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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
序幕「失業。傘を差し出す悪魔」
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 後方から破壊音と物音。

 警備がデコイを追って例の部屋に踏み込んだのだ。

 しかしそれほど大きく聞こえなかったというのはつまり、それだけ距離を稼げたという事。

 女子生徒たちが施した魔法はさすがの警備をも手こずらせたようだ。

 そのおかげでそろそろハイハイを卒業する事が出来る。

 両手が自由になれば色々出来るぞ、やったね。誰かお赤飯炊いてよ。

 

 まあ、結果として女子寮の秘密は白日の下に晒されてしまった訳だが、きっとまた寮のどこかに生み出されるに違いない。

 人間がある限り欲望は消えず、ああいった空間も消えはしないのだから。

 ああ、何というフィロソフィ――俺が原因だってばれたら人体模型にされるかもしれないなぁ……。

 やっぱり教師になんてなるの止めようと思いつつ、俺はラストスパートをかけた。

 ハイテンションハイハイだ。

 もう大人に戻れる気がしない。

 戻りたくないよママァ、ウーウーウウー……ママミヤ、ママミヤ。

 

 ボヘミアンなラプソディーをケツまで歌い終える頃に、目標ポイントへとたどり着いた。

 東端トイレの点検口、その隣で息を殺す。

 聴覚と魔力感知を使い、近くに誰も居ない事を確認。点検口の蓋に触れ、魔法を使って室内のロックを外した。

 音を立てないように気をつけながら蓋を開き、眼下の空間を覗き込む。

 想定通り、明かりの消えた女子トイレには人の姿も気配もなかった。

 身体を宙に躍らせ、猫のように着地する。

 大丈夫、誰も気づいていない。

 今なら大と言わず小と言わず、用の足し放題だ。

 女子トイレの野郎、俺の大腸と膀胱が空で命拾いしたな。

 まあ、出せるモンは他にもまだあるんだけど――はい、嘘です蛍さん。

 飼い慣らされた俺は、鞭打つ心のご主人様に謝った。

 中腰のまま明るい廊下をちらりとやると、遠くで蠢く警備員達の影が目に入る。

 こちらは既に索敵が終わってるらしく、やってくる気配はない。

 連中はデコイに釣られたが、そこまでたどり着いたという事はつまり、ネットワークの権限をノアから奪取しかけているという事でもある。

 秘密部屋に続いて淑女部屋が落ちるのもそう遠くない。


 トイレに引っ込んだ俺はひとまず腰を下ろし、廊下のスピーカーから流れる十五禁ラジオドラマに耳を傾けた。

 快感に疲れてぐったりした様子の津崎教諭に俺が絡んでいる。

 もちろんナマ声じゃなくて録音したやつだ。

 操作するノアも頑張ってはいるが、サンプルボイスの収集に時間があまり取れなかったため、文脈に違和感があったり繋がりが不自然だったりする。

 しかし幸か不幸か、俺はイカレタ男という設定であるため無理はないようだった。

 あくまで設定だぞ、設定。


 7:18 p.m.


 腕時計は時刻を示している。

 しかしその時を教えてはくれない。

 トイレから飛び出し、廊下突き当たりの窓を開け、飛び降り、茂みに身を隠す。

 その一連の行動が何時何分何秒に始まるのか、俺を含めて知る者は誰もいない。

 俺はただ合図を待っている。

 誰も知らないのに合図が来るというのは奇妙な話に聞こえるかもしれない。

 しかしこの場合は正しいのだ。

 誰だか知らないそいつは、何も知らないままサインを出す。そういう風になっている。

 だから俺はただ、このイカレタ放送に耳を傾けていればいい。


『あ、うう……灰尾さん、少し休ませて……』

『さあ伊織さん、胸を、開いて、気持ち、イイ!』

『んん、んん……くっ、あ……』

『リラックス! ックス! ックス! クスックスッ!』


 本当にイカレてる。

 ああ、それなのに何という事だろうか。

 意外に心身が疲れているらしく、まるで子守歌のように聞こえてしまう。

 死が身近にある修羅場をいくつもくぐってきたから、そこそこにタフだという自信があったのに、今日一日は結構にシビアだったみたいだ。

 思えば一般人である十代の少女達とこれほどたくさん接したのは初めてだ。

 俺がとっ捕まったのは精通を迎える前だったし、捕まった後はクズの見本市みたいな大人達に、一流のクズとなるべく調教を施された。

 おかげでどこに出しても恥ずかしい立派なクズとなった後は、男女問わずロクデナシの相手をしてきたわけで。

 性格に問題があっても人を殺した事がないような――この先人を殺す事もないような、普通の子どもとまともに触れ合った事などなかったのだ。

 捕まる前の記憶はモザイクがかかっていて断片しか思い出せないのだから、これはもう初体験の類いだ。

 会話のゴムの付け方も解りゃしない、アナはどこだよって話だ。

 だからまあ、そう考えると疲れても仕方ない。

 予想以上にストレスがかかっていたのだろう。

 しかしそうか、まともな人間の相手をすると疲れるような人間に俺は成り果てていたのか。

 そりゃそうだな。

 今では頭のてっぺんまでクソに浸かりすぎて、クズがどういうものかすら解らなくなっているのだから。

 クズという言葉はそう、もはや俺にとってクールビズの略称でしかなかった。

 夏はクズ、冬でもクズだ。

 誰かノーマルコートを着せてくれ。


 目を閉じ、息を吐く。

 全く、ショーのない人生だ。


『ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイ、ヘイッ!』

『ああ……』

『ヘーイヘイヘイ、ヘーイ、ヘイッ?』

『うう……』

『ヘイッ!』

『あっ』

『ヘイッ!』

『んっ!』

『ヘイッ!』

『いっ!』

『ヘエエエエェ――』


 突然ブツンという耳障りな音が聞こえ、狂った俺の雄叫びが止まった。

 俺は瞼を開き、立ち上がった。

 廊下の電気が消えている。

 寮中のスピーカー全てが沈黙し、残響が消えて静寂が訪れた。

 しかしそれも一瞬の事、廊下の奥――警備員達がいる辺りがざわざわと騒がしくなった。

 それもそうだろう、連中は今まさに女子寮のネットワークを奪還する事に成功した。

 しかし同時に、ノアが仕込んでいたシステムクラッシュのトラップが作動し、ネットワークは正常化せずに壊れたのだ。

 今や予備電源を持たない電子機器は全てストップしている。


 この静けさと暗闇こそが位置についての合図だった。

 俺は暗視、身体強化を起動し、次の合図を待った。

 そしてそれは六秒後に来た。


『警備諸君に次ぐ』


 遠くから――拠点である四階備品室の窓からだ。

 拡声器を通して放たれるその声は俺のもの。

 こちらは合成音ではなくて録音だ。

 冷酷で人間味のかけらもないそいつは、淡々と言葉を重ねていく。


『この部屋には二人の生徒と一人の教員がいる。もしこの部屋に私の許可なく入ろうとした場合は、窓から三人のうちの一人を突き落とす。脅しではない。こいつを見ろ』


 ここからは見えないが、このタイミングである窓がバッテリー式のライトで照らされたはずだ。

 そしてそこには袋を頭から被らされた制服姿の人影が浮かび上がる。

 桜の制服を纏わせた例の人形だ。


 廊下で待機していた警備員達が不穏な気配を発する。

 強く何かを握りしめる音、数名が階段を駆け下りていく音。

 強化された聴覚は寮の外で生じた、誰かがどこかへ向かう足音を聞き逃さなかった。

 もう少しだ。


『学園長をここまで連れてこい。そうすれば人質を一人解放する』


 要求に対し、答える声があった。


『警備の倉田だ。あなたの要求に応えたいが、学園長は午後八時にならないとこの島に帰還しない。もちろん到着次第、あなたの要求は伝える。ひとまず、その子を安全な場所まで戻して欲しい。部屋には突入しないし、他の要求も聞く容易がある。何かないか?』


 耳に心地よい落ち着いた声。

 校舎の屋上で相対した交渉担当とは異なり、発声と喋り方の訓練を受けている。

 しかし今回は交渉相手は存在しない。

 拡声器と繋いだデバイスをノアが操作し、適当なタイミングで音声が流れていく。

 この状況下でやりとりになっていないその違和感に気づくのは困難だ。

 例え気づけたとしても、確信を得るのが難しい。

 考える時間を与えてやるつもりはない。

 違和感は劇物で塗りつぶしてやれば良い。


『私の要求に対し、速やかに応じない事が何を意味するか考えるべきだ。この部屋に四人の人間がいるという意味を、お前達は考えるべきだ』

『――待て。落ち着いてくれ。そんな事をしなくとも、あなたが本気なのは理解している。だから、まずは他の要求から聞かせてくれ』

『しかしいくら考えたところで、理解は出来ないだろう。本当に理解するためには、それを経験するしかないのだ』


 廊下を満たす緊張のレベルが跳ね上がる。

 例の部屋の前で待ち構える連中が、突入の合図を今かと待ちわびている。

 注意がこちらに向けられる事はないだろう。

 俺はトイレを出た。

 窓から漏れる月明かりを遮らないよう気をつけながら、ゆっくりと廊下の突き当たりまで歩いて行った。

 ガラス越しに見下ろした地上には誰の姿も気配もない。

 外を固めていた連中は、人質が突き落とされた時のために備えてライトアップされた窓の下で待機しているのだろう。

 窓の鍵を魔法で解錠、ゆっくりと開く。

 夜の風がふわりと身体を撫で、廊下を流れていった。

 彼我の距離は百メートルほどか。

 振り返ってみるが、こちらに警備が気づく様子はない。

 気圧の変化を感じても、俺があの部屋を出る時に開けておいた寮東端の窓から入ってきた風だと思うだろう。

 インサイドマンに夢中になっている。

 俺は壁に背中を預けて、タイミングを計った。


『よせ! そんな事をすればどうなるのか解っているのか! 確かに我々は魔法を使って助けるし怪我はしない! しかしこれは今までのお遊びとは異なるぞ。明確な悪意を持ってそれをすれば、あなたの立場はなくなるし、今日一日が全て無駄になる! だからよせ!』


 警備員の焦り方に、今度は俺の方が強烈な違和感を覚えた。

 待て。

 おかしいぞこれは。

 連中だって魔法を使って窓や部屋の様子を確認してるはずだ。

 今まさに突き落とされようとしているのが人形だって事くらい、そろそろ見破っただろう。

 それでも室内に生身の人間がいるから交渉に応じているだけ。

 そのはずなのに、これじゃまるで人形じゃなくて――。


『これから行うのは本番ではなくリハーサルだ。よく見て、よく理解しろ』

『ま、待て。せめて袋を取ってやれ! その子も呼吸が荒くなっている! 地上で受け止めても本人にその準備が出来てないと危険だ! だからせめて布を――』


 呼吸が荒い……?


『さあ、落ちろ』


 それは人形が落下する合図にして、俺が飛び降りるための合図だった。

 違和感を引きちぎり、俺は窓から飛び降りた。

 四階からの落下時間は二秒もかからない。

 地面に触れた瞬間、強化された身体を転がして衝撃を吸収。

 勢いを利用して女子寮脇の茂みに飛び込んだ。

 周囲を警戒するが、俺の存在に気づいた者はいなかった。

 このまま遮蔽物を利用しつつ島を北上し、学園長邸まで行けば良いのだが、靴底に噛み終えたガムがへばりついたように、足の具合が悪かった。

 現場がどうなってるか見たいという衝動に襲われたが、徹底した精神安定訓練は俺から人間味を即座にそぎ落とす。

 副作用と言うべきか、頭の中は余計に冷えてしまって、身体からも余計な力が抜けた。

 ガムはくずかごに収まったのだ。

 俺は音を立てずに茂みの中を進み始めた。

 学園長邸を目指す俺の背を、遙か彼方から風に乗ってやってきた誰かのため息が引っ掻いた。


『――蛍ちゃん、どうして……』


 ……馬鹿だなあ、ホント。



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