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ロストワールド  作者: 白猫さん
1/1

序章

「はぁっはぁっはぁっ」

「待ちなさーい!」

 夕日に照らされ、赤色に染まる校舎を僕は疾走していた。綺麗な声を張り上げて、後ろから少女が追いかけてくる。

「もーっ、大人しくしなさい!」

 少女の頭上に巨大な球体が現れ、手を伸ばすと同時にその球体が物凄い速度で飛んでくる。

 狙いは一直線に、僕だ。

「うわぁっあぁぁ!」

 間一髪で横に避け、なんとか激突を回避する。

「むっ、ちょこまかと・・・ じっとしてないと痛いわよー?」

「そ、そんなこと言われたって・・・ おわぁっ!」

 校舎の壁を突き破って飛んできた球体をしゃがんで避ける。

 僕は何度も飛来する球体をギリギリで避けつつ、誰もいない廊下を走り抜けた。

「ちくしょう、なんでこんなことに・・・」




 自分で言うのも何だけど、僕はかなりモブキャラだと思う。

 何かしらの出来事で、背景に映っているだけの地味で影の薄い人間。

 どれくらい地味かというと、大事な人達―――仲のいいクラスの人や友達には、「お前は地味だなー」とよく言われる。両親には「影が薄くてどこにいるのかわからない」とまで言われる始末だ。

 僕は物語の主人公には一生なれないと思う。なりたいとも思わない。

 そんな僕の、自慢できる・・・ってほどじゃないけど、まあ特徴的なところといえば、忘れっぽいことと、他の人よりかは勘が鋭い、ってことだ。

 忘れっぽいからよく色んな人に注意されるし、昔のことなんてほとんど思い出せない。

 そして勘が鋭いというか、僕の場合は周りの雰囲気を読むのに長けていると言った方が近いかもしれない。

 そして、今日は何かがある気がした。その感じは朝起きてから、ずっと付きまとっていた。

 普段通り朝ご飯を食べ、普段通りに制服に着替え、普段通りに家を出る。その間も、ずっと何かがあるような感じがしていた。

 通学路でも、特に何かがあるわけでもなかった。普段通りの道を歩き、同じ高校の人と挨拶を交わし、車に気を付けながら歩く。

 ここまでは、普段と何も変わらない。

 これは昨日も一昨日もあったし、明日も、明後日も続くだろう。

 だけど、今日は普段とは何かが違う。そんな気がしてやまなかった。

 そして僕は、その勘が的中したことを知った。それは、学校に着いた時のことだった。

 校門前で、見たことない女の子と出会った。

 その子は髪も肌も雪のように白く、まっすぐで澄んだ蒼い目が印象的だった。僕と同じ制服を着ているし、この高校の生徒なんだろう。

 同じ高校といえど、学年が分かれている以上知らない人だっている。もし知っていたとしても、僕は忘れっぽいから覚えていない。

 相手が誰だろうと、挨拶をするのは人として最低限の礼儀だ。僕はその子に軽く頭を下げて、校門を通り抜けた。

「・・・ふふ、やっと見つけた」

「えっ?」

 すれ違いざま、女の子が呟いた。驚いて後ろを振り返ると、さっきまでいたその子は影も形もなく消え失せていた。

「・・・? あ、やっべ!」

 キーンコーンカーンコーン。

 チャイムが鳴り響き、朝のHRが始まることを知らせる。僕は校門から急いで教室に向かった。




「ま、間に合った・・・」

 僕が教室に駆け込んで自分の席に着くと同時に、先生が教室のドアを開いて入ってきた。

「おはよう。皆」

 おはようございまーす、と生徒の声が響く。

「今日は朝のHR前に、皆に転入生を紹介する。入ってきてくれ」

 先生がいきなりそんなことを言い出した。みんなも初耳のようで、驚いている。

 転校生や転入生といえば、何かしらその人絡みのイベントがあることでおなじみだ。だけど、それはたいてい物語の主人公にのみ起こるもの。僕のような遠くから見てるだけのようなやつには、あまり関係ないだろう。

 クラス中がざわめく中、ぼーっとそんなことを考えていると、教室のドアががらり、と開かれた。

 あ、この子は・・・。

 入ってきたのは、僕が今朝校門ですれ違った女の子だった。

 その子は鼻歌でも歌いそうなほど、楽しそうな足取りで教壇まで歩く。

「それじゃ、黒板に名前を書いてくれるかな」

 先生に促され、その子はチョークを手に取り黒板に字を書いていく。

 音無黒沙。と書くらしい。

「皆さん、初めまして」

 その子の声はとても澄んでいて綺麗だった。周りを見ると、さっきまでざわついていたクラスのみんなが一斉に黙って、うっとりと聞き入っていた。

「今日から皆さんのクラスメイトになりました、音無黒沙です。よろしくお願いします」

 音無さんが軽く頭を下げる。

「お、おい。あの子超可愛くね?」

「ああ、今まで見たこともないような美少女だ・・・」

「綺麗な声・・・」

 クラスの反応は大体「かわいい」か「綺麗な声」だった。男子に至っては、既に告白する算段をつけている人さえもいた。そんなみんなを横目に僕は考える。

 どうせこんなかわいい子がうちのクラスでも、僕とは何の関わりもない。だったら、何も考えず、いつものように傍観者としていよう。

「おーい、皆静かにしてくれ」

 先生が手を叩き、生徒に静かにするように促す。

「というわけで、音無黒沙さんだ。皆も色々と教えてあげてほしい。それと、音無さんの席だが・・・」

 先生が教室を見回していると、音無さんが僕の方を指差し、歩き出した。

 僕の席は一番後ろで、他の列より机一つ分飛び出ているから、一人分のスペースが空いている。彼女は僕の隣の、その空いた場所を選んだようだ。

「おお、天ヶ崎の隣が空いているじゃないか。音無さん。天ヶ崎の隣に―――」

 先生もそれに気づき、音無さんに声をかける。だけどその言葉を言い終わる前に、音無さんが僕の隣まで歩いて来た。そして制服の襟をつかんで引っ張り、僕を立たせた。

「ちょ、ちょっと・・・ えっ!?」

 僕を立たせるや否や、音無さんがいきなり腕を抱きしめてきた。

 音無さんは僕よりも少しだけ身長が低くて、ちょうど僕のあごの下に彼女の頭がある。

 彼女の女の子特有のいい香りが、僕の鼻を刺激してなんだか居心地が悪い。何より体の前面が僕の腕に押し付けられているので、その、色々と柔らかい部分が腕に当たって・・・!

 クラスメイトの羨望と嫉妬の視線と、先生の怪訝そうな視線をを一身に受けながら、音無さんが僕の方を見て口を開いた。

「やっと見つけた。あたしの大切なひと、シロ・・・」

 ・・・え?

 音無さんの言葉に、僕の思考が凍りつく。彼女に何を言われたのか理解できない。

 潤んだ瞳で見上げられ、居心地の悪さが一層加速する。

「あ、あの・・・」

「ここはもう必要ないわね。二人っきりになるわよ」

「え?」

 僕はそんな間抜けな声を出すことしかできない。当然だ。あまりに唐突すぎて、何も理解できていないのだから。

 嬉々として音無さんが指をぱちん、と鳴らす。すると教室中がひび割れ、崩れていく。

「なっ・・・」

 窓が、天井が、床が、先生が、クラスメイトがひび割れていく。

 そしてひびは僕の足元にまで及び、ボロボロと崩れていく。

「大丈夫よ。シロ」

 音無さんはこんなときにまで僕の腕を抱き続けていた。

「あたしがついてるから。ね?」

 音無さんはにっこりと微笑んだ。

 そして足元が崩れ去り、僕は暗闇に飲み込まれた。




「そして気が付いたら誰もいない学校の廊下にいて、更に音無さんに追われてる。・・・ははっ、面白い夢じゃないか」

 そうだ、これは夢に違いない。

 こんな非日常的なものは、マンガやアニメの中だけで十分だ。

 それにしても、夢の中なのに妙に疲れるなぁ。

「はあ・・・ シロ、あたしは追いかけっこも好きだけど、そろそろ飽きてきたわ」

 ため息をつきながら、音無さんは球体の数を二個に増やした。そして片方を僕の前方から飛ばし、片方を後方から飛ばして僕を挟み撃ちにしようとする。

「ここが夢の中なら・・・!」

 僕は廊下の床を蹴り空中へ逃げようとする。これが僕の夢ならば、僕の思い通りになるはずだ!

 けれども、僕の足は床から数センチくらいしか離れなかった。

「あ、あれ? ―――あっ」

 そしてそのまま僕は、球体に挟まれて潰された。


      


「・・・なさーい。起きなさーい」

 どこからか声が聞こえてくる。綺麗な声だ。

 そして重い。誰かが僕にのしかかっているような、そんな重さだった。

 僕はゆっくりと目を開く。

 すると、すぐ目の前に人の顔があった。

「うわあっ!」

 僕はのしかかっている人を突き飛ばしながらとび起き、後ろへ数歩下がる。

「あ、ご、ごめん、音無さん」

 僕の上に乗っていたのは、謎の転校生、音無黒沙さんだった。

「いたた、クロでいいよ。あたしもシロって呼んでるし」

「そ、そう? じゃあ、クロ、でいいのかな?」

 お尻をさすりながら音無さん―――クロが立ち上がった。

「うん、それでよし」

 にっこりとクロが笑った。僕はその笑顔についドキッとしてしまう。

 クロはあの時校門の前で出会ったときとは違い、白い外套を纏っていた。

「あれ? 僕は、君に押し潰されたんじゃ」

 体中を見ても、血がついている様子はない。それどころか傷一つさえない。

「押し潰したわけじゃなくて、いったん気絶してもらっただけよ。まあ、押し潰したような形になってしまったかもしれないけど」

 気絶させるならもっとましな方法はなかったんだろうか・・・。

 まあそれは後でいいや。問題は・・・。

「それで、さ、ここって、どこ?」

 僕らがいる場所は真っ暗だけど、お互いの姿ははっきりと見える、そんな不思議な場所だった。

 足元では、幾何学模様が浮かび上がっては消えることを繰り返し、天井ではいくつもの光る点が輝いていた。まるで、おしゃれなプラネタリウムだ。

「そうね。まずはここの説明からするわ」

 クロが歩き出すと、天井の光が強まった。

「ここは、ありとあらゆる世界につながる始まりの空間」

 クロが足元で幾何学模様を散らしながら歩く。

「ねえ、シロ。シロがいた世界とは別に、異世界が存在する、って言ったら信じる?」

「え?」

 クロが唐突にそんな質問をしてきた。

「魔法が使える世界。科学が発達した世界。未だ文明がない世界。文明が乱立している世界。既に亡んだ世界。そんなありとあらゆる可能性に繋がるのが、ここ。始まりの空間。ま、今は私個人の部屋みたいなもんだけどね」

 あまりにも突拍子もない発言に、僕の頭はついていけない。

「えっと・・・」

「ああ、自己紹介がまだだったわね」 

 戸惑う僕に、クロは笑う。

「あたしの名前はサイクロノワール。ここ、始まりの空間の管理者で、シロのお嫁さんよ」

 ・・・ん?

 この子は何を言っているんだろう。異世界? 始まりの空間? お嫁さん? ははっ、僕はまだ夢を見ているみたいだ。

「音無黒沙は、あたしのあの世界での名前。あたしの本当の名前はサイクロノワール。それで、シロに聞きたいことが・・・って聞いてる!?」

 なんだ、僕もこんなユーモアのセンスに溢れた夢を見れるんじゃないか。よしよし、この夢を友達に話せば大うけ間違いなしだなって痛ぁ!

 ぼーっとそんなことを考えていると、クロが外套の内側からピコピコハンマーを取り出し、思いっきり振りかぶって僕の頭を叩いた。

 ぴこっという軽快な音と共に、意識が現実へと引き戻される。

「い、痛い・・・」

「人の話を聞かないシロが悪い! どうせ夢だとでも思ってるんでしょ? 残念でした。これは紛れもない現実よ」

 クロがピコピコハンマーを振り回しながら怒る。

 夢じゃない? 冗談はやめてほしい。こんな非現実的なものが夢じゃなくてなんなんだ。

 だけど、夢の中なのにとても痛い。不思議なこともあるものだ。

 ピコピコハンマーとはいえもう殴られるのは勘弁だ。ここは大人しく話を聞こう。

「それで? 話って何さ」

 僕が問うと、クロは真剣な顔で喋りだした。

「うん。あのね、音無黒沙、って名前、今日初めて聞いた?」

「そうだけど」

「・・・そう」

 クロは白い外套の内側でもぞもぞと手を動かし、何かを取り出した。

「これを見て」

「何これ・・・ 短冊?」

 クロが手渡してきたのは、よれた二枚の短冊だった。

「えーっと何々・・・

『クロをおよめさんにしたい しろ』

『シロくんのおよめさんになりたい くろさ』・・・ってなんだこれ」

 二枚の短冊には、子供が書いたようなたどたどしい字で、愛を誓うような文章が書いてあった。

「これは、あたしとシロが子供の頃に書いた短冊よ」

「ふーん・・・ え!?」

 僕は驚きのあまり短冊を取り落としかける。

「僕、こんな短冊を書いた覚えがないんだけど・・・?」

 だけど、よくよく見れば短冊には僕に似た字で、僕の名前が書かれている。

 クロは僕のその反応を見て、少し悲しそうな顔になる。

「やっぱり・・・ じゃあ、次はこれ」

 クロが次に手渡してきたものは、一枚の写真だった。

 そこには着物姿の小さな綺麗な女の子と、ラフな格好の小さな男の子が写っていた。

「これ、誰?」

「それは、あたしとシロが子供の頃、夏祭りに行ったときに撮った写真よ」

「はい!?」

 言うまでもなく僕はこんな写真を撮ってもらった記憶はない。

 だけど、写真の男の子が握っている扇子は見たことがあった。今でもうちに置いてあるものにそっくりだ。

 クロが、沈痛な面持ちで口を開く。

「やっぱり何も覚えていないのね・・・

 単刀直入に言うわ。シロ、実はあなたの、古い記憶の一部が奪われているの」

 ・・・。

 ・・・え?

 何を言っているのかわからない。記憶を奪われた? え?

「そうね。話せば長くなるわ。できるだけ手早くすませたいの。だから・・・」

 クロが指を振ると、何もなかった地面に絨毯と机が現れた。ご丁寧にお茶も添えてある。

「いったん座りましょうか?」

 



 僕は促されるままに絨毯に座り、クロも机を挟んだ僕の反対側に座る。

「それで、記憶を奪われてる、って?」

「言葉通りよ。シロの古い記憶、具体的には幼稚園から小学校低学年くらいまでの記憶がそっくり抜かれてるの」

 確かに、その時代に僕が何をしていたかなどは思い出せない。だけど、これまでは忘れていただけかと思っていたのにまさか奪われていたとは・・・。

「にわかには信じ難いと思うわ。でも、まずこれを信じてもらわないと話が進まないの。信じてくれる? あと、これは現実なの。それも信じてほしいわ」

 僕は腕を組み、考える。

 確かに信じられないようなことだけど、信じないと埒が明かないのも確かだ。うん、話を聞いてみるだけ聞いてみよう。

「・・・わかった。今は信じる」

「そう? よかった・・・」

 クロが心の底から安心したように息を吐く。そこまで心配していたのかな?

「これで話が進むわ。じゃあ次はこれを見て」

 クロが空中に手をかざすと、空中に光るパネルが現れ、それに画像が映し出される。

 そこには、七人の人間らしきものが映し出されていた。

 鎧を着ていたり、ボロボロのマントを纏っていたり、白衣に袖を通していたりとまさに多種多様な姿だった。

 しかし、全員何かしらで隠していて顔はわからない。兜だったり、サングラスとマスクだったりだ。

「・・・? 誰?」

「こいつらがシロの記憶を奪った張本人達よ」

 クロがお茶をすすりながら説明する。

「こいつらはシロの記憶を分割、その後何かに封じて色々な世界へ持ち去ったの」

「色々な世界?」

「そう」

 クロが天井の輝きを指さす。

「あの輝き一つ一つが世界なの。あのどれかにいるわ」

「へー。 ・・・ってはぁ!? あれ全部が世界!?」

「そうよ。 ここのことはさっき説明したでしょ? ありとあらゆる可能性に繋がる場所。つまりあらゆる世界に繋がるってことね」

 得意げな顔でクロが語る。

「あいつらが逃げ込んだのは、現存する世界の中でもかなり異質な世界、『ロストワールド』」

「『ロストワールド』?」

「そこは歴史の分岐点で選ばれることのなかった結果の集まり。現在は七つ見つかっていて、そこに一人一人逃げ込んだらしいの」

「そ、それはまたわかりやすい・・・」

「でしょ? こいつらバカなんじゃないかしらね」

 鼻で笑いながらクロが言う。

「ん、説明を続けるわよ。こいつらがシロの記憶を奪った理由はただ一つ」

 クロがさっと手を振ると画像が書き換わる。

「世界の支配者になるためよ」

 新しく映し出された画像には、さっきの七人が金色の玉座に座っている姿が映し出された。ただし、かなりデフォルメされた姿で。

「こいつらは支配者の証として、何かしら変わった椅子を所有しているの。詳しくはわかっていないんだけどね。その中に、シロの記憶が封じられている可能性が高い」

 あ、その絵はあたしが書いたものよ。と、クロが少し豊かな胸をそらせながら自慢げに言う。

 そのかわいい姿に和みかけたが、背筋を正して質問する。

「えっと、世界の支配者と僕の記憶に何の関係が?」

「記憶ってのはね、強力なエネルギーなの。それも古ければ古いほどその強さは増す。そしてあなたの記憶は、存在する全ての世界で最高の強さだった。それこそ、世界を支配できるほどのね」

「それで奪われた、ってこと? じゃあなんで全部奪っていかなかったの?」

「大方あなたを記憶のタンクとしてしか見てなかったんじゃない? だからまずは必要な分だけ奪って、足りなくなったら取りに来ようとでも思ってたんでしょ」

「タンク扱いって」

 僕は苦笑いするしかない。自分は地味だとは思っていたけど、まさかこんな扱いを受けるとは・・・。

「でも、あたしがあなたを助け出した。そして今、あなたには二つの選択肢があるの」

 クロと僕の中間に、二つのパネルが現れた。片方には奪還、片方にはタンクと書いてある。

「このまま放置して、段々と昔のことが思い出せなくなるまま生きて廃人になるか。それともあたしと共にあいつらを倒して取り返すか。さあ、好きな方をタッチしなさい。なるべく早く」

 クロが笑いながら問う。

 このまま放っておけば、昔のことが思い出せなくなるらしい。それは嫌だ。僕にだって忘れたくないこともたくさんある。

 それに自分の記憶が他人に奪われたのなら、できるなら取り返したい。自分のものが他人に弄られるのは困る。

 僕はクロをまっすぐに見据え、答えを返す。

「・・・うん。取り戻したい」

 奪還と書いてある方のパネルに手を伸ばし触れる。すると、絨毯や机、空中のパネルが消え去った。そしてクロがいきなり立ち上がる。

「シロが取り返すって決めたのなら、あたしも全力で手伝う。それが妻としての役目―――。よく言ったわ、シロ」

 クロが僕の隣まで来て、そして制服の襟をつかんで引きずる。

「よし、それじゃあ今から行きましょうか」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ! 今から行くの!?」

「取り戻したいって決めたんでしょ? なら今行かずにいつ行くのよ」

「それは・・・ もう少し相手のことを調べてからとか」

「敵の居場所はわかってる。敵の人数もわかってる。世界については私が情報を持ってる。これだけあれば十分じゃない?」

 確かに、それだけあれば大丈夫かもしれない。

 だけど、心の準備ってものが・・・!

「あーもーっ! ウダウダやってないで行くわよ! 早くしないと取り返しのつかないことになるんだからね!」

 クロがもう限界、というように早口で喋る。

「・・・取り返しのつかないことって?」

「一度消費された記憶は蘇らない! 私なら少しは復元できるけど、完全に消滅したらどうしようもないの! だから急いでるのよ!」

「なんだって!?」

 クロが言うには記憶とはすなわちエネルギー。エネルギーということは、何かに変換されて消費される。消費されたらそこで終わり。これってもしかしてまずいんじゃ・・・。

「あたしはシロに記憶を取り戻してほしい! だから急ぐの! ・・・あった!」

 天井を見ながら半ば走るような形で歩いていたクロが、急に足を止めた。

「世界移動には時間がかかるの。できるだけ早めに開始したかったんだけど仕方ないわ」

 クロが指をぱちん、と鳴らす。するとあたりの空間に亀裂が走った。

「これ、教室でもあった・・・」

「これが世界移動よ。代償として元の世界は壊れてしまうけど、この空間だけは別。私の力ですぐに復元できるわ」

 何気ない顔でクロが言う。

「・・・え? ちょっと待ってよ」

「? 何?」

「元の世界は壊れる? じゃあ、学校は?」

「もうないわよ?」

 クロが不思議そうな顔で答える。

「じゃ、じゃあクラスの皆は? 先生は? 友達やお父さん、お母さんは?」

「消えたわよ。世界ごとね」

 その言葉に背筋がぞっとする。

「なんでそんな大事なこと先に言わなかったのさ! みんながいなくなるくらいなら記憶がなくてもいいよ!」

 自分の大切な人を失った喪失感、取り返しのつかないことをしてしまったという後悔から僕は叫んだ。

「なんで、なんで」

「だって、そうしないとあたしだけを見てくれないでしょ?」

「な―――」

 クロがキラキラとした目で、狂気的に笑う。

「シロはね、あたしだけを見てればいいの。

 あなたの目に映る人はあたしだけでいい。やっと見つけたあたしの大事なひと。大好き。シロ、シロ、シロ。ふふっ、あはははははははっ!」

 周りが崩れゆく中、クロの笑い声が響く。

「それにね、シロ。もしかしたら助けられるかもしれないよ?」

 クロが上目遣いに僕を見ながら、心の底から楽しそうに笑う。

「言ったでしょ? あなたの記憶は最高のエネルギー。それを使えば世界の再創造なんて簡単よ。でも、それは敵に奪われたまま。だ・か・ら・・・」

 クロが僕の腕に抱きつく。教室の時のように。

「一緒に取り返しましょう? 大丈夫、あたしがいるわ」

 クロの様子を見て、僕は確信した。

 この子と一緒にいるとロクなことがない。

 だけど、もしさっきの話が本当なら、敵から記憶を取り戻すしかない。どのみち元の世界がないのだから。

「・・・わかったよ。その代わり、全力で守ってよ」

「うん、任せて!」

 僕は抱きついているクロを引きはがし正面を向かせる。手を握ってきたのは、仕方がないので放っておくことにした。

「ついてきなさい!」

 地面が揺れ始める中、クロが走り出した。僕もそれに引っ張られる形で走る。

「さあ、これからあたしたちが行くのは失われた可能性!」

 天井の輝きが一つ流れる。

「あるはずだった、あってもよかった世界!」

 天井がひび割れる。

「淘汰され、なかったことにされた世界!」

 足元が崩れる。

「選択肢として存在したものの、結果として選ばれなかった世界。そこにこそあなたの記憶がある!」

 僕が暗闇に落下する直前、クロが空中を蹴って飛び上がった。

「行こう! あなたの記憶を探す旅に!!」

 流れゆく一つの輝きにクロが手を伸ばした瞬間。

 猛烈な輝きが僕たちを照らした。


息抜きに書いたやつを吐き出しただけです。

見てくれてありがとー。

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