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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
序幕「失業。傘を差し出す悪魔」
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 他の隊員が俺の相手をしている間に粘性化解除術式を編み上げ、即席の呪文で展開した――言葉にすれば心臓に悪い所行だ。

 腕利きの魔道師でも十分は苦労する構成にしてあるのに、こいつと来たらサンドイッチを作るみたいにあっさりだ。

 明らかに近接戦も得意なくせに、魔法の腕も相当なレベルらしい。

 ほんと、どっちでもいいからちょっと分けて欲しいわその才能。


「小馬鹿にしたようなムーディーな発光はあれか、粘性化を敵が解除した時の見極めのためかな。後は

そうだな、発光する粘性化領域と発光しない粘性化領域、そして非粘性化領域を混在させて攪乱を狙ったりとか、そういうやつ?」


 強烈なプレッシャーと相反し、そいつはいたって気さくに話しかけてきた。

 時間稼ぎに声でもかけてみようかと考えていたところだったので、先手を取られて微妙な気持ちになりながら口を開く。


「この状況で出来るやつアピールかよ。何なら俺のベストポジションでも予想できるのか?」


 そう言って腰をくいっと動かしてみせる。

 どうかわされるかと様子をうかがっていると、そいつは自分の股間に濡れた中指をあてがい、微妙な角度をつけて見せた。


「中心よりやや右、先を尻の方向に向ける具合が一番落ち着くんじゃないか?」

「何、だと……?」


 俺はぎょっとして、戦闘でずれていたポジションを素早く戻した。

 それはまさにそいつの言うとおりの位置である。

 俺はゴクリと喉を鳴らした。

 こいつ、強い。

 間違いなく強い――。


「ふうむ。大事な部分が万全になったらしいが、さてどうする。君の時間稼ぎが終わるまでやり合うか?」


 ……まあ、そりゃ気づくよね。

 籠城して屋上から無意味な挑発、突入してきたところにわざわざ姿を現してぐちゃぐちゃ暴れてんだから、時間稼ぎをしている事なんて誰だって解る。

 でもそれを面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいから止めて欲しいな。


「あー、出来ればほら、何もせず時間までお喋りしてるってのはどうです? おたくみたいに話が通じる美人って割といない訳ですし」

「顔が見えないのに褒められても全然嬉しくはないが……まあいい」


 俺の軽口に対してそいつは首を横に振ったが、何を思ったのか首に手をやると、ひょいとバイザーを脱いだ。

 露わになったその顔は特別美形ではなかったが癖のある目元は中々魅力的で、俺はリアクションに困った。

 しかしそんなこちらをよそに、気だるげに髪をかき上げながら声をかけてきた。


「それで? 話題はなんだ?」

「……はい?」

「だからほら、君の時間稼ぎが終わるまでお喋りを楽しむんだろ?」


 さも当然という風なその様子に、俺は顔をしかめた。

 フェイクの類いではい。

 単純に交戦の意思がないのだ。

 最も強力な戦闘員がこういった態度を取るという事は、これはもはや戦闘どころかじゃれ合いですらなかったという事だ。

 すなわちこいつの役割は目。

 しかしその雰囲気を考えると、見ていたのは俺ではなく、転がっている連中だったのかもしれなかった。


「あんた、新兵訓練の監督官か何かか?」

「ああいや、不快に思わないで欲しいんだがね。そこまでやる気が無いわけじゃないし、君がのした連中も新兵でもない。ただ――」

「実戦経験に乏しい奴らの訓練と、俺のテストを一緒にやろうとしたわけか。ついではどっちだ?」

「私は現場の人間だからね、今回の構造は把握していないよ。メインはもちろん君だろうがね。ただまあ、君ならよく解ると思うが、こちらも爪は隠しておきたいんだ。組織としても個人としてもね」

「そりゃまあ、そうだろうが……」


 俺がこの先どういう立ち居振る舞いをするにしても、実際にどういう手段を講じてどういう展開で敵対存在に対抗するかを、わざわざテスト程度で晒すのは愚の骨頂。

 だからといって兵士の訓練を一緒に行おうというのは呆れる話だし、有効性も疑わしいところだ。

 得られるものが何かあるのだろうか。


「俺を雇う事に反対してる奴らに有用性を示すって話はどうなんだ? そもそも反対すらされてないのか?」

「いいや、大反対だ。保護者や関係者の視察以外で、男がこの世界に入った事は無いんだしね。それも長期滞在で教師をやるというんだから、それはもう大騒ぎさ。君が就任したとしても反対は続く。そもそも説得なんか不可能な話だよ」

「それじゃこの乱痴気騒ぎに意味なんかないだろうに」

「学園長のやる事だから意味はあるさ。私達に解らないだけでね。だが個人的には、こういった通過儀礼は君のため――外界からやってきた人々のためでもあると、そう考えている」


 女は値踏みするかのように俺をじっと見つめた後、静かに話し始めた。


「ここは物理的な話だけでなく、精神的な意味でも異界であるんだ。生徒、学園関係者、警備、島民……当然だが誰も彼もがその人の事を知らない。情報を得られる者はいても、ぼんやりとしていて落ち着かない。解らないものは怖いんだ。君は異邦人であり異物であるんだ。それがこの通過儀礼を経て、輪郭と影を与えられ、初めて個人として認識される。現在進行形で皆が君の振る舞いに注目している。だから君は既に、ある意味ではクリアしていると言っていい。注目されないのが一番まずい。これまでにこの〝テスト〟で素晴らしい成績を収めたものの〝不合格〟になった者は少なくない。彼らは皆の目に入らなかったか、入ったものの目を逸らされた。認識されなかったという事さ――この世界の一部になれなかったんだ」


 境界を越えて異なる社会の一員になるための通過儀礼。

 まるで一昔前の村落か何かの話みたいだ。

 いや、みたいではなくてそのものか。

 ここが物理的意識的異界であるならば、俺はまさしく鬼か天狗の類い。

 彼らと同じ人間になる必要があるのだろう。

 しかし、だ。


「……自供するのも辛いが、俺がこの島に来てやった事と言えば、強制わいせつに始まりホーミー未遂、女装、セクハラ、脅迫、暴行、動物の拉致、馬鹿な子供を騙したりと、とてもじゃないが共同体に加えたくなるような振る舞いは何一つしていないぞ。退治されるべき化け物だと思うが」


 幾らか罰の悪さを感じてそう言うと、女はくすりと笑った。


「ひどい男だな君は」


 それは大人の仕草ではなく、蛍と同じ年頃の少女のような、全く邪気のないものだった。

 歴戦の、おそらく何人もの敵を殺してきただろう人間が見せるような表情ではなかった。

 そのせいで俺は掴みかけていた相手の輪郭を見失い、奇妙な寂しさと孤独を覚えた。


「でも、悪い人間ではない。私は今そう思ったし、君に会った者もそう思ってるだろうさ」

「馬鹿な事を。俺は――」

「自分の姿は自分には見えないよ。君は自分の事をクズだと考えていて、君の事をそう考えている人間もいるだろうがね。だからそれが真実かというと、そうじゃない」


 ――ふざけるな。

 訳もなくその物言いに腹が立ち、言い返してやろうと思ったが、胸ポケットに振動を感じて口をつぐんだ。

 時間が来た。

 戻らないとあっちが勝手に始めてしまうだろう。

 これ以上言葉遊びに付き合ってる暇も意味もないし、尻の青いガキ二人の相手をしてる方がよっぽどマシだった。


 どうせ襲ってきやしない。

 仮に襲いかかってきたら、跡形も残らないほどに魔法で吹き飛ばしてやる。

 そう決めて背を向けると、空気の読めない女は歩き出した俺を笑った。

 嘲笑ではない。

 歓喜の笑いだ。


「いきなり殺気が膨れあがったな、そこが君の触られたくない場所か。今の今まで人形のように完璧に人間性を消していたのに……暗殺者としては失態だろうが、今の君の方が魅力的だよ」


 返答してやる義理もない。

 構わずにどんどんと遠ざかっていくが、女は更に声をかけてきた。


「ここの人間は君がこれまで会った人間とは比べようもないほど目がいい。君は自分を見られる事をひどく恐れるだろうが、いつか必ず感謝する。私のように、彼らのようにね……ああそれと忠告を一つ」


 廊下を曲がって階段を上ろうとしたその時、女がそれまでのふざけた口調を止めてトーンを落としたため、俺は足を止めて視線を女の方へと向けた。

 すると暗闇に覆われて姿が完全に見えなくなったその場所には、瞳だけが静かに浮かんでいた。

 それはネズミを眺める猫のそれに似ていた。


「私を含め、君がこれまで相手にしてきた者は生徒達を守る警備員であって、学園長――界主たる神志女羅沙の守護者ではない。連中に会う事があっても早まった真似はするなよ……」


 瞼を閉じたのだろう、猫の瞳は消えて闇が完全に支配した。そこにはもう何もなかった。

 俺は視線をきり、階段を上り始めた。


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