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2016年/短編まとめ

単純明快

作者: 文崎 美生

何のために書いてるんだろう。

何で書いてるんだろう。


全然進まない。

締切まで後何日だっけ。

後何時間で締切だっけ。


こんな話でいいのかな。

こんな設定でいいのかな。


やらなきゃ。


書いたところで求められないだろ。

でも――。


ギシギシミシミシ、軋む音が聞こえる気がして、でも今は深夜だから、と目の前の画面を見続ける。

薄暗い部屋にパソコンの光だけ。

唯一の光源の前に座り、ひたすらにキーボードを叩き続ける作業。

最早、苦行。


目の下にはクマが出来て、睡魔のせいで落ちてくる瞼をこじ開けて、キーボードの上をさ迷う指先を必死で動かした――動かしている。

部屋に転がったエナジードリンクの数は、二桁になっていて、体力的にも精神的にも限界だ。


頭も疲れているはずなのに、そんな時にでもネガティブな思考回路は働くらしく、ぐつぐつと沸き立つ言葉が頭の中を行き交う。

まとまらない頭で、パソコンの画面に文字列を並べては消しての繰り返し。


空っぽの胃が、意味不明に胃液を作り出しては粘膜を傷付けるを感じて、気持ちが悪い。

お腹空いた、とは不思議と感じなくて、むしろ食べようが食べまいが吐きそうだ。

食べたら食べた物が出て来るし、食べなかったら胃液が出て来るくらいの違い。


カタカタ、緩やかなタイピング音は、徐々に小さくなって消える。

キーボードの上をさ迷っていた両手を、そのキーボードに叩き付ければ、画面に無意味な文字列。

書いては消して、書いては消して……時間の無駄としか思えないそれに嫌気が差した。


何してるんだっけ、栄養の足りない頭で考える。

「小説、書いてたんだよ」もう何年も出していないように感じた声は、酷く掠れていた。

何で小説書いてたんだっけ、頭の中で問い掛ける。


「何で、だっけ」


どさり、ガチャガチャ、キーボードの上に突っ伏せば、またしても無意味な文字列を生み出すハメになった。

それでも、体を起こす気力なんてない。

もう寝たい、眠い。

何でとか、どうしてとか、そんなのどうでもいいじゃない、考えたくないんだ。


頭の中は未だにグルグル回っていて、考えていた小説の設定や台詞が浮かんでは消える。

もう、いっそのこと保存ファイルを消せばいい。

何徹したとかも考えずに、パソコンの電源を落として、擦り切れた心身を癒すためにベッドへ飛び込んで、何もかもを忘れて眠れば解決するんじゃないか。


込み上げてきた涙をそのままに、意識が飛びそうになった時、チカチカと何か点滅するの感じた。

顔を伏せたにも関わらず、感じるその光に違和感を覚えて、私はゆっくりと顔を上げる。

チカチカ、視界の端に映る端末。


通知音があると集中力が途切れるから、とサイレントにしていた携帯が、何かの着信を知らせている。

手を伸ばして掴んだそれ。

小さな画面の中には『生きてる?』の文字。

見慣れたSNSで、送信者も見慣れた名前だった。


生きてるよ、一応。

死んでない、一応。


返信する気力が湧かなくて、取り敢えず、ということでトークの画面を開き、既読の文字を付けた。

その瞬間に送られて来た更なる文章。

まるでタイミングを図るために、監視をしていたみたいだ。

別にどっちでもいいが。


『頑張れ。楽しみにしてる』


ギシギシ、ミシミシ、ギイギイ、またしても何かが軋む音が聞こえた気がした。

絵文字も顔文字も、ましてや続くスタンプもない端的な文章。

滲んで見えなくなった言葉。


ぽたり、ポタポタ、画面の上に落ちる雫を拭うこともせずに、私は俯く。

流れる涙が頬にも携帯の画面にも跡を残す。


何のために書いてるのかなんて、本当は知ってる。

何で書いてるのかなんて、本当は知ってる。

何でなんて、意味のない考えだってことも、知ってる。


私は小説を書くのが好き。

だから小説を書く。

もしもそれが誰かに認められたら嬉しい。

誰かの何かになったら嬉しい。

書くのが好きだから、出来る。

何よりもやりたい。


無駄に考え込む必要のないことなのだ。


好きだからやる。

やりたいからやる。

好きだから書く。

書きたいから書く。


そんな単純な話なのだ。

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