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2.鬼飼う女

 ぼそぼそと話し声がしている。

 光が引いたことに気付いた赤鬼は、堅く閉じた瞼を持ち上げた。


(ここは……?)


 そこは薄暗い石室だった。

 目の霞みが晴れてくると、正面の、一段下がった場所に黒いローブで顔を身体を隠す老人と、青と白のさっぱりとした洋服を着た女がいた。長い金髪をした赤鬼好みな異人だ。

 ローブの老人は顎を揉みながら、不思議そうに隣の女に何かを告げる。確認の言葉だったのか、女はそれに一つ頷く。

 言葉は分からないが、老人は訝しみ、女には少し落胆の色が滲んでいた。

 おい、と赤鬼は呼びかけようとしたが、口がまったく動かない。その間に女は老人に話しかけると、手にしていた板を鬼に向けた。

 それはガラスで覆われた、どこかで見たことのある板であった。

 しかし、そうと思った直後、再び紫の光りに包まれ、今度はふわりと浮き上がるような感覚に包まれる。


 一瞬の閃光の後、奇妙な部屋の中に移ったと気づいた。


「さ、さっきから、いったい何が起こってんだ」


 流石の鬼も困惑を隠せない。

 今度は白い部屋。八畳ほどの広さの中に、ベッドが一つだけ置かれている。

 手にはめられていた枷は消えており、恰好も愛用の虎柄の腰巻き姿のまま。

 赤鬼は室内をウロウロし、四方の壁を触ってみたり叩くのを試みたものの、まるで成果は得られない。

 唯一そこに存在するベッドに腰掛け、途方に暮れたような深いため息を吐く外なかった。


「確か今日、桃太郎のムショから人間のに移送されるはずだったよな――?」


 白壁の一点を見つめながら、経緯と予定を思い出す。

 二百年ほど前、千の手下を連れて京の(みやこ)で暴れ、桃太郎の子孫と陰陽師の手によって捕らえられた。

 そこで二百と三十年の禁固刑が言い渡され、三十年の刑期を残した今に至る。


 ――鬼より人間の刑務所の方が荒れている


 収容所では模範囚として、刑期の短縮も受けるほど大人しく過ごす。

 この日は毒をもって制すため、赤鬼は人間の刑務所に送られる予定であった。


(では、ここがそうなのか?)


 赤鬼は今一度、確かめるように“何もない部屋”を見渡した。


(いや、あの犬と猿の様子からして、何かしら想定外のことがが起こったのは確かだ)


 それに、と先ほどの出来事を思い出す。


(あのローブを着たジジイと、異人の女は何だ? いくら訪日外国人が増えているつっても、鬼の存在を知るのはごく一部。いくらクールジャパンだオリンピックだつっても、連中が鬼のカードを切るはずがねえ)


 顎を揉みながら、彫りの深い目に、つんと高い鼻の女を思い出す。

 日本人の女にはない白肌をし、出るところが出たスタイルのいい女だった。

 老人は何色のローブを着ていたかすら覚えていないが、清潔感のある白を基調としたシャツに、くるぶしまである青い長丈のスカート。

 現代のファッションについては疎いが、少し芋っぽくも時代が古くも感じられた。


(それに、あの女が向けた板。あれは確か――)


 言葉を思い出そうとしたその時、目の前の壁が突然、パッと消え去った。


『よしよし! やっと帰って来られたぞ!』


 正面いっぱいに広がる女の顔に、赤鬼は仰天声をあげた。思わずベッドから転げ落ちそうになるのを手で支え、その顔を注視する。先ほどの女だと理解するまで、そう時間を要しなかった。


『んんーっ♪ 苦労して買った甲斐があった!』


 喜色満面の女の顔がゆらゆら揺れる。

 いや、赤鬼のいる世界(くうかん)が揺れている。しかし地震などの揺れではなく、言うなればカメラに映された映像を見ている状態だ。彼女の背後の世界(くうかん)が流れてゆく。

 赤鬼はすぐに状況を察知した。

 酔いそうなそれを見ながら立ち上がると、おい、と呼びかける。


『む?』


 揺れがピタリと止む。

 先ほどまで理解出来なかった言葉が、今はどうしてか日本語と同じ感覚で理解し、話せている。

 赤鬼は女に訊ねた。


「何が起こっているのか、状況を説明しろ。まずお前は何だ」

『状況? ――ああそうか。私はティナ・ドリス・フォード、お前の主人(あるじ)だ』


 赤鬼は首を傾げた。


「主人ってことは、俺は買われたのか?」

『買われた? うぅむ……タブレットのことか?』


 ティナと名乗った女に赤鬼は、やはり、と頭の中で頷いた。

 先ほどの空間で見た板きれ――透明なガラス板で覆われたそれは、刑務所で見たタブレットとまるで同じ形をしていたのだ。そして同時に、今居るここ・白い部屋はどこかと確信に到る。

 すると、女は閉じた親指と人差し指を近づけ、ぐいと上下に割り開き、


「ぬお!?」


 壁いっぱいに青い目が迫る。

 動じまいと仁王立ちしていた赤鬼も、これには驚きを隠せなかった。


『ふうむ……お前は何だ? 神官は『悪魔の(たぐ)いだ』と言っていたが、まるで形容しがたい』

「鬼だ」


 その前に縮小しろ、と言う。

 ぎょろぎょろと動く、血走った眼球は不気味でしょうがない。

 今度は指が閉じられ、女の上半身が映るようになった。

 背景に映る室内は広いが、後ろの棚や床にはゴミや衣類が散乱していてとても汚かった。


「悪鬼羅刹の鬼だよ」

『アッキラセツ?』


 頓狂に繰り返すティナに、羅刹でいい、と告げた。

 ティナは、ラセツ、ラセツ、と繰り返した後、大きくうんと頷く。


「で、俺は何のために、こんなタブレットの中なんぞに封じられたんだ」

『何のためって、訊いておらぬのか? 渡る途中に説明があると窺っていたのだが』


 彼女の表情が怪訝なものに変わっていた。


「生憎と、こちらは身柄を移されている最中だったからな」

『ふぅむ? まぁいいか。簡潔に言えば、闘士としてお前は召喚されたのだ』

「闘士だァ?」


 意味が分からず、今度は羅刹が眉を寄せた。


『そうだ、闘士だ。我が国では年に一度、街の中央にある塔を巡って大きな剣闘技会が催される。その塔の名は、ダロスの塔、お前が召喚された場所でもある』

「それにどうして俺が」

『お前は咎人(とがにん)なのだろう? その検討議会〈プロキシ・デュアル〉に勝利すれば、確か(みそぎ)が認められる……だったか? 定かではないが』

「プロ――何だそりゃ?」


 ティナの説明によれば、咎人を召喚し、その者らを闘技会で戦わせるとのこと。

 コロシアムのグラディエーターや、代理決闘の剣闘士のようなものだろう、と羅刹は推察する。


「時代が進めば、斉天大聖も釈迦のスマホやタブレットの中か。世知辛いな」


 画面の向こうの女は小さく息を吐いた。


『この戦いは元々、騎士の役目、我々の名誉でもあったのだがな……』

「どうして戦わなくなったんだ」

『このタブレットが原因だ。ダロスの塔には謎の言語で綴られた石画が多くあるのだが、その一部の記述を、突如としてこの世に現れた天才・スティーブが解読に成功したのを皮切りに、状況が大きく変化した』


 塔は世界線を繋ぐ中継地点であること。

 また繋いだ世界をから“存在”引き寄せ、それを個々に配す石板――タブレットについて書かれていたようだ。

 配されるのは様々な世界の戦士や剣士、また悪魔や化け物の類いなど。大義のために召喚された者もいれば、戦う場所を求め召喚された者もいる。

 そして、全員に共通しているのは『みな何らかの罪を抱えている』と言うことであった。


『大きく三つの国に分かれ、ダロスの塔を巡って戦い続けた。最終的には共倒れの形で王族が滅び、それを機に、三つの国は共和制を敷いたのだが……塔を巡る争いには決着がついていない。しかし今更、退くに退けぬ』

「人、金、時間を投資し続けることが損失につながると理解しつつも、損を嫌って退くことをしない。結果、大損ぶっこくのはままあることだ」

『まさにその通りだろうな。代表となる騎士を選出し、数年に一度、塔の中を改装したフィールドで代理決闘をするようになった。――タブレットが出てか人死にがないことを良しとし、代理の代理として、召喚された彼らに戦って貰おう、と考えたのが数十年前だからな』

「この世界、変なキノコでも流行ってんのか?」


 くるりと身を翻すと、羅刹は再び反対側の壁や左右の壁を探り始めた。


『? 何をしている?』

「出口探してんだよ! こんなゲームみたいなノリの世界に居てられっか!」

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