単純明快
何のために書いてるんだろう。
何で書いてるんだろう。
全然進まない。
締切まで後何日だっけ。
後何時間で締切だっけ。
こんな話でいいのかな。
こんな設定でいいのかな。
やらなきゃ。
書いたところで求められないだろ。
でも――。
ギシギシミシミシ、軋む音が聞こえる気がして、でも今は深夜だから、と目の前の画面を見続ける。
薄暗い部屋にパソコンの光だけ。
唯一の光源の前に座り、ひたすらにキーボードを叩き続ける作業。
最早、苦行。
目の下にはクマが出来て、睡魔のせいで落ちてくる瞼をこじ開けて、キーボードの上をさ迷う指先を必死で動かした――動かしている。
部屋に転がったエナジードリンクの数は、二桁になっていて、体力的にも精神的にも限界だ。
頭も疲れているはずなのに、そんな時にでもネガティブな思考回路は働くらしく、ぐつぐつと沸き立つ言葉が頭の中を行き交う。
まとまらない頭で、パソコンの画面に文字列を並べては消しての繰り返し。
空っぽの胃が、意味不明に胃液を作り出しては粘膜を傷付けるを感じて、気持ちが悪い。
お腹空いた、とは不思議と感じなくて、むしろ食べようが食べまいが吐きそうだ。
食べたら食べた物が出て来るし、食べなかったら胃液が出て来るくらいの違い。
カタカタ、緩やかなタイピング音は、徐々に小さくなって消える。
キーボードの上をさ迷っていた両手を、そのキーボードに叩き付ければ、画面に無意味な文字列。
書いては消して、書いては消して……時間の無駄としか思えないそれに嫌気が差した。
何してるんだっけ、栄養の足りない頭で考える。
「小説、書いてたんだよ」もう何年も出していないように感じた声は、酷く掠れていた。
何で小説書いてたんだっけ、頭の中で問い掛ける。
「何で、だっけ」
どさり、ガチャガチャ、キーボードの上に突っ伏せば、またしても無意味な文字列を生み出すハメになった。
それでも、体を起こす気力なんてない。
もう寝たい、眠い。
何でとか、どうしてとか、そんなのどうでもいいじゃない、考えたくないんだ。
頭の中は未だにグルグル回っていて、考えていた小説の設定や台詞が浮かんでは消える。
もう、いっそのこと保存ファイルを消せばいい。
何徹したとかも考えずに、パソコンの電源を落として、擦り切れた心身を癒すためにベッドへ飛び込んで、何もかもを忘れて眠れば解決するんじゃないか。
込み上げてきた涙をそのままに、意識が飛びそうになった時、チカチカと何か点滅するの感じた。
顔を伏せたにも関わらず、感じるその光に違和感を覚えて、私はゆっくりと顔を上げる。
チカチカ、視界の端に映る端末。
通知音があると集中力が途切れるから、とサイレントにしていた携帯が、何かの着信を知らせている。
手を伸ばして掴んだそれ。
小さな画面の中には『生きてる?』の文字。
見慣れたSNSで、送信者も見慣れた名前だった。
生きてるよ、一応。
死んでない、一応。
返信する気力が湧かなくて、取り敢えず、ということでトークの画面を開き、既読の文字を付けた。
その瞬間に送られて来た更なる文章。
まるでタイミングを図るために、監視をしていたみたいだ。
別にどっちでもいいが。
『頑張れ。楽しみにしてる』
ギシギシ、ミシミシ、ギイギイ、またしても何かが軋む音が聞こえた気がした。
絵文字も顔文字も、ましてや続くスタンプもない端的な文章。
滲んで見えなくなった言葉。
ぽたり、ポタポタ、画面の上に落ちる雫を拭うこともせずに、私は俯く。
流れる涙が頬にも携帯の画面にも跡を残す。
何のために書いてるのかなんて、本当は知ってる。
何で書いてるのかなんて、本当は知ってる。
何でなんて、意味のない考えだってことも、知ってる。
私は小説を書くのが好き。
だから小説を書く。
もしもそれが誰かに認められたら嬉しい。
誰かの何かになったら嬉しい。
書くのが好きだから、出来る。
何よりもやりたい。
無駄に考え込む必要のないことなのだ。
好きだからやる。
やりたいからやる。
好きだから書く。
書きたいから書く。
そんな単純な話なのだ。




