親精霊
美しい、妖艶、色っぽい、あでやか、美麗、そういったほめ言葉が陳腐に感じるような存在、
その存在のすごさを言葉で表しきるのはほぼ無理だろう。
その空間にいる、のではなくそこにいるがためにその空間があるような存在とでも言おうか。
どうであれ、そのその存在感はこの場の空気を一変させた。
その膝まで伸びる翡翠色の髪は髪の先までその存在を主張し、
その肌は病的なまでに白いのにみずみずしく、強い生命力を感じさせるという矛盾をはらむ。
その瞳はどこまでも深く、見られているものに吸い込まれそうな不安を感じさせる。
神性とはこういう存在の事を言うのだろう。
神性は人をどうしても惹きつける。
そのひとかけらも隠す気のない神性を見て、見られて、魅せられてしまう。
侍女は幸福だったであろう。この光景を見ずに済んだのだから。
スー、っと近づいてきてその麗しくも毒々しく見える口を開き言葉を紡ぐ。
「私の子は?」
バタン、と倒れる音がした。
・・・第三王女には刺激が強すぎたようだ。
もとより彼女は「見る」機能を強化しているのだ。
こうなるのも当然と言えるだろう。
倒れたものは使えない。
もちろん起こすこともできるがそれは一つ手順が増える。
手間という程のものでもないが今回はその手順を除いた。
それに起こしたところでまた倒れてしまうという可能性は高いのだから。
そこで精霊はほかの存在に目を向ける。
「えっ、な、なんでここに?」
精霊に顔が引きつった。
それと同時に精霊から感じていた神性が薄れる。
その精霊の目は魔女ルックの女、つまりアンニカの方を向いていた。
その驚きからか他のものは目に入らないようだ。
そんな精霊の反応など関係ないという様にアンニカの目線はせわしない。
精霊の方を見て、目が合いそうになったり、見られていることが分かると目線をそらす。
しかし、完全に見ていないのは危ない、という様にちらっ、と見てはすぐに視線を逸らすといった様子だ。
まことに情けないことだが、これがアンニカの通常通りの反応なのだ。
精霊のまとっていた神性など関係なくおろおろしているだけである。
精霊は油断なく自然な動作で辺りを見回す。
そして何かを見つけたようで一点をじっと見つめた。その視線は馬車に向かっている。
馬車の前の方。そこには精霊の子供がいる。
精霊は何らかの方法でそこに精霊の子供がいる事が見えているのだろう。
精霊はじりじりと移動しながら慎重に、警戒しているのを悟らせないよう自然な風に装って話す。
「あなたはどうしてここに?」
「えっ、・・・・・・その、旅ですけど。」
話しかけられるとなぜか思っていなかったようで一瞬びっくりしてからアンニカは小さな声で答える。
本当に小さな声だったが精霊はその声を拾う事が出来たようだった。
が、一瞬、意味が分からないという顔をした。
「たび?ああ、旅ですか。あなたらしくもない。
あなたならどこかを焼き滅ぼしに行く途中だと言われても驚きませんね。」
「へっ?・・・・・・・・そんなに悪い人に見えます?」
「悪い人に見えるも何も滅火の魔女とまで言われていたんです。
この頃はとんとその通り名を聞かなくなりましたし、
今のあなたを見ているとどうも丸くなったようだって分かりますけどね。」
準備は整った。あと少し、あと少し距離を縮められれば子と一緒に逃げられる。
そう、親精霊は思った。
話しながらもじりじりと距離を詰め、馬車に少しづつ、ほんの少しづつ距離を縮めていた親精霊。
アンニカに対し挑発的な言葉を吐いて気づかせないようにもした。
あと少しでその努力が実る。そんな時、
「今なんとおっしゃいましたか?」
場の空気が一変した。
痛いほどの静謐な空気。
水が清すぎれば魚も住めないといった言葉に似る。
あまりにもある単一の物事に特化しすぎた場所はその単一のモノ以外にとっては害としかならない。
アンニカの聖別であった。
空気が変わり状況が不利になった事は親精霊にもすぐに分かった。
この状況になる前、親精霊は跳ぼうと思えば親精霊の領土にいつでも跳べた。
しかし子を連れてとなると少し距離が離れすぎていた。
失敗する可能性が高かった。
失敗すれば自分だけ跳んでしまい、二度目のチャンスが巡ってくるかも分からなかった。
それに最悪の場合、子を連れていく事も出来ず目の前の脅威、
滅火の魔女だけを自分の領土に連れていく事になるかもしれなかった。
だから距離を詰めようとした。
しかしそれは間違いだった。
相手は狩ろうと思えばいつでもこちらを狩ることができたのだ。
相手が何か言う前に、何かする前に一刻も早く跳ぶべきだった。
今更後悔したところで遅いのだが。
何しろ今この場においては自分独りですら跳ぶことができなくなっているのだから。
「あなたが丸くなったようだと言いました。」
親精霊は慎重に口を開いた。
先ほどまでも距離を詰めるべく慎重に動いていたが先ほどより慎重に。
どこで逆鱗に触れたのかわからないのが怖い。
「その前です。」
「滅火の魔女の通り名を聞かなくなったなあ、と。」
「そうですか。では私の名前をなんと思っているか言ってください。」
「アドリアネ」
そう答えた瞬間、親精霊が気付いた時にはアンニカがすぐ目の前に迫っていた。
そしてその右手が首元に迫ってくる。
避ける暇などなかった。
首をつかまれもはやほぼ抵抗できない状態になってしまった。
「なぜ一級精霊程度のあなたがその名前を知っているのでしょうか?」
「ぐっ、なぜって滅火の魔女のは有名だろう。名前ぐらい知っていても。」
「違います。そもそもなぜ滅火の魔女のこと自体を覚えているのですか?あなたはたかが一級でしょう。」
「何の話をしているんだかわからない。
人の分類だと私が一級ぐらいの格だと言われていることは知ってるし、
私がいままで自分の領土に引きこもっていたのは事実けどそれでも当時あれだけ有名になってれば」
「そんな話をしているわけじゃないんです。当時あなたが知った、という事は普通の事。
今はなんで覚えているのか、っていう話をしているのです。」




