プロローグ
その"穴"はいつのまにかできていた。
なんでもその"穴"は俺が生まれた時から既にあったと言う……
その"穴"は俺の家の裏庭、桜の木の真下にあった……
不思議そうに"穴"のある場所をじっと眺めていた俺に見かねた婆ちゃんはこう言った「たかし、あの"穴"はねぇ、今は閉ざされてあるけどねぇ…あれは異世界に通じる"穴"なんだよ…」
そんな馬鹿な、と当時子供だった俺でさえ思った。
なのになぜ…なぜ俺はこんなおとぎ話を今でも信じているかのようにあの"穴"へ憧れを抱いているのだろうか___?
これは俺が"穴"に落ちて異世界転生をする物語、だがかといって選ばれた勇者だ、伝説の英雄だ、なんて話になるでもなくたたのんびりと暮らしていくだけの物語___
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いつも通りに学校の課題を終わらせ、特に何をするでもなく日差しで暖かくなっている縁側へごろりと寝転ぶ。
受験戦争だとかそういったものは知ったことじゃない、俺はまだ二年生だし三年になったとしてもぼちぼち適当に勉強して適当に生きていくんだと思う。
ネットで見た名言だが「このときはまだこんな男が世界を救うことになるとは誰も夢にも思っていなかった…」だったかな、そんな感じのセリフを脳内で再生してるからまだ平気、だと良いな…
多分俺はどこにでもいる高校生、帰宅部だし成績は中の上、友達だって班を作れと言われたら自然と机合わせる中の奴らが4.5.6人くらいはいたりする、家にいればやることは漫画読んだりアニメを見たりしているくらい、本当に何にもない人間だと思う。
いや違うかな、ひとつ違うとすればそれはおそらく俺の眼の前にある桜の木の真下にあるあの"穴"の存在をはっきりと感じ取っていることだろうか。
俺の家は割と大きく裏庭に桜の木が植えてあるほどかな。
さて__そんな桜の木の下を俺がなぜこんなにもただじっと見つめているかというとこの間お婆ちゃんが亡くなったからだ。
俺のお婆ちゃんはかなり優しかったと思う、小遣いくれと言ったら「エロ本買うんじゃないよ」とか言いながら300円くらい握らせてくれたし、今となっては300円じゃエロ本なんて買えねえよ…って言ってあげたいけど。
あの"穴"は俺にしか見えてない、いや見えるというよりも感じ取る、の方が近いのかもしれないかな。なぜなら俺の親父や母ちゃんは「見えない、そんなものあるのか?」と俺に問いかけてくるほどだ。
ただあの"穴"は俺と婆ちゃんだけにしか感じ取れなかった、今ではそれも俺だけになってしまったが…
婆ちゃんは俺に何度も何度も、「あそこは異世界に通じる穴なんだよ」、そう言ってやまなかった、勿論俺は「そんなのあるわけないよー!」なんて言ってたけどもしかしたら本当にそうなのかもしれない、と言うか俺と婆ちゃんにしか見えてないとか怖すぎるわ…
婆ちゃんは心不全でぽっくりと亡くなっちまった、齢にして83、割と生きた方じゃないかと思う。婆ちゃんが死んでから既に3ヶ月、俺は暇になるとふと思いついたように縁側へ出てあそこの"穴"から婆ちゃんが蘇って出てくるかもしれないなんて思っている、割とマジで。
いつもはただ眺めているだけだったけど今日の俺は何か違う、なんか調子良い、だって朝の占い2位だったもん!そんなことを考えながら俺はサンダルに履き替えて"穴"へふらりと引き寄せられるように近づいていった。
何もない、それは勿論当たり前のことだと思う、こんな俺の家の裏庭から婆ちゃんが蘇って現れたら俺泣き叫ぶ自信あるもの…ってあれ?なんか揺れてない?俺、地震かな。
この地震大国日本だからこそだが俺は慌てず騒いだりもせず一度携帯を確認する、震度は…あれ、ない、速報がこない、しかもSNSでも誰も騒いでない、なのになぜ俺の足元が揺れている?
ふと足元を見てみると俺の足元の地面だけぐにゃりぐにゃりと変動し、いつのまにか俺の足は膝まで埋まりつつあった。
「ちょっと待て、落ち着こう?話し合おうじゃないか、なんだこれは?てか話し合うって誰と?馬鹿なの俺?助けを呼ぶべきなの?あっあっ…ちょ…なんか胸元まで沈んでるんだけど俺!?なぁにこれえぇ!!」
その瞬間、俺、武藤孝の意識は消え、その体は桜の木の下から消えていなくなった……