08
どうしてこうなった。
いや、もちろん俺にも悪いところはある。
パンツ一丁になったのも俺だし、少女を押し倒して背中をまさぐった――さすがに若いだけあってすべすべだった――のも俺だ。
まあ、客観的に見れば変質者だ。認めよう。認めてやるよ。
でも、解ってもらえないかも知れないが、俺はこの学園の教師(予定)だ。
実態はないが契約はしてあるから、そう名乗ってもおかしくはない。
あの邪眼持ちの少女に対しても俺はちゃんと自己紹介をしようとしたし、先に仕掛けてきたのは向こうだ。
咄嗟に身を守った結果、パン一になり背中をまさぐる事になっただけ……。
待て。さすがに飛躍しすぎたか。
だがはっきりしてる事が一つある。
それはこの大騒ぎの厄介事の原因は全て学園長にあるって事だ。
大方俺が空挺の訓練を受けている事を知っていたのだろうが、いきなり身一つで上空四千メートルに放り出すか?
普通なら死ぬぞ。命の大切さでも教えろって言うのか馬鹿野郎。
「……くそ」
森に飛び込んでからしばらく走った後、俺は足を止めた。
剥き出しの手足を枝に引っかかれ続け、さすがに服を着ようと思ったのだ。
幸い靴と靴下は履いていたから足裏を怪我する事はなかったが、これはこれで危険である。
ボクサーパンツだけを着た裸の男、しかし靴と靴下は着用。
紳士にもほどがある。
誰が見ても一発で「犯人」だと解るだろう。
慌てて拾ってきた服は相変わらず濡れていたが、絞れば何とかいけそうだった。
少なくともこの格好よりはまし。
俺は周囲に人の気配がないか探ると、湿って着にくい服をいそいそと身につけた。
濡れたパンツを脱いで絞るのにはさすがの俺も生唾を飲み込んだが、躊躇は一切しなかった。
かつて遂行した任務の中には男性版のストリップ、すなわちフルモンティの舞台で踊った事もあった。
あれに比べればなんて事はなかった。
客の前ですっぽんぽんでM字開脚をした時、ラテン系の恰幅のいいご婦人が、俺の尻に百ユーロ紙幣をねじ込んできた時に比べれば、ね。
思わず遠い目をしそうになるのを抑え、ひとまず近場の木の根元に身体を隠して、ポケットを漁った。装備の点検である。
契約書、ハンカチ、財布、ホテルのルームサービスで拝借したナイフ、そして調査室から支給された携帯端末。
役に立ちそうなのは携帯端末であるが、さてどうだろう。
充電器を買うのも面倒だったので、調査室から追い出されてすぐに電源をオフにしていたそれを、俺は久しぶりに触った。
防水機能が施されたそれは、さすが天下の日本製、電源ボタンを長押しするとディスプレイに光がともった。
タッチパネルの機能も正常、問題はない――が、致命的な事実が一つあった。
それはネットワークに接続していないという事だった。
やはりそうかと、俺はため息をついた。
予想通りだった。
なぜならここは、ネットワークシステムが整備されている日本の街とは異なる空間に存在するからだ。
空間を超えて接続するのには特殊な機器が必要だ。
こんな高校生がデザインがどうとか色がどうとか言いながら選ぶようなオモチャでは駄目だ。
カメラかメモ帳にしかならない。無用の長物だった。
俺はさっさと諦めると電源を落とし、上着の内ポケットに突っ込んだ。
そして代わりにハンカチを手に取るといい具合に引き裂き、左手の手首に巻き付けた。
続けてナイフを取り出すと、腕の内側、縛ったハンカチと腕時計をバンド代わりにしてナイフを固定した。
まくっていた袖を降ろすと、ぱっと見では解らないようになった。
まあ、気休めである。
錬金術で鍛えられた業物ではなく、市販のステンレス製のナイフでしかない。
魔力を通しても折れにくくなるくらいしか意味はないし、魔法がある程度使える者相手には通用しない。
素手で殴った方が強い。
これはただの飾りだ。だが、一流の魔法兵士でも、刃物を見れば一瞬意識を奪われる。
一見無価値に思えるものでも、使い方次第では状況を変えられるものなのだ。そして俺はその使い方を知っている。
やる事を終えた後、俺は再び周囲の気配を探った。
今のところ誰も近づいてこない。
魔法が使用されている形跡もない。
探査魔法を使えばより広範囲の正確な情報を手に入れられるが、どこかに腕のいいバックアップ魔導師がいれば、探査魔法による波をキャッチし、逆に発信源を突き止められてしまう恐れもある。
リスクが高すぎる。
ここは五感と俺の魔力感知の能力を頼りに、慎重に動いていった方がいい。
俺はそう判断すると立ち上がり、空から見下ろした島の全体像を頭に思い浮かべながら、森を歩き始めた。
方角は先ほど太陽の位置を確認したから解っている。
体内コンパスが正確に機能するように徹底的に訓練されたおかげだ。
今俺は北に向かっている。
つまり、島の中央部、学園と思しき建物群を目指しているわけだ。
おそらくあの辺りのどこかにいるだろう学園長との接触し、誤解を解いてもらう事が現在考え得る最良の選択だった。
変質者と叫ばれ、下手をすると警備の人間に追われているかも知れないこの状況で、馬鹿正直に島の中央を目指すのは無謀かも知れない。
だが、正直情報がなさすぎる。
どう動いてもリスクはあまり変わらない。
となればだ。
誰かとっ捕まえて、情報を吐き出させるべきだ。
では誰をターゲットにするか。
警備員はまずい。
俺より強い可能性が――いや、あの学園長が集めた部下だ、確実に俺より強い。
カウンターストライクは不可能。
つまり相手は俺よりひ弱なこの学園の生徒という事になる。
先ほどの失態を反省し、今度は生やさしい真似をせず、速攻で意識を奪って縛り上げ、簡単に逃げ出せないように服を脱がした上でその姿を撮影しながら「これを公開されたくなかったら洗いざらい話すんだな。さもなくば少々イカ臭い展開になるぜ、へっへっへ」とか言いつつ、あれやこれや。
「……ん? 俺は何をしにきたんだっけ――お」
今回の工作任務の目標を見失い、混乱に陥った俺は、不意に水のせせらぎを耳にして足を止めた。
前方二十メートルくらいのところに川があるらしい。
頭の中の地図を参照すれば、確かに島の東部の山から流れ出る川の支流の一つが、この森に流れ込んでいる。
現在地がおおよそ把握できた。
水の気配に、俺は足を速めたくなるのをこらえながら、足音をある程度消せる速度を維持して前進した。
やがて川が現れた。
幅にメートルくらいの小さなものだったが、森とあって水は清涼だった。
俺はさっと周囲を確認した後、腰をかがめ水面に口を付けた。
ごくごくと行動に支障を来さない程度に飲んだ後、ぷはーっと息を吐いた。
生き返る。
生き返ったところで、どうするか。
気分的には川を上っていきたいところだが、水の音で人の気配が解りにくくなってしまう。
こちらの気配も消してくれるのも確かだが、さてどうしたものか。
きらきらと光の粒が踊る水面を眺め、頭の中の地図を参照しつつ思案する。
とは言え迷う時間が命取りになると身体の芯までたたき込まれていたため、すぐさま決断ようとした。
だが、決断が下されるよりも少しだけ早く、何者かの足音が聞こえた。
――追っ手か。
はっと我に返るやいなや近くの茂みに飛び込んだ俺は、気配を消し、魔力で感度を強化した耳を澄ました。
足音は二つ。
川の上流から近づいてくる。
話し声。
若い女達。
二人とも、何らかの格闘術の訓練を受けた経験がある。
警備員か?
……いや、生徒だ。戦闘的な身体操作能力は高いが、足音が雑だ。
気配を消すつもりもない。
追跡者の雰囲気ではない。
間違いない、こいつらは学園の生徒だ。
俺の結論を裏付けるように、彼女たちの会話が段々はっきりと聞こえてきた。
「ほんとにこっちにいんの?」
「解りません。ですがひいお爺さまはおっしゃっていました。人間も動物も必ず川の近くに集まる。文明だってそうだろう、と」
「それボケる前、ボケた後? どっち?」
「……」
「ボケた後かあ。第一ミカ姉さ、さっきの悲鳴が本当に変質者の被害を受けた女の子のものか解らないよ? ほら、友達同士で良くやるじゃん? 後ろからそっと近づいて胸もんだりパンツに手突っ込んだり」
「ありません。私はそんな事をしませんし、されそうになったら切り捨ててやります」
「おーこわ。せいぜいうなじなめる程度にしとくよ」
「やめなさい。それにさっきの悲鳴、阿妻さんのものだったような気がします。気弱で臆病な彼女にそんなひどい悪戯をする人はいないでしょう?」
「そりゃそうだけどさあ――っと待って。エッグに何か来た。警備部からだ。ええっと……おや、ミカ姉当たりかも」
「パンツ一枚の男が北の砂浜で女子生徒を襲い、森に逃げ込んだ……やっぱり。とんでもない悪党がこの森に!」
「でもミカ姉おかしくない? 男だよ? この学園に。しかも教師だと名乗って学園長の作った契約書まで見せたって書いてあるしさ。これその被害者の子がでっち上げた嘘じゃない? 目立ちたくてやったとか。ほら、何ヶ月か前にも似たようなのあったじゃない。あれは確か……」
「いいえ、これは事実です。悪党が今私達の近くにいます。私の鼻はごまかせません!」
「――生徒は学園か寮に戻れって書いてあるよ?」
「正義の前には塵に同じ! 行きますよ、環!」
……なるほど。
馬鹿二人――いや、自称正義の味方とその助手というわけか。
しかし良くしゃべる。
若い女がうるさいというのは知っているが、一応その悪党を追いかけてる時に雑談というのは如何なものか。
まあ、いい。おかげで俺が島全土に手配されたという事がはっきりと解った。感謝しておこう。
とにかく今は可能な限り音を殺して連中を迂回しよう。
高度な格闘能力を持ってるらしい彼女たちは情報を聞き出す相手に相応しくない――。
内心ため息をつきながら、音を立てずゆっくり動き出そうとしたその時、片方の足音が止まった。
「ストップミカ姉。今何か気配がしなかった?」
マジかよ、おい。
俺はぎょっとして身動きを止め、少女達の動向を耳で探った。
「私は解りませんでしたが……勘はあなたの方が優れていますので、そうかもしれませんね。人ですか?」
相方の方は声に緊張を滲ませ、身構えたようだ。
何かの音がする。
これは――刀だ。
このガキ、何でそんなもん持ってんだよ! 普通に考えて変質者より物騒だろうが!
「んー、わかんない。動物であるのは確かだけど。ただの気のせいかもしれないし……」
「いえ、私はあなたを信じます。漠然とでいいです、どの辺りから感じましたか?」
「えっと、多分あっち」
「解りました。二手に分かれ、囲い込むように行きましょう」
「はいはい。何でもいいから早く終わらせてご飯食べよう。お腹空いた」
「つい三十分前にあれほど食べたばかりなのに……」
二人は緊張感のない会話をしながら、しかし明らかに戦闘態勢に入った足音と気配でこちらに動いてくる。
少女達の行く先と俺の位置はほとんど重なっている。
このままだと否応なしに近接戦闘が開始される。
勝利の可能性が高いとも言い切れない以上、可能な限り接触は避けるべきだった。
――やるなら今だ。
一瞬で覚悟を決めると、俺はゆったりと体内を循環させていた魔力を爆発的に活性化させ、組み上げた魔法式に流し込むと、鋭く叫んだ。
《黒、黒、白、青!》
複数の高さの音が重なり合ったような声が、俺の口から放たれた。
呪文詠唱だ。
これまで使ってきた魔法とは違い、少々複雑でいくらか高度な術式であるため、さすがに詠唱が必要になる。
そして俺はこの詠唱というやつが嫌いだった。
なぜなら呪文というやつはどんなに声を潜めようとも、効果を及ぼす範囲にいる者には必ず聞こえてしまうからだ。
「呪文詠唱……!」
「うわっ、いきなり夜が来たぞ!?」
「環、落ち着いて! ただの暗幕です、効果範囲から出れば何の問題もなく――きゃっ!」
暗闇の中、混乱しかけている二人の元に、俺は容赦なく追撃を加えた。
川底から拾い上げた石を、魔法で加工して素早く放り投げたのだ。
「いてっ! ミ、ミカ姉! 撃たれた、やつは銃を持ってるよ!」
「じゅ、銃!? そんな馬鹿な!」
加工――すなわち魔法を使って無理矢理圧縮した石は、一定時間が経つと魔力の拘束を解かれ、元の大きさに戻ろうとする。
しかしこの時、その形状復元の勢いに耐えきれず破裂してしまう。
威力は込められた魔力と圧縮率次第、今投げたのは最弱のレベルだった。
石の細かい破片が皮膚を叩いたに過ぎない。
だがそれでも、暗闇の中見えない状態でこれをやられると素人は完全にパニックになる。
「卑怯な! この悪漢め、正々堂々勝負しなさい!」
「ミ、ミカ姉、悪漢なのに正々堂々って矛盾してるよ」
「うがああああ!」
片方は完全に頭に血が上ったようだ。
それもそのはず、少女達はさっきから何度も暗幕の範囲外に出ようと動き回っているのに、いつまで経っても光の中に戻れないのだ。
彼女たちはおそらく半径十メートル以上の広大な闇の中にいると思っているだろう。
が、実際は俺が二人の動きを予測しながら適度に闇を動かしているだけなのだ。
俺は攻撃力の高い大魔法はほとんど使えないが、こういった単純な魔法の操作技術は優れている。
まあ、そういう得意分野を手に入れないとやっていけなかったからなのだが。
「――もういい、動いたもの全て斬る」
「え、ちょ、まっ!」
これはひどい。
片方は業を煮やして抜刀したらしい。
相方は口調こそ慌てていたが慣れているのか、すぐさまぴたりと制止した。
闇の中から少女が放つものとは思えない、濃厚な殺気が垂れ流されてくる。
状況が硬直してしまった。
しかしまあ、俺の方もちょうど準備が終わったので都合が良かった。
俺は組み上げるのに時間がかかっていた魔法をやっとの事で展開し、少女達の方へと放った。
と同時に、上手くタイミングを見計らって暗幕を取っ払った。
「うわ、眩しっ!」
「視覚は捨てなさい! 足音が聞こえる! こっちです、環ついてきなさい!」
「ああ、もう……!」
刀を手に肩を怒らせた少女と、眩しそうに瞬きを繰り返す少女が〝それ〟を追いかけて、俺とは明後日の方向へと走っていった。
〝三つ〟の足音が段々遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。
「よし、今のうち今のうち」
俺はひょいと立ち上がると、全速力で川を上っていった。
少女達が追いかけたのは俺の放った幻術魔法だ。
映像と足音を伴ったもので、良く戦場で囮の役目として使われる魔法だった。
しかし、そもそも幻術魔法はある種のセンスと高度な魔力操作技術がないと使えない、難易度が極めて高い魔法分野で、誰にでも使えるものではない。
俺が扱えるのはせいぜい今のやつだけで、しかも完成度が悲しいくらい低い。
映像にはところどころノイズが走っているし、光の濃淡は反映されない。
足音だって森の土や草を踏む音ではなく、道路を走っている時の乾いたものだ。
開けた場所の太陽の下であれば、目をこらし耳を澄ませればすぐに異変に気づく事が出来る。通常であればだ。
しかしここは視界の悪い森の中、加えて二人は混乱の闇の中から出てきて判断能力が落ちている。
聞こえる足音と木々の間を滑っていく人影を本物だと見間違って追いかける。
そのための暗闇だった。
暗幕はもう一つフェイクの役割があった。
それは俺が最初に詠唱した呪文、あれは幻術魔法のためのものだった。
俺にとっては複雑で扱いづらいこの魔法には呪文が不可欠で、しかも時間がかかった。
だが組み立て終わってさあ魔法を使おうと呪文を言えば、幻術の正体に気づかれる恐れがある。
故に俺は遅延呪文と呼ばれる、詠唱を先にしてしまうという技術を使い、魔法発動時の詠唱を破棄した。
だが呪文だけが聞こえて何も起きなければそれはそれで疑われるので、簡単で習熟度が高く俺にとって〝呪文のいらない〟魔法である暗幕を放ち、錯覚させたのだ。
込み入ってはいるが、戦闘に不慣れな子ども相手だから通じた稚拙な流れである。
が、成功したのでよしとしよう。
手段ではなく結果が大事であるのが、俺の生きてきた世界だ。
まあ、これから生きていく世界ではどうなるかは解らないのだけど。
魔力切れになって幻術が解けるか、騙されている事に気づくかして二人が戻ってくるのが怖かったため、俺はリスクを冒して森の中を全速力で走り続けた。
そうして二十分ほど経った時、森が終わった。
俺は木の幹に背中を預け、そっと顔を出した。
森の外に広がっているのは広大な農地。
小麦と思しき緑の穂が生い茂る中、農作業着姿の女性達があぜ道をゆったりと歩いている。
まるで〝変質者〟の事を知らされてないような、緊張の欠片もない風景だった。
俺は疑問を浮かべながら、望遠魔法を起動して更に観察した。
正確な年齢は不明だが、女性達は大体皆二十代くらいに見えた。
生徒ではないらしい。
身のこなしも、機敏ではあるが何かの訓練を受けたようには感じられない。
保有魔力量は遠すぎて解らない。
脅威レベルはどうだろう、大した事ないような気もするが……学園長が雇った人々であるだろうし、ただの作業員ではない可能性もある。
何より言葉に出来ない違和感もある。
情報を聞き出す相手には相応しくないかもしれない。
――お?
誰かいないかと視線を巡らせた時、とある人物が目にとまった。
それは作業着を着た女性の一人で、他の者達に比べて一人だけ体格が細かった。
肉付きも成人女性ほどではない。
十代半ばから少し上に見える。
もしやと思いながら他の女性と会話するその唇をじっと読む。
『だいじょう、ぶ……もうちょっとだけ……わたし……がくえん……ぶだし……こやから、ひりょう……』
ところどころ読み取れなかったが、話し相手が彼女を心配しているという事と、学園という言葉は理解できた。
生徒の可能性がある。
しかも――ほら、そうだ。
集団から離れてどこかに歩いて行く。これを逃す手はない。
俺は覚悟を決めると、あぜ道でぴょんぴょんやってた一匹のカラスに向けて魔法を放った。
《赤、黄、赤、白!》
カラスがびくっと身を震わせ、俺の方を凝視した。
俺はすっとある方角を――歩いて行く少女と反対側の空を指さした。
するとカラスは一目散にそちらに向かって飛んでいき、そして一際大きな声で鳴き始めた。
それは周囲の仲間に巣を狙う敵がやってきた事を教える警告音で、あっという間に十羽を超えるカラスが俺が指さした空を泣き喚きながら旋回し始めた。
カラス一匹では何とも思わなかった女達も、二十羽くらいになれば作業を止め、そちらを見上げた。
俺はその一瞬を見逃さず、身を低くして猛然と走り出した。
今使ったのは使役魔法の一種である。
対象の精神とパスを繋ぎ、対話に導く。
本来ならここから相手を服従させるためにあれこれやっていくのだが、俺のような三流魔導師では時間がかかるし面倒なので、ただ単に錯乱させる事にした。
――あっちの空にお前の巣を狙う敵がいるぞ。
そう思い込ませたのだ。
結果、あのカラスは俺の魔法が切れる十秒ほどの間、錯覚し続ける事になった。
カラスがいきなり変な行動を取りだしたら、何か仕掛けられたのではないかと疑う者もいるだろうが、がちがちにラインを結んだ使役魔法ならともかく、ただの錯乱だけだと魔法の使用に気づかれにくい。
そういう意味でも便利な魔法の一つだ。
しかし、これほど上手く使える人間は調査室には俺以外に教官くらいしかいないだろう。
他の奴らはどうするって?
もちろん俺なんかじゃ一生かかっても使えない高度な幻術を使って姿を見えないようにして、悠々と追いかけるのさ。くそったれ。
自分の才能のなさにへこみつつも、俺は誰にも見つかる事なく、ターゲットの女が入っていった小屋の前に到着した。
戸は開いている。
開いた戸の隙間からそっと中を覗き込むと、女はこちらに背を向けて、奥の棚を漁っていた。
チャンス。今ならどさくさに紛れて尻の穴だって掘れるぜ。
いや、そんな趣味はないけど。
俺は気配と足音を殺し、ゆっくりと、しかし素早く小屋の中に侵入し、燃料の入った缶のラベルを読んでいた少女に肉薄した。反応できない速度で拘束し、口を手でふさぐ。
「んっ――!?」
「喋るな、静かにしろ。さもなくば耳元でホーミーを唄ってやる。本場モンゴルで習ってきたやつだ、半端ねえぞ? お?」
「ん、ん……」
「いい子だ、よーし」
素直に大人しくなった女――いや、少女に俺は安堵しつつ、首を動かしてちらりとその顔を見た。
「ん? お前どっかで見た事があるような……」




