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さざめき

番外編 踊らせナイフの憂鬱

作者: min
掲載日:2015/03/22

 僕は、ずっとずっと長い間、待っていた。

 僕を、愛してくれる人を。

 僕で、愛してくれる人じゃなくて、僕を、愛してくれる人を。

 だからか。


「よろしくね、私のあかちゃん」


 穏やかな、美しいカオ。

 微笑みに安堵が湧きあがり、すっぽりと包みこむように抱きかかえられて、じわじわと内側から温かいきもちが広がっていく。


「俺にもよこせよー」

「だめ。」

「えー…」


 くるりと瞳をむけると、そこには拗ねたような顔をする茶髪の男性が。

 思わず呆然とする僕の背を、僕を抱きかかえている女性があやすように撫でる。それがすごく心地よくて、僕は思わずへらりと笑んだ。


「迅くんは架也くんに似ちゃだめよー?」

「うっわ、ひっでぇよ由奈!」

「あらあら、どこが酷いのかしら?」


 くすくすと笑う女性と、むっとしたような顔をする男性。ふわりと重なる、面影。


どうやら僕は、狼と兎の子供として生まれたらしかった。


 そして、今年僕は高校生になる。

 夫婦仲は良好すぎるほどに良好。

 でも、父さんの母さんへの依存度が年々あがっていっているのがちょっと心配だ。

 でもまあ、今までは僕の所為で母さんにあんま甘えられなかったからね。

 僕も色々と自立しだす年齢になったからってがまんしてたもろもろが徐々に弾けだしてるみたいだ。


「ゆな~。ゆなゆなゆなゆな、ちょうあいしてる。だいすき」

「わたしもよ、架也くん。…でも、ごはんを食べてるときくらいは離れてほしいかな」

「やだ」


 …でもだからって休日に朝から晩までべったり母さんに張り付くのはどうかと思うよ。母さん結構困ってるし。

 てか息子の前でなに堂々といちゃついてんの。

 いちゃつくだけならまだしもどうしてそんなにべったり甘えてんの。背中にしがみついちゃってんの。あ、首筋に顔擦り寄せた。そのまま深く息を吸い込んで、一言。


「由奈の匂いがするー…」


 そして首筋に頭を擦りつける。頬ずりもする。

 あー、だめだこりゃ。

 僕は内心溜息。そして始まる恒例のねちっこいとまで感じる重たい愛の告白。


「ゆな、すき。すきすきすきすきだいすきぜったいはなさないてかはなれらんないだいすきちょうあいしてるもうやだゆなからはなれたくないずっとこうしてたいすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき」


 最早告白と言うより攻撃。

 相思相愛でなければ完璧にストーカー。

 壊れたみたいに延々と好きと繰り返す父さん。

 でも、仕方ないんだろうなぁ。父さん昨日はあんまり疲れてたもんだから母さんにあんまり甘えられなかったみたいだし。

 いつもより朝食におりてくる時間が早かったのがその証拠。なにより母さんが一人で降りてきたのが決定打。

 きっと母さんは父さんを休ませてあげようっていう優しさでそういう行動をとったんだろうけど、父さんには逆効果。べったり具合はいつもの五割増し。出張からやっとのことで帰還した時並。

 がしっとしがみついて一向に離れようとしない父さん。依然として続く好き攻撃。母さんついに溜息。諦めたように父さんの頭を撫でた。途端機嫌良く擦りよる父さん。

 うん。だめだこりゃ。


「…迅。お昼は好きなものを頼んでちょうだい」

「…うん。母さんたちの分も頼んどくから」


 母さんの返事を聞いた父さんは喜々として母さんを姫抱きして寝室へと連行していった。

 父さんと母さんの夜の営みは、結構変わっている。

 一度うっかり見てしまったが、その時は仕事で嫌なことでもあったのか父さんが凄まじいくらい鬱になっていて、只管母さんの名前を呼んで縋りつくように母さんにしがみついていた。

 メインはキスとハグで、主導権は全部母さんにあった。行為でさえ、父さんは縋る側であり、強請る側だった。

 だから、僕は、一度母さんに聞いたことがあった。


「かあさんは、しあわせなの?」


 母さんは、微笑んだ。


「幸せよ」


 そのとき、母さんがあまりにも優しいカオをしていたから、僕はつい、こんなことも口走ってしまったのだった。


「ぼくがだれだか、…わかる?」


 母さんは、悪戯っぽく笑って僕の耳元で囁いた。

 僕はその言葉に身を硬くしてしまったけれど、母さんは宥めるように僕をぎゅっと抱きしめて、背を撫でてくれた。


「だいじょうぶよ」


 その言葉をきくと、どうしてだか本当にどうにかなる気がした。…実際どうにかなったけど。

 けど僕はやっぱり母さんが心配なのだった。

 最初は狼、次は兎。その次は狼だったから、今回は兎の番なのだ。彼女が凶行に走らないという保証はない。


「ゆなぁ…。きもちいよぉ…」


 寝室から聞こえてきたどろっどろに溶けた声を聞いて、僕は複雑な気持ちになった。

 果たして彼女は本当に幸せなのだろうか。

 あれは、幼かった僕を安心させるための嘘に過ぎなかったのではなかろうか。僕はそんなことも考えてしまう。

 …まあ、愚問だろうけれど。

 とりあえず誰か知り合いとか、お客さんがきたら困るから、声が漏れないように扉を閉めて欲しいなぁ、父さん。



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