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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
序幕「失業。傘を差し出す悪魔」
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「改めまして、こんにちは!」


 自分の現状を直視してしまわないよう、ハイテンションに声を発する。

 ピエロや着ぐるみの中身をこなした事も多々ある俺である、我ながら惚れ惚れする発声と声色だった。

 もっとも、主な相手は十歳以下のガキばかりだったので、戸惑いも少なからずあった。

 しかしどうやら調理室の二人の精神年齢は五歳児くらいだったらしく、一切の疑問を持っていなかった。


「「こんにちは!」」

「元気な挨拶だね! お名前を教えてくれる?」


 俺――いや万次郎の質問に、二人は競い合うように同時に名前を口にした。

 声が重なって普通なら聞き取れないところだったが、そこは様々な訓練を受けた俺である、それぞれの名前を拾い上げる事に成功し、頷くように万次郎を軽く揺すった。


「梢ちゃんと恵麻ちゃん! 二人とも可愛い名前だね!」

「ありがとう!」

「嬉しい! 万次郎さんも格好いい名前だね!」


 犬にさん付けかよ。

 ポメラニアンだぞ。


「ありがとう。ところで二人とも、どうして僕が人間の言葉がしゃべれるのか、不思議に思ってるよね?」

「え? どうだろう? しゃべれるんなら仕方ないし、私も自分がしゃべれる事を不思議に思わないし……」

「そうだよね。最初は驚いたけど、人間だって昔は誰も言葉なんてしゃべってなかっただろうし、万次郎さんを皮切りにみんなしゃべり始めるかもしれないし……」


 何だよその懐の深さは。

 俺の方が困惑するだろうが。


「ああ、そう……うん、でも普通の犬は人間の言葉はしゃべれないんだ。僕が特別なんだよ。それも今この瞬間だけなんだ。ある事を君たちにお願いできるように、神様が力を貸してくれたんだ」

「そうなんだあ」

「神様! 犬の神様って種類は何なの!? 柴犬? プードル? レトリバー?」


 おいコズエ。

 話の流れ的に突っ込むのはそこじゃねえだろ。


「犬の神様は様々な形で現れるから、種類や性別はないんだヨ。それで僕、君たちにお願いがあって――」

「一神教かあ! それとも自然崇拝なのかな?」

「偶像崇拝は禁止なんだろうね。犬が何かを拝んでるところ見た事無いもんね」


 待て。

 何でそんな話を始めるんだ。


「でも私、昔近所の犬が散歩の度にお地蔵さんの前でじっと座るのを見たことあるよ。あれってもしかして」

「地蔵菩薩って事? でも狗子仏性とかだと犬は確か――」

「おい! 犬の話を聞けよ!」


 びくっとして二人が宗教問答を止める。

 やばい。

 思わず地声で怒鳴っちゃった。

 落ち着け、相手はガキだ。

 しかも酔ってるんだから、まともな会話にならなくて当然じゃないか。

 ほら深呼吸深呼吸。


「……怒鳴ってごめんね。僕にはあんまり時間がないから」

「……ううん。私達こそごめんね」

「それで、お願いって何?」


 気まずい雰囲気に気圧されながらも、俺はやけくそ気味に裏声を続けた。


「実は今、僕の仲間達がおなかをすかせて苦しんでいるんだ。さっきまで僕はみんなと一緒にお家で――君達が厩舎と呼んでるところで穏やかに過ごしていたんだけど、突然見たことのない人間の男が来て、僕達のご飯を全部隠してしまったんだ!」

「ひどい!」

「あ、昼前に連絡が来てた変態ね! 何だか知らないけど、しばらく前からエッグが繋がらなくなって、どうなったのか解らなかったけど。そんなひどい事してたなんて……許せない! きっと隠す振りして、動物の餌を全部自分で食べてしまったんだ!」


 通信が遮断されてた?

 となると蛍の言っていた情報系魔道師が校舎内のネット接続を制限してるのだろう。

 この二人が持っている情報が古いってのは都合がいい。


 しかしあれだ。

 俺もそこまではやってない。

 必要なら食べるけどさ、犬の餌。


「ええっと、うん。多分その人だと思う。まあ見た感じ変態的な要素はなかったけどね」


 姑息な俺は万次郎を使って己のフォローを試みたが。


「動物のご飯を食べちゃうなんて変態だよ!」

「そうだそうだ! 地獄に落ちるべき変態だ! 熱した鉄板の上で踊らせるべきだ!」


 口の中の苦みをかみ殺す。


「うん……もう変態でいいよ」


 落ちたテンションを強引に引き戻し、本題へと入る。


「それで、僕は助けを求めて島中を彷徨っていたんだ。そしていい匂いを見つけてここに来たんだ」

「あ! クッキー!」

「やっぱりそうだったんだ!」

「お願いだ、僕と一緒にそのクッキーを持って仲間達のところまで行ってくれないか。お礼は必ずするよ、君達が望むならバター犬にだって――いてっ」


 背中を誰かに小突かれて悲鳴を上げる。

 違った。

 設定はファンタジーだった。

 お礼はもっとファンシーなヤツにしないと。

 というか君、色々知識が豊富なんだね。

 感心したのに気づかれたのか、再び小突かれる。慌てて先を続けた。


「お礼は必ずするよ。君達の瞳が光を失い闇に閉ざされたとき、小さな明かりで足下を照らすと誓うよ」


 ……あれ、ちょっと違ったか?

 十代の女子が好むものを咄嗟に思いつけず、適当な事を口走ってしまった。

 しかし女子二人は何か感じ入るものがあったらしい。


「そこまで言われちゃ仕方ないね」

「急ごう。動物たちが困ってる」


 シラフに戻ったかのような口調でそう言うと、バタバタと動き回り始めた。

 まあ、取りあえず使命感を持ってくれたらしいからよしとしよう。

 俺は仕上げの台詞を口にした。


「ありがとう――ああ、時間が来てしまった。神様、僕にもう少しだけ時間をくださ……」


 悲壮感たっぷりにそう言うと、俺はクッキーの匂いに我慢できなくなっている万次郎を解放した。

 すると小型犬は矢のように調理室に飛び込んでいった。

 予想通り、クッキーを集めている二人におねだりを始めたらしい。


「ああ、解ったから飛びつかないで!」

「きっと急ごうって言ってるんだよ! ね、万次郎さん?」

「……あれ? 万次郎さん?」

「時間が来たって言ってたから、きっと元に戻ってしゃべれなくなったんだよ」

「……役目を果たしたからだね」

「うん。今度は私達が役目を果たす番だね」

「行こう!」


 よし、上手く自己完結してくれたらしい。

 俺は振り返って蛍に頷いた。

 するとどこか遠い目をしていた彼女は瞬き一つ、心得た顔をして頷きを返し、手で一方を示した。

 そちらに行けば厩舎へ向かう二人と鉢合わせしないという意味に違いなかった。

 俺達がそそくさと廊下の曲がり角に隠れて数秒後、調理室を飛び出した二人の女子生徒がこちらとは反対方向へと廊下を走っていった。

 クッキーをねだってまとわりつく小型犬は、二人を厩舎へと急かしているように見えなくもなかった。

 連中なら何がどう転んでも、犬の世話はきちんとやってくれるはずだ。

 目付役の蛍も文句は言うまい。


 足音が聞こえなくなったのを確認し、俺は胸の中で万次郎にワワワンと感謝を告げた。

 清々したこちらとは違い、蛍の方は何となく寂しそうに見えたのでジェントルにフォロー。


「代わりに俺を犬扱いしてくれてもいいんだぜ?」

「保健所ってシステムには反吐が出るけど、あなたには必要なゴールかもね……それはともかく、さっきの約束、ちゃんと果たしなさいよ」


 蛍の釘刺しに俺は小さく呻いた。

 余計な事をまずい相手の前で口走ってしまったらしい。


 調理室に侵入してみると、よほど急いでいたのか、クッキーがいくつか置き忘れてあった。

 試しに口に入れてみた黒いシロクマは少しばかりほろ苦かった。



 薄力粉、牛乳、卵、砂糖、ベーキングパウダー。

 古代エジプト人も食ったと言われる、安くて簡単そこそこ美味いぞこの野郎――ホットケーキ。

 忙しいママ達と逃亡者の強い味方が、取りあえず俺達の胃袋に収まってずぶずぶと消化され始めた。紅茶をしばいてホット一息。


 腹がふくれれば元気と余裕が出てくる。

 慣れぬ事をしたせいもあるだろう、蛍は心地よい眠気に瞼を重くしていたが、自分の頬をぴしゃりとやって活を入れた。

 全く頭が下がるぜと感心しながら、俺は置き土産の一つであるコニャックをちびちび。

 アルコールが胃の中で熱を持てば、罪悪感に似た重みがどろりと溶けていった。


 入れるモン入れたら出すモンも出しておこうと、調理室を出て近場のトイレで用を済ませることにした。

 多感な年頃なのだろう、レディーファーストを申し出たが一瞬で却下。

 余計な事は一切せずに二十秒で戻ってこいと指示された俺は、賢明にも軽口を叩かず十八秒で小用を果たした。

 毛の一本も落としちゃいない。

 およそ半年ぶりに入った女子トイレに、俺の居場所はなかったのだ。

 クソくらいさせろよクソッ。


 蛍はというと、女にしては中々に早くキメてきた。

 それ以上のコメントはなしだ。

 短い時間で俺のベクトルをなかなかの精度で読めるようになったらしい彼女は、例え口に出さずとも頭で考えただけで暴力的な気配を発するようになっていた。

 セクハラハラスメントってやつだ。

 第三者機関に届け出てやりたいところだったが、きっと受け付けてはくれないだろうから涙と一緒に飲み干した。

 きっとそのうち、尻の穴から軽快な音を立てて出て行くに違いない。


 変質者退治したい隊、変質者退治したい隊を捕まえたい警備隊と鉢合わせしないように細心の注意を払いながら、潜伏先として考える図書館へと向かう。

 しかしその途中、大きな衝撃などなかったにも関わらず、階段の天井隅に設置された監視カメラが微かに震えた事に気づき、慌ててその死角に身を隠した。

 突然身体を引っ張られた蛍は、俺の様子から状況悪化を素早く悟っていた。

 痛そうな顔をしながらも文句一つ言わず、視線だけで俺に問いかけてきた。

 音声収集はまだ回復してないと思うが、用心に超したことはない。

 蛍の耳に唇を近づけて囁く。


「端末を確認してくれ」

「ん……」


 息がかかってくすぐったかったのだろう、背筋をぴんとそらせた蛍はいそいそとエッグを取り出し、電源を入れた。

 すると調理室で確認した時は非接続だった端末は、アンテナマークがついたり消えたりを繰り返していた。

 いよいよやばいらしいなと思った瞬間、ディスプレイが真っ暗になり、デフォルメされたハムスターの絵が表示された。

 全身を包帯でぐるぐる巻きにしたそいつは頭を深く下げ、手に「ピンチのためご協力願います」と書かれた看板を持っている。

 どこを触っても端末は動かない。

 しかし熱を持っているから、起動はしている。

 演算機能を奪われ、サイバー戦の補助装置にされてしまったのだろう。

 機材に限りがあるハッカーが良くやる手で、更に言えば追い詰められた時の苦肉の策でもある。

 予想通り、限界に来ているらしい。

 

 カメラへの注意を怠らずにいたのは正解だった。

 コントロールの主導権争いになった時にはまずカメラなどに変化が現れる。その次は空調がおかしくなる。

 図書館までは距離がある。

 ハッカーが後どれくらい持ちこたえてくれるかは不明。

 調理室で道草せず直行していれば間に合ったかもしれないが、図書館に落ち着いた後で警備が監視機能を取り返した場合、サイバー戦の結果を把握するのは遅れたかもしれない。

 どのみち、図書館は一時的な潜伏場所としてしか考えていなかった。

 しばらくすれば必ず見つかるのだから、その前に別の場所に移動しなければならない。

 屋上や非常階段の場所から第一候補として選んだが、自分を取り巻く周囲の情勢に変化があるならそれを利用しない手はない。

 つまり、今やるべき事は潜伏ではなく、消えかけた隣家の火にナパームをぶち込んでやる事だった。


「こいつのところまで連れてってくれる?」

 ディスプレイ上のボロボロハムスターを指さして問いかけると、いかれた知り合いの多い少女は、再びくすぐったそうにしながらこくんと頷いた。

 が、若干意地悪そうな顔をして俺に頭をかがめるよう手で促した。

 条件反射的に俺は膝蹴りを警戒して肘でブロックする体制を作ったが、攻撃を加えられたのは右耳だった。


「ちゃんとついてきてね」


 無駄に甘ったるい囁きと吐息。

 耳の中を舌先で舐められたような感覚に、思わず背筋を仰け反らせる。

 唇を噛むようにして蛍を睨むと、おかえしだと言わんばかりのいやらしい笑みを浮かべていた。

 俺の無様な姿を十分に堪能した彼女は、すっときびすを返して走り出した。

 その背中に写る笑顔の残像を首をぶるぶると振って消しながら、後に続く。


 くそ、してやられた。

    


 蛍の足に迷いはなかった。

 勝手知ったる校舎の中を飛ぶように進んでいく。

 時折「退治したい隊」とおぼしき連中と遭遇したが、警備員服を着たこちらに気づくと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 両者の本来の立場で考えればおかしな反応だったが、必要以上に顔を隠す必要がないのは助かった。

 十分ほどひたすら走り続けた結果、蛍はある扉の前で立ち止まった。


 音楽室の隣に位置するその部屋には、音楽準備室と記されていた。

 蛍は肩で息をしながら扉に手をかけたが、渋い顔でこちらを振り返った。


「この中だと思うんだけど、鍵がかかってる」

「オーケイ任せろ」


 扉の錠前部分に手をかざして解析魔法を起動。

 物理錠、魔法錠の複合型。

 学校の教室とあってレベルはそれほど高くない。

 生徒が使うことを考慮しているのだろう、電撃や通報といった不正解錠時の対策はとられていない。

 俺のような経歴の人間にとっては居酒屋ののれんのようなセキュリティだ。

 いつもなら魔力痕跡を残さないため専用の機材を使うが、そうもいかないので大人しく魔法で解錠する。


「開いた」

「早っ! まだ五秒もたってないわよ」

「俺の得意分野さ。女の鍵を開けるには手間取るがね」

「あ、そう」


 あっさり流した蛍は扉を開けてさっさと中へ入っていく。

 別に下ネタじゃないんだけどなあと思いつつ、音楽準備室の中に足を踏み入れる。

 カーテンを閉め切った室内は暗く生ぬるく、空気が淀んでいた。

 蛍は明かりをつけず、暗闇に目をこらして楽器やら譜面台やらの間をすり抜けていく。

 たどり着いたのは楽譜がぎっしり収められた棚の奥、壁に直接備え付けられている姿見の前だった。


 薄闇の中に立つ蛍と俺の姿が鏡の中にぼんやりと映っている。

 ふと俺は目の前の鏡に違和感を覚えた。

 そしてすぐにその正体に気づき、蛍が明かりをつけなかった理由に思い至った。


「錬金加工された任意鏡か」

「そう。去年の冬にね、学園のいくつかの場所で怪奇現象が起きてるって話があって、うちのクラスで色々と騒いだんだけど、その時にこの鏡を見つけたの。ちょっとまずっちゃって、電気がつかなくなっててさ。ライトで周囲を照らして見ると……」

「鏡の中に光が吸い込まれるような感覚に襲われたわけだ」


 任意境は所有者が指定した人間以外の注意をそらすことが可能な代物だ。

 ちらりと鏡を見ても何となく視線が流れていく。

 強い目的を持って注視すればそういった効果も発揮できない程度の機能だが、設置場所を考えれば結構に使える。

 ただ、明るい場所ならともかく、暗い場所で見る鏡というやつは人の意識を強く引くため、それを逸らそうという機能が働くと必然的に違和感が生じる。

 蛍のようにライトを当てれば、光が吸い込まれるか拡散されていくような感覚に陥るはずだ。


「うん。六年くらい前につけた傷もなくなってたから、別の鏡を誰かが置いたんだろうって思ったの。誰かってのは予想がついたから、その時は見逃してやったんだけど」

「寛大だな」

「ま、全寮制の女子校ってストレスたまるしね」

「わかるぜ。俺の通っていた中学校も男だけだったからな。スタンダードにゲイに走るやつ、椅子の足に性的な魅力を感じるようになったやつ、逆に全く勃たなくなったやつもいたな」

「……ちなみにあなたはどれだったの?」

「俺は校庭をお花で埋め尽くそうとしていた」

「……辛かったのね」

「ああ」


 慈愛に満ちた蛍の声に目頭が熱くなったが、俺は頑張ってこらえた。

 訓練のたびに痛みで鼻水を垂れ流していたせいで、十以上も年の離れた他の訓練生たちからハナタレと馬鹿にされていたが、連中も俺が世界を花で埋め尽くそうと休み時間のたびにスコップを振るうようになってからは憐憫と恐怖を込めてハナタロウと呼ぶようになった。

 同情したのだろう、いつの間にか手伝う人間が出てきて、俺たちが卒業する頃には殺風景だった校庭にはちょっとした花畑ができた。

 あれから数年たった今も、ヤックランドと親しまれながら訓練生たちの手により存続しているという。

 枯れ葉剤でもまいてやろうか。


 震える俺の肩を優しくたたき、蛍は鏡に視線を戻した。


「あいつ、きっとこの鏡の中に通路か何かあるんだと思う」

「そうだろうな。任意境は基本的に入り口の目印として使われる訳だし。開けてみよう」


 鏡に手を触れる。

 罠はない。

 誰かが意図せず接触した時に何か起きればせっかくの任意境の意味がないからだ。

 ただの鏡を装っている……が、俺の魔力感知が鏡の裏側に探知魔法をだます術式が使用されていることを気づかせた。

 感知能力は術式によって通常時よりも精度がおぼろげになったが、感覚であって魔法でないのが強み、鏡の向こう側に魔力の塊があることはわかる。


 出入りに使っているのだろうから、簡単に開け閉めできるようになっているはず。

 しかし当然、中から鍵をかけているに違いないが、鍵穴は見当たらない。

 外からは鍵をかけず、中に入った時だけ鍵を閉めるトイレタイプか。

 下手に鍵穴をつけてしまうより逆に安全でもある。

 まあ鏡の強度自体は大したことないから、吹き飛ばすのは簡単だが、こちらの存在に気づかれずに先手をとりたい。

 探知欺瞞はあるが干渉防壁はないようだから、錠前の位置さえ把握できれば直接手を触れずとも解錠できる。

 探知がだめならここは原始的な手段に頼るとしよう。


 鏡に耳を当て、表面を音がしない程度に静かに叩く。

 鏡を流れるかすかな振動を耳から拾えるのを確認し、構造把握の術式を起動する。

 トントントントントン。

 すると今までにインプットしてきた様々な物体のデータを元に、鏡の全体構造が振動音から立体的なイメージとして頭の中に再現されていく。

 一昔前の爆弾解体時に使用されていた術式は、十秒ほどで鍵のありかを俺に知らしめた。

 しかしこの鍵、複雑な代物ではなく、ただのサムターンじゃないか。

 いよいよトイレだな。

 そりゃまあ外部から解錠される事は考えてなかったんだろうけど。


 イメージを元に鍵のありかに力場系の魔法伸ばし、想像上のサムターンを回す。

 するとカチリと安っぽい音が響いた。

 反応がないのを確認し、そっと鏡の左端を引くと、扉のように開いていった。

 さて、内部構造を把握しようと顔を半分出してこっそり中をのぞき込むと、


「……すみませんが、現在使用中です」


 手を伸ばせば鼻に触れそうな距離に座り込む、一人の少女と目が合った。


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