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異界に存在する九霄島は生活必需品の多くを自前でまかなっている。
しかし島で生産加工が難しいもの――特殊な医薬品や最先端の錬金系機材などは〝外部〟から輸入する必要がある。
元の世界の港からそういった様々な物品を乗せた船を出航させ、界主たる神志女羅沙の権能によってこの世界の外洋に転送させる。
船はやがて九霄島に接岸し、物資の多くは倉庫街に運び込まれるという流れだ。
安全性の問題から船の行き来は少ないため、一度に運ばれてくる量も多く、倉庫街も当然大きくなる。
その名の通りちょっとした街のような具合で、ネズミが一つ一つ倉庫を点検していては何日あっても足りない。
「よし、チューハイ。そのまま九時の方角にしばらく進んでくれ」
倉庫街を貫く幅の広い道、その端をトコトコ歩いて行くネズミ。
共有した視界に映る倉庫の群れは、賑わう貿易港にあるような現代的な外見ではなく、三角屋根の石造りというちょっとノスタルジックな姿をしている。
学園が出来る以前からあったのだろう。
ところどころ刃物や矢によるものと思しき傷があるから、この島も色々あったらしい。
想像を巡らせていると、前方が一際明るくなった。
俺が探していた場所に辿り着いたのだ。
こういった大きな倉庫区画にはつきものの建物、すなわち管理施設の灯だった。
「窓を目印に慎重に近づけ」
駐車場に停車するゴツい警備車両の下をくぐり、チューハイは壁に張り付いた。
聞き耳を立てるが中の音は聞こえない。
情報を集めるには侵入するしかなさそうだ。
チューハイは俺の指示に従い、建物の周囲を歩き回った。
すると運良く小窓が開いているのを発見した。
地上からは二メートルほどの高さがあったが、そこは森で暮らす野ネズミ、難なく壁を登り切り窓の隙間に到達した。
中を覗くと洗面台と個室が見えた。
「なるほど、トイレか。格子がはまってるけど、お前なら余裕だな」
チューハイはするすると床におりる。
隊員教育がしっかりされているらしい、清掃が行き届いていて不快感はない。
特殊部隊の知り合いが言うには、襲撃する施設のトイレ事情を見れば敵の練度がわかるらしい。
アジトに清掃員を出入りさせる連中はポンコツ、掃除が適当なら二流、床や便器がピカピカなら一流――戦闘を回避できるなら交渉で片をつけた方が良いと。
「……目的は戦闘じゃないし、俺はネズミだし。余裕余裕」
懸念を誤魔化す俺の感情が伝わったのか、チューハイは帰りたそうに窓を見上げた。
俺は繊細なネズミをなだめすかしトイレを出るよう促す。
こういった荒事を想定した施設のほとんどの部屋はトイレを含め、扉がついていないことが多い。
それは人間の侵入者には厄介だが、小動物には利点が多い。
話し声や足音が聞こえないのを確認した後、廊下へと移動する。
大胆に動ける時は大胆に動き、時間を無駄にするべきではなかった。
俺はチューハイをせかし、施設の中を探らせた。
「さすがに都合良くシャワー浴びてたりはせんか……お?」
チューハイは突然歩みを止め、鼻と耳をせわしなく動かした。
どこからか甘い匂いと話し声が聞こえる。さすがネズミ、五感を共有していてもいち早く察知する。
そちらに向かってゆっくりと近づいていくと、そこは警備員の詰め所だった。
「それ以上食べると太るよ。夜チョコはまずいよぉ」
「まずいけど美味いんだなコレが。ほら、お一つどーぞ」
「明日走る距離増やさないと……あまーい。残ってるの全部よこせ」
女というのはいくつになっても、集まれば学生みたいなテンションになるらしい。
警備員達は女子のノリで会話に花を咲かせ、甘味とコーヒーに舌鼓を打っている。
男子禁制の空間、普通なら耳をふさいで通り過ぎたいところだが俺の目的地はここである。
じっと我慢する。
「うう、コーヒーも良いけどやっぱアルコールが欲しいなぁ」
「任務中は禁止でしょ。我慢しなって」
「でも今は任務外でも無理じゃん? 例のイベントに合わせた訓練エグいし、イベント最中はもちろん飲めないわけでしょ? 一ヶ月も飲めなかったらあたしの肝臓赤ちゃんみたいに健康になっちゃうよ」
「健康なのはいいことじゃん……まあ、私だって飲みたいけど」
嫌な同僚や上司の話に耐えた後、有益そうな会話がポロリ。
例のイベントというのはクラレクのことか?
「なんで今年はこんな大事なんだろうね。春休みの襲撃者想定も突然だったし。理事会の反対押し切った男性教師の採用も変だよね。何か不安だな」
「さあねえ。あたしらヒラにはわからんよ。とにかく今はレクが無事に終わってくれるのを祈るだけさ。お嬢様達にはちょっと過酷だろうし」
「キャンプとかしたことあるのかな? テントで寝起きするのは慣れててもきついし。道具は全部用意されてるから、ハードの面では大丈夫だろうけど」
「まあ衣食住はサブミッション、メインであるレースの方が問題でしょ。最重要課題は意思統一……アウトドアの不安定な環境で、我の強いお嬢様達が仲良く協力できるかどうか。ユニークとかやばそう。傑出した戦闘力はプラスに働くけど、リーダーが制御できなきゃマイナスだ」
「蛍ちゃんも大変だよね。秒で学級崩壊したんでしょ、あの子面倒見良いから苦労するよ」
「灰尾八雲ねえ、ありゃ駄目だ。せめて顔だけでもマシなら良かったのに。グラウンドで育てたジャガイモの方がイケメンだわ」
「ははは、言い過ぎだって。ほら、パッとしない方が女子校的には安全だから良いんじゃない? アレなら間違いは絶対に起きないだろうし」
おいチューハイ。
作戦変更だ、連中にお前の爪と牙が飾り物じゃないってことを教えてやれ。
あの女どもをネズミに囓られないとイけない変態体質にグレードアップするんだ。
ゴー、ゴー、ゴー!
「……チュウ」
「あれ、今なんか疲れたネズミの鳴き声がしなかった?」
「気のせいじゃない? 倉庫への侵入はチヨちゃんが許さないし――お、そろそろ交代の時間だ。一足早くゲートにモフりに行こうぜ」
「モフモーフ!」
椅子から立ち上がる音。
詰め所から出てくるところを噛みつく絶好の機会だというのに、チキンなネズミはささっと来た道を戻り始めた。
まあ報復はさておき。
本来なら倉庫の搬入リストをチェックし、内情を具体的に把握したいところだが、簡易使い魔契約は拘束力が弱い。
チューハイが飲み込んだ俺の血の効果が薄れ、指示を聞かなくなってきているようだ。
「……潮時だな。帰還せよチューハイ。残りのビスケットをやるよ」
食欲を刺激すると人間的思考を失いつつあるチューハイは凄まじい早さで管理施設を脱出、倉庫区画を後にした。
俺は五感共有を解除し、屋根から降りて仮初めの使い魔を待った。
やがて現れた野ネズミは恐る恐る近づいてきて、こちらを見上げた。
小さなシルエット、つぶらな瞳が輝いている。
「世話になったな。ほら、約束の品だ」
「チュウ! チュウ!」
ビスケットを砕いて差し出すと、チューハイはガツガツと平らげ満足そうに息を吐いた。
あまり太ると逃げ足が遅くなるんじゃないかと心配しつつ、俺は使い魔契約の術式を終了させた。
「達者でな、チューハイと呼ばれたネズミよ」
野ネズミは一瞬ぼうっとした様子だったが、すぐに我に返ると慌てて近くの草むらへと飛び込んでいった。
あちらは二度と関わり合いたくないだろうが、俺はやつの特徴を覚えている。
相性が悪くなく、聞き分けが良い動物は貴重だ。
ネズミのネットワークを利用できれば情報収集のいい手段になる。
必要な時はビスケットを使って誘い出し、また〝仲良く〟するとしよう。
「使い魔ってのも意外に悪くはないな……しかしキャンプにレース? 学園長は何を始めるつもりなのかね」
俺は首をひねりながら倉庫区画から遠ざかり、職員寮へと帰還した。
翌日以降も詳細な情報を得ようとしたが虚しく不発。
警備を主体にした情報管理は学園のイベントとは思えないほどガチガチで、バックアップのない俺には手も足も出ず。
学園の生徒として調査をするパラペットの各チームも、生徒会の上層部は何かを掴んでいるらしいという微妙なネタしか手に入れられず。
もちろんユニーククラスの空の机を埋めることも出来ず。
結局は大多数の教員や生徒と同じように何もわからないまま、俺はクラス対抗レクリエーションの朝をため息と共に迎えることになった。
「皆さんおはようございます。クラス対抗レクリエーションに相応しい、素敵な朝ですね」
講堂に全校生徒を集めた神志女学園長は、相変わらず得体の知れない笑みを浮かべたまま、その妖艶な唇をゆっくりと開いた。
そこから出てきた内容は俺が漠然と思い描いたどの予想とも違う、そして遙かにぶっ飛んだ代物だった。




