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4.三つの街

 昼を少し回った頃、羅刹は部屋の外に出た。


「なんともはや」


 目の前に広がる“石の世界”を前に、思わず感嘆の息を吐き出す。

 軒を連ねる平石積みの建物は異国の国、ひいては西洋の欧羅巴(ヨーロッパ)を彷彿とさせる街並みである。

 建物は累計的で、外観や高さだけでなく屋根の色まで朱色に統一されているようだ。窓ガラスは貴重なのか、立派な佇まいをした建物のみ設けられ、それ以外は桟板で塞がれている。


「道まで石を敷きつめてんのか」


 続けて目線は上から下へ、真っ赤な素足で石畳を叩く。

 どこからか糞尿の臭いもしているが、見た限りでは、動物以外のものはない。

 傍らにいるティナは、この中央の区だけだがな、と言い添えた。


「郊外はまだ土の道だ。いつかは全体に延ばすつもりらしいが」


 この近辺だけで既に二十年。いつになるやら、とため息交じりに首を振った。

 当たり前であるが、人はみな異人。道ゆく者は鬼に奇怪な目を向けながら歩いてゆく。

 目で女を追い続ける羅刹は、衣服のデザインが豊富なのに対し、色のバリエーションが極端に少ないことに気付いた。


「朱色が流行ってんのか?」

「む?」


 ティナは訝しむが、ああ、と思い出したような表情へ変えた。


「ここは三つの街が集まって形成されているのだ。私らがいるのはライコーンと言う街で、赤が街の色となっている。まぁ絶対身につけろと言うものではないが」

「確かにお前は、朱色のものをいっさい身につけないな」


 彼女は青を基調としたものが多い。

 今もドレスローブのような青と白のシャツ、腰に長剣を携えている。


「私は騎士の家の出だ。騎士は青を与えられる」


 腕に巻かれた金帯が等級を示す、と言い口の狭い袖を持ち上げた。白い袖に金の帯が二本、煌びやかな輝きを放たれている。

 羅刹は出てきた建物に視線を移し、なるほどな、と大きく頷く。


「道理でいい所に住んでいると思っていたよ」

「父が用意してくれたのだ。独り立ちしたくてな」


 日本で言えば、高級な複合住宅。各部屋に一つ窓ガラスが設けられ、外観も周囲とは一線を画いている。

 羅刹は顎を揉みながら、何か思い入るように落日の光を浴びる建物を見上げ続けた。


 住宅地から少し先に進むと、たくさんの人で賑わう商業区域に出る。

 地べたに風呂敷を広げる露天商、商品を積んだ荷車を引く馬。

 通りに張り出した商品棚の上には、多種多様な商品が並ぶ。

 見ているだけでも心が躍る場所であった。

 そしてそこを、赤、緑、橙、時おり青のものを身につけた者たちが、人と人の間を織るように行き交い続ける。


「赤はライコーン。緑はフラン。橙はウォールだ」


 羅刹の疑問を察したのか、ティナは言う。

 ライコーンの街は鉱山を有し、主に農業と採掘などの工業が盛ん。

 フランの街は広大な砂地を利用した酪農、運送・運輸が盛ん。

 ウォールの街は貴族や騎士の邸宅が並び、両替などの金融業が盛ん。事業主も多い。


「三つの街の中で、店を構える商いが出来るのはここ・ライコーンの街だけだ」


 ティナの説明を受け、羅刹は納得の声をあげた。

 道行く者は赤、緑、橙、たまに青と目が痛くなりそうなほどカラフルで、店も魚を売る店の横で織物を扱っていたりと統一性がまるでないのだ。


「ざっと見たところ、小麦と蕎麦、豆があるが米がない。綿糸も多い……ってことは、土地が痩せているのか?」

「いや、土壌は豊かな方だろう。ただ稲作には向かない土だったか、この近郊では難しいと言った話は聞いている」


 南の村では水田を設け、栽培を試みているらしいが、と言い添える。

 一通りの説明を聞き終えた羅刹は、難しい顔で腕組みをした。


「近代的か前時代的なのか分からんな、この世界は」

「闘士がもたらした知恵と技術が原因だろうな。最近ではスタジアムに設けられた拡声管が話題を呼んでいるが、一部分だけ発達した建築など、歪になってしまった感は否めない」


 ()なる世界に驚くのは鬼ばかりではなかった。

 真っ赤な肌をした異形の存在を見るなり、通りの者たちは目を剥いて仰け反り、一歩退く。

 中には尻餅をつく者もいたが、多くが恐れ慄くまでに到っていない。“大会”で怪物などに見慣れているからだろう、とティナは鼻高い顔で語った。

 とは言え、タブレットの外に出られるのは塔の中だけ。

 道行く者や衛兵などに『どうして闘士が外に出ているのだ』と説明を求められると、背を丸め返答に窮してしまう。

 流石に注目を浴びすぎ心地悪くなったのか、そろそろ戻ろう、と視線を避けるように脇道に入ったその時だった。


「――ティナ殿!」


 背後からティナを呼ぶ若い男の声がした。

 羅刹に遅れて、名を呼ばれたティナも心底嫌そうな顔で振り返る。

 そこには、ひょろりと背の高い男が一人、大通りの雑踏を背にして立っていた。青いジャケットを羽織り、袖口の三本の金帯がキラキラと光る。


「いや探しましたよティナ殿。家を訪ねてもおらぬのですから」

「事前に文で連絡して頂きたい、と何度も申しているはず」

「十通出して一通戻ってくるかではありませんか。それも毎回『拒否』の言葉だけ。私はすぐに会いたい、声を聞きたいと言うのに、貴女はいつも霞の中だ」

「ならばそういうことです」


 ティナの言葉には棘があった。

 男はティナと同じ年頃だろうか。金色の髪は肩まで長く、面長な顔に厚ぼったい一重まぶたの目、ニヤついた口元はあまり良い印象を残さない。

 そのせいか、丁寧な口調にも嫌味なものを感じさせた。


「まあそれはいいとして」


 男はチラリと羅刹を見やった。


「これは闘士でしょう? どうして外に出ているのです」

「それはその、事故のようなもので……」

「事故?」


 男の片眉が上がる。

 これに羅刹は、そうだ、と顎を持ち上げた。


「俺様がタブレットの壁をぶち壊したんだよ」

「壁を、壊す……」


 握り拳を突き出すと、男はいそいそとタブレットを取り出し、何か操作をし始める。


「――ニヴェ、タブレットの壁は破れるのか?」


 鼻息荒く画面を覗き込んでいるが、期待する結果にならなかったのか、その表情にはすぐに落胆の色が滲む。


『とても出来そうにありません……』


 タブレットから女の声がした。


「残念だ。もし可能なら、ティナ殿との縁談を断りお前を嫁に、と思ったが……」

『私なんかに勿体ないお言葉です、グレイ様……。しかし、こうして貴方のお側に居られるだけでも幸せです』


 女がニヴェで、男がグレイと言う名なのか。

 タブレットに向かい、目尻を下げてイチャつくその姿は、見せられている鬼と女を著しく不快にさせた。


「縁組を断りたいのなら好都合です。親同士が勝手に決めたことなので、是非」

「そうもいきませんよ。アレックス様もいつまでも二本線に留まっていたくないでしょうし」


 ティナは憎々しげに鼻を鳴らすと、くるりと身を翻し大股に歩み始めた。

 グレイも呼び止めた理由も忘れているのか、タブレットに向かって何かを囁きながら、反対方向へ歩き去って行った。

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