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魔法の様々な鍵が解除され、小部屋の扉が開いた。
一目で全貌が見渡せる広さだったが、奇怪なものが多すぎて目が痛い。
最初に悲鳴を上げたのはノアだった。
「こわっ! 淑女の部屋ってよりは魔女の巣だな、サバトでもやってんのかよ……」
「ちょっと、言い過ぎだって……」
ノアをたしなめる蛍も顔が引き攣っていた。
俺は爬虫類のように温度がない桜の視線を感じながら、内心でノアに同意した。
部屋の真ん中に置いてある小さなテーブルは問題ない。
というか、問題ないのはそれだけだ。
暖色系の明かりが照らす他のモノ達は、無言で狂気を放っている。
壁の棚にぎっりしと並ぶ極彩色の瓶詰めと謎のホルマリン漬け、天井から吊された黒いシミのついた無数の人形、床に転がる虫かごは時折がたがたと震えている。
高級そうな赤い絨毯が床に引いてあるが、雰囲気のせいで新鮮な血だまりにしか見えない。
一際目を引くのが部屋の一番奥、レースのカーテンが引かれた窓の前に置かれたそれ――異様なまでに精巧な蝋人形だ。
瞬きをしていないのと魔力感知のおかげで生命体ではないと解るが、正直、いきなり話し出してもおかしくないほど生き生きとしている。
モデルになった人間は二十代前半くらいの小柄な美女らしいが、その真っ黒な瞳と赤い唇を見ているとムスコが小指サイズまで縮こまり、心臓が恐怖で高鳴った。
「正視すると危険ですよ、灰尾さん。男性の場合、理性の一部を食べられてしまうと聞いていますから」
桜に耳元で囁かれてびくりと跳ねる。
なにそれ、なにそれぇ……。
そんな呪いのアイテム、どこで手に入れたのぉ。
「……桜ちゃん、あれ、な――誰なの?」
蛍が直視しないように気をつけながら、それについて尋ねた。
「あちらは宮永クリスティーヌ由麻代表です。支部を立ち上げた時に寄贈していただきました。我々組合員と拠点を昼夜問わず、魔術的にお守りいただいています」
「宮永……ああ、宮永派だったね、そう言えば……あの、ひょっとしてお亡くなりになったとか?」
「いえ、ご存命です。現在は当局や組合の他派閥から追われているため、地下に潜っているとの事です。支部長によると、世にはびこるあばずれの尻軽女を滅ぼすべく、古の禁術を蘇らせようとしているそうです」
「そっか。偉いね」
蛍の雑な返答を責める気にはならない。
ただ、俺が気になったのは津崎教諭である。
脱皮したクマを談話室に放置し、ニコニコと俺達の後をついてきてくれた彼女はじっと蝋人形を見ているだけ。
生徒が寮の一室を勝手に改造してサバト――じゃなくて淑女のナントカをやっていたにも関わらず、苦言を一つも口にしていない。
トレードマークらしい春の野に咲く愛らしい花のような笑顔を浮かべたまま、無言で佇んでいる。
「あの、津崎先生?」
まさかと思った俺は目の前で手を振ってみた。
反応無し。
立ったまま気絶しているようだ。
「……まあ、この方が都合はいいか」
俺は津崎先生を蛍に預け、えらく顔色が悪いノアに声をかけた。
「おい、大丈夫か。仕事に取りかかって欲しいんだが」
「ん、あ、ああ。女子寮システムの乗っ取りだったな。それはいいんだが……あのさ」
「なんだい?」
「あの怖いの、部屋の外に出せないかな。凄い怖いんだけど」
「そうだなぁ」
例の人形にとある価値を見いだした俺は、部屋に出すよりももっと建設的な扱いを提案したかった。
しかし建設的というのは俺にとっての話であり、桜をはじめとする組合員にとっては大変冒涜的な話であった。
信頼関係を築こうとしている以上、どさくさに紛れてやっちまうというのも問題だ。
だが何と言って切り出したものか……。
俺は悩んだ末、単刀直入に聞いてみることにした。
「なあ桜。あの人形、窓から突き落としてもいいかな?」
「はい。構いません」
「そこをなんとか――あれ?」
強い拒絶が返ってくると思いきや、意外な返答を耳にして驚いた。
思考が読めずに混乱する俺に対し、少女は何でも無いように告げた。
「どうせ勝手に帰ってきますから。部屋から追い出したり破壊したりしようとしたとした事がこれまでにも何回かあったのですが、翌朝にはあそこでああして立っていましたし」
「――関節動くの? あれ?」
「動きますよ。それに触ると柔らかくて、ちょっとだけ暖かいです」
自前のゴツい端末と眼鏡型デバイスを駆使してハッキングにとりかかっていたノアが、大きな声でえずいた。
意識をどうにか取り戻した津崎が再び気絶し、蛍がぶるぶると震えた。
素人共とは違って専門の訓練を受けた俺はパンツを軽く湿らせただけでとどめた。
「ですが気をつけてください」
本当にあった怖い話的な感じで、桜は俺をじっと見つめた。
「宮永代表像に蛮行を働いた者は数日間、耳の中で聞こえる謎の咀嚼音に悩まされたそうですから」
ふうん……まっ、一生じゃなけりゃいいか!
俺は自分にポジティブな暗示をかける事に成功した! した!?
「あと、窓から落とすのでしたら手は触れない方がいいですね。時々掴んでくるそうですから」
「……はい」
ワイヤーか何か探さないと、ポジティブ死んじゃうね。




