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6.報せと控え

 鬼がやって来てから一週間。

 主人であるティナについて、いくつか分かったことがあった。


 まず一つは、騎士でありお嬢様であること。

 ウォールの街にある実家・フォード家を眺め、彼女の家は現等級より頭一つ抜けた格式を持っていると分かった。それなりの学があるのはそんな家柄ゆえか。

 しかし手には剣ダコ以外なく、家からの仕送りだけで生活をしていることから、羅刹は『剣以外からっきしダメ女』と断定した。

 今も彼女はソファーの上でだらけ、もそもそクッキーをかじり、紅茶を啜りながら本を読んでいる。

 己の主人としてどうかと思うが、町を焼いても世話を焼かないのが信条のため、特に何と言うつもりはない。


「街を見てくるが」


 ティナは本に目を向けたまま、おー、とだけ返事をした。

 いつもこんな感じであるが、今日だけは「ああそうだ」と、視線を羅刹に向けた。


「その化け物の姿はどうにかならぬのか? 近所の子供らが怖いと怯えているのだが」


 ティナは子供らの面倒見がよく『騎士のお姉ちゃん』と慕われている。

 しかし、その子らは鬼の姿を見るや、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ惑うのだ。

 それを聞いた羅刹は、ニヤリと口端を上げた。


「ガキに恐れられるなら鬼冥利に尽きるってもんよ。子供だけじゃなく、親連中にもこう言っておけ。――鬼は子を攫って喰う、特に悪い子は好物だ、とな」

「ふふっ、化け物に絡ませたよくある教訓だな」


 言っておこう、と薄く笑うティナに羅刹は続ける。


「事実だから語られんだよ。鬼は隣人に化け、すぐ隣で機を窺う。中でも女夜叉(ヤクシニー)とか俺以上に強烈だぞ。子供専門だった奴もいるからな」

「……お前のいた世界では、そんなに人食いが蔓延っているのか。お、お前は子供は食わぬだろうな?」

「人も鬼となるからな。俺も人を食うが、ガキは肉が少なくて物足りん。食うものがある内は安心しろ」


 愕然とするティナを置いて部屋を出る。

 しかし、ちょうどその時だった。


『うわぁっ!?』


 扉の前にいたであろう少年が驚き、悲鳴を上げながら尻餅をついてしまう。

 おや、と羅刹は眉を上げ、眼下の少年を見下ろした。


「おお、驚かせてすまんな坊主」

「あ、あ……」


 鋭い爪に、血で染めたような手を差し出され、金髪の少年は恐怖で震え上がる。

 年は十かそれぐらい。ハンチング帽を被り、綿のシャツにレザーのベスト、赤・青・黄・青それぞれの街の色を示しているであろう簡素なチェック柄のハーフパンツ。斜めに黒の革鞄をかけ、その手には封筒らしきものが一つ握られている。


「文遣い――郵便か何かか?」

「あ、は、はい……。ティナさん、はここに?」

「ああ、中にいる」


 伸ばした手の形を変えて見せると、察した少年はそこに手紙を差し入れた。

 去り際、少年はチラリと開け放たれたままの扉に目を向け、期待外れな表情を残しながら、そそくさとその場所を立ち去ってゆく。

 何だ、と思ったそのすぐ後、郵便屋と入れ替わるように、部屋の奥から物をひっくり返しながら受取人が飛び出してきた。


「ロアンの声がしたが!?」


 息を切らせて外を確かめるが、少年の姿はもうないと分かるや、ティナはがくりとうなだれた。

 シャツのボタンを一つ多く外し、緩んだ胸元から双丘の谷間を覗かせている。

 羅刹は、なるほど、と少年が消えた方向を眺めた。


「痴女が誘うならガキも期待するわな」

「そ、そんなことあるはずないだろう! これはその何だ、あ、暑かったのだ!」


 直す胸元のボタンを一段食い違えたまま、羅刹が受け取った手紙を引ったくる。

 やれやれ、と首を振り出てゆこうとする鬼の後ろで、封筒の裏を見たティナは目を瞠った。


「おおおおっ、つ、ついに、ついに来たか!」


 何だ、と羅刹は振り返る。

 期待通りの内容だったのか、読むなり手紙を持つ手がふるふると震え、喜色満面、喉から笛のような音が鳴り始めた。


「何だ何だ。富くじでも当たったか?」

「ついにきたのだ!」


 これだと文面を見せるが、アルファベットの一部を切り離したような文字が綴られて読めない。行数は三行、それほど多く綴られていないことだけ分かる。


「デビュー戦の報せだ! いよいよ大会に参加出来るのだぞ!」


 ほう、と羅刹は目を瞠る。

 観光もそろそろ飽きてきた頃、大っぴらに喧嘩が出来る日はいつか、思っていたところだ。

 首を、肩を回し、その意思を見せる鬼に、ティナも顔を綻ばせながら力強く頷いた。


 ◇


 デビュー戦は各街の代表・三名が戦う。

 今回は参加者が十五名と多く、五試合まである大きな大会となる、とティナは説明した。

 ティナと羅刹の組は五試合目。大トリを担うらしく、その対戦相手は何と、


【ウォール代表:グレイ・ジャン・ライン】


 と、彼女の許婚の名があり、大っぴらに奴をボコボコにできる、と喜びに震えた。


「恐らく、父上が手を回して下さったのだろう。ああ、恥じぬ戦いをせねば!」

「フランの街代表は何だ?」

「む? ああ、ブライアン・カーン・モーリス――フランの街を治める家のガキだ」


 自身が戦うわけでもないのに、自前の剣を振って日々鍛錬に励むティナ。

 そうしないと落ち着かないのだろう。

 試合の日が近づくにつれ顔は強張り、前日になれば何度もトイレに向かってしまうほど。当日にもなると蒼白顔になっていた。


 街の中央の島・中枢にそびえるダロスの塔の内部はスタジアムになっている。

 人気と言うだけあり、すり鉢状の観客席は開場と同時にすべて埋まりっている。試合はまだまだ先だと言うのに、各街の応援歌らしき歌や、選手の名の大合唱は止むことを知らない。

 その地鳴りのような歓声は、三階に用意された選手控え室にまで響いていた。


「ティナ、いいこと? フォード家の名に相応しい勝利を見せるのですよ」

「は、はい……!」

「女が騎士になるなどと嘲笑される時代は昔、戦争が遠のき騎士などと軽んじる者は捨て置きなさい。正々堂々と恥じることのない姿を、誇りを、騎士とは何たるや皆に見せるのです。負けは許しません、戦って死になさい」


 控え室には選手関係者・その親たちも詰めかける。

 その中でもティナの母は一段と異彩を放ち、親はおろか選手まで引いている。


「パートナーが醜いのが残念ですが」


 横目で、腕を組んで壁にもたれかる羅刹を見やった。

 彼女の母・リアーナ・ドリス・フォードは、ティナと顔が似ているが、その目は比べものにならないくらいキツい。

 しかし羅刹は動ずることなく、娘が娘なら、と思うだけだ。


「しかしどうして、あれが外にいるのです? 私は詳しくありませんが、ここの塔の中だけでしか出られないのでしょう?」

「そ、それは事故で中身が溢れだして……」


 壊した、とは言えないのだろう。

 しかし流石は母親か、それを察したように、ふうん、と鼻を鳴らすに留めた。


「いいこと? 相手を、絶対に、完膚なきまで、圧倒的な力を見せつけて叩きのめすのですよ。フォード家の名に恥じぬ――」

「分かったから、もう戻ってくださいい……」


 十数回目の同じセリフに、ティナは泣きそうな声をあげた。

 これが正装なのか、どちらも仕立てのいい青色のドレスに身を包み、ティナは金で縁取られた銀色の胸当て、籠手、すね当てを身につけている。腰には長い飾太刀を携える。

 薄い唇に紅を差し、目元を引き立たせる戦化粧は、彼女の凛とした顔をより引き立たせている。

 しかし――意に沿わせようとする親の姿に、羅刹は深い鼻息を吐き出した。


 しばらくすると、フィールドの中央に選手が集められた。

 一人ずつ名を読み上げられる中、ティナをはじめとした十五名の選手たちの殆どは、ガッチガチに緊張し、棒のようになった身体で歓声を受け止めていた。

 一方、羅刹はと言うと――。


(観客は四万か五万か。よくもまあこんなに集まるもんだ)


 選手用の通路に残り、そこから見える人の壁に嘆息していた。

 鬼の目は人の欲望を捉える。

 この世界の連中は戦いに飢えているようだ。人から発せられる闘争への情熱、これを金儲けの道具にする欲望の排気、様々なものが混じり合い、蒸せるような空気をスタジアムに落としている。

 (いくさ)をすれば愉しいに違いない。

 羅刹は目を細め、緊張しながらも目をキラキラと輝かせる主人を見た。


(ご主人様には申し訳ないが、悪鬼として召されたからには、その本分を発揮せねばならぬからなあ)


 この歓声が悲鳴に変わるのか、それとも――羅刹は、くっくっと笑みを浮かべていた。

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