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損な人

最近タイガの元に落人と呼ばれる少女が通うようになった。

猿の男として何の魅力も持たない、いい年の男に何故か懐いた少女は、晴れやかな笑顔を隣で見せてくれる。

小さくて可愛くて愛くるしい女の子。

手が届く距離で微笑む少女に、タイガはいつしか惹かれていった。



「アイリさん~、今日のおやつは何ですか~?」

「今日はボックスクッキーです。美味しく焼けましたよ」

「やけたのじゃー!きょうもアイリのおかしはうまうまじゃー!」



ききっと嬉しげに笑った小猿が、愛理の腕に尻尾を巻きつけ手を鳴らす。

すっかりと懐いた様子に微笑みが自然と浮かぶ。

これほどヨウゲンが誰かに懐いたのは初めて見た。

甘えるように喉を鳴らし、擦り寄る姿は母親に甘える息子そのもの。

物心ついてすぐの頃に実の父親に母親を殺された子供が笑う姿は、心温まり喜ばしいものだ。


ヨウゲンに手を伸ばすとその小さな頭を撫でる。

この小猿は兄の幼い頃にとても似ていた。

きっともう少し年齢を重ねれば、兄によく似た格好いい猿に成長するだろう。

巨大猿に成長したヨウゲンを見たときの愛理のリアクションが今からとても楽しみだ。

何しろ、愛理が猿を苦手にしているのはタイガとて気がついている。

憧れも尊敬も嘘ではないだろうが、引かれた一線に気づく程度に、タイガとて愛理を見ているのだ。



「僕のところに持ってきていいんですか~?」

「え?」

「アイリさんには~、ガイホウ君がいるでしょう~?アイリさんの手作りならガイホウ君が欲しがると思いますが~」



複雑そうな表情の少女は、曖昧な笑顔で小首を傾げた。

どうしたのかと目を瞬かせると、彼の実弟であるヨウゲンが答えをくれた。



「あにじゃなら、つまみぐいしてアイリにのされたのじゃ!いまごろいえでばたんきゅーじゃ!」

「・・・おやおや~」

「あの!別に私が普段から暴行を働くとかじゃなくって、今回はたまたま!たまたま当たり所が良過ぎたんです!」

「そうなのじゃ!あたりどころがよすぎて、いっぱつであにじゃはしずんだのじゃー!」



けらけらけらとヨウゲンは笑うが、それが本当なら一大事だ。

何しろガイホウは猿の一族の中でも随一の強さを誇る長だ。

他の誰もがあこがれる猿なのに、彼を一撃でノックダウンなど広まったらただではすまない。

目を見開いて目の前の少女を見ていると、徐々に顔を赤くした愛理は両手で顔を隠して俯いてしまった。



「───全く、酷いぜお嬢ちゃん。俺をぶん殴ったまま放置か?」

「ひっ!?」



突然気配もさせずに現れたガイホウに、愛理が飛び上がって驚いた。

元々大きな瞳が零れそうなくらいに見開かれ、落ちてしまわないかと無駄に心配になる。

密かに焦っていると、片手で腰を掴まれた愛理はそのまま軽い仕草で片腕を椅子に座らされた。

手馴れた様子で愛理を抱き上げたガイホウは、視線の高さまで持ち上げるとにいっと意地悪く笑う。

その笑顔を見た愛理は、むっと顔を顰めると遠慮なく手を振るった。

小さな手がガイホウの肩を叩き、予想より響いた音に驚く。

するとガイホウは益々笑みを深めて犬歯を剥き出しにして愛理に顔を近づけた。

吐息すら触れるんじゃないかと思える距離で、彼はゆるりと唇を開く。



「いいのかお嬢ちゃん。憧れのタイガの前でじゃじゃ馬振りを披露して」

「っ!?ち、違うんです、タイガさん!私、別にいつもこんなことをしてるわけじゃ」

「いいや、タイガ。騙されるなよ。お嬢ちゃんはこう見えて案外に手が早いぞ」

「ガイホウ様!」



きりきりと眉を上げる愛理に睨まれ、それでも蕩けそうな笑顔を浮かべたガイホウは楽しそうだった。


タイガはガイホウの過去を知っている。

父親に殺されかけた兄弟。

実際に母親は失われ、守るために父を殺したガイホウ。


ガイホウはずっと一族の中で浮いていた。

ハーレムを持つ猿の一族。その長でありながら、彼はハーレムを持たない。

女を侍らせる真似事はしても、婚姻関係は一度も、誰とも結ばなかった。

特別は作らず父のハーレムを解体し兄弟たちと縁を切った。

強き猿でいながら異端。

通例を打ち壊す長に、猿たちは戸惑っていた。

孤高の長。尊敬されても理解されない。それが猿族の長であるガイホウだったのに。



「ガイホウ君とアイリさんは仲良しですね~」

「そうだろう、そうだろう」

「誤解です、タイガさん!」



同時に言葉を発する彼らに、タイガは笑った。

本当は年若い少女に心惹かれていた自分を知っている。

一途な眼差しも優しい雰囲気も凛とした雰囲気も回転の速い頭も、全部全部を好んでいた。

こちらを見た瞬間の憧憬と焦燥。

例えその瞳に恋情の欠片すら見受けられずとも、確かに恋をしかけていた。


タイガは誰にも気づかれぬ内に、深く静かに蓋をする。

惹かれた想いに、芽生えた感情に、見ないフリをして蓋をする。



「・・・僕もお嫁さんが欲しいですね~」

「それなら、私がっ」

「おっと、お嬢ちゃんは俺の嫁だろ」

「ちがうのじゃー!あにじゃではなくおいらのよめじゃ!」



一気に騒がしくなった室内にまだこの居心地のいい空間が続けばいいのに、とそれだけを願った。

これだから自分はこんな年でも独身なんだろうと思いながら。

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