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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
第一幕 教師と生徒のブートキャンプ
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17

 先頭で鼻歌を歌う梢、サイドを固める血気盛んな環と魔眼を輝かせる翼、しんがりのしょんぼり美景。

 何らかの立ち回りが出来るのはこの四人。

 奏は優香里と姫花の手を握り、転ばないようにしているため咄嗟の時に対処は出来ない。

 賢い桜は機転を利かせて皆の荷物を出来るだけ回収、手が空いている者達に持たせている。

 荷物持ち達は本意では無さそうだったが、状況が状況なので不満は口にしなかった。


 生徒達が寝泊まりしていた大部屋を出て、縁側を走り、丁寧に揃えられた靴を履いて庭に出る。

 真っ暗だが、月光が煌々と照らしているお陰で移動するのにそこまで苦労はしない。

 庭を駆け抜け、裏口から裏山の前に出たところで、ユニーククラスの前に人影が一つ立ちはだかった。

 見覚えのあるシルエット、敵ではない。


「皆さん、無事だったみたいですね」

「滝本先生……」


 生徒達の困惑した視線を浴びた副担は額に汗を浮かべ、ぎこちなく笑った。


「寝苦しいから夜風を浴びに母屋を出たんですが、大変なことになってしまったようですね」


 結構な棒読み、目も泳いでる。

 驚いた様子の演技も控えめに言ってクソ、今晩登場した誰よりも大根役者だった。

 滝本雪菜。

 学園長の孫を擁するユニーククラス、その設置当初から副担任という役職を全うし続けている人物がフツーな訳ない。

 魔導師としてどれほどの力量を持っているか俺にすら悟らせないというヤバい女。

 ナユタはこのイベントで、引率教師にも一定のストレスを与える目的があると語った。

 だから荒事慣れしている俺については、格闘術の達人である彼女が担当したのだ。

 では謎の実力を持つ滝本に対しては、誰がどう仕掛けるのか……。

 俺は密かに興味と期待を抱いたが何てことはない、この嘘つき下手くそ女は襲撃の前に離脱していたらしい。


「雪菜先生、明らかに嘘ついてるよね。なんで?」


 梢がど真ん中に剛速球を投げ込んだ。

 素知らぬ顔で誤魔化せば良いのに、滝本はあっさりと狼狽した。


「あ、いえ! そんなことは、ないですよ! 私はちょっと!」


 生徒達の不信感が募る。

 魔王の手下共が追いかけてくる気配はなさそうだが、無益な仲間割れをしていても時間の無駄である。

 俺は仕方なく助け船を出すことにした。

 滝本を庇うように前に出ると、生徒達を真剣な顔で見回した。

 そして言葉の機関銃による援護射撃を開始した。


「いいかお前達、若い独身女性は大変なんだよ。ムラムラしても男のように気軽に夜の街には行けず、ちょっとでもはっちゃけようものなら尻軽扱いだ。もちろん滝本先生も昨日今日女になったんじゃない、ヤリ場の無い衝動をいつもなら適宜に発散させることが出来る。だが今夜はそうはいかない。こんな夜中に部屋を抜け出したのはわかるだろう、可愛い生徒達に不快な思いをさせないためだ。滝本先生が必死で教師の威厳を保っていたところ、たまたま襲撃が起きた。嘘をついたんじゃなく、真実を伏せただけだ。まだ幼いお前達には不潔に思えるかもしれないが、後数年もすればきっとわかるはずだ――ほら滝本先生、やましいことなんて何も無いと胸を張ってください! さあ!」


 言い終えるまでわずか十秒。

 励ますように笑顔で振り返ると、滝本は胸を張らず俺の頬を張った。

 謎のフレンドリーファイア。

 重症の演技をしているせいで派手に転がった俺を、女達は揃ってゴミを見るような目で見下ろした。


「とにかく、私は皆さんの元を離れていましたが決して他意はありません。不満はあるかと思いますが、ひとまず休める場所まで移動しましょう」

「あ、雪菜先生。あたし昼間に山を散策してるから案内するよ」

「では梢さん、よろしくお願いします」


 集団が再び移動を始める。

 畜生。

 滝本のやつめ、俺が出した助け船「マッドシップ」に乗るどころか、バラして筏を作りやがった。

 正解だが、不正解を選ぶことにも意義はあるのだ。

 頬を赤らめモジモジして、言葉にしない肯定を示せばちょっとした夜の保健の授業になっただろうに。

 大人の女だって、本能に振り回されることがある。

 性に対する理解不足、タブー視することが少子化をはじめとした社会問題の根底にあるのだ。

 馬鹿どもめ、俺は決してセクハラをしたかった訳じゃ無い。

 問題提起をしたかっただけなのだ。それだというのに滝本雪菜め、それでも教師か。


 ……まあいいさ、俺の犠牲でクラスがまとまったんなら嫌われ役になってやるよ。

 恥じらいと苛立ちがミックスされたビンタは程よい痛みで、なんだかイイ気分になったしな。


「自己犠牲と引き換えに胸を満たす温もり。幸福の王子ってこんな気持ちだったのかもな」

「ホクホク顔すんな。私がツバメなら最初にその心臓をえぐり取ってるわ……フォローするならもっとマシなやり方があるでしょ」


 蛍が横たわった俺を荒々しく引っ張り上げながら、ため息と共に吐き捨てた。


「どんな疑いも晴らすのは難しいものさ。例え晴らしても懸念が残る。しかし新たな敵を生み出せば、集団はひとまず前に進める。泣いた共産主義者とかいう童話があったろう」

「赤鬼の色に政治的な意味合いはないから。どこの世界の童話よ全く……」


 春の夜とあってジャージでは少し肌寒かったが、山道に入ると汗が滲んだ。

 敵に追われている身である、本来なら無灯で移動すべきところ。

 しかし生徒達に暗視魔法を使えとも言えないため、滝本や年長組が魔法で光源を生み出し足元を照らす。

 逃走と呼ぶよりは夜間遠足みたいで俺は気が抜けたが、黙々と歩く生徒達は怖いのか緊張感を身にまとっている。

 緩やかな登り道だが寝起きだから肉体的にきついというのもあるだろう。

 ナユタ家を出て二十分ほど経った頃、ユニーククラスの足は止まった。


「ここだよ。ほら、良い場所でしょ?」


 梢が連れて行ったのは小さな山小屋だった。

 作業用の道具を保管したり、小休止したりする目的で建てられたのだろう。

 ありがたいことに綺麗に管理されており、怪談に出てきそうな不気味な雰囲気は無い。


「ではまず――」

「待ってください滝本先生。指揮はリーダーに任せましょう」


 滝本は俺の言葉にはっとした顔をした。

 こんな時でも生徒の主体性を重んじる担任に感心したのか。

 もしくはセクハラをかましてビンタまで食らった野郎が素知らぬ顔で話しかけてきたことに驚いたのかもしれない。

 滝本の内心は不明だったが、俺の意見には賛同することにしたらしい。


「……そうですね。では美景さん、ユニーククラスの指示をお願いします」

「は、はい!」


 思い詰めた表情でしんがりを歩いてきた美景は、弾かれたように背筋を伸ばした。

 冷静とまでは言えないが幾らか落ち着いたらしく、周囲を見回す視線には明確な意図が垣間見えた。


「小屋の中で休めないか確かめてみます。ですが全員は入れないようですので、外でも休めるように大きな布か何かあれば良いのですが……」

「そちらは私が数人と協力して何とか出来ないか考えてみるわ。良いかしら、美景?」

「ありがとう、奏。では私と環で小屋の点検を――」

「見張りは必要ないのか? 一応俺達は追われている身だぞ」


 俺の指摘に美景は押し黙った。

 そこにすかさずフォローを入れたのは梢だった。


「良ければあたしがやるよ。周辺の地形は昼間全部頭に入れたし、夜目も利くから。原始的な警報装置なら時間もらえれば設置できるけど」

「では見張りは梢に任せます。警報装置は後で考えましょう、私達が点検を終えるまでは警戒に徹してください」

「アイアイマム」


 下手くそな敬礼をして闇に消える梢。

 頼りになるが、それこそ彼女のプロフィールの闇の深さも思い知らされるので感心は出来ない。

 哀れみはしないが、今度甘い物でも食わせてやろう。


「あの、先生方はどこまで協力してもらえるんですか?」


 美景の問いかけに滝本と俺は顔を見合わせた。

 面倒くさいから説明よろしく!

 俺がバッチーンとウインクすると、滝本は疲れたように肩を落とした。


「このイベントにおいて教員はフォローが主な役割ですから、丸投げしたり頼り切るようなことはしないでください。食事を用意してくれとか、敵を全て倒してくれとかはNGです。ですが一緒に料理して欲しいとか、一緒に戦って欲しいなど、クラスの一員としての平均的な指示や義務には従います。また指摘や助言はある程度まで許されています」

「なるほど……わかりました。では灰尾先生、倉庫の鍵を開けてください。壊したくはないので」

「えー、なんでー?」


 俺が首をひねると、敵対者に頼み事をするのに葛藤していた少女の顔は闇夜にも赤く染まった。


「わ、私の頼み事は聞けないということですか!? でしたらきっぱりとそう言えば――」

「違うっての。あのさ兎羽の美景ちゃん、ここは自宅に鍵もかけないような安全な田舎だぜ? 何でこんな山小屋に鍵かけてると思ってんの」

「え? それは防犯目的の……」

「あの、美景さんそうじゃなくて、こういうのは動物が勝手に入ってこないようにつけてるだけだから、鍵はすぐ近くにあると思う」


 島生まれ島育ちの蛍がおずおずとそう言うと、美景は目をパチパチとさせた。

 そして扉のすぐ近くの壁にかけられた鍵を発見した。


「観察するのは大事だ。でも頭を使わない観察はただ目の表面を乾かしてるだけだ。目薬が欲しいか? それなら分けてやるぞ」


 俺が追い打ちをかけると、美景は今度は耳を赤くした。

 いそいそと山小屋の鍵を開け、笑い転げる環を連れて中に入っていく。

 五分ほどして出てきた美景は俺と視線を合わせないようにして口を開いた。


「安全が確認できました。清潔ですし、三人分の布団もあります。イベント進行はひとまず脇に置いて、明日の朝まで休みましょう。姫花と優香里は一つの布団で寝てもらい、残りの布団で恵麻と千鶴に寝てもらおうと考えますが、如何でしょうか」

「純粋に年齢順ね。私は賛成よ」


 奏が微笑みを浮かべる。

 みんな布団で寝たいようだったが、野宿組から苦情は出なかった。

 しかし恵麻と千鶴は気まずそうな顔で俺を見た。


「あの、私は元気ですし、怪我してる灰尾先生が布団を使うべきだと思うんですけど」

「わ、私も、翼ちゃんと一緒の方が落ち着くから」


 潮時か――俺はニヒルに笑った。

 そして魔法を使って身体を七色に輝かせると、しゅたっと立ち上がって見せた。


「完治! もう心配ないぞ、スパイ式治癒魔法で元気になったからな! 安心して熟睡しろ!」


 光っている間に乾いた血を風圧で吹き飛ばすという小技つき。

 闇夜のミラーボールと化した男に少女達の大半はドン引きたが、環だけは目を輝かせて食いついてきた。


「す、凄い……是非ともそのスパイ式治癒魔法、私にも教えてください先生!」

「ふん、お前にはまだ早い――さあ、休め。阿妻は不安なら宮子路と抱き合って寝ろ。宮子路はスレンダーだから頑張ればいけるだろ」


 おっと、突然ひどい目眩がががが。

 どうやら翼ちゃんはスレンダーという言葉に腹を立て魔眼で先生を威嚇したらしい、可愛いね。

 別に貧乳とか言ってねえんだからキレんなよ思春期め。


「残りの生徒七人と先生二人は野宿ね。探してみたら大きめのゴザがいくつか見つかったから、これを敷いて寝ましょうか。先生、即席のテントみたいなものって作れますぅ?」


 奏が悩ましい視線を送ってくる。

 教師に色目を使うな。

 別のテントが――ああ、嘘です蛍さん。勝手に心を読んでお尻をつままないで。


「ま、任せろ。良い機会だから教えてやる。みんな覚えてくれ」


 俺は木の枝を使った単純なテントの作り方をテキパキと教えた。

 桜が荷物を回収していたお陰で衣服が有効に活用できた。

 即席にしてはそこそこ居心地の良いテントが幾つか仕上がると、やはり疲れと眠気がきつかったのだろう、少女達はそそくさと寝床に潜り込んでいった。

 寝られるのは良いことだ。

 環境のせいで落ち着かず、休息が取れなければ巡り巡って命に関わる。

 タフなフィジカルはタフなメンタル合ってこそ。


「兎羽、お前も休め」


 見張りをするつもりだったのか、直立不動で闇を見据える美景に俺は囁いた。

 すると頑固な娘は刀の柄頭に手を当て俺を睨んできた。


「私はリーダーです。このクラスの安全は私が守ります。あなたに朝まで私達の命運を任せるつもりはありません」

「俺もない。朝までとか傲慢な、睡眠周期の三時間くらいしたら交代しろ。疲労で集中力を落とし、冷静な判断が出来なくなった人間が見張りをするほど致命的なことはない。答えろ兎羽――俺とお前、どちらに余裕がある?」


 今日の昼間なら自分だと胸を張って答えただろう。

 しかし突発的事態に振り回され、些細な自信を失った夜である。

 美景は沈黙の末に肩を落とし、共に休むべく梢を呼びに行った。

 滝本が少しだけおかしそうに息を吐き、俺をチラリと見ると自分のテントに潜り込んだ。

 ……ひょっとして誘ってる? いや、気をつけろ。これは勘違いか罠に違いない。思い出せ、俺は一体どんな原因で失職した――?

 葛藤する俺にテントの一つから声が飛ぶ。


「おやすみなさい、灰尾先生」


 蛍の声に追随する声がぽつぽつ続く。

 俺は返事をしながら、小枝と手頃な石を集めてたき火を作った。

 魔法の灯は明るいが熱は無い。

 本物の火がともす暖かさは少女達に安心感を与えたのだろう、すぐに寝息が聞こえ始めた。

 俺はたき火の前に腰を下ろし、星が瞬く空を見上げた。

 まあ、こんな夜も悪くはない。


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