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魔法先生なんてガラじゃねえ!  作者: 砂握
序幕「失業。傘を差し出す悪魔」
13/48

13

 これっぽっちも関わり合いになりたくなかったのだろう、最愛の子馬に顔を埋めて自分の世界に入っている相沢を尻目に、俺と蛍は気を失った警備員をてきぱきと厩舎の隅に運んだ。

 藁を上手い具合に被せると、ぱっと見では解らない。

 まあ本気で隠すつもりなら魔法で炭化させて周囲にばらまくところだが、不可能なのでこの程度。

 どのみち警備部の猛者共は仲間捜しに人数をかけたりはしないだろうから、適当で良かった。


「はいこれ。匂いとか嗅がないように」


 蛍が作業着一式を渡してきた。

 頼香に着せていた、つまりは俺が元々身につけていたものだ。

 またしても女を裸にひんむく役割は蛍に奪われた。

 好みの女では決してなかったが、男のかなしい性か、何となく残念だった。

 悔恨と共に受け取ると、作業着はまだ人肌の温もりが残っていた。


「どうしたの? 早く着たら?」

「いや、これを身につけると何だか新しい快感に目覚めてしまいそうで――う、ウソウソ。ちょっと考えるところがあっただけ」

「へえ?」


 不審を通り越した目で俺を睨む少女に、誤解されないように言葉を投げる。


「俺はこれから西――学園校舎を目指すつもりなんだが、作業着姿は目立ったりしないのか?」


 蛍ははっとした顔をして頷いた。


「確かに、そうね。島民は基本的に学園には近づかないわ。とても目立つと思う。となると……吹雪さんの服を脱がして着る?」

「話が早くて助かるよ。あと七分くらいでここを離れるから、急いで持ってきてくれ」

「はーい」


 駆けていくその背から顔を逸らし、俺は子馬に現実逃避している少女の元へと向かった。

 気配で察したのかちらりと目の端でこちらを見た相沢は、びくりと身体を震わせた。


「へ、変態! 来ないで!」


 恐怖と嫌悪を露わにする相沢を和ませるため、俺はボクサーパンツで覆われた己の尻を景気よく叩いた。

 パァンと中々にいい音が鳴る。

 相沢は混乱してるようだ。 


「まあ落ち着け。聞きたい事を聞いたらすぐにここから消えるから」

「……」

「ここの犬を二匹借りたい。もちろん怪我はさせないし、この一件が無事解決した暁には犬用の最高級肉をたらふく食わせてやる。繁殖相手の世話もしてやる。もちろん、望むならその馬やお前もだ。な?」

「……な? じゃないわよ。わけわかんない……大体、さっき協力するならここの子達には手を出さないって言ったでしょ!」

「怪我はさせない。ただちょっとそこいらを走り回ったり、愛想を振りまいて欲しいだけだ。とにかく、体力がある遊びたがりの大型犬を一匹と、見た目が凶悪なほど可愛い小型犬を一匹欲しいんだ。ここの事をよく知ってるお前なら解るだろ? 教えてくれ」


 すると相沢の怯えるばかりだった瞳に怒りがこもった。


「教えるわけないでしょ。ふざけないで」

「そっか。じゃあ自分で選ぶよ。邪魔したな」


 返答を予想していた俺は間髪入れず笑顔で肩をすくめ、相沢に背を向けた。

 すぐさま背後で少女が立ち上がる音が聞こえる。

 そうそう、それでいい。


「ま、待って! そんなことしたら許さないから!」


 俺は半身で振り返り、二つの拳を力一杯握りしめて立つ少女に真顔で問いかけた。


「許さないからなんだ? 力尽くで止める気か?」


 それだけで相沢の虚勢にあっさりヒビが入った。

 唇を噛みしめ、俺から視線を逸らす。

 畏れと迷いに揺れる瞳は、しかしすぐさま決意を持って俺に挑んだ。


「――ここの子達を使われるくらいなら、私が協力する。それなら、どう?」


 ほう。

 こいつも中々に見所がある。

 動物共を守るためとは言え、警備員二人を倒した半裸の男相手に立ち向かい、そこそこ冷静に取引を持ちかけてくるとは。

 いやいや、そうしてくれる事を願って始めた寸劇だが、立派立派。


「いいだろう。大型犬の役目はお前に任せよう。しかし可愛い小型犬は必要だ」

「で、でも」

「安心しろ。本当に怪我はさせないし、俺を信用できなくてもこいつ――蛍なら信用できるだろ?」


 揉めているのを知って慌てて走ってきたのだろう、警備員服を抱えた蛍が鬼の形相で振り返った俺を睨み付けていた。


「どうだ?」


 相沢は不安そうに蛍を見つめ、蛍は何が何だか解らないままに「大丈夫。私に任せて」と不敵に答えた。

 相沢は逡巡したが、最後にはこくりと頷いた。


「お願い」



 警備員の携帯端末を片手に、悲壮な決意に満ちた顔をした相沢を送り出した後、俺と蛍は厩舎を出た。

 向かうは西、学園校舎である。


「あはは、だめ、顔はなめないでってば。あは、あはは」


 蛍がくすぐったそうに身をよじる。

 無論、俺が前戯に及んでいる訳ではない。

 女子高生をナニをなめたか解らない舌で一心不乱になめ散らかしている下手人は、注文した小型犬――雄のポメラニアンである。

 原産地のポメラニア地方に名を由来する薄茶色の毛玉は、まともに購入しようと思えばそこそこのコールガールと一晩遊べる金が必要となる。

 しかしその値段に相応しく、愛玩犬として完成されたその見た目は、老略男女問わず骨抜きにする。

 その見本とも言える傍らの少女を見つめ、俺はため息をついた。


「世話してくれるのは助かるんだが、もう少し静かにしてくれよ。川を越えたらいよいよ学園の敷地内だ。通り過ぎる必要がある運動場には二人一組の警備員が定期的に巡回してるんだからな」

「解ってるってば。でもこの子、凄くはしゃいじゃってるから」

「はしゃいでるんじゃない。必死で媚びを売ってるんだよ。それがこいつらの仕事だからな」

「うっわー、歪んでる大人の偏見って感じー。可哀相な人生送ってきたんでしょうね? ねー?」

 

 上機嫌の蛍は俺の嫌みもあっさりスルーし、抱えた毛玉に顔を埋めた。

 俺をちらりと見やった毛玉の二つの瞳が、ほれ見てみいワレェ指でもくわえとけやボケェと言っているような気がして、俺は舌打ちをした。


「飼うならやっぱり猫に限るな」

「あら以外。あなた猫派なの?」

「全く相手にされないからな。それがいい」

「相手にされないのがいいの? 良く解らないわね」

「こっちが友好的にしようが餌で釣ろうがその気がなけりゃ無視するだろ。大抵の動物ってのは飼われちまうと飼い主に媚びを売り、忠実になる。自分のペースを合わせるんだ。俺はそれがあまり好きじゃない。必要なのは解る。だが足並みを揃えて欲しくはないんだ。猫は飼われても割とマイペースだろ? もちろん連中だって媚びを売るし、犬のようなやつもいる。でも好きに生きてるって感じがしていいんだよ、俺には」

「ふうん。あなたみたいなタイプ、私はてっきり警察犬みたいな強くて忠実な動物が好きなのかと思ってたけど、実は正反対だったのね。でも、そうか。ふうん」

「何だよ?」

「いやいや、以外に感受性が強くて優しい人だったとはねえ」

「……どうしてそうなる。俺は媚びを売られるのが嫌いだって言っただけだろ」

「そうかしら? 今の話ぶりだとむしろ、自分よりも自分に飼われる生き物の気持ちを考えてるようだけど。無理に俺に合わせなくていい、例え一緒にいても君は君の歩く速度で生きてくれ――いやー、ロマンチストねー」


 蛍はにやにやと笑いながら俺を見た。

 なんともはや。

 そういう風に好意的に取られるとは思わなかった。

 今の話は所詮、例え話に近い。主人は雇い主でペットは俺だ。

 今は書類上クビにはなったが、精神的・事実的には変わらず国家機関に飼われている。

 自分がした事を考えればそれは仕方がない事だったが、他者に飼われるにしても出来れば犬ではなく猫になりたかった。

 だがそれは無理だった。

 結局俺は猫になりきれず、かといって犬にもなりきれず、犬小屋の狐となった。

 犬のように群れず、社会性もなく、瞳も猫に似ているが、それでも犬科の生き物だ。

 飼えば懐くし尻尾も振る。

 それが現実だった。


「私はね」


 蛍は犬をあやしながら小さく嘆息した。


「きっとペットは飼わないわ」

「俺もだよ」

「そう」

「ああ」 


 お互いにその理由を問う事なく、俺達は口をつぐんだ。

 ぼんやりとした共感を覚えていたのは俺だけだっただろうか。

 どこか霞んで見えるような蛍の微笑からは何も読み取れなかった。

 読み取る気も起きなかった。



 進行ルートは予想通り安全だった。

 それほど速度を落とさずに動けたため、午後二時近くには川を越えて校舎手前の運動場に到着する事が出来た。

 スムーズに行けたのには理由がある。

 ここいら一体が厩舎で眠る二人の担当区域だったからだ。

 もう少しすると他の組が再チェックに来るはずだったが、何とか間に合ったらしい。

 端末を細かくチェックできればもっと情報が手に入れられたが、間違いなく発信器がついているあれを持っていると、定時連絡をよこさない事を不審に思った中央管理者に強制的に電源を入れられ、居場所を把握される。

 と言うわけで手に入る情報は全て頭に入れ、一つは厩舎に放置し、もう一つは相沢に持たせた。

 相沢は今頃人目を避けつつ島中央の商店街区画に移動している頃だろう。

 そのまま電源が入らなければ他の生徒のように寮に戻り、適当な場所に端末を放置する。

 電源が入れば応答を求める警備員に対し、不審者に捕まっているから助けてと悲鳴を上げる予定になっている。

 犬には出来ない芸当である。心の優しい女の子でお兄さん本当に良かったよ。


「それで、ここからどうするの?」


 運動場の端に生い茂る林の中。

 昼の陽射しに白く輝く校庭を見つめ、蛍が小声で尋ねてきた。

 俺は強化した視覚で周囲を探りながら、同じく小声で返した。


「まずはここで待機して警備員の行動を観察しながら誘導を行う」

「誘導? どうやって? この子を使うって事?」

「いや、そいつの出番はまだだ。誘導するのはお前。例のエッグとやらの電源を入れてくれ」

「ちょっと待って」


 警備員服のポケットから卵形の端末を取り出した蛍は、指で何度か素早く操作した。


「オッケー。で、次は?」

「質問なんだが、学園の生徒がよく使う掲示板みたいなサイトないか? 公式よりは教師の悪口やぶっちゃけた話を書き込むような、出来るだけ利用者の多いやつの方がいいんだが」

「あるわよ。先生達には見せられないようなやつ。でももちろん、誰かが監視してる場所でもあるけど」

「ああ、それでいい。そこに匿名で学生寮と校舎の間付近で作業員服を着た変な人を見たと書き込んでくれ。自然に頼む」

「ふむふむ。生徒の注意を引いて警備の注意を引くのね。了解、任せといて」


 こういった何となく悪い事をするのが楽しい年頃なのだろう、蛍は意気揚々と端末をたたき出した。しかし、すぐに指を止め目を見開いた。


「うわっ、まずい……」

「どうした?」


 遂に相沢が捕まったか。

 以外に早かったなと思いつつ、蛍を横目で見ると、蛍はエッグのディスプレイを俺の方に突き出した。


「見てこれ。しばらくチェックしてなかったから知らなかったけど、しばらく前から血の気の多い生徒達が自分達の身は自分達で守るって主張してたらしくて、変質者退治を始めようとしてるわ!」

「なに……?」


 俺は耳を疑ったが、ディスプレイを読む目は蛍の発言を肯定していたため、一瞬混乱した。

 しかしすぐに状況を把握すると頭をかいた。

 簡潔にまとめると、掲示板には腕に覚えのある者はここに集合せよと、場所と時間が書いてあった。

 書き込みによると既に二十名近い賛同者が集まっているらしく、教師や警備の者達とちょっとした小競り合いまで起きているらしい。

 しかも掲示板の管理者が変質者を捕まえた(もしくは×した)者には賞金を出すとまで宣言しているため、純粋な義憤に駆られた者だけでなく、賞金目当ての個人・小集団がこそこそと動いているようだ。

 現時点では警備のがんばりによって寮の外には出ていないとの事。

 うら若き少女達の巣はつつけば爆発する蜂の巣のようになっているらしかった。


「君んところの学友は何というか……」


 俺がげんなりした顔でそう言うと、蛍は慌てて首を横に振った。


「違う違う! これは一部の生徒だから! と言うかね、春休みは外の世界で羽を伸ばせるから普通の子は学校が始まるぎりぎりまで帰ってこないの。早く寮に戻ってきてる子とか、そもそも家に帰らなかった子とかは、その……」

「親も手に負えないじゃじゃ馬ってわけか」

「う……」


 否定できないのだろう、蛍はぎくりとした顔で俺から視線を逸らした。

 彼女もまたじゃじゃ馬の一人なのだろう。

 俺はため息をついた。

 教師や警備にしたら哀れな話ではあったが、馬鹿な娘どもが暴れたがっているのはこちらにとっては都合のいい話だった。

 警備の手も幾らか穴が空くだろうし、娘どもを上手い具合に引っ張り出せれば混戦に持ち込める。

 じゃじゃ馬に幸あれ。


「ん、あー」


 端末を忙しくいじくっていた蛍が微妙な顔で呻いた。


「今度は何だ」

「どうやら生徒会が出張ってきたみたい」

「生徒会? 会長様が鞭で馬を引っぱたいたのか?」

「うーん、まあ、大体そんな感じ。やったのは風紀委員長だけど」

「やったって何したんだよ」

「頭に血が上った何人かを保健室送りにしたみたい」

「……話し合えよ。風紀委員長だろ」

「あの人、警備部長の冬実さんが警備員にスカウトするくらい強くて、頼香さんに凄く憧れてるから……」

「そんな暴れん嬢に肩書きなんか与えるなよ。話がややこしくなるだろ」

「うん。実際ややこしくなってるみたい」


 蛍がそう言って苦笑いを浮かべた直後、遠くから爆発音が聞こえた。音の方角を見ると、校庭の向こうの校舎の更に向こうから煙が上がっていた。

 俺の脳みそに保存された地図では、学生寮がある場所だった。


「みたいだな」

「……うん」


 呆然と煙を見つめる俺と蛍をよそに、小型犬の癖して大きい音が好きなのか、ポメラニアンが嬉しそうに尻尾を振っていた。


「本格的におっぱじめやがったか」


 爆発音だの悲鳴だの怒号だのが風に乗って茂みまで届いてくる。

 校庭の隅にある小屋群から飛び出してきた二人の警備のうちの一方が、何かやりとりをした後、学生寮の方に向かって走って行った。

 応援か、あるいは応援で空いた警備の穴を埋めるためか。

 残った一方が校舎の方に向かったのを見届け、俺は蛍に振り向いた。


「よし、俺達も学生寮に行くぞ」

「ええ!? 校舎に入るんじゃなかったの? ひょっとして野次馬に行く気?」

「馬鹿言うな。もちろん校舎でしばらく潜伏するさ。一番隠れやすそうな場所だしな。ただ状況が変わった。学生寮の方で騒ぎがあったせいで警備の手が減った。するとどうなる?」

「そりゃあ、侵入しやすくなるんじゃないの?」

「逆だよ逆。今までは人手が足りてたからコンビが動きながら有機的に警備・捜索が出来ていた。しかし数が減ればそれは不可能になる。となれば残った警備員は持ち場に固定する。巡回できなくなった場所は後方担当が魔法や電子機器を使ってカバーするだろう。捜索はともかく、入り口を守る警備は面倒だ。動いているやつより止まってるやつの方が狩りにくい」

「ふうん。それで、寮に行く理由は?」

「まず第一に俺達の格好を見ろ」

「警備員服……ああ、なるほど。落ち着いてたらすぐに他人の変装だって解るけど、場が混乱していたらばれにくい?」

「正解。もう一つは闇討ちしやすいって事だ。暴れる生徒にも落ち着かせようとする警備にも目的がある。でも俺達はどっちがどうなってもいい。都合が良い方に状況をコントロール出来る」

「んんと、警備員をこっそり倒していって〝変質者退治したい隊〟の暴走に拍車をかけるって事?」

「あるいは生徒に被害が出ない程度に寮を攻撃して、暴動に加わらず良い子にしていた生徒達にパニックを起こさせる――って何だよそのイカレタ名前」

「私がつけたんじゃないわよ。そう書いてあったんだから」

「まあ、いいよ。とにかく騒ぎが収まる前に行くぞ」

「万次郎はどうするの?」

「――ここに来ていきなり誰の登場だよ」

「この子よ、この子」


 ほらと言って蛍はポメラニアンの首輪を見せてきた。

 そこには洋犬には相応しくない素晴らしく達筆な文字でその名が刻まれていた。


「……ああ、万次郎も連れてきてくれ。戦場に着いたら危なくない場所で隠れてればいいから」

「戦場に安全な場所なんてあるの?」

「こいつは一本取られたな。でもまあ、あるとすればそう……俺の後ろかな、ハニー」

「はいはい。行きましょう、ほら」


 もう慣れたものなのか、蛍は俺の軽口をあっさりとかわし、顎で校庭を促した。

 俺が頷き、万次郎がワンと犬らしく吠えた。



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