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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
第一幕 教師と生徒のブートキャンプ
38/48

07

「灰尾先生、職員会議終わりましたよ。大丈夫ですか?」

「え、ああ……」


 顔を上げると、対面のデスクに座る滝本が心配そうに俺を見つめていた。

 気づけば放課後の職員室は騒がしくなっていた。

 教員達は授業や部活の準備などで忙しく歩き回っている。


 教師にとっての職員会議は、軍人や工作員にとっての作戦ミーティングに等しい。

 そんな重要な時間にぼうっとしてしまうとは……かつての職場ならチーフにどやされ、肉体的精神的指導を賜ったところである。

 しかしここは最高級のお嬢様学校。

 教員間で暴力を振るう訳にもいかない。

 ふがいなさで頭の中が真っ赤になった俺は直立し、声を張った。


「失態を晒してしまい申し訳ありません滝本教官! 指の爪二枚で如何でしょうか!」

「は、はい? 何の話です? それに私は教官じゃなくて副担ですよ」

「失礼いたしました、敬愛する偉大な副担殿! これは自らに課すケジメの話です! 不抜けた精神をたたき直すべく、自分で爪を剥ぐべきであると考えます! 三枚の方がよろしいでしょうか!」

「いやいや、剥がないでください困ります。少しお疲れのようですね、今日はもう休まれたら如何ですか」

「サー、ノーサー! 自分はまだやれます! このフニャチン野郎、これぐらいでヒーヒー言うなら、いっそのこと土の下で永眠しろというご指示には従えません!」

「私の言葉を勝手に吹き替えしないでください。ああ、困ったなぁ……」


 額に汗を浮かべる滝本に寄ってきたのは外国語担当の皆川環奈である。

 二十代半ばでありながら、幼少期からヨーロッパを転々としてきたせいか妙に腰の据わった女は、俺に視線を突き刺すと鋭く声を発した。


「灰尾八雲! 貴様はどこの所属だ!」

「サー! 九霄学園ユニーククラスであります!」

「ならば貴様の全ては学園の財産であろう! 己の失態のケジメに自分勝手に爪を剥ぐなど許されると思っているのか!」

「ノーサー!」

「ペナルティが欲しいというならスクワットでもして大腿筋を太くしろ! 学園の財産を一グラムでも増やして見せろ! まずは五百だ!」

「サー、イエスサー!」


 俺は職員室の壁に駆け寄り、猛然とスクワットを始めた。

 己の重みを感じ、地球の力強さを感じ、体中に血を巡らせる。

 苦痛と汗が吹き出し、ふがいなさと無力さが洗い流されていく。

 五百を数えた時、俺の頭は正常に戻った。


「……ああ、俺は何をしていたんだ。ここは職員室だぞ」

「灰尾ちゃん、謎のスイッチが切れたみたいで良かったね。ストレスの現れ方と発散の仕方がマニアックなのはどうかと思うけど」


 鬼教官風の気配を霧散させた皆川が、いつもの気だるい雰囲気でやれやれと首を振る。

 危なかった……教官にしごかれて快感を覚えるマゾ訓練生時代に帰るところだった。

 俺が額の汗を拭っていると、タオルと冷えた麦茶、そして慈愛に満ちた微笑みと共に須藤真由美が現れた。

 かつて俺(フィーチャリング小野鹿桜)によってリラックスセクハラを受けたはずの女は、汚れを知らない女神のように囁いた。


「無理しちゃ駄目ですよ灰尾先生。自分を大事にしましょう」

「はい……」


 俺が悪霊なら秒で成仏していただろう。

 しかしそんなモノよりも遙かにタチが悪い俺の視線は、その豊満な胸に吸い込まれただけだった。

 将来はあの谷間に家を建てて暮らしたいものだ。


「しかし結構参ってるねえ。ま、新任早々に学級崩壊とか食らったら仕方ないけどさ」


 皆川は笑い飛ばすように言ったが、俺にその四文字熟語はクリティカルヒット。

 毛がふさふさだったはずのハートは、最近じゃ年頃の娘の股間のように脱毛したらしい。

 俺はふらふらと自分のデスクに戻り、倒れ込むように腰を下ろした。


「ユニーククラスの子達はみんな良い子なんですけどね、やっぱりちょっとヤンチャですから」


 女神須藤は俺の背中を撫でながらため息をついた。

 滝本は思案するように顎を撫で、俺を見つめた。


「まあ今回はちょっと相手が手強すぎます。あちらなりの大義名分もありますから」

「詳しくは知らないけど前職絡みだっけ。人間社会の暗部そのものだしなぁ……個人も社会も、受け入れがたいものを受け入れていかないと成り立たないってのは大人ならわかるんだけどね。子どもにはちょっと難しいか」


 皆川は原因に踏み込まずにそう評した。

 俺の過去について把握しているのは学園長と、その信頼が厚い滝本くらい。

 生徒はもちろん、他の教員やスタッフですら詳しく知らされていないのだ。

 ノアが手に入れ、美景が糾弾したあの一件も、面談から数日経った今も出回っていない。


 俺を教壇から引きずり下ろすなら、噂をばらまくのが最も手っ取り早い。

 だと言うのに沈黙を保っているのは、学園長にもみ消されるのがわかっているからか。

 あるいは俺とのタイマンを望んでいるからか。


「学園長の肝いりとは言え、ボイコットが続くとさすがに理事会が黙っていないでしょうし。困ったわね」

「月末のクラレクまでに少しでも仲良くなれればいいんですが……」

「女神様、じゃない須藤先生。クラレクって何ですか?」


 耳慣れない言葉に問い質すと、須藤は自分の机からファイルを持ってきた。


「毎年五月末に行われるクラス対抗レクリエーションのことです。新入生歓迎や新クラスの団結を目標に、全クラス合同で様々な競技やイベントを開催しています。九霄学園では初等部の生徒もいますから、簡単で面白いゲームがメインになりますが。灰尾先生も学生時代に似たようなイベントありませんでしたか?」

「ああ、ありましたね。母校の歓迎行事は遠足キャンプがメインでしたよ」

「素敵ですね。夜は自分たちで食事を作って、星空の下で火を囲んだりするんですよね」

「いえ、火をつけると他のクラスに見つかりますから真っ暗です。拠点を固定するのも危険ですから、闇の中を数十分間隔で移動し続けます。はは、懐かしいなぁ……食材も確保が大変でしてね。やっぱり若い男共ですから、肉を食べたいんです。でも獣を捕らえようとすると、同じことを考える敵と衝突するわけで。食事を我慢して夜襲をかけ、敵から奪った肉を口に入れた時の味たるやそれはもう――あれ、どうしました?」


 奇妙な沈黙が周囲に広がり、俺はファイルから顔を上げた。

 三人の若い女性教師達は複雑な顔で俺を見ている。

 滝本が眉間にしわを寄せ、問いかけてきた。


「……歓迎行事に敵がいるんですか?」

「え? 普通いるでしょ? と言うかほとんど敵ですよ。仲間のはずのクラスメートにも、教員の指示で裏切り者が設定されていますし。ずっとドキドキバクバクしていますよ。あはは」

「灰尾ちゃん。目を見開いて笑うのはやめてくれ、今晩夢に見そうだ」

「辛い経験をされたんですね……ですが灰尾先生、ここにはあなたの敵はいませんから安心してください。叶うことなら今度のクラレク、子ども達と一緒に楽しんで欲しいです」


 須藤が虐待された犬を慰めるように俺の頭を撫でた。

 そんなドン引きされるような話じゃないんだがなぁ。

 俺のクソまみれの思い出の中じゃ真珠のように美しい記憶なのに。


「まあでも、今年のレクはちょっと大変だからねぇ。慣れてるはずの私達ですら心配だし」


 皆川が苦笑いを浮かべると、滝本もため息をついた。


「学園長なりの遊び心なんでしょうが、教員も当日にならないと内容がわからないというのはさすがにやり過ぎですね。期間も二週間と今までにない長さですし……」

「うーん。確かに心配ですけど、初等部の子達も参加するわけですし。さすがの学園長でもそれほど無茶なイベントにはしないと思いますよ」

「須藤ちゃんは天使のように無垢だなぁ……学園長がぶっ飛んでるってことの証拠がそこに座ってるっていうのに」


 皆川は気だるそうに俺を見つめた。

 確かにその通りだ。

 神志女羅沙の権力はこの学園、この異界において絶対的である。

 しかし権力があるからといって、どんな決定も受け入れられるわけではない。

 学園には七十人ほどの教員がいるが、俺に対して好意的な人間は十人に満たない。

 須藤や皆川はその数少ない人間、大半の教師からはネガティブな態度を取られているのが現状だった。

 しかし職員室はまだマシだ、理事に至っては俺の味方はゼロ。

 四面楚歌の上を行く、中高生向けのランジェリーショップに紛れ込んだフンドシのような扱いだった。


 通常なら不可能である前代未聞の人事。

 それを敢行したあの魔女に道理が通じるだろうか。

 長期間続く謎のイベントに、学級崩壊の状態で突入する――。

 クーデターで政権を奪取した軍部がオリンピックを開催するような話だ。

 開催者も参加者も地獄を見る羽目になるだろう。


「あのう、お美しい先生方」

「何だね灰尾ちゃん。ヤケ酒の誘いなら乗るぞ」

「いえ、それはまたの機会に。質問なんですが、先生方にも今度のイベント内容は想像がつかないんですか?」

「うん、全く。準備のしようも無いから大人しく当日を待つしかないね」

「私も同様ですね。どんな内容でも副担としてサポートしますから、そこは安心してください」

「あの優しい学園長のことですから、きっとみんなが笑顔になる素敵なクラレクになると私は思いますよ」


 数少ない味方の女性陣は、学園勤めが長い優秀な教師達でもある。

 彼女たちがわからないと言うのなら、教員には誰もわからないはずだ。

 みんな大人しく当日を迎えるのだろうが、情報が与えられないからじっと待つというスタンスを俺は持ち合わせていない。

 学級崩壊というクラス行事において致命傷を負った現状ならなおさらである。


「お優しく美しい先輩方、今日はお先に失礼します」

「おや、帰るのかい。珍しいね、いつもは遅くまで滝本ちゃんと乳繰りあってるのに」

「乳繰り合ってません。教師としての指導をしているだけです。でもそうですね、たまには早く帰ってリフレッシュした方が良いですね。お疲れ様です」

「夜はまだ冷えますから、ちゃんと温かくして寝てくださいね」


 俺は深々と頭を下げて、職員室を後にした。

 ネクタイを緩め、唇を舌で湿らせる。


 ――さあて、ネタ集めとしゃれ込みますか。


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