目が終わったのか、フィールドの方から今日一番の大歓声が上がった。

 全員が一斉に顔を上げ、顔を強張らせた。


『ただいまの試合は、ウォールの街代表のエリオット様の勝利となりました』


 続きまして、と美声が続ける。


『本日のデビュー戦、最後の試合が開始されます』


 耳つんざく歓声があがる。

 ティナはぐっと唾を呑んだ。一番手はライコーンの代表が、つまりティナがこれを受けながらフィールドに入るのだ。

 未だ興奮冷めやらぬ観客たちは、今か今かと選手入場口に待望の視線を注いでいる。

 第一歩が踏み出せず足踏みを続けるティナに、羅刹はその背を軽く押した。


「鬼を酢に指して食え。自ら歩む道が正道ならば、他人に任せる道は邪道。てめえの足を他人に委ねれば、引っ張られスッ転ばされるだけだ。煌びやかな場所なら尚のこと」

「う、うむ……」


 お前は来ないのか、とすがるような目をするのを、羅刹は首を振って突っぱねた。


「喚ばれたら出て行ってやる」


 その後は万事任せておけ、と言うと、ティナは意を決したように顎を持ち上げた。

 美声がティナの名を告げると、彼女は促されるように一歩を踏み出すのだった。


 ◇


『ライコーンの代表は、かのフォード家のご令嬢――』


 盛況さが一段と増し、双眸を震わせながら恭しく一礼するティナ。

 続けてウォールの街のグレイ、フランの街のブライアンが紹介される。それが終わればいよいよ、中央に集まっていた三人は三方に散り、フィールドから一段高い位置に設けられた足場に立つ。

 正面にタブレットをはめる台座があり、みな緊張の動作で手持ちのそれを置く。ティナだけやや遅かった。


【SLAVE CALL STANDBY】


 無機質な声がすると同時に、観客は一斉に静まりかえる。

 まず最初に姿を現したのはグレイの闘士・ニヴェと呼ばれた女である。

 年は十代半ばか、幼さを残す顔から二十を超えているように見えない。背は百六十センチほどと低く、身なりは若干ティナの恰好に似ていて、若草色のドレスに飾り気のない鈍色の鎧姿。手にする得物はやや短い両刃の剣である。

 誰がどのような闘士を持つのか、それを見るのも観客の楽しみ方の一つであるようだ。観客の男たちが好色めいた声をあげる中、続けてブライアンの闘士が現れた。


(牛頭鬼か? いや違うか、どこの世界にもいるものなのか)


 恐ろしく鋭い角を持った牛の頭。地獄にて死者を苛める牛頭の獄卒に似ているが、それとは雰囲気がまるで違う。

 ずんぐりと大きな身体は羅刹と同じくらいだが、それよりも太い筋肉をしているため、一回り大きく見える。筋肉が鎧なのか、全身を覆う焦げ茶の短い体毛が防具なのか、粗雑なベストとズボンのみ。手には背丈の半分ほどの巨大な戦斧を握り締めている。

 どよめく観客に、ブライアンは口元を汚く歪めた。


 堂々とした足取りでフィールドの中心に向かう牛頭。

 グレイの闘士・ニヴェも、牛頭への畏怖を目にたたえながら、そこへと向かう。


「さあて、鬼も加わるとしようか」


 一向に姿を現さないティナの闘士に、スタジアムが困惑し始めたのを見計らい、羅刹は身体を沈ませ連絡路の石床を蹴った。

 目は真っ正面の牛頭を捉えている。



 スタジアムに鈍い音が響くと共に、牛頭をしたそれは大の字になって倒れていた。


「ぐぅわっはっはっはーっ! 地獄の牛頭はもっと足腰つえーぞ!」


 突如として現れた“怪物”に、観客は驚きと戸惑いを隠せなかった。

 またそれは、各々の闘士と鬼の主人もである。

 闘士が集う中心に飛び向かった羅刹は、その勢いで牛頭を殴り飛ばしたのである。


「おいレフェリー! ゴングを鳴らせ!」


 しかしそのようなものはない。角を掴み持ち上げた牛頭の頭にパンチを入れる。ゴッ、と鈍い打撃音を開幕の合図に、女騎士のニヴェは後ろに飛んで距離を開けた。

 いきなりのラフファイトに動揺していた観客も目が覚め、スタジアムはたちまち大歓声に揺れた。

 再び倒れた牛頭であったが、起き上がりざまに大斧を振り上げる。牛の目は怒りに染まっていた。


「両断してやれタウロス!」

「ブオォォッ!」


 斧は鬼の腹部の前を通り過ぎてゆく。

 牛頭の主人のブライアンの命令は絶対、そして動きもタブレットに委ねているのだろう。

 ぶん、ぶん、と、牛の大斧は縦に横に。音と勢いの割りには駆け引きと言うものがまるでなく、ただなりふり構わず、正面の敵を倒そうとするだけ。

 イラ立ち、タブレットを叩きながら、タウロスと呼ばれた牛頭に罵声を浴びせる主人の姿に、羅刹は憐れみを抱いた。

 対するティナは何も操作していない。

 思っていた始まりでなかったためか、攻撃の隙をついてパンチ、キックを叩き込む己の闘士を、呆然と突っ立ったまま眺めているだけだ。


「てめぇのご主人様は、喧嘩を知らねえようだなァ!」


 羅刹は勝負に出る。

 顎に一撃、続けて膝を腹に叩き込み、怯んだその隙に牛頭の首を右脇に固めると、ぐっと腰を落とし、布のパンツを掴んだ。

 観客席が、おお、とどよめく。


「タウロス!?」


 羅刹は腕の筋肉を震わせながら、牛頭を逆さに持ち上げていた。

 ブライアンはタブレットと牛頭を交互に見ながら、必死で操作し続ける。

 鬼はそれを嘲笑うかのように、抱えた状態を数秒間維持し続け、


「ぐわっはっはっはーっ! 地獄への直行便、垂直落下式ブレーンバスターよォッ!」


 そのまま垂直に、牛の頭を地面に叩きつけたのである。


 ずうん、と低く鈍い音がスタジアムを駆け巡る。

 悲喜こもごもの声の中、両手で狐を作りポーズを決める羅刹。

 羅刹の力、体躯も手伝ってか、並の者であれば頭蓋骨が砕けてもおかしくない衝撃。タウロスは頑強な身体のお陰か、砕けるまではゆかなかったものの、仰向けに白目を剥いたまま泡を吹く。完全に戦闘不能となっていた。


「――ほう、負けたらその身は消えるのか」


 四肢を投げ出した巨躯は、淡く白い光を放つ綿帽子に包まれる。

 そしてそれは、一筋の光となってブライアンのタブレットの中に飛び込んでいった。


「そ、そんな、そんな僕が……」


 くそ、くそ、と呪詛を吐くブライアンは、結果を聞かずして退く。羅刹も背合わせに身を翻した。

 静寂から一転、観客は割れんばかりの歓声を上げる。


「さあて、そろそろホンバンに入ろうかァ」


 そこには蚊帳の外になっていた女騎士が一人、口を開いて立ち尽くしている。

 くっく、と不敵な笑みを浮かべた鬼を前に、女騎士・ニヴェは顔を強張らせ、剣を構えた。


「ふ、不意打ちをしかける、卑怯者め……ッ!」

「卑怯? 生きるか死ぬかの場で、礼儀正しく戦うと言うのか? 咎人同士が戦うこの場で?」


 羅刹は両手を広げながら、余裕の足取りでニヴェに近づいてゆく。


「あ、当たり前です! 私はニヴェ・アルヴァーナ。罪を背負う身であれど、人の道を踏み外したつもりはません! 正々堂々、誇りを胸に戦うのが我が道、我が騎士道!」

「そうかそうか、なるほどなるほど」


 ニヴェの間合いに入ってもなお、羅刹は構えることもしなかった。

 ニヴェも攻撃をしない。主人であるグレイの命令(オーダー)を待っている状態だ。

 観客もまた次の展開を期待している。


「我が主人よ。さっさとこの女をぶちのめす命令を出せ」


 首だけを返して言うと、立ち尽くしていたティナはハッと我に返った。

 グレイをぶちのめす。その思いが伝わったのか、顔を引き締めると羅刹を真っ直ぐ見据え、右手を前に突き出した。


「我が闘士よ! 敵を完膚なきまで叩きのめし、勝利と自由を得よ!」

「それでこそ、鬼を飼う女よ!」


 それに立ち向かうべく、ニヴェも「命令を」とグレイに呼びかけた。


「ニヴェッ、我らの路を塞ぐ異形の悪魔を打ち祓うのです!」

「は――ッ! 見事、勝利をご覧にいれましょう!」


 グレイも応じて命じると、ニヴェは大きく剣を振りかぶる。

 羅刹はニヤリと笑みを浮かべた。


「そう言えば、俺の自己紹介が終わっていなかったな」


 少女の細身の剣を、鬼は左手で握るようにして止めた。

 目を瞠るニヴェに、羅刹は言葉を続ける。


「俺は悪鬼として召喚された。罪はまあ事情あって村を襲った罪で檻に入れられた」

「くっ、け、剣が、抜けない……!」


 柔らかい手のひらの薄皮すら斬れておらず、しかも押しても引いてもビクともしない。


「お前さん言う騎士道に似た道は、俺も持っている。――極悪非道、鬼の道と言うな」


 羅刹は右腕を伸ばすと、ニヴェの胴鎧の襟元を掴んだ。


「戦場は情け無用。敗者は死ぬが、女はすぐに死ねないことを知っているか?」

「え――?」


 スタジアムから一瞬音が消えた。

 ニヴェの鎧を繋ぎ止めていた金具が力任せに引き剥がされ、薄汚れていても高貴さを漂わせるドレスは無残に引き裂かれ、まだ少女の身体が、大衆の目に曝け出されてしまったのである。


「き、きゃああああーーッ!」


 羅刹は握っていた剣をへし折ると、虎柄の腰巻きはゆっくりと隆起してゆく。

 身体を庇うように胸元を隠すニヴェは、一瞬で青ざめた。


「い、いや……! 何を……やめて、来ないで……ッ!」

「誇りを持って戦うのなら、その誇りを叩き潰し、穢すのが地獄の鬼ってモンよォ!」


 歩み寄る鬼に、女の悲鳴がつんざく。


「おい止めろッ、止めるんだッ!」

「ギブアップだ! ギブアップしてるぞ! なんで、なんでタブレットが――ニヴェ、ニヴェーッ!」


 ティナとグレイ。それぞれの主人は必死で止めようとするが叶わない。

 泣き叫ぶ女。笑う非道な鬼。哀鳴と歓喜の観客。青ざめる飼い主たち。

 止めに入る者は業火に妨げられ、スタジアムは一瞬にして地獄と化した。


 ◇


 一刻か、それとも半時か。

 目を覆いたくなるような“悲劇”を終えた後、


【ティナ・ドリス・フォードおよびその闘士

 上の者は今後一切、スタジアムへの出入りを禁じる】


 ティナは出禁を喰らっていた。

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