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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
序幕「失業。傘を差し出す悪魔」
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09

 叫ばれるのは困るが、この状態じゃいつまで経っても話を聞けないため、俺は「いいか、今から放すが変な真似はするなよ? ホーミーだ、解ったな?」と頭の狂った男のような台詞を少女の形のいい耳元で囁き、従順に頷くのを確認して拘束を解いた。

 

 俺は一歩だけ後ろに下がった。

 やはり、少女が俺にとって何かまずい行動に出ようとした時、一瞬で止められる位置だ。

 このまま背を向けた状態で叫ぼうとしたなら首筋を、振り向いて叫ぼうとしたら喉を狙う。

 俺は軽く身体を揺すってリラックスしながら、少女の出方を待った。

 

 少女は拘束を解かれると深いため息をつき、両手を挙げてこちらを振り返った。

 黒い瞳と目が合う。

 やっぱりそうだ。何となく見覚えがある。

 

 艶やかな光沢のある長い黒髪、吸い込まれそうな黒い瞳。

 すっと通った鼻梁、桜色の唇。

 まだ未成熟ながらも完成された容姿だ。

 一度見たら忘れないはずだ。はずなのに、見覚えがあるだけで誰とは解らない。

 記憶力に自信のある俺にしては珍しい事だった。


「なあ、俺達どこかで会った事ないか?」

「……それってナンパ? いきなり口塞いでから聞く台詞じゃないよね」

「まさか! お前は肉付きが良くない。すまないが、セックスパートナーにはなれそうにもない」

「裸で女の子に襲いかかったやつなんて、こっちだってお断りよ」


 動じる事なくそう返してきた少女に、俺は当然の疑問を持った。


「やっぱり話は伝わってるのか。しかしお前、その変質者を相手にして何でそんなに落ち着いてる?」


 それなりに筋肉のついた健康的な身体をしているが、格闘用のそれではないし、魔力も平均からちょっと上程度だ。

 岬で会った少女とは比較にならない。

 いつでもこの状況を打開できるとは思えないから、己の力に自信があるというわけではないだろう。

 ただ気になるのがその細い首に巻き付いた銀製と思しきチョーカーで、何らかの魔法具に見える。

 これもどこかで似たようなものを見た気がする。

 しかし調査室で目にした、注意が必要なほど強い力を持った魔法具のリストには載ってなかった気がするし……。

 俺が悟られないようにチョーカーを見つめていると、少女は再びため息をつき、肩をすくめた。


「別に。だってあなた、学園の新しい教師なんでしょ? 警備部から届いたお知らせにはそう書いてあったけど」

「いや、まあそれはそうなんだが……俺の言い分を信じるのか?」

「新しい教師が来るっていう噂は前からあったのよ。多分、相当なやり手か相当な変わり者が来ると思っていたから、腑に落ちたわけ。まさか男だとは思わなかったけど」

「それは最初の子もそう言っていたな。どういう意味だ? 女の方が良かったのか?」

「……学園長から聞かされてないの? この九霄という世界には女しかいないのよ? あなた以外という言葉が入るけど」

「はい?」


 耳を疑う言葉に、俺は顔を強ばらせた。

 確かに、ここに来てから女しか見ていない……だが、それはただの偶然だと思っていた。

 だってそうだろう? 

 もしここが女だけの秘密の園であるのなら、男の俺が教師として採用されるはずがない。

 羊の群れに狼を放つよりもたちが悪い。

 学園長の狙いは何だ? 俺を一体何に利用しようとしている?


「本当に聞かされてなかったみたいね。契約書を持ってるって話だけど、今も持ってる?」

「……ああ、もちろんだ」

 

 目線で見せろと言ってくる少女に、俺は頭を抱えそうになるのをこらえながら、懐に手を入れた。

 契約書を渡されると、少女はじっとそれを見つめ、こくんと頷いた。


「契約書もサインも本物ね。どういうつもりか解らないけど、学園長があなたをここの教師にしたってのは確かみたい」

「……なあ、以前にもこういう事はあったのか? つまり、男の教師の前例があったとか、そもそも昔は普通だったとか」

「ここ最近はないわ。何百年も昔とかなら、男の人もいたかも知れないけど」

「馬鹿な。と言うか、学園はいつ頃出来たんだ? ここはそのために作られた世界なのか? それとも――」

 

 次々に湧いてくる疑問を矢継ぎ早に浴びせかけたその時、小屋の外で足音がした。

 まずい。誰か来たらしい。

 俺とした事が予想外の事実に気を取られ、注意を怠っていた。

 反射的に小屋の扉から見えない棚の影に身を隠したが、もうほとんど詰みだ。

 少々荒っぽいやり方で客の相手をしてやってもいいが、相手が生徒や作業員ではなく警備員だったら、もう打つ手なしだ。

 あの少女を人質に取るか……いやそもそも、数的優位に立ったのだ、あの少女にはもう大人しくしている必要はない。

 大声で助けを呼べば一件落着だし、実際もう肺に空気をためているかも知れない。

 くそ、ドジを踏んだ……。


ほたるちゃん。肥料見つからなかったー?」


 扉が開く音と共に、緊張感のない女の声が響く。

 そののんびりした雰囲気とは対照的に、俺は絶望的な気分になった。

 終わった。

 先手を打つには遅すぎる。

 これはもう、一か八かに出るしかない。

 俺がそう覚悟を決めたその時、


「ううん、大丈夫。ちゃんと見つけた。はい、これ」


 少女が明るい声でそう答えた。

 何を考えているか解らず、俺が呆然としていると少女は手にした袋を持って扉の元まで歩いて行き、それを声の主に手渡した。

 さりげなく、まるで――いや間違いなく、女から見えないように、俺がいる方を背中でかばっている。


「あとやっぱり、私そろそろ寮に帰る事にするよ。亜紀さん、みんなに謝っといてくれる?」

「謝るだなんてとんでもない。蛍ちゃんにはありがとうしか言う事ないわよ。遊びたい年頃なのに、いっつも手伝ってくれて」

「いいのいいの。私が好きでやってる事だし」

「本当にみんな助かってるわ。っと、変質者さんとやらがうろついているらしいし、あんまり引き留めても悪いわね。それじゃ、気をつけて帰るのよ」

「うん、解った。お疲れ様」

「はい、お疲れ様」


足音が遠ざかっていく。

 しかし俺は完全にそれが聞こえなくなった後も、訳が解らず物陰に身を潜めていた。

 こちらに振り返った少女は、面倒くさそうな目で俺を見つめ、


「取りあえず、いつまでもここにいるわけにはいかないでしょ。奥に替えの作業着があるから、それに着替えて帽子を被って」

「お前、なんで……」

「いいからほら、急いだ急いだ」


 行動の遅い子どもを急かす母親のような態度に、俺は面食らいつつもそれが確かにベストだろうと思い、指示に従った。

 女性用の作業着は俺には少々小さかったが、前回にして最後の任務で市街地潜入用に体重を結構落としていたので、がたいが良すぎて一発でばれるという事ははなかった。

 更に作業着の隣に収納されていた清潔なタオルを拝借し、胸や腰回りに入れてボリュームを出せば、男らしさはある程度消えた。

 十代の頃は数ヶ月間女装して行動した事もある。

 女の体の使い方は心得ていた。

 帽子を深く被れば近づかない限り、簡単には男とばれないだろう。

 百七十前半しかない己の身長に感謝する。


「終わったぞ」


 俺が着替えている間、無防備にも背中を向けていた少女に声をかける。

 こちらに振り向いたその顔が、嫌そうにしかめられた。


「うわ、立ち方が私より女っぽい。きもっ」

「立ち方だけじゃない。〝あたし〟の方があんたより男を喜ばせられる」


 と、俺は見事な女声でそう言った。

 久しぶりにやったが、我ながら素晴らしい。

 同業者は見た目も声も魔法で変えてしまうが、俺はそんな事はしない――まあ、出来ない。

 その代わりにこうやって技術でカバーする。

 魔法に頼り切った現代社会、魔法を使わないというのは一種の盲点だから、決して馬鹿に出来ない有効な手段なのだ。

 もちろん習得には時間がかかった。

 これはつまり、俺の自慢の一つでもある。

 俺はそういう事を少女に目線で訴えた。しかしまるで通じなかったらしい。


「気持ち悪いから、私と話す時は普通にして。気持ち悪いから」


 二度言った。大事な事なのだろう。

 俺はショックを隠せなかったが、どうやら俺に協力してくれるらしい少女の気分を損ねても悪いので、涙をのんで頷いた。


「それじゃ、さっさと学園長の家に行きましょう」

「待て待て。この島の施設配置はどうなってるんだ? 警備部とやらの動きも知らないと鉢合わせしてゲームオーバーになっちまう」

「警備についてはあまり詳しい事は知らないけど、この島の地図はほら、これよ」


 少女はそう言うとポケットから掌大の携帯端末を取り出した。

 淡い桜色の卵形をしたそれは、これまで一度も見た事がないものだった。

 ネットワークに接続しているらしいし、この島独自の製品だろう。

 生徒連中がエッグと呼んでいたのは形から見てこれに違いない。

 森の中の二人も目の前のこの少女も、これに送られてきたお知らせメールのようなものを見て、俺の存在を把握したのだ。

 この世界、九霄の必須アイテムであるところのこれを、どうして俺は最初に渡されなかったのか。

 ひょっとすると学園長、俺に渡すはずのもののバイブ機能をお試し中だったのか?

 ちょうどいい形をしているし、名前も〝エッグ〟ときたもんだ。

 もしかするとこの少女も……?


「なに? 地図はもういいの?」

「いや、重大な考え事をしていた。ちょっと待ってくれ」

「早くしてよね。時間、あんまり余裕ないんじゃないの?」

 

 少女に急かされ、俺は端末に視線を注いだ。

 鮮明なディスプレイに映し出されているこの島の地図には、俺の頭の中の地図と違って、当然ながら区画や建物に名称が記されていた。

 角の取れた菱形をした島の中央より南、農耕地と記された辺りに赤いマーカー。

 これが現在地だ。

 ここから北上し、島の東西を両断する川を越えると、商店街・娯楽施設と書かれた建物群が横に連なっている。

 その更に北にあるのが九霄学園だ。

 東西に関連施設が設置されており、学生寮と職員寮の文字もある。

 それらから少し離れたところにあるのが学園長邸だ。

 少女はここまで行くと行っているが、どうだろう、学園長邸のすぐ北には警備本部の建物がある。

 神志女はこの世界の神様みたいな存在であるから、一番防備が堅い場所のはずだ。

 おいそれと近づけるとは思えない。


「一応聞きたいんだが、どういうルートをたどるつもりなんだ?」


 眉根を寄せて尋ねると、少女はため息をついた。


「それって私が考える事じゃないでしょ?」

「いや、まあ、そうですね、はい」


 正論ですな。

 では、質問を変えましょうぞ。


「学園長はもう学園に戻ってるのか?」

「それはないわね。今日中には帰ってくると思うけど、新学期前の休暇は忙しく動き回ってるから、まず間違いなく夜遅くになるでしょうね」

「ぬう。では連絡手段は? 俺が直接話せずとも、警備の連中は俺を捜す一方で責任者である学園長に当然連絡を取るはずだ。彼らが俺の存在を把握してからもう三十分近く経つだろう? ひょっとしたら学園長から俺についての説明を受けてるんじゃないのか?」


 異世界通信には、目玉どころか睾丸が高笑いしながら飛び出るほど非常に高価な機材が必要で、通信自体にも非常に時間がかかる。

 二つの空間の概念距離にもよるが、挨拶を交わすだけで一時間かかる場合もある。

 そのため俺は願望を込めてそう尋ねたのだが、返ってきた答えはそれを上回っていた。


「連絡なら警備部長が把握した時点で一瞬で伝わってるわ。でも多分、あなたがここに来る前に話はついてたと思う」


 俺は反射的に問い返しそうになったが、口を塞ぎ、頭を回転させた。

 そして一つの推測を手に入れると、頭をがしがしとかいた。


「それはつまり、これがテストだって意味か?」


 少女は目を見開き、薄く微笑んだ。


「へえ、結構やるのね。その通り、これはこの島に赴任してくる教師候補の採用試験みたいなもの。内容はばらばらだけど、指導するに足る力が本当にあるかどうか、新任は全て試される。力を見せる事が出来なければ、フェリーで帰る事になるの」

「……理屈は解るが、やってくれるな、畜生。すると俺の場合はあれか、誰にも捕まらず帰還した学園長に再会するってとこか」

「誰も傷つけず、ね。後はそう、生徒や理事会が不快感や反感を持ったりしてもいけない。学園長の事だから、あなたの事、春休み中の最終人事で無理矢理押し通したはず。そうでもしないと男の教師なんて通らない」

「……理事長や保護者連中は既におかんむり、俺が何かやらかすのを虎視眈々と狙っており、追い出すのに一番都合が良いのが、生徒からの正当性のあるクレーム。そういう事か」

「話が早いわね。あなた、教職なんてついてた事ないんでしょ? うちはぶっちゃけ、教員免許持ってる人の方が少なくて、その道のプロが多いんだけど……あなた何屋さんだったの? 殺し屋?」

「正義の味方だよ。もしくは悪の僕」

「正反対じゃない、それ」

「同じもんさ。恋人のコンドームに針で穴を開けるようになったら解るさ」

「……あなた、本当に教師になるのよね?」 

 

 少女の胡乱げな眼差しに肩をすくめて答え、俺は息を吐いた。

 テストか。

 誰も傷つけてはいけないとなると、下手をすると今まで受けたものの中で最高難度のものかも知れない。

 しかしツキもある。

 なぜなら種明かしをしてくれる少女とこうして接触できたからである。

 本来なら訳も解らぬまま警備員に捕まるか、何かへまをやらかして不合格になったはず。

 それがこうして全容を知る事が出来、なおかつ協力者まで手に入れる事が出来たのを幸運と言わずしてなんと言おう。

 

 ――そう、ツキすぎてる。

 

 何より、初対面の俺にここまでしてくれるこいつの狙いは何だ?

 この疑問を放置したまま動くなんてキングオブチキンの俺には無理だ。

 ここで白黒付けておこう。


「俺に協力する理由は?」


 単刀直入に問い質すと、少女は瞳に力を込めて睨み返すように俺を見つめた。


「このテスト、私は嫌いなの。だってフェアじゃないでしょ? 採用されたと思ったのに、最後にいきなり試験だなんて。私だったらキレるわ。それに、課題に挑戦するにあたって適切な準備を行うってのも、その人の能力の内だと私は思うから」


 そのはっきりした物言いと主張に、俺は思わず感心した。

 この若さで中々のものだ。

 精神的にもバランスがとれているらしい。

 でもまあ多分、嫌いなのはテストだけではなく、むしろ学園長なのだろうとも思う。

 反発心の原因が何なのか知りたくもあったが、それは今必要な事ではない。俺はポーカーフェイスで頷いた。


「解った。それじゃ行こうか。蛍ちゃんでよろしいのかな、我が幸運の女神様は? 名字を教えてくれればそっちでもいいが」

 

 少女は心底嫌そうな顔をした。


「ちゃんは結構。名字じゃなくて名前でいい。そっちは?」

「灰尾八雲だ。同僚にはハッチとかヤックと呼ばれる事が多かった」

「さすがに年上にそれは無理ね。人に聞かれたらまずいから本名で呼ぶわけにもいかないし……適当にハヤコさんにしましょう」

「灰尾のハに八雲のヤね。オーライ。よろしくね、蛍!」

「だから女声は止めてって……」


 うんざり顔の蛍と共に、俺は小屋を後にした。




 俺と蛍は川をさかのぼって、東へと進んでいった。

 島の東部に広がる山を迂回して、北東部の牧場を目指していた。


「牧場から学園長邸を目指すの? いくら何でも解りやすくない?」

「もちろん真っ直ぐにはいかないさ。少なくとも学園長が帰ってくる夜まではどこかに潜んでいなきゃならん。でもそうするには警備システムを把握する必要があるんだ。一昔前のゲームの敵みたいに同じ場所をぐるぐる回ってるわけじゃないからな。行動の優先順位を知らなければ、すぐに捕まってしまう」

「ふーん」


 蛍は納得いかないように眉を寄せた。

 その感覚は正しい。

 蛍の話によると警備員達はとんでもない強者だが、数は二百人程度と限られている。

 学園や学生寮、そして学園長邸に人員を割くと、島を捜索するための人数は少ない。

 人海戦術は使えないから、俺の行動を予測しながらピンポイントサーチをしているだろう。

 目撃例のある南部の森を中心に捜索していき、その後身を隠せそうな人気のない場所に向かう。

 この島で言えば南部の森、東部の山、北東部の牧場だ。

 俺と蛍が目指しているルートは、まさしく要注意区画だった。

 

 普通に考えれば裏をつく――リスクを背負ってわざと人気の多い場所に向かうべきだ。

 しかし〝普通〟だからこそ読まれやすいとも言える。

 まあ、これを疑い出すと裏の裏の裏とか際限がなくなるから、あまり考えすぎてはいけない。

 そしてろくな情報もないのに考えるのは糖分の無駄だと俺は教わった。

 だからもう後は好みの問題だ。

 町中がいいか、牧場がいいか。結局俺は後者を選んだ。

 脱獄囚と少年がアラスカを目指すアメリカ映画がふと脳裏をよぎったが、すぐに頭の端っこに押しやった。良い映画だったが、結末を考えるとあれはまずすぎた。


「そう言えば、南の岬で全裸で女の子押し倒したって書いてあったけど、何してたの?」


 気を抜くと眠ってしまいそうな春の穏やかな陽射しの中。

 蝶やら蜜蜂やらが飛び交うあぜ道を歩いているにしては、どうにも不似合いな話題を蛍は口にした。

 俺は無粋な彼女を責めたかったが、誤解されたままでは協力関係にヒビが入る恐れもあったので、正直に答えることにした。


「それは間違ってる。正確に言うと、俺が自分が何者か説明しようとしたのにも関わらず、一方的に攻撃を仕掛けてきた少女を、俺は必死で取り押さえたんだ。背中をまさぐった」

「――待って。さらっと最後に付け足したけど、それが一番問題でしょ! 何でそんな事したの!?」

「落ち着けよ。そんな喋る男性器を見るような目で俺を見るなって」

「そんな卑猥な目してない! もっとましな例えにしなさいよ。それで、なんでそんな事したの?」

「取り押さえた時、魔法を使おうとしたんだよ。集中力を乱そうとして、やった。後悔はしていない」

「それにしたってもっとやり方を選びなさいよ。それでまずい事になったんでしょ……」

「はい。おっしゃる通りです」


 ならどっちかの穴に指突っ込めば良かったのかよ、ああん――と言いたかったが、大人な俺は下手に出ることにした。


「あの翼ちゃんとやらには悪い事をしたよ。今度会ったら謝っておく」

「翼ちゃんって……宮子路さん? うわ、可哀相」


 蛍は同情の色を目に浮かべた。

 俺もうんうんと頷きながら、内心でやっぱりあれは宮子路の人間だったかと納得した。

 阿妻家で厄介になっていると聞いていたが、まさかこんなところにいるとは。


「とにかく、これから痴漢行為をするのは駄目よ」

「あいよ。しかしこの辺り、人気がないようであるな」


 蛍のきつい視線を受け流し、俺は周囲を見渡した。

 近くには誰もいないが、遠くの田畑にはちらほら人影が見える。

 皆、島を徘徊してる変質者の事なぞ気にせず、農作業に従事している。

 そのおかげで俺達も目立つ事はないが、どうにも状況が理解できなかった。


「島の下半分にいるのは学生じゃないからよ。学園が出来てから来た人達じゃなくて、元々ここにいた人達なの」

「元からいた? と言うことはあれか、神志女の眷属なのか?」

「そういう事。外の世界の人達にとって、生徒達のような価値はないの。彼女たちはただの島民。何百年も前から畑を耕し家畜を飼い、自給自足してきた人達。人に恨まれる事も人を恨む事もなく、争いのない平和な世界を生きている。島に変質者が出たと聞いても、日課を止めない。何故だか解る?」


 横目で問いかけてきた蛍は、成熟した大人のような雰囲気を身にまとっていた。

 俺はその深い色をした瞳に吸い込まれそうになりながら、無意識に口を開いた。


「流れに身を任せている。あるがままに、なすがままに。次元が違う……無数の艱難辛苦をくぐり抜けてきたのか? だとすれば平和の体現者という事になるが……」


 口から出てきた言葉は、頭で考えたものではなかった。

 文字通り出てきたのだ。

 あるいは引っ張り出された。

 目の前のたかだか十代の少女に精神を乗っ取られたような、何とも言えない気分。

 だが、不快感はない。

 ただ目に見えない巨大な流れに触れた気がした。

 

 蛍は笑った。

 

 それは草原を駆け抜ける風のような、草葉からこぼれ落ちる朝露のような、透明で清々しく、心が洗われるような澄み切った笑みだった。

 思わず足を止めた俺を、数歩歩いて振り返った少女は年相応の明るい顔をして言った。


「早く行きましょ、せんせ」


 俺はぎこちなく頷きながら、足を速め彼女を追い越した。

 後ろから聞こえる足音を聞きながら、俺は音を立てないように唾を飲み込んだ。

 

 ――何なんだこいつ。何者なんだ……?

 

 


 およそ三十分、幸運にも誰にも会う事なく歩き続けた結果、東部にある山の麓へと辿り着いた。

 農耕に適さないのか便が悪いのか、周辺に家や田畑はない。

 つまり人気がない。

 俺はほっとしながらも、警戒を怠らず、川にかかった橋を渡った。

 そして遠くに見える牧場に向けて歩き出そうとした時、どーんと地面が揺れた。


「きゃっ!」

「くそ、攻撃か……!」


 魔法を使った気配は一切感じられなかったが、俺は即座に身体を強化し、びっくりして固まっている蛍を抱きかかえると、山の方に向かって走り出そうとした。

 しかし、地面に落ちた陽射しを遮る巨大な影を見つけ、ぎょっと背後を振り返った。

 するとそこにはある意味とても恐ろしい――著作権的にアウトな物体が、空高くからこちらを見下ろしていた。


「ヤアアアアアアアア! ボオオオオクウウウウネズミイイイイイイイイ――!?」


 全長二十メートルくらいあるそいつは、そう自己紹介をした。

 赤いズボンをはいた黒肌のそいつは、ご丁寧に目元に黒い横線が引いてあった。

 何に対する配慮なのか解らないが、その馬鹿みたいな大きさと相まって、とても不気味だった。

 目線は見えないが、明らかにこちらを見つめているところもだ。

 俺は工作員としてこれまで様々な恐怖と戦ってきたし、中には幽霊の仕業としか思えない得体の知れない現象にも遭遇した事もある。

 だが、目の前のこれは別だった。

 三歳のガキが高熱で悪夢を見たら、きっとこんなものが出てくるんじゃないだろうか。


「ヨロシクネエエエエエエエエエエエ!」


 ネズミがその寺の鐘よりもでかい手をこちらに向かって差し出してきた。

 握手をするつもりなのだろうが、このままだと確実に俺達は挽肉になるだろう。

 俺は生唾を飲み込み、覚悟を決めた。

 その瞬間、かの王国が大好きな元同僚、四十三歳独身女性の泣き叫ぶ顔が目に浮かんだが、心を鬼にすることにした。


「覚めない夢はない。なあに、ちょっとだけ早く大人になるだけさ――」


 不敵な笑みを浮かべ、俺は体内の魔力を一気に活性化させた。

 迫り来る馬鹿でかい掌に、あたかも握手に答えるかのように右腕を伸ばし、詠唱を開始しようと口を開いた。

 だが、俺がとっておきの振動破砕魔法でネズミを木っ端微塵にするよりも早く、誰かが俺の右腕に縋り付いてきた。


「ま、待って! あれは違うの、悪いやつじゃないから!」


 蛍が必死の形相でそう叫んだ。

 くそ、こいつもあの国の住人だったか――!

 俺は蛍をひっつかみ、横っ飛びに転がってネズミの一撃を躱した。

 ネズミの手は何もない地面に触れ、そして地面を一メートル近く陥没させた。

 冷や汗を流しながら、俺は腕の中の蛍に向かって怒鳴った。


「馬鹿野郎! あれが悪じゃなかったら何が悪だ! 金の亡者め、アルバイトばっかりこき使いやがって、正社員にしてみろってんだよ、くそ! お客様が神様だってのは解る、だが、だからといってスタッフは奴隷じゃない!」

「お、落ち着いて! 言ってる意味が解らない! あれはね、ゴーレムの一種なの!」

 

 性懲りもなく握手しようとしてきたネズミの手を転がって躱し、俺は蛍に笑いかけた。


「ほう、天下のネズミ様を泥人形とはお前も言うじゃないか。今日は俺のおごりだ、好きにやってくれ!」

「だ、だからそういう意味じゃないんだってば! 小さい女の子が作ったやつなの、あれ!」

「ああん? あんなもん、ガキどころか一流魔導師ですら作れんぞ! 学園長にだって無理だろうが!」


 物質操作ならある程度力のある魔導師なら容易だ。

 しかし、自立行動が可能な人型、しかもこれほど巨大なゴーレムとなると話は違う。

 桁外れの魔力も必要だが、通常とは全く異なる魔法の才能が必要になる。

 太古の魔導師達が有していたその才能は、現代で所有しているものは皆無に近いのだ。

 おいそれとお目にかかれるものではない。

 これはどこぞの軍事研究所が作り出した人型兵器に間違いな――。


「あー、こんなところにいた!」

「うわあ、人を襲ってる……」


 突如として聞こえた二つの幼い声に、俺は我に返った。

 ばんなそかなと思いつつ、視線を矢のように飛ばすと、遠くから小さな人影が二つ、こちらに向かって走ってきていた。

 十歳くらいか。

 体格も歳も同じくらいだが表情は対照的で、茶色がかったくせ毛をショートボブにした方は底抜けの笑顔、真っ直ぐの黒髪を三つ編みにした方は今にも泣きそうな――いや、既に半泣きだった。

 二人が見ているのは例の巨大ネズミである。

 驚いた様子ではない。

 否定したかったが、どうやらこいつの関係者らしい。

 俺は三度ネズミの握手を転がって拒否しながら、抱えっぱなしの蛍に向かって問いかけた。


「連中がそうか!?」

「う、うん。そう……笑ってる方がこれの創造主で、泣いてる方がこれの運転手よ……」


 めちゃくちゃに振り回されて気分が悪くなったらしく、蛍はぐったりした顔で弱々しくそう答えた。

 ――しかし運転手ってどういう事だ?

 俺が抱いたその疑問の答えはすぐに出た。

 泣いてる方の少女が暴れ回るネズミに向かって両腕を伸ばすのが見えた瞬間、ネズミは突然身動きを止めた。

 首から上がぎぎぎと鈍く軋みながらフクロウのように真後ろを向き、少女を視界に入れた。

 明らかにネズミは少女を意識していた。

 だが、俺は全く危険だと思わなかった。

 なぜなら少女の両腕から放たれる魔力がネズミの身体を徹底的に拘束していたからだ。

 

 俺はこれまで、異界から召喚された怪物や魔獣、凶悪な魔法犯罪者などの精神を操る優れた操心師を何度も見てきた。

 彼らは糸状に練り上げた魔力を放出し、それをもって対象の意識を捕縛した後、その糸を精神に潜り込ませ、支配下に置く。

 この手の魔法は特に糸の強度が重要で、それは精神力に由来する。

 故に操心師は長い年月をかけて心を徹底的に鍛え上げた年輩の者が多い。

 多いはずなのだが……。


「ふ、ふう。これで一安心……」

「おお、ユカちんナイス!」


 とても精神力が強いように見えない半泣きの少女は、あっさりとネズミを支配下に置いてしまった。

 ネズミは先ほどまでの凶行が嘘のように、じっと佇んでいる。

 こうして落ち着いて眺めてみても、やっぱりネズミは規格外だった。

 蛍はゴーレムだと言い、確かにそれは事実らしいが、これほど巨大なゴーレムなど通常では作れないし、その馬鹿馬鹿しい見た目に反して込められている魔力は桁外れだった。

 適当に魔力の結合を解いただけでも、このネズミは工場の一つくらい跡形もなく吹き飛ばす事が出来る。危険きわまりない代物だった。


「何がまずかったのかなー。リボンつけた猫とかやる気のないコアラとか、やっぱり国産の方が良かったのかなー」


 ほっと息を吐く半泣きの少女の隣で、眉根を寄せて腕組みをする少女を俺は凝視した。

 正確にはその少女の隣に立つ、黒い柴犬に視線を奪われた。

 

 あれは何だ?

 使い魔みたいだが、何かがおかしい。

 魔力が渦を巻いている。

 ぱっと見ではネズミのように危険には見えないが、胸の奥がざわつく。

 あれに手を出してはいけない。あの少女にもだ。直感がそう告げている。


「あ、誰かと思ったらハゲ姉ちゃんか! 何してんの、こんなところでー」

 

 俺に最大級の警戒を持たせたその少女は、年相応の屈託のない笑みを、俺の傍らでふらふらと立ち上がる蛍に向けた。


「ハゲって言うな、歩く魔法大戦……!」


 低い声で毒づいた蛍の生え際を、俺は反射的に目をやった。

 すると鋭い瞳がかっと俺を捉え、毒蛇のように威嚇してきた。


「ハゲてないわよ、ぶっ飛ばすわよ」

「う、うん。綺麗な黒髪だと思います」

「ふん!」


 当たり前でしょと言外に吐き捨て、蛍はけらけらと笑う少女を睨んだ。


「あのねえ姫花。先生のいないところで喚び出したり創り出したりしたらだめって言われてるでしょうが。危うく死ぬところだったじゃない」

「えーでも、春休み中はずっと我慢してたんだし、学園に戻ってきたからいいかなーって」

「いいわけあるか! それに優香里!」

「ひっ、は、はい!」


 蛍の眼光はぼけっとネズミを見上げていたもう一人の少女に向いた。

 あたふたと手を動かすその姿は、とても化け物ゴーレムを速やかに服従させた魔導師とは思えなかった。

 上目遣いで蛍をちらちら見つめている。


「あんたが側にいてこれはないでしょ! この馬鹿の暴走を止められるのはあんたしかいないでしょうが! どうすんの、このいかれネズミ、下手にぶっ壊したらドーンよ、ドーン! 地形が変わっちゃうでしょ!」

「ご、ごめんなさい……でも、私がちょっとトイレに行ってる間にヒメちゃんこんなもの作っちゃってて……」

「あんたは姫花の側から離れたら駄目なの! トイレなんてそこら辺でしなさい!」

「ええ、そんなの無理だよ……」

「そうだそうだ、蛍姉ちゃんと一緒にするなー」

「私が外でするわけないでしょうが!」


 場が混沌としてきた。

 今のごたごたで忘れそうになるが、俺は追われている身だ。

 あんまりここで時間を使うわけにはいかない。

 顔を赤くして目尻をつり上げる蛍の肩を落ち着けるように叩き、耳元でごにょごにょと囁いた。

 すると蛍はいくらか落ち着きを取り戻し、大きくため息をついた後、姫花と呼ばれた少女に向けて言った。


「まずはこいつを土塊に戻しなさい」

「えーでも、仲間を増やしてパレードしたり……」

「戻しなさい!」

「解ったよ、ああ、可哀相に……」


 姫花は棒立ちのネズミに近寄ると、その身体に触れた。

 その途端、ざっと音を立ててネズミは土になり、その場に小山が出来た。

 ゴーレム内を循環させていた魔力を回収したのだ。

 この分解の作業も実は結構に難しいのだが、少女は何でもないように簡単にやってのけた。

 俺は驚きつつも、ひとまず脅威が去った事に安堵した。


「これでいいでしょー。で、そっちの人は誰?」


 姫花の瞳が俺を見つめる。

 優香里のもだ。

 距離が離れているから男だとは解っていないようだ。

 答えづらい事を聞かれ、焦った様子の蛍を制し、俺は声色を変えて爽やかに告げた。


「私は蛍ちゃんの友達のハヤコよ、よろしくね。姫花ちゃん、優香里ちゃん」

「おお、ハヤコさんとおっしゃるのけ……八重樫姫花です。しかしお姉さん格好いい声してるねー。なんだっけ、ハッキンボイス?」

「違うよヒメちゃん、ハスキーボイスだよ。あの、こんにちは、水船優香里です」

 

 先手を取ったのが功を奏したらしく、二人の少女は疑う事なく返事をした。

 俺は頷きつつも、二人の告げた名字に心の中でうなり声を上げた。

 だが、感慨は置いておき、俺は更に言葉を重ねた。


「私は蛍ちゃんを学生寮に送る途中なんだけど、二人は戻らなくていいの? 島に不審者が出たってお知らせ、見てない?」

「お知らせ……? あ、ホントだ! すげえー、裸の男が暴れ回ってるんだってー!」

「ばたばたしてて気づかなかったね。い、急いで帰らなくちゃ」


 ポケットから端末を取り出した二人はそれぞれリアクションをした。

 俺はそこに畳みかけるように言った。


「その方がいいわ。実を言うとさっき、山の方に向かう不審な人影を見たのよ。ね、蛍ちゃん?」

「え? ええ、そう……うん。木の間に消えていく肌色を見た気がする」

「うへー、あの山の中にいんの!? いこうよユカちん! 男の裸だよ! 無修正だよ!」

「み、見たくないよそんなの。急いで寮に戻ろう? 私怖いよ……それに見に行ったりしたらまた雪菜先生に怒られるよ」

「相変わらずビビりだな、ユカちんは。でも、まあ仕方ないか。雪ちゃん先生怒ったらマジハンパねーもんね。んじゃ帰るか」


 二人の話がまとまったところで、俺はごくごく自然に声を挟んだ。


「あ、そうだ。二人にお願いがあるんだけど、いいかな?」

「何?」

「何ですか?」

「山の方で不審者を見たって話、警備部にメールで送っといてくれない? 私達、服を着替えた時にエッグをポケットに入れたままにしちゃって、今持ってないの。二人のようにお知らせに気づかずに山の近くにいる子もいるかも知れないから、出来るだけ早く情報を伝えた方がいいと思うの。頼める?」


 俺は二人の少女の表情を鋭く観察した。

 だが、疑いや不審の色は一切浮かばなかった。


「解った、任せといて! ナニが見たけりゃ山に来い――でいいんだよね!」

「や、止めてヒメちゃん。私が送るから」


 優香里がエッグを操作しメールを送ったのを見届け、俺はよしと頷いた。

 もちろん、今の話は嘘で、蛍はエッグを持っている。

 だから警備部へのメールを使って追跡を攪乱する事も考えたが、蛍によると送信者を特定できるとの事だったので断念した。

 蛍は最後の切り札にしたい。

 警備の連中に疑われてしまうのは避けたかった。

 

 子どもであるこの二人なら、こちらの言う事を疑わず、他人が見たり聞いたりしたという情報をそのまま送ってしまうという事の危険性も知らない。

 この目撃メールにどれほどの効力があるかは解らないが、何もしないよりはマシである事を祈る。

 さて、この後どうするか。

 自然な流れとしては、蛍を送り届けている事になっている俺が、この二人も一緒に連れて行かなければならない。

 しかし一緒に人気の多い場所に行くわけにはいかないし――と俺が悩んでいると、蛍が助け船を出してくれた。


「あなたたちはどうする? 私達は寄るところがあるから直で寮には戻らないんだけど」

「ん? ああ、大丈夫。夜叉丸に乗っていくから」


 やたらと物騒なその名前は、どうやら例の柴犬のものだったらしい。姫花はちらりと黒犬を見た。

 おいおい嬢ちゃん、犬をポニーなんかと勘違いしてやいねえかと、俺が思わず嫌みったらしい視線を投げかけたその時、話を聞いていたとしか思えないタイミングで柴犬が音もなく巨大化した。

 それこそ牡のサラブレッドくらいの大きさにだ。

 瞬きを数度し、更には指で目をこすってみたが、サイズはでかいままだった。

 アリスよろしく、不思議の国にでも迷い込んだのかと俺が自分の頭を疑う中、二人の少女はごく平然と柴犬の背に跨がり、何食わぬ顔でこちらを見下ろした。


「姉ちゃん達は乗らなくていいんだね?」

「ええ。さっきも言ったけど、寄ってく場所があるから。心配しなくていいから」

「蛍姉ちゃんを心配するわけないだろー。何たって禿げ山だし!」

「ぶっ飛ばすわよ、この馬鹿娘。いいからさっさといきなさい!」

「へーい」

「それじゃ、さようならああああ」


 急加速した柴犬の背中、半ば叫び声と化した優香里の声が、尾を引くように遠ざかっていき、すぐさま聞こえなくなった。

 呆気にとられて立ち尽くす俺の肩を、蛍がぽんぽんと慰めるように叩いた。


「気持ちはわかるけど、切り替えなくちゃ」

「……そうだね、蛍姉ちゃん」

「だまんなさい。それにしても悪の僕さんとやらは良く頭と口が回る事。教師とは思えないわね。詐欺師なんでしょ、本当は」

「詐欺師か……昔、俺に結婚詐欺を働こうとした女を逆にはめて、いくらか貢がせた事があるよ。結局、あっちが精神的に持たなくなって、逃げるように自首しちゃって終わったんだけど。目を閉じればバニラ色の空が浮かぶ、ロマンチックな日々だったなあ」

「どこをどうすればロマンチックになるか問い詰めたいところだけど、急ぎましょ。さっきのメールで警備員が押し寄せてくるわ」

「そうだな。ああ、急ごう」

 

 俺は今し方遭遇した理解不能の嵐のような展開をひとまず記憶の彼方に放り投げ、意識を前に向けた。

 蛍と共にほとんど走るように足早に歩き出す。

 向かうは島の北東、馬や鹿、犬などが遊ぶ広大な牧場だった。


「次は変なのに会いませんように」

「そもそもあなたが変なんだから無理でしょ」

 

 俺の祈りは蛍によって一蹴された。

ここまで読んでいただき、心より感謝します。

さて、読者の皆様に質問があります。

今作、プロローグが予定よりも間延びしておりまして、通常のペースだと後七話ほど必要になりそうでした。そこで今回、09を1万5千字ほどにして展開を早めようとしたのですが、どうでしたでしょうか。

作者としては長さにはそれほどこだわりはないのですが、読者の方々の感覚はまた違うと思います。

これくらいでちょうど良いとか、長すぎて読み疲れるとかいった意見がおありでしたら、感想として書いていただければ幸いです。今後の参考にいたします。


それでは。

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