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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
第一幕 教師と生徒のブートキャンプ
34/48

03

 俺は背筋を伸ばし、扉に向き直った。


「はい、どうぞ」

「……失礼します」


 仏頂面で部屋に入ってきたのは宮子路翼、その後ろに阿妻千鶴、古泉恵麻と続く。

 促されソファーに腰を下ろした姿は三者三様。

 俺から限界まで距離を取ろうとソファーの背に埋もれる千鶴、庇うように浅く座った翼、ただ普通に座っている恵麻。

 年齢はほぼ同じだが、雰囲気は全く違う。

 生育環境を考えれば至極当然の話ではあるが。


「聞いての通り、新学期からこれまでの学校生活についての調査をしている。簡単にでいいから、話を聞かせてくれ。まずは宮子路。どんな感じだ?」

「どんな感じと聞かれても困る。前の学期と変わらないし、別に不自由もしていない。強いて言うなら担任が異常者だというくらい」


 翼は紫色の目を細め、俺を睨み付けた。

 ファーストコンタクトのことを根に持っているのか、単純に嫌われているのか不明。

 日常的にホームルームや俺の授業を欠席する生徒の一人であるが、俺を攻撃したり他者を扇動したりするタイプではない。

 嫌なヤツや面倒事には関わらないというスタンスだ。


「異常者か。まあ間違ってはないが、宮子路に正常と異常の区別が付くとは意外だな」

「……なにそれ。喧嘩売ってる?」

「いやいや、褒めてるんだよ。俺が異常だとわかるなら、君は正常だ。良かったな宮子路」


 舌打ち一つ、忌々しそうに顔をしかめる様子は年相応。

 自分に自信が無いのだろう。

 瞳の中、虚勢の下で不安が揺れている。

 不安を和らげたのはそっとその手を握った千鶴である。

 翼が完全な一匹狼にならないのは彼女がいるからだ。

 お互いがお互いを支えるという姿は、友人と呼ぶよりは運命共同体に近いかもしれない。


「相変わらず仲が良いな二人は。阿妻はどうだ? 自販機の下から出てきた一円玉が担任になったこと意外に、何か変化はあったか?」

「い、一円玉? 意味が良くわかりません……」


 目が合いそうになるとうつむき、びくびくと言葉を発する。

 長い髪が防壁となり、俺の視線をはじいた。

 極度の対人恐怖症傾向があるが、それを除けばユニーククラスでは一二を争う常識人であるというのが俺の評価である。

 怯えているが言葉のキャッチボールを試みてる辺り、真面目でもある。


「考えてみろ。自販機で一円玉を使う機会がそれほどあるか? 誰かが偶然落としたが、わざわざ地面に這いつくばってまで回収するほどの価値もない。他の誰かが百円か十円を落とした時に探して、たまたま一緒に出てきても、汚れてるからそれほど嬉しくない。それが俺だ」


 力説すると滝本がため息をつき、翼が鼻で笑い、恵麻が感心した。

 千鶴は首を傾げ、気を抜いたのか一瞬こちらを見た。

 夕焼けのような赤燈の瞳。


「――でもきっと、何かの時に役に立つの……ちょっと変わった優しい人だったんですね」

 

 は? 何でお前が――いや、落ち着け。

 俺は顔が強ばらないように全力を注いだ。

 反射的に止まった呼吸を強引に再開させ、すかした笑みを浮かべた。


「変人扱いは慣れてるが、俺の隠れた優しさに気づくとはね。いい眼をしてるな、阿妻」

「え、あ、いや――」


 千鶴が我に返ったように再び視線を逸らし、翼が紫の瞳をギラつかせて俺を威嚇する。

 俺は誰にもバレないように静かに息を吐いた。

 夕暮れ、道路脇、自販機の下を傘で漁り、こちらを振り向く顔の見えない誰か。


 ――でもきっと、何かの時に役に立つの。それにほら、磨けばピカピカに光る。そーゆーとこも、あんたと同じね……。


 フィルターをかけられた記憶の中からほんの少し漏れ出た、俺が灰尾八雲でなかった時に目にした光景。

 千鶴が口にしたのは、思い出の中で俺を振り返ったそいつのセリフだ。

 千鶴の傍らで俺を睨む、紫の瞳に視線をやる。

 宮子路が太古に宿し、濃縮させてきた魔眼。宮子路が呪術の系譜であるのに対し、かつての阿妻は薬草を用いて祭司を行ってきた。

 似て非なる一族、千鶴もまた何らかの眼を持っている可能性もある。

 俺の記憶を魔法も使わずに覗けたのは、その力によるものだろうか。


「……それで阿妻、日常生活で何か問題はないか? 俺に不満があったら宮子路のように率直に言ってくれ。改善すべき点は改善するから」

「い、いえ、何もありません……大丈夫です」

「そうか。奥ゆかしいな、誰かとは大違いだ。おい宮子路、魔眼に力を込めようとするな!」


 危ない眼を持った少女達から視線を移す。

 成り行きを見守っていた古泉恵麻は、俺に見られると背筋を伸ばした。


「よし、では古泉。物騒なクラスメート達に身の危険を感じたことはないか? 使いっ走りにされたり、ストレスのはけ口に殴られたり、淑女になるよう強要されたりしてないか?」

「いえ? クラスメートのみんなとは仲いいですよ。淑女はええっと、たまに勧誘されます」

「小野鹿には厳しく言っておく。絶対に応じるなよ、気づけば自動小銃片手に標語を叫ばされることになるからな」

「は、はい」


 大日本淑女組合宮永派九霄支部――俺が教員になれたらフォローすると約束したが、俺は危険な連中を放置しておくつもりはない。

 だから協力関係を結ぶと思わせた後、壊滅に追い込もうと考えていた。

 しかし連中は何か察知したのか、俺が接触を求めても拒否し続けている。

 構成員も桜だけしかわからない状態である。奴らは俺の予想を上回る、一筋縄ではいかない強かな組織らしかった。

 ……世界一安全な女子校に来たはずなのに、俺は一体何と戦っているんだ? 


「取りあえず、淑女は置いておこう。俺の授業や俺自身に不満や要望はないか? 気軽に言ってくれ」

「特にありません。魔法戦闘って最初はちょっと怖かったですけど、座学はわかりやすくて面白いし、理論的に行動するというのも新鮮ですし。ああでも、私は運動神経が悪いから、そういうところはちょっと不安です」


 現在、魔法戦闘の授業はまだ数回しか行っておらず、座学がほとんどである。

 身体を動かすのも基礎能力をテストしたくらいで、ドンパチはまだまだ先の話だった。

 俺は恵麻に笑いかけた。


「大丈夫だ。最初の授業でも触れたが、魔法戦闘は運動能力も魔法能力も重要ではあるが、必要不可欠じゃない。どうやって相手の力を発揮させないか。それが基本コンセプトだ。それに俺の見た限り、古泉の運動神経は悪くない。何より真面目に授業を聞くし、俺は君には期待してるぞ」

「は、はい!」


 勉強、運動、魔法。全てが普通の少女は普通に嬉しそうな反応を示した。

 しかし忘れてはいけない、彼女もまたユニーククラスの一員。


 人性魔力貯蔵――自分の周囲にいる人間の魔力を無意識に回収し、一定量まで溜め込むという希有な体質の持ち主、それが古泉恵麻である。

 彼女が回収するのはあくまで他人の魔力であるため、彼女自身には扱えない。

 体内で少しずつ濾過して、誰でも扱える綺麗な魔力として放出するというアサリか空気清浄機のような存在だ。

 この体質が発現した際、恵麻の通っていた小学校の生徒達、約五十名は魔力を吸い取られ失神したという。

 一般社会なら超危険人物だが、ユニーククラスでは他の連中の強すぎる魔力を回収して魔界化するのを防ぐという立派な役割を持っていたりもする。

 淑女の手に渡って良い存在ではない。


「よし、面談は以上だ。教室に帰って次の人たちを呼んできてくれ」


 廊下を歩く三人の足音が聞こえなくなったところで、俺は滝本を振り返った。


「宮子路と阿妻は以前から欠席が多かったんですよね?」

「はい。二人とも良い子ですが、対人関係が苦手で二人きりでいることが基本です。欠席時は図書室などで自学したりしていますから、成績は良好なんですが。今日呼び出すのも少し苦労しました」

「ボイコットを扇動するタイプでもないし、誘われた様子もないようですね。古泉の方は先ほどの水船達と同じく、上手く丸め込まれた感じかな」

「古泉さんは優しい子で人をあまり疑いませんから。灰尾先生のことも、男性の先生が来たということで楽しそうにしてたくらいですし」

「普通の女子中学生ですね……別の意味で心配ですが」


 二人で苦笑いを浮かべていると、廊下を響かせる足音を耳にした。


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