Ⅳ
食事に戻って、暫くたった頃にカスミが擦り寄ってきた。
「むぅ~……スイレンってば、さっさと行っちゃうんだから! 待っててくれてもいいじゃない!」
そんな小言を言いながら、自身の食事に取り掛かる。
もぐもぐ♪ もしゃもしゃ♪ と、元気良くご飯を食べるカスミに対して、アタシは、ゆっくりと自分のペースを守って、食べ勧めていく。
今日は心静に食事が出来そうだと思っていたら、アタシの好物である厚焼き玉子の最後の一欠けらをカスミが掠め取って、美味しそうに租借する。
その、あまりの理不尽さに、電光石火の勢いでカスミの頭を鷲掴みにして、指先に力を籠める。
「い、痛い! 痛い! ってば、スイレン」
そんな、カスミの台詞に返答を返さず、更に指先に力を籠める。
「っ~~~。 痛い! 痛い! わ、わかったから! ご、ごめんなさい。 スイレン許して~」
カスミから謝罪の言葉が発せられ、力を緩める前に一度だけ強めに指先に力を入れてから、力を緩める。
強めに一度だけ入れられた力が、堪らなく痛かったようで声にならない悲鳴を上げる。
「っ~~~!!」
カスミの目蓋にうっすらと涙が滲む。
そんな様子のカスミの頭を鷲掴みにしたまま睨み付け、怒りを内に秘め抗議する。
「カスミ! よりにもよって、アタシの大好物を掻っ攫うとは、どういう了見なのよ!」
アタシの内に秘めた怒りなど、まったく知りません!と、いう感じのカスミが見事に火に油を注ぐ返答を返す。
「えーっとね、残してあるからいらないのかなぁ~って……テヘッ♪」
その台詞を聞き終わるのと時を同じくして、鷲掴みにした指に再び力を籠める。
「え? ちょ、ちょっと! い、痛い! いや~~~!! ぎ、ギブ! ギブ!」
再び籠められた、力に苦痛を訴えながら悶える。
「アタシが、好物を後に残しておく主義なのは知ってるよねぇ~? あははは」
更に力を籠めながら、カスミを問いただす。
先ほどより強い力を籠められているカスミが謝罪を連呼してくる。
「あ、謝るから! ご、ごめんね。 ごめんなさい。 すいません。 許して~。スイレ~ン」
ついに、滲ませていた涙が零れ落ちた。
どうやら、本気で反省しているようなので鷲掴みにしていた手を離す。
「ふん! 食べ物の恨みは恐ろしいんだよ!」
言い置いて、カスミの大好物である果物の盛り合わせの残り半分ほどを奪い取る。
「あーーー!! ちょ、ちょっと! スイレン、それじゃ割に合わないじゃない!」
などと、吠えてくるのである。
「言ったよね? 食べ物の恨みは恐ろしいんだよ! それとも、まだお仕置きが足りないのかなぁ~?」
ふふふ、と黒い笑みを浮かべながら手をカスミの頭目掛けて動かす動作をする。
すると、イヤイヤと顔を左右に振り拒否の姿勢を示してくる。
「ううぅぅ、スイレンの意地悪ぅ~」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、食事に戻る。
さながら、その光景は粗相をした犬が主人に叱られて、しょぼくれている様子そのものであるかのようである。
……最初に掻っ攫って行ったのは、カスミの方なのだが流石にやりすぎただろうか?と、思案したアタシは、黙って奪ってきた盛り合わせの半分ほどをカスミの傍において、自分の食事に戻る。
アタシが、カスミの傍に置いた盛り合わせの一部を見つけた、カスミの表情が先ほどの泣き顔など無かった事のように一気に笑顔に転じる。
「だから、スイレン好き~~~♪」
などと、行って抱きついてきた。
不意打ちだった為、防御をするヒマなどなかった。
「うひゃ!」
奇妙な悲鳴を上げてしまった。普段だったら、ここからの可愛がりに発展するのだが、上機嫌のカスミは、さっさと離れて自分の食事に戻っていった。
なんだかなぁ……と、内心で呟いてから溜め息を一つ洩らす。
その溜め息を見取ったカスミが、思い出したかのようにぼそっと呟いた。
「スイレン、溜め息ばっかりついていると幸せが逃げるわよ?」
余計なお世話だよ! と、内心で盛大に突っ込みを入れていることを表情に出さずに返答を返す。
「あ~、そうだね。 気をつけるよ」
アタシもさっさと、自分の食事を終わらせないとなぁ。と、内心で一人ごちっていると、カスミが先ほど、女中から渡されていた手紙を見つける。
「スイレン、コレなに?」
と、言うや否や速攻で折りたたまれていた紙を開いて速読する。
「アタシが、答える前に何故、独断で開いて中身を確認する必要があるのか、教えてくれるかな?」
その、あまりにもプライバシーの侵害と呼ぶのに相応しい行為に対して、苦笑しながらカスミを問いただす。
熱心に読み耽って居たカスミが、最後の一文あたりを凝視していたかと思ったら、ガバッ! という効果音がしそうな勢いで手紙から顔を起こすとアタシに迫ってきた。
身の危険を感じて身構えていると、適当な位置で静止して、困った顔をしている。
「ワタシも一緒に行こうと思ったのに、コレじゃ行けないじゃない!」
いや、それはそうだけど、もっと大事な事についてですね……お答え願えないでしょうか!
「あー、それはそれとして! ねぇ、カスミ。 どうしてアタシの許可なく勝手に手紙読んだのかなぁ?」
眉の辺りの筋肉がピクピクと動くので、手を宛がい揉み解しながら尋ねる。
すると、カスミは藍色の瞳をパチパチと瞬きさせ、きょとんとした顔で答えを返してくる。
「え? ソレはもちろん、スイレンに宛てたラブレターかどうかの確認を……い、痛い! ちょ、ちょっと! ま、またなの~? スイレンのソレ、本当に冗談じゃなくて痛いんだからね! ちょっとは手加減してくれても……ぎゃーー!! い、痛い~!」
カスミの返答を聞いていたアタシは、その理不尽な理由にカスミの説明を聞き終わらない内に無言でカスミの頭を再び鷲掴みにすると徐々に力を籠める。
てか、ラブレターならそんな無防備に置いて置く訳がないし、そもそもアタシにラブレターを渡そうなっていう奇特なヤツはいないしね。
今までの事もあるし? 今日の厚焼き玉子の件もあるから手加減とかしませんよ? あははは……
「アタシにプライバシーは無いのかよ!」
カスミの放った、問題発言に対して突っ込みを入れながら、鷲掴みにしている手に力を籠め続ける。
早々に音をあげたカスミが、再び謝罪の言葉を連呼してきた。
「わ、わかったから! ごめんなさい! ごめんなさい! 許してよ~。スイレ~ン」
若干ではあるが力を緩め、カスミの瞳を凝視しして尋ねる。
「これからは、アタシのプライバシーを守る?」
涙目になっているカスミが、激しく首を上下に振りながら返答を返す。
「ううぅぅ~、うん! 出来るだけそう出来るように努力するぅ~」
何か、微妙なモノの言い方だが今回はコレくらいにしておくか。アタシってつくづく甘いなぁ~と、内心で一人ごちる。
「本当にお願いね?」
いちお更に念を押して置くことにする。
「善処するぅ~」
涙目になってる瞳をうるうるさせながら、カスミから返答が返ってくる。
今一、信用にかけるが今回は勘弁してやるか……鷲掴みにしていた手を引っ込める。
すると、カスミが自身の両手を頭に宛がい労わる様に擦る。その様子を暫し眺めてから、もうほとんど食べつくされている朝食に戻る。
「う~、スイレ~ン! もう少し手加減してくれてもいいじゃない」
まだ、痛みが持続しているのかしきりに頭を気にするカスミが食事に戻りつつ愚痴を零す。
「うん? 言ったじゃない? 食べ物の恨みは怖いって」
アタシの切り替えしに納得いかない様子のカスミであったが、大人しく食事に戻った。
そろそろ、食事も終わる……さぁて、麒麟様とのご対面である。
気合を入れなければ! あの人はある意味カスミ以上に厄介な人だからなぁ……
食事を終えたので食堂を後にして、目的地を目指して歩き出す。
食後の運動には丁度いいだろう。
アタシ達が住む西島から中央島までの移動手段は、一般的には二通り存在する。
一つは水路で、もう一つが陸路である。どちらも、長所と短所を兼ね備えているのである。
水路の方は、距離は近く短時間での移動が可能だが西島と中央島を結ぶ船に乗るのにお金がかかること。
急ぎの用でもない限り、わざわざお金を支払ってまで乗る物ではない。と、アタシの中では位置づけられている。
そして、陸路の方は西島から中央島まで行くには橋を渡るのだが、お金はかからないけど、距離が長く時間がかかるので、島民達は、用途に応じて使い分けをしている。
まぁ、アタシの場合はこの二つ以外の方法で島々を行き来するワケだけど……
食事時ともなれば、裏山は静かなはずだから探すのは簡単だと思うけど……
相棒のことだからなぁ……読めない。
アタシが他の島に用事がある時は、ほぼ毎度相棒を足がわりにしているのである。
思考しながら歩いていたら、いつの間にか目的地である裏山に着いていた。
相棒を探しに裏山に足を踏み入れ、とりあえず小川を目指す。
鬱蒼とした森を抜け、小川のある広場に出たら相棒であるハクアが水を飲んでいる所だった。
「お! 今日は読みが的中した」
一人ごちりハクアに歩み寄る。
近づくアタシに気付いているはずなのに、身じろぎ一つしないで黙々と小川の水を飲み続ける。
ハクアの毛並みに触れ、優しく撫でてやる。
すると、一旦水を飲むのを止めてこちらをちらりと一瞥し、再び水を飲む。
その反応がとても愛おしくて、時間を忘れてこのままハクアと戯れていたいとさえ思えてくる。だが、今日はそういうわけにも行かないので、毛並みを撫でながらハクアに声を掛ける。
「水飲んでる所悪いんだけど……ハクア、アタシを中央島まで運んでくれる?」
人語を喋れないハクアであるが、何故かアタシが言っている言葉は通じるのである。
水を飲むのを止めて顔をアタシに向けて、自分の体をアタシにこすり付けてくる。
「くすぐったいよ」
苦笑しながらハクアの愛撫を受入れていると、満足したのかすっと離れて一鳴きして、地面に伏せた。
どうやら、送り届けてくれるらしい。
「ありがとう! ハクア」
毛並みを一撫でしてから、全力のジャンプをしてハクアの首辺りに飛び乗る。
「よし! じゃお願い。ハクア」
アタシの声に反応したハクアが伏せた状態から立ち上がり、中央島目指して走り出した。
そのスピードはまさに、飛ぶが如く! と、称するに値するモノである。
大型の猛獣の中でも、屈指のスピードの持ち主のホワイトファングだからこそ可能なのが、水面歩行である。
巨体にも関わらず、沈むことなく海の上をまるで陸地のように駆けることが、可能なのである。
船を使えば陸地を行くより、半分ほど時間で行き来できる島々の間をホワイトファングのハクアは、更にその半分以下の時間で行き来してしまえるのである。
などと、思考している内にあっと言う間に海に突入していた。
潮風がとても気持ちいい。
猛スピードで海を駆ける、ホワイトファングが起こした風によって島々を行き来している船が大きく揺れていたようだけど……うん、気にしたら負けだと思う。
島々を行き来している船乗り達に申し訳ないと思ったのもつかの間、中央島に到着してしまった。
「ありがとう! ハクア」
言い置いて、飛び降りる。
お礼の念を籠めて、毛並みを撫でながら帰り道の事もお願いしておく。
「ハクア! 帰りもお願いね!」
すると、バウッ! と一鳴きしたので、了解してくれたと解釈する。
さて、行きたくないけどココまで来たのだから腹くくるか! と、内心でごちってから麒麟様の家まで歩き始める。
あんまし、可愛がりが酷くないといいなぁ……と密かに思いながら。
今回は、いつもより少し短めです!