Ⅷ
麒麟殿を出て門から少し離れた所で、塀に背を預けて女中が持ってきた紙の内容に目を走らせる。
「ふ~む、珍しい品がないから最寄の港町に行けば揃いそうだねぇ~」
と、一人ごちるアタシの台詞に合いの手が入る。
「そうなのですぅ? ミルキーフルーツは滅多に手に入らないんじゃないんですかぁ~?」
買ってくる品物の確認しながら、何処で入手できるかそれぞれに結論を出していく作業をしながら先ほどの疑問の声に返答を返す。
「確かに、ブルーアイランド全島で見れば滅多に口にできない品だけど、港町に行けば普通に山盛りで売ってるから、問題ないよ」
えーっと、何処までチェックしたんだけかと思いながら、紙の内容に集中しようとしていると別な声が、別な事を尋ねて来る。
「コフィ豆は時期じゃないと思うのですが……大丈夫なのですか?」
抑揚が少ない平坦な口調の声での疑問を受け、紙に書かれている項目にコフィ豆があるのを確認し大雑把に商品の流通を説明する。
「確かに、最寄の港町周辺でコフィ豆が取れる産地では時期じゃないけど、別な大陸や遠い土地では今が旬な所もあるし、それに品種によっては旬があまり関係ない豆も流通し始めてるらしいし、どうにでもなるよ。よし! 確認終わり」
預かった項目が書かれている紙を持ち運びやすいように、何度か折ってポケットにしまい、視線を声がしたほうに向けると予想通りの二人が居た。
「やっぱり水月に火月か、アタシに何か様かい?」
つい先ほど別れたばかりの麒麟様の式神である二人が、いつのまにか至近距離に居た事に少なからず驚かされた。自慢じゃないけど、気配を察知するのには長けているつもりだったんだけど……どうやら、買い物表の確認に集中しすぎていたらしい。
「珍しいですぅ、スイレン様がぁ水月達の気配に気づかないなんてぇ」
「ホントに、珍しいですね。何がそんなに気になったのですか?」
二人に気を使わせて申し訳ないが、受け取った買い物リストの品物の難易度があまりに低すぎて拍子抜けしてしまって、そんな事はありえない! と思って、何度も確認作業をしている内に水月と火月がアタシの後を追ってきた。という事だろう……恐らく。
「気になったというか……大陸の港町まで行けば簡単に揃う品々ばっかりで拍子抜けしてさ、そんなワケがないと確認していたら近づいてきてたのに気づけなかっただけだよ」
我ながら、言い回しが言い訳がましいなぁと思いながらも、いちを弁明を試みるが、前半が自身の自慢をしているように捉えられるかもしれないが、アタシ的には自慢がしたいんじゃなくて事実を正確に伝えたいんだけど……果たして、この二人はどちらに捉えるか反応を待っていると先に水月から返答が返って来た。
「これはまた珍しいですぅ、スイレン様がご自身の自慢とは! そんなに気配に気づけなかったのが悔しかったんですかねぇ?」
「水月! その言い方は失礼でしょう? すいません、スイレン様。ほら、水月はスイレン様に謝る!」
失礼な水月の物言いを窘められる水月の顔がふてくされ顔になり、頬を膨らませる様はさながらフクの様である。
「むぅ~、水月は別に悪くないですもん! 水月達に気づかなかったスイレン様が悪いんですもん!」
などと、水月が言い訳を述べてくるが、恐らくこの展開はいつものパターンだなぁと様子を見守る。
「水月! いい加減にしないと、主様に報告するけど……どうする?」
火月の発言を受けて、水月の尻尾が先ほどまでは元気に左右にゆさゆさ動いていた動きがなりを潜め、しゅんと尻尾が垂れる。概ね予想通りだったが、まさか火月が水月を脅すような言い方を選ぶとは少々意外である。
「うぅぅ、火月は意地悪ですぅ」
顔を俯かせ、上目遣いで火月を見上げる水月の目には薄っすらと涙が滲んでいる。
「意地悪じゃないでしょう? 水月が失礼な事をスイレン様に言うから悪いんだよ」
やれやれと、言わんばかりに首を左右に振り大げさに肩をすくめる火月なのだが、抑揚が少なく顔の表情がほとんど変わらない火月がその仕草をすると、台無し感が半端じゃない気がするのはきっと、気のせいではないだろう。
「むぅ~! 別に、水月は悪いことしてないのですのにぃ~! どうして誤らないといけないですか! 納得できないですぅ。でも……」
ぶつぶつと、呟いている水月だけど声の音量が普段とそう変わらないのでこちらにまで内容が駄々漏れなのだが、何せ阿呆な子なので気づいていないんだろうなぁ。
「ぶつぶつ、言ってないでさっさと誤りなさい!」
火月からの一喝で水月が、ビクッ! と体を上下させてきょろきょろと辺りを見回したりと挙動不審な行動を取り、ようやく水月は自分の世界に飛び立っていた事を自覚して両手をパタパタと上下運動させて必死に取り繕うおうと喋りだす。
「え? あっれぇ~? べ、別に水月は何も悪いこと考えてないですよぉ? 納得できないからってスイレン様に抱きついて自体をウヤムヤにしよう! とか、考えてないですからねぇ? 本当ですよぉ?」
さらりと言ったけど、とんでもないことを考えていた水月から今までより若干距離を取りつつ、近づいてきても対応できるように構えながら、阿呆な事を口走った水月に向かって突っ込みを入れる。
「水月、知ってた? アンタは慌てると思っている事をそのまま喋っちゃうんだよねぇ。ふふふ、覚悟はいいかな?」
利き手をパキパキと音を鳴らしながら、準備運動させてから頭を掴もうと動かそうとする素振りを見せると、水月が涙目になりながら体の前で両腕を交差させ首を嫌々と左右にかぶりを振り必死に訴えてくる。
「す、スイレン様のソレ本当に痛いですから、勘弁して下さいですぅ~」
などと、訴えて来たが、そろそろこのやり取りも堂々巡りの様相だなぁと思いながらも、彼女達がこうしてアタシの前に現れた意味を考える。何らかの指示を麒麟様から預かって来たはずなのだが……素直に聞いたところで火月はまだしも、水月は絶対に答えないだろうなぁ。さて、どうやって口を割らせようか……と思考していると火月がボソっと一人ごちる。
「はぁ~、素直に謝れば痛い思いをしないですんだのに。仕方ない、主様と変わろうかなぁ……」
その独り言を聞いた水月が恐怖からか身を縮こまらせ、尻尾をぶるぶると震わせ涙を滲ませながら必死に抵抗する。とアタシは思っていたのだが、意外にも水月が負けを認めて謝罪する事を選んだ事に少々驚かされる。
「うぅぅ~、わ、わかったですぅ。スイレン様に謝りますからぁ、スイレン様のソレと主様のお仕置きの二重攻撃だけは勘弁して下さいですぅ」
そんなに、アタシに頭を掴まれるのが嫌なのか、それとも麒麟様のお仕置きが嫌なのか……まぁ、本人が言っている通り両方を同時に味わうのは我慢できないほど嫌だったんだろう。とアタシが結論付けていると、水月の顔から涙が引っ込み小首を傾げる動作をしている。こ、これは、まさか……
「あ、あれ? 所で、水月はスイレン様に何を謝ればいいのですか?」
さ、流石阿呆な子の水月である。つい先ほどまでのやり取りがほぼ無意味に終わるとは! まぁ、水月と喋っていると、まま起こりうる事態なのでこちらとしては、慣れたモノなのだがこうも物忘れの激しい水月がよくもまぁ、式神として役割を担えるモノだなぁと逆に関心させられる。
放置もできないと思ったのか、火月が水月に忘れている内容を厭きれたように溜め息混じりに教える様は、出来の悪い妹に姉が物事を教えている様のようにも見える。
「はぁ~、水月と喋ると時々凄く疲れるよ。あのねぇ、スイレン様がワタシ達の気配に気づかなかった事に対して、ご自身の自慢だの悔しかっただの言ったでしょう?」
と、改めて火月が水月にアタシに対して言った事を簡単に伝えると、まるで鳩が豆鉄砲を食らった様にと言うにふさわしい、きょとんとした顔をした水月がはて? と小首を傾げる。
「え? 水月がそんな事言ったですかぁ? まったく覚えてないですぅ」
おいおい! と内心で突っ込みを入れつつもここでぶち切れても焼け石に水なのは、経験上知ってはいるが、今回のはあまりに酷過ぎる。
まさか、忘れた振りをしているんじゃないだろうか? などと考えてしまう。
「水月~! まさか、ワザと忘れた振りしてないよね? そうだったら今すぐに主様と変わるからね!」
火月も同じ事を思ったらしく、脅しをかけて水月の様子を伺っていると、ふて腐れた表情をとり頬を膨らませ、文句を言ってくる。
「むぅ、本当に身に覚えがないんですもん! 水月を嘘つき呼ばわりはいくないのですぅ!」
この態度からさっするにどうやら、本当に身に覚えがないんだろうなぁと思い至るのだが、先ほどまでの会話がまったくの無意味になる辺りが、水月が『阿呆な子』と呼ばれている真骨頂だろう。
火月もやれやれとかぶりを振りながら、肩を竦めるのだが相棒である彼女にしてみればそのまま放置するわけにも行かないらしく、水月に謝罪を促す。
「まぁ、色々と突っ込みたいけど無駄だだろうから、諦めるとして、嘘つき呼ばわりが嫌ならスイレン様に謝れば済む事だと思うけど?」
確かに、諸々突っ込みを入れたいけど無駄な労力になるだろう事は明らかではあるよねぇ。何せ、水月は一度忘れたことを絶対思い出せないだけじゃなく、忘れた事自体を忘れるという記憶力に難のある子だからねぇ……まともに相手にする方が疲れるのである。
にしても、上げ足を取って水月が謝罪する方向に仕向ける辺りが、あの麒麟様の式神らしいと言えば、らしいのかもしれないねぇ。と内心でごちっていると水月の尻尾がしゅんと垂れ下がり、素直に謝罪を述べてきた。
「スイレン様、失礼なコト言ってすいませんでした」
その後、微かに聞こえるくらいの音量で、なんで、覚えてもいない事で水月が謝らないといけなんですかぁ? 納得出来ません! と言っていたが、聞かなかったコトにしよう。
これで、やっと二人がアタシの後を追ってきた理由が聞くことが出来る。一々、こういう会話をしなければ本題に入れないモノなのか? とか、つい余計な思考が生まれるがそれも致し方ない事だと思うことにして、本題を二人に切り出す。
「そういえば、二人してアタシの後を追ってきたけど何かあったの?」
アタシの質問に水月は疑問で、火月は肯定で相槌を打った。
「あ、あれ? そういえば、どうしてでしたっけ?」
「ええ、主様から伝言を預かっています」
水月は本題を先延ばしにするくせに、肝心の任務の内容を忘れる事がままあって、そのたびに麒麟様からお仕置きを受ける常習犯なのだから、単独での任務には就かずに火月とのコンビで動く事になるのだが、火月の苦労を思うと……お疲れ様である。
「ほえ? どうして火月にだけ主様からスイレン様宛の伝言を預かってるのですぅ? ズルイですぅ!」
両腕を上下に激しく動かし、尻尾も元気に左右にゆさゆさと揺らしながら火月に講義する。水月だけど、アタシの視点からだと恐らくは……
「はぁ~、あのね水月。主様はちゃんとワタシ達二人が居る所で、伝言を頼まれたんだよ? 自分が忘れたからって、一々突っかかって来ないでよ! 疲れるから」
あぁ、やっぱり!
水月の事だから、先ほどまでのやり取りの中で綺麗さっぱり忘れてしまったのだろう。にしても、火月も疲れるんだったらそれらしい表情をすればいいのに、顔の表情がほとんど動かないのでわかり難いのでそれなりに苦労しているだろうという事は、想像に難くない。
「うぅぅ~、水月は確かに聞いてませんでしたもん! 火月は意地悪ですぅ」
あくまでも、自分の非は認めない水月の態度はどうにかしないと今後が思いやられるなぁ。機会があれば、麒麟様にそれとなく打診してみるか、後この物忘れは酷過ぎる。と内心で麒麟様に打診事項を考えていたら二人から理不尽に責められた。
「「スイレン様! ちゃんと聞いてください!」」
こんな時だけ息がピッタリ合うか、流石はあの麒麟様の式神だけのことはあるよ。
ここで、適当に相槌を打とうモノなら二人から「流さないでちゃんと聞け」的な事を言われるんだろうなぁということは、簡単に想像できるので慎重に言葉を選んで返答を返す。
「あぁ、ごめんごめん! ちょっと考え事しててね。それで、麒麟様は何って言ってたの?」
まさか、考え事の内容までは聞いてこないだろう。ってか聞かれても本人を前にして言えるほどの度胸はないから、その部分は無視して会話が進行していけば助かるなぁと内心で祈るように願っていることを悟られないように真面目な表情を浮かべる。
「そうですか、ではお伝えします」
火月は多少の違和感を覚えたはずだけど、敢えてソコには触れてこない流石の空気の読みを見せる中、空気が読めない水月はズカズカと土足で地雷領域に踏み込んでくる。
「考え事ですかぁ? どんなことを考えていたのですかぁ?」
ほら来た! この空気の読めなさ加減も修正した方がいいと進言しようと心の中でメモを取る。でも、全ての欠点を消してしまったら水月らしくはないかな……中々バランスが難しい問題なのかもしれないと内心でごちり適当に話題を逸らす。
「そろそろ小腹が空いてきたから、何を食べようか考えていただけだよ」
事実、朝食を食べてからそれなりに時間もたったし、空腹というよりは小腹が空いているのだが昼には早いし適当な所で何か摘まもうかなぁと思ってた所ではあったので嘘ではない。事実をそのまま言ったらまた面倒なことになるし、コレで通すしかないだろう。
「あぁ、もうそんな時間なんですかぁ! 今日のおやつは何か楽しみなのですよぉ~」
あっさりと食べ物の方に興味を逸らす水月の様子を微かな微笑みで見つめる火月である。
相方が機嫌がいいのが嬉しいのか、あっさりとアタシに話題を逸らされたにも関わらずソレに気づいていない水月の様子を微笑ましく眺めているのか……判断が付きかねる所である。
「スイレン様! では、主様からの伝言をお伝えしますね」
先ほどまでの微かな微笑みが消えうせて、いつもの無表情に無感情の声色で淡々と任務をこなす火月の様子を眺めながら、普段からもうちょっと感情を出せばいいのにとかついつい思ってしまう。
「やっほ~♪スイレンちゃん! 先ほどぶり~。買出しに外に行く前に、ホムラちゃんとミヤビちゃんにトモエちゃんの所に行って必要なものがないか確認してから行って頂戴ね♪あぁ、そうそう! トモエちゃんの所は最後に行くと時間が短縮できるからねぇ~♪気をつけて! 以上となります」
ここ中央島から南島の朱雀様の所に行って、東島の青龍様の所に行って、最後に北島の玄武様の所ねぇ……結局諸島全島をぐるりと回る形になるわけだ。やれやれ、面倒くさいけど買出しの依頼を引き受けた以上もう引けないしなぁ。ちゃちゃっと行って片付けるか! と内心で結論を出して、南島に向けて移動をすることにする。
「了解した! と、麒麟様に伝えといてね? 火月に水月。アタシはさっさと南島に行ってくるからさ」
またね! と二人に向かって手を振り全力疾走の構えを取ると、二人から質問が飛んできた。
「「あれ? ハクアを呼ばないのですか?」」
まぁ、もっともな質問ではあるなぁと思ったので手短に答えると同時に地面を蹴って南島に向けて走り出した。
「うん? だって、体動かしてお腹空かせた方が食べた時においしいじゃない!」
またまた、1ヶ月近く更新できませんで真に申し訳ないかぎりでございます。
もうそろそろ、仕事の方も落ち着いてくると思うので書けるだけ書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
出来れば、1日に3話更新とかしてみたいものです。




