3品目 〜唐辛子って食べられるんですね…〜
「はぁ…はぁ…」
ようやく撒いたようだな…危なかった…まさかスライムが合体するとは思わなかったぜ…
「はぁ…はぁ…」
俺の後ろでは両膝をついて肩で息をしてる女の子がレベッカちゃん、ついさっき俺とパーティを組んだ赤い髪、翠色の眼が特徴のハーフエルフの女の子。…どうしようか、これ多分言葉選ばないと向こう泣いちゃうぞ…
「あ、あの!」
「ご!ごめんなさい!」
奇しくも向こうと同じタイミングで喋り始めてしまった、一瞬お互いに沈黙が流れるがどうしても謝りたいのかレベッカちゃんの方から口を開いた。
「本当に!本当にごめんなさい!スライム倒すには魔法使い職がいないと難しいけど平気ですか?とか聞いちゃってごめんなさい!もう生きててごめんなさい!」
「お!おいおい言い過ぎだろう!別にもう気にしちゃいないさ!」
何にも気にしてないと言ったがすまん、あれは嘘じゃ…これが多分レベッカちゃんみたいな可愛い子でなければ一発殴ってたかもしれない。
「あうぅ…お優しいのですね…」
「いやそんなこと言われても俺だってきみに全部任せて魔法打てなんて言ったしそもそも話聞かなかったのが悪いんだ…」
これは事実だしね、落ち度は完全に俺にある。そりゃあ最初は驚いたけどね、まぁ今更どうこう言っても仕方ないしレベッカちゃん可愛いからお兄さん許しちゃうよ。
「ほんとうに…ごめんなさい…なんでもします…煮るなり焼くなり好きにして下さい…」
ん?今何でもって言った?何て古典的なやり取りはやらない、そこまで思い詰めてる子に冗談でも言ってはいけない、てかこっちの世界じゃ冗談にもならなそうだしなぁ、絶対言わないでおこ。
「ダメだよ、謝る時に何でも、は禁句だ、俺は別にどうこうしろとか言わないけどゲスな大人ならレベッカちゃんアレなことされるよ?」
「ほんとうにお優しいのですね…お気遣いありがとうございます…ところでアレなこと…とは?」
えっ…いやあの…マジで?ど、どうしようか、てか俺が焦ってどうするよ…こういう時は何の恥ずかしさも演出せずに、そ、そう、さらっと言うのが大事だな。
「こ、こう…」
左手で筒を作るように手を丸め、人差し指をシュッと射しこむジェスチャー…これで通じなかったらどうしましょ、俺の口からこんな可愛い子にそんなとんでもないこと、言えないぞ…
「あ、あうぅ…え、えと…はい…気を付けます………」
レベッカちゃんを見るととんでも無く顔がリンゴみたいに真っ赤になってる、よかった通じたよ…それにしても可愛いなぁ…いやこのやり取りのあとに恥ずかしがる顔可愛いなぁとか変態の発想だろう、違う違う。
「と!とりあえず!まず一旦そろそろ街に着くんだし帰ろうぜ!な!?」
「…その事については大いに賛成なのですが…タカシさん…旅のものだと言ってたのに寝床は…」
「…あっ…」
どうする?このまま橋の下行って帰る?いやでも無理じゃね?俺一人であそこたどり着くのは多分無理、かろうじて足止めにはなるこの子の電撃魔法なきゃあんなすばしこいスライムからは絶対逃げられん、かと言って送ってもらったらそのあとレベッカちゃん一人になるから絶対ダメ…あれ詰んだ?
「あ、あの…」
レベッカちゃんじゃなくこの街の人に頼んで橋の下まで護衛を…それは無理、多分金払わないとみんな依頼として受けてくれない、俺には金がない。うわぁ見事に詰んでる。
「お詫びと言っては何ですが…私の家があるので…」
「家あるの!?」
「は!はい!こんな私が家持っててごめんなさい…」
いや驚いたのは多分この子が思ってるような理由じゃない、俺はてっきり冒険者と言えば馬小屋で寝泊まりしてるものだと思ってたからな…違うのか…
「あ!あぁいいや多分そういう理由で驚いたわけじゃないよ、違う違う、駆け出し冒険者って馬小屋とかで寝泊まりするイメージあったからさ…」
「あぁ私はもともとこの街出身だったので家はありますが別の街から来た方達は普通に馬小屋で寝泊まりしてますよ?」
「ふーん…てことはご両親いるの?平気?俺なんか身元もわからない不審者だぜ?」
「あ、いえ、両親は…」
おい何気なく質問したら地雷踏んだぞ…
嘘だろおい…
「ご!ごめん嫌なこと聞いちゃって…」
「い!いえ…良いのです、もう暗いですし…さ、帰りましょう?案内します」
本当に良い娘すぎるこの子…可愛いし優しいし天使かよ…異世界きて初めて出会った子がこんな可愛い子で俺は幸せだ…俺の知る異世界転移作品じゃ平和そうに見せかけていきなり腹かっさばいて殺された主人公もいるしな…一例にすぎないけどね。
「じゃ、じゃあお願いしようかな…うん、お願い」
この調子じゃしばらく戻れそうにないかなぁ…まぁテストはしばらくないしそもそも明日から土日だし何とかなるだろ、うん…」
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門番さんはまた寝てました、こいつら多分税金とかで働いてる口だよな?仕事しろよ…不法侵入毎度してる俺が言うことじゃないけどさぁ…そんな風に俺が門番さんたちをジロジロ見てるとレベッカちゃんが苦笑しつつあんまり気にしなくて良いですよ、と一言声かけてくれた、優しいなぁ…
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さて、着きました、え、本当にここ?結構この家でかいぞ…ゆうに俺らの世界の学校1棟分くらいはあるぞ…でかっ…
「あ、あのあんまり手入れが行き届いてないかもですけど…」
「や…えと、家でかくね?」
「あぁ、私の家お父さんとお母さんが外国で宝石商してるので…私だけこの家にいるんです」
「な、何だ…さっきのセリフで失礼だけどもう亡くなってるのかと…」
「ま、まぁあんまり手紙も来ないですし今どこにいるかもわからないんですよね…」
「…そっか」
「けど大丈夫です!近所の皆さん優しいので!…じゃあ、どうぞ…上がって下さい…」
そういえばまだ玄関だったよ、忘れてた。
「お邪魔します…」
家の中に入ると金ピカなろうそく立て、お金持ちの家によくありそうな暖炉、揺り椅子、ソファに大理石のテーブル、すげえなオイ…
「え、えとじゃあそこのソファにでも腰掛けて待っていてください!まずはご飯作りますから…」
「い!いいよ!俺が作る!俺こう見えても料理割と好きだからさ!」
「え、えぇ!?い、いいえ!私がやりますよ!?」
「いやいや、泊めさせて貰っといて何もできないのはちょっとね…食材は勝手に使って平気?」
そう言って俺はキッチンの方に入らせてもらうと水道で手を洗う、てか水道あるのね、蛇口というよりは井戸水のあのポンプを小さくしたような感じだけども…
「あ、あまり食材は揃ってませんが…そこにあるのは何でも平気です……私がお詫びに泊めようとしたんだけどなぁ…気になさらなくても良いのに…」
平気です…の後も何か言ってたような気がするけど聞こえなかったし…良いか…いや良いのかな、あの時もそう言ってまぁ良いかで済ませて痛い目見たからなぁ…
「なに?悪いんだけど最後聞き取れなかったんだからもう一度言ってもらっていい?」
「い!いえ!別に…その間に私お風呂と寝床の準備しておきますね!」
「お!おう?ありがとう…」
取り敢えず食材の入れられたカゴを漁る、なにがあるかね…こう見えても俺チャーハンしか作れない系男子とかと違ってこうして目の前にある材料で飯を作れるからな!下手したらウケる!とか言ってるギャルより女子力高い自信があるね!いや多分基準そこだけじゃないんだろうけどさ。
「…ベーコン…?この世界にもあるのか…」
ベーコン、豚肉のバラ肉のあたりを香辛料や砂糖、塩で漬け、燻製にしたもの、スペインあたりではそのまま生で食べる「プロシュート」と呼ばれるものまである…おぉ結構うんちく語れるもんだな、しかしこの国はどこが発祥なのだろうか…まぁいいや、他には…と。
ニンニクに唐辛子…そう言ったものまで置いてある、ほうほう…あとはジャガイモとか…意外と俺たちの世界にある野菜とかあるんだな、これで未知の食材なんかあったらと思うとヒヤヒヤしてたから一安心。
オイルか?これ…ちょっとひと舐め、さすがに劇薬こんなところに置くとは思えんしな……何でこの世界にオリーブオイルなんてあるの?びっくりだよ…あとはパスタ…パスタ!?パスタ何てあるんだ…もう俺この世界わけわかんないよ…
「…っし、これで作る料理は決定だな、レベッカちゃん辛いの平気かな」
物音がするので屋敷の二階に上がりレベッカちゃんを探す、すると…倒れてた。
「俺おい!大丈夫か!?まさかこの家に空き巣とかが…!?」
「あ、あの…違います…蜘蛛がいて…驚いてしまって尻餅を…すみませんご心配かけて…」
「や、何もなくて…いや蜘蛛がいたんだっけ、どこ?」
「あぁ、もういいですよ、陰に隠れてしまったんで…」
「そ、そう?良いならいいんだけど…あ、そうそうところで少し辛いのって平気?ピリッとするくらいだけど」
「はい!大丈夫ですよ!」
「そう、ならよかった、じゃあ気をつけて…ね?」
「お気遣いありがとうございます!」
レベッカちゃんは俺に慣れてきたのかようやく割とまともな音量で喋ってくれるようになった、最初は電柱の陰からだったもんなぁ…あれはあれで可愛いけどね。
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さて、作ろう、本日のメニューはパスタかな!早速作るとするか。
まずは大きな鍋に水を入れて火をかけ…火をかける?あれどうするの?ガスあるとはさすがに思えないし…まさか薪を…?そうだよな…あれそうとしか見えないもの…
いや火起こしとか超久しぶり、小学校の林間学校でカレー作った時以来だよ、あの時はみんな飯ひどかったな…暗黒系呪文でも唱えたのかというほど真っ黒なのもあったからなぁ…他の班…
何はともあれ熱湯に塩をひとつまみ、そのあとパスタを円を描くようにザッと放り込む、ニンニクは…ボウルとかないかなぁ…あれまともに皮むくのかったるくて好きじゃないんだよなぁ、爪痛くなるし臭うし…まぁ仕方ないか…ニンニクで中くらいのをひとかけ、皮をむいて薄切りにする。その後ベーコンを1cm程度の食べやすい大きさに切り揃える。
唐辛子の種を抜いてそのまま輪切りに…お、湯で終わったかな…一本だけつまみ食い…まぁ柔らかくなっただろう。
まずはフライパンにオリーブオイルを大さじ二杯、そこに先ほど準備したニンニクと唐辛子、ベーコンを…まずは弱火にかける。この時フライパンはあらかじめ温めたりせずにオリーブオイルにニンニクの香りを移すために常温からスタート、何だっけこれヨーロッパのどこぞの国の技法だよな…イタリアだっけ?まぁいいや。
いい感じの匂いになったらそこにパスタを投入、軽く和えるような感じに火を通し塩胡椒で味を整える。これで完成、超簡単。いや簡単でいいのかって話だけどもな…味見に出来上がったパスタを一口、うんうまいなおけおけ。
さらにいい感じに盛り付けてこれで正真正銘完成いたしました…っと、さてレベッカちゃん呼ぶかな。
「おーいできたよー!」
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一応飯食べる部屋もあったけど俺とレベッカちゃんの距離があまりにも遠くなるようなあの細長いテーブルだったので無礼講ではあるけどもソファの前にある大理石のテーブルで頂きます。
「ささ、少し辛いかもしれないけど口に合うといいな、食べて食べて」
「は!はい!大地に恵みをもたらすエルフの神よ、私に お恵みを与えてくださって感謝します…いただきます!」
大方エルフの子が言う飯の前の感謝の儀式とかだろうな、何で聞き流しつつ俺もいただきますと一言、フォークで器用にパスタを巻いて食べる。うんうん、つまみ食いしたけどやっぱり上手いな!
「ふぅ…ふぅ…はむっ…」
「お気に召して頂けたでしょうかね…?」
「はいっ!とっても…!このオリーブオイルの匂いに…ニンニクの香ばしい香り…ベーコンの脂ののった旨み…どれもがクセの強いはずなのに全く喧嘩せずに調和して…!」
「おっ、お気に召して頂けたか!嬉しいなぁ」
「ただ__この赤いのは何ですか…?どうも食べたことがないのですが…この赤いののおかげでピリッとパスタ全体の味が引き締まってるというか…」
「あれっ、唐辛子食べたことない…?いやだってキッチンにあったよ?」
「えっ」
「えっ?」
俺とレベッカちゃんの間にふと訪れるつかの間の沈黙、先に破ってきたのはレベッカちゃんの方だった、どうでもいいけど唇がオリーブオイルのおかげでぷるるんしてて妙に色っぽいぞ…
「唐辛子って食べられるんですね…」
「えっ」
「いえ…唐辛子ってあまりにも辛いので基本的に食したりはせず保存の際に近くに置いておくものだと…」
「…マジで?てことは俺下手したら君の飯に劇物盛ったも同然なわけ?」
「ま、まぁ私はハーフエルフなのでこうした生臭いもの平気ですけど純のエルフの方達は肉や魚、辛いものは苦手ですよ?」
「…マジかぁ、ごめんよ」
「い!いえでも…私辛いもの平気とさっき言いましたし!ところでこのパスタ、何ていうお料理なんですか?見たことも食べたこともなくて…
「そう?ならいいけど…あぁこれはね、ペペロンチーノって言うんだ、ベーコンの他にタコ入れたりとかもするね」
「ペペロンチーノですか…しかし唐辛子ってただ辛いだけだと思ってましたがこうして調理すると案外普通に食べられるのですね…確かにさっきパスタ全体の味を引き締めてると言いましたがどうやら唐辛子自体もオリーブオイル達によって辛いのが和らげられていると言いますか…」
「とっても美味しいです!ありがとうございます!」
ヤバイよ、泣きそうだよ俺…たかがこんな飯作っただけでこんなに感謝されちまっていいの…?くそぅいい子すぎるだろレベッカちゃん…
「それにしてもすごいですねお料理、上手なんですね…両親に連れられて最高級のレストランに行ったことありますがはるかに美味しかったですよ!それも高価な食材を全く使わずに…」
「いやいやそんなことはないでだろー嬉しいけどさ」
「一応これでも言っては何ですが両親のおかげで大分舌は肥えてる私が言うのだから本当です!料理屋でも開けますよ!?」
マジか…さすがにそこまで褒められると思わなかったぞ…いやでも確かに…ちらっと見たときギルドの飯屋あんまりうまくなさそうだったしなぁ、こう言っちゃ何だけど。
「ま!まずは明日ギルド行ってからだな…ダメでした〜って報告しなきゃ」
「そ、そうですね…」
「いやだからもう気にしなくていいよ?家主じゃない俺が言うのも何だけどもう寝ようぜ?結構時間経ってない?」
「そうですね…もうこんな時間ですし…お皿片付けますね!」
「え、俺やる…片付けるの早いなオイ…」
まぁ少しくらい休んでもいいのかな…そう考えながら俺はソファにボスッと座り込む、ふかふかで気持ちよくて…いつのまにか寝てしまいそう…体が水の上に浮かんでいるような…そんな心地よさに抗えず俺の意識は途切れて行った…