06
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開けて現れたのは和歌森奏。
ウェーブの入ったミディアムヘア、少し垂れ気味の瞳、赤い唇。
目に入る全てのパーツから妖しい色気を感じる少女。
いつも目を合わせると悪戯っぽく微笑むのだが、今日はただ緊張が滲んでいる。
その理由は背後、奏に続いて部屋に入ってきた人物にある。
兎羽美景。
美形だが鋭すぎる顔立ち、大雑把にうなじで結ばれた長い髪。
十七歳にして剣技を極めた少女は、殺気に近い鬼気を放っていた。
俺と視線が合うと、厳かに黙礼。
腰の刀を鞘ごと抜くとソファーの背に預け、奏の隣にそっと腰を下ろした。
「――新学期開始から今日までの生活状況や、担任になった俺への感想や要望などを教えて欲しい。まずは和歌森、君から聞かせてくれ?」
「はい。小さな変化は多々ありますが、思い悩むようなことはありません。食事や運動にも気をつけていますし、健康状態も良好です。灰尾先生に対しての感想は、少々授業がぎこちない様子もありますが内容自体は興味深いです。年少の生徒のために、小物などを使って工夫したりするとより良いかと思います」
「なるほど、貴重な意見をありがとう」
「先生にも色々事情があるとは思いますが、一生懸命努力されてると思います……個人的には」
奏は微笑み、視線を隣に向けるような仕草をした。
今のセリフとその仕草で奏の主張がある程度伝わってきた。俺は微笑みを返し頷いた。
「それでは兎羽――」
「先生。私が面談の最後でしたら、二人きりで話したいのですが如何ですか」
俺の言葉を遮った美景は瞬き一つせず、じっと俺を見つめてきた。
睨んでいるわけではない。
だが有無を言わせない眼差し。
「……わかった。滝本先生、和歌森。二人は先に教室に帰ってください」
滝本も和歌森も心配そうな顔をしたが、無言で頷くと部屋を出て行った。
二人きり。
俺はふうと息を吐き、兎羽美景を――ボイコットの首謀者を真っ直ぐに見据えた。
年少のクラスメートにも言う事を聞かせることができ、蛍が説得を諦めるほどの相手。
この態度を見れば、最初から自分が首謀者であることを隠すつもりもなかったらしい。
となればボイコットは遊びや嫌がらせ目的などではなく、ある種の意思表示だ。
これは直接対決、面倒な前置きは必要ないだろう。
「それで、君の主張は何だ?」
単刀直入な俺の問いかけに美景は間髪入れずに応じた。
「灰尾八雲という人間に教えを請うべきではないと考えています。ですから他の生徒達にも出席を拒否するよう要請しました。クラスメートの欠席は彼女たちの意思ではなく、私の指示であるということです」
「……なるほど。しかし君は欠席すべき理由を他の生徒達に教えてはいないようだが。それは何故だ?」
「話すべきではないと考えたからです」
美景は目を閉じ大きく息を吐いた。
そして剣士が鞘から刀を引き抜くように、ゆっくりと瞼を開いた。
「数年前に起きたシュトォ・ナルグ村における少年達の殺害事件。実行犯があなたというのは事実ですか?」
頭の中がすっと冷えた。
懐かしい名前、フラッシュバックする光景。
血に濡れたアイスピックの重さが手の中に蘇った気がした。
俺は美景を見つめ、頷いた。
「そうだ。六人の少年を殺したのは俺で間違いない。それで?」
「――それで、とは?」
兎羽美景という人間は、かっとなると顔から血の気が引くタイプらしい。
青白い顔の真ん中で濃紺の瞳がぎょろりと光っている。
大人の男でも気を抜けば失禁しそうな剥き出しの怒り。
俺は恐怖よりも羨ましさを感じながら口を開いた。
「君は事実を確認したかったんじゃないのか? だから俺は肯定しただけだ。それとも何か、俺に弁解して欲しかったのか? 仕方なかったんだよ、とか」
「……どうしてそう平然としていられるんですか。子どもを殺したことなんて、あなたにとっては些細な話なんですか。普通の人間みたいな顔をして、挨拶したり冗談を言ったり良くも出来ますね――」
「普通じゃないってのは君も知ってるだろう。俺はそういう仕事を続けてきた、そういう人間だ。雇い主にやれと言われれば何でもやるさ」
「前職については存じています。私の身内にも似たような立場の者はいます。だから、時と場合によっては非人道的な行いが必要とされることは理解しているつもりです。教職には相応しくないと思いつつも、学園長が選ばれたのなら人として芯が通った方だと、私は――」
「まるで君が弁解してるみたいだな……わざわざこうして対決を望んだんだから、もっとしっかりした糾弾なり要求をしてくるのかと思ったが。これ以上面談する意味もないだろう、教室に帰れ」
美景は歯を食いしばった。
立ち上がり、理解しがたいものを見るような目で俺を見下ろした。
「――私はあなたを教師として認めない。それを理解してもらえれば十分です」
美景は吐き捨てるように宣告し、立て掛けた刀を一呼吸間を置いて手に取った。
斬りかかってくるかと思ったが、さすがにそんな物騒な真似はせず、足早に部屋を後にした。
一人になった俺はソファーに背を預け、天井を見上げた。
まさかアレが今になって目の前に突きつけられるとは、さすがに想定していなかった。
情報の出所はノアに違いない。新学期前の騒動中に情報でも抜いたのだろう。
しかしそれにしても、あの事件に俺が関わっていることは第一級機密。
ノアがどれほど優れたハッカーでも、調査室の情報管理は最高レベル、ネットワークに侵入して直接引き抜くのは不可能だ。
どんな手を使ったのか。どこまで漏れたのか。どこまで広がったのか……。
いや、元スパイにはもう関係の無い話だ。
今の俺は教師、俺を拒否する生徒と向き合うのが仕事だ。
「しかし……どうすりゃいいんだ」
過去は消せない。
嘘もつけない。
清廉潔白を絵に描いたような兎羽美景という少女に、俺のようなクズを許容させるのは不可能に思える。
俺はため息をつき、ソファー深く沈み込んだ。




