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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
第一幕 教師と生徒のブートキャンプ
41/48

10

 闇に紛れて悪いことをする時、俺の魔力感知というセンスは最大の効果を発揮する。

 魔法と錬金術によって底上げされた科学が牛耳る現代において、魔力が使われないことは珍しい。

 重要な物や場所にはまず間違いなく魔力が使用されている。

 強力な魔導師の発見、探知魔法やレーダーの把握……そういったことを俺は魔法を使わずに、感覚で察知できる。

 危険な場所は回避し、安全なルートを進んでいけるってわけだ。


 こういうと凄まじい才能であるかのように思われるかもしれない。

 しかし魔法絡みのスペシャルセンスにおいて、特別だとされるのは宮子路翼のような魔眼や古泉恵麻のような特殊体質である。

 持て囃されるようなセンスではないし、他人に比べて強力なアドバンテージがあるわけでもない。

 魔法で代替可能なチープな才能。

 しかし、警戒されにくく、過信も出来ない力ほど便利なものもないだろう。


 居酒屋を出て十分ちょっと。

 人目を避け、寮付近の防犯システムを回避し、誰にも知られることなく俺は目的地に辿り着いた。

 背が高い建物の一つによじ登り、腹ばいで倉庫街を遠望した。


 夜空の下、無機質な四角い建物の群れがひっそりと佇んでいる。

 倉庫を繋ぐ道を武装した警備員が数名巡回中。

 確認できた二つの監視塔にはスナイパーとサポーターが待機、倉庫街の向こうにはライトアップされた警備本部がそびえ、夜の闇を蹴散らしていた。

 九霄島の砦である。


 最新鋭のシステムと機材を扱う人員は、俺が新学期前に相手をした半人前とは比べ物にならないスペシャリストだ。

 地理的に学園側に位置するこちらから見れば安心感を覚え、外敵が侵入する可能性のある港側から見れば畏怖を覚えるだろう。

 俺は学園の正式な教師であるが、レッドラインを超えればどうなるかはわからない。

 港や警備本部には近寄らず、探りを入れるのは倉庫街だけにしておこう。


「スナイパーの弾は実弾じゃねえな。あの魔力の感じから察するにスタン系の非殺傷弾か。学生が忍び込んだケースの想定かね……巡回のサブマシンガンは殺傷非殺傷可変式タイプか。人畜無害な灰尾先生にはどっちをぶち込むんだろうなぁ」


 魔力感知と観察用の望遠魔法で倉庫警備班の装備を判断。

 国や特殊企業などの機密性の高いブツではないため、さすがにガチガチの警備ではないようだ。

 とはいえセンサー付きのフェンスで覆われており、ゲートはガードがきっちり守っている。

 コンビニのトイレみたいに気安く出入りは出来ない。


「あのレベルのセンサーなら騙せるが……やっぱカメラが多いな」


 迷彩魔法を使えば魔力消費が大きくなる。

 こういった施設には必ず設置してある高魔力源感知システムに引っかかるだろう。

 迷彩による違和感でスナイパーに気づかれる恐れもある。

 フェンスをよじ登るのは現実的じゃない。

 都合良く輸送トラックが搬入で現れないかと期待したが、そんな幸運は訪れない。

 施設潜入はプランと機材とチームが必要なハードミッションである。

 ワインの空き瓶を持った野郎一人には難しい。


「……お、何だ?」


 名案はないかと考えていると、魔力の小さな塊が近づいてきた。

 後方上空。

 魔法攻撃でないことは魔力感知ですぐにわかったので、落ち着いて振り返るとそれは可愛らしい翼だった。


「ホウッ!」

「お前は確か、ファ――じゃないフックか」


 シュタッと屋根の縁に降り立ったスズメフクロウは肯定するように胸を反らした。

 小野鹿桜の使い魔は夜の狩りに出ていたのだろう、その足には野ネズミが掴まれている。

 見知った顔を発見して挨拶にでも来たのだろうか。


「やるなぁ、キャプテン。俺は見ての通りすったりだ、お前と違って狩りは下手くそでね」

「ホウッ? ホウ、ホッ!」


 フックは何を思ったか小さな翼を大きく広げ、一声鳴くと夜空に飛び立った。

 俺にも翼があれば、いや使い魔がいればこういった調査は楽だったろう。

 しかし使い魔というやつは魔力のラインが主と結ばれるため、使い魔を敵に捕らえられる結構なピンチに陥るのだ。

 情報収集に何度も使えば素性もバレやすくなるから、業界で使ってるヤツはいなかった。


 もう教師なんだから使い魔くらい作っても良いのかと考えていると、視界の端で何かが動いた。

 それはフックの獲物、野ネズミだった。

 もしかすると狩りに失敗した俺を哀れんで恵んでくれたのかもしれない。

 淑女見習いの使い魔らしからぬ優しさに、俺の涙腺は緩んだ。

 心遣いを無碍には出来ない。

 皮を剥ぎ、火であぶり、夜食にするとしよう。


 俺はまだ生きてる野ネズミをワイルドに鷲掴み、絞めるべく首に指をかけた。

 しかし、救いを求めるつぶらな瞳を見てふうと力を抜いた。

 可哀想に思った?

 いやいや、灰尾八雲は童話に出てくる優しいジジイみたいな性格はしてない。

 童話に例えるならそう、舌切り雀のババアだ。 


 俺は術式を展開し、呪文を静かに唱えた。

 それは使い魔契約の冒頭に使われる魔法、すなわち多種族との意思疎通術式である。


「おいお前、フクロウに襲われて死にかけたところを俺に助けて貰ったよな?」


 小動物相手にとんだ言いがかりである。

 と言うか絞めて食おうとした立場だ。

 俺自身も助けた覚えはない。

 しかし俺の言葉を魔法によって漠然と理解した野ネズミは、ガクガクと震えて肯定と感謝を示した。

 単純に怯えただけかもしれない。


「ならばお前は俺に恩を返す義務がある。恩を返さずんばすなわち死鼠あらん、だ。俺が言ってる意味、わかるよな?」

「チュウ、チュゥッ!」


 もちろんですよ旦那、何でもアッシにお言いつけくだせぇ!

 ネズミのニュアンスはまあそんな感じだ。


「よろしい。ではお前は今から俺と感覚を分け合い、俺の指示に従って行動しろ。この簡易契約を結ぶなら俺の血を飲め」


 俺は親指を噛んで小さな傷を作ると、野ネズミの口の上に掲げた。

 選択肢のない小動物は己の運命を受け入れ、血の滴を飲み干した。

 俺と野ネズミの間に魔法的ラインが構築された。

 これで俺達はしばらくの間、愉快なパートナーになったわけだ。

 手から下ろしても怯えたままのネズミに俺は治癒魔法をかけ、にっこりと笑いかけた。


「ほら、フクロウにやられた傷はこれで癒えたろう。な、俺は信頼に足る素晴らしいパートナーだよな?」

「チュウ……」

「元気がないな。仕方ない、ミッションに臨むお前にとっておきのコレをやろう」


 俺は微笑み、内ポケットからビスケットを出してパートナーに振る舞った。

 ネズミは怯えていたが、ビスケットを一かけかじると猛然と貪りだし、食べ終える頃には元気になった。


「良いツラだ。よし、倉庫の中には何が入ってるかな作戦のスタートだ。無事に帰ってきたらもう一枚くれてやる。さあ逝け!」

「チュウ!」


 颯爽と走り出した野ネズミの後ろ姿を俺は見送った。

 ――ヤック、覚えておけ。ガキと畜生には菓子が効く。

 教官のクズい教えはいつだって役に立つ。

 昔はあんな大人にだけはなりたくないと思ってたんだけどなぁ……今じゃこの通り、刀持ち歩いてるヤベー女子高生にすら蔑まれるクズになっちまった。

 さすがのイエス様も皆が俺に石をぶつける止めはしないだろう。

 俺のメシアは酒だけだが、手の中のボトルは空っぽになっちまった。

 ああ、空からアルコールが降ってこねえかな。


 未練たらしくワインの残り香をひとしきり嗅いだ後、俺は瞳を閉じた。

 哀れな齧歯類もそろそろフェンスに近づいた頃だ。

 魔法的ラインに意識を集中し、接続を試みる。

 目眩に似た感覚に襲われた後、簡易使い魔と感覚の一部を共有することに成功した。


「ほう、ネズミの見てる世界は派手だなぁ」


 俺は一瞬、夜の熱帯雨林を疾走しているのかと錯覚してしまった。

 しかし周囲に広がる大樹はそこら辺にある雑草で、所々に転がる大岩は実際はただの小石だ。

 普通の虫も単車くらいのサイズで怖い。

 捕食シーンにはモザイクをかけて欲しいところだ。

 もっともビスケットで腹を満たした野ネズミは羽虫に興味を示さず、フェンスまで一直線に向かった。

 草むらから出る直前、俺は魔法的ラインを通じて指示を出した。


「止まれ。ゆっくりと右斜め前方を観察しろ」


 ネズミは視線を動かし、ゲートが視界に映り込む。

 巨人サイズのガードが二人、入り口を守っている。

 さすがに草むらに潜む小動物に気づいた様子はない。


 さてさて、センサーや防護機能が備わっているとはいえ、倉庫区画を覆っているのは一般的な金網フェンスだ。

 田舎の害獣対策のような電気ショックもついていないから、小さな野ネズミなら網の間をくぐり抜けることは簡単だ。

 問題は簡易使い魔契約によって微少ながら魔力を帯びている小動物を、ガードが見過ごしてくれるかという点にある。

 ネズミとは感覚共有だけで強化も何も施していないから、気づかれない可能性が高いというのが俺の見立て。


「よし、ネズミ――うーむ、動物名称は混乱する恐れがあるな。取りあえずお前にはチューハイのコードネームをやろう。灰色のネズミだからチューハイだ。女子に人気の酒だ、喜べ。名付けといてなんだが、俺は甘い酒は苦手でね。ヤギのションベンをストレートで飲んだ方がまだマシなくちさ。はは、冗談だよ冗談。もちろん解毒殺菌はするさ」


 ネズミの混乱がダイレクトに伝わってきた。

 俺は慌てて話を戻した。


「ではチューハイよ。どこぞのハムスターみたいに草むらからトットコ飛び出してみろ。人間と目が合ったらヘケッとか言いつつ、可愛く顔をかけ。出来るな?」


 チューハイは混乱を深めたようだった。

 しかしニュアンスはどうにか拾ったらしく、けなげにも行動を開始した。

 下等生物は俺の方だ。

 やつの爪の垢を煎じて鼻から吸い込んだ方がいいかもしれん。

 ヘケッ。


「――ん、ネズミか」

「本当だ。あんまり可愛くないね」

「うーん、チヨちゃんの夜食になりそう」

「もう、変なこと言うのやめてよ」


 病的にジタバタもがくネズミを見た警備員達は、警戒することなく笑い合った。

 これなら大丈夫そうだな。

 しかしチヨちゃんなる娘、このご時世に野ネズミを夜食にしようとは同じ人間とも思えない。

 頭おかしいんじゃないのか、お前も俺と一緒にネズミの爪の垢キメろよ。


「オーケイ、チューハイ。美味そうな蛾を見つけたような感じで、フェンスへ突進して網をくぐれ。連中をちらちら見るなよ、怪しまれるからな――おい、どうしたチューハイ!?」


 共有した野ネズミの感覚が突如として臨戦態勢に入った。

 チューハイは怯えたように視線をキョロキョロと動かし、やがてそれを捉えた。


「あ、チヨちゃん来た」

「今日も尻尾がふわふわで可愛いな」


 身をくねらせながらゲートの向こう側から現れたのは、ニューイングランドのメイン州が原産とされる大型の猫。

 穏やかな巨人――メインクーン。

 野ネズミの恐怖を嗅ぎ取ったのか、丸い二つの瞳がこちらを向いた。

 瞬間、ヤックとチューハイの心が重なった。


「逃げるぞ!」


 野ネズミとメインクーンはほぼ同時のタイミングで駆けだした。

 命をかけた鬼ごっこの始まりだった。

 

 ネズミとネコ。

 両者がお互いに気づいた時、彼我の距離はおそらく三メートルほどしかなかった。

 これはメインクーンという優れたハンターが相手であれば、絶望的な距離であると言える。

 単純に逃げれば十秒もかからず追いつかれ、背後の草むらは猫相手では障害物がなさ過ぎて隠れられない。

 フェンスの金網をくぐることが出来れば安全だが、立ち位置的に猫に近づくことになる。

 リスクが高すぎた。


 本来なら野生のネズミであるチューハイは、鋭敏な感覚と本能によってもっと早くに気づけていたはずだ。

 しかし契約魔法の類いは人間と意思疎通させるために、対象動物の本能を鈍らせ、思考を人のそれと近づけさせる。

 だからこそ様々な指示も出せるのだが、動物としての能力は劣化してしまう。

 この事態を招いたのはチューハイが警戒を怠ったからではなく、キャパシティを奪った俺が原因だった。

 当然、カバーするのは俺の役目である。


「よく聞け、今から猫の気を引くからその瞬間に反転しろ」


 とっさに草むらに逃げ込んだチューハイに俺は指示を送りつつ、俺は左目を閉じたまま右目を開いた。

 視界分割。

 左にはネズミの視界が、右側には本来の俺の視界が同時に映り込む。

 テレビ画面のように上手くはいかない。

 境界線が不安定で、頭がぐるぐる回る。

 俺は歯を食いしばり、右手に握ったワインボトルの蓋に魔力を込めた。

 左の視界でタイミングを見計らい、右の視界で狙いをつけ投擲した。


 ゲートから数十メートル離れた空中で、スクリューキャップは甲高い音を立てて破裂した。


「今だ、反転しろ!」


 窮鼠が人間の指示に従うかは未知数だった。

 しかしチューハイは小さいながらも立派な兵士だったらしい。

 破裂音と同時に急ブレーキ、反転しながら再加速した。


 共有した視界に今まさに飛びかかろうとしていた猫の顔がすぐそこに見えた。

 しかしそのまん丸の瞳はあらぬ方を見上げている。

 ワインボトルが弾けた方角だ。

 距離は遠いし、音もそれほど大きくなかったが、聴力が発達した警戒心の強い猫には刺激が強すぎた。

 ふわふわの巨木のような前足の間を抜け、もふもふの腹の下をくぐり、尻尾の影を駆け抜ける。


「鳥の声? こちらからは何も見えないな」

「B2、南南東で異常音。確認してくれ」


 さっきまで休憩時間のOLみたいだった二人の女が熟練のガードに変貌する。

 補助魔法を展開し銃器を構え、意識を研ぎ澄ます。

 しかし彼女たちの警戒対象に小さな野ネズミは入っていない。

 草むらを飛び出したチューハイはフェンスに到達し、金網をくぐり抜けた。


「倉庫区画突入。グッジョブ、チューハイ。物陰で少し休め」


 俺は仕事ぶりを褒め称えたが、当の相方は倉庫の壁際でじっと地面を見つめたまま動かなくなった。

 強い疲労と悲哀が魔法ラインを通じて伝わってきた。


「……ビスケットは全部やるから。もうちょっと頑張ってくれよ、な?」


 諦めと嘲笑。

 人間ならため息をつくか、鼻で笑ったところだろう。

 息を整えたチューハイはやれやれと顔を上げ、倉庫区画を歩き始めた。

 菓子が効かなくなったということは、チューハイがガキでも畜生でもなくなったということだった。


 俺の胸はチクリと痛んだ。

 罪の意識を覚えるほど自分がまともだったのかとちょっと嬉しくなった。

 しかし何か変だなと思い、指でまさぐってみると、小石がシャツに入り込んでいただけだった。


 痛みはすっかり消え去った。


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