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茜色に映える編み物

掲載日:2026/11/03

〇利き小説企画参加短編(主催:兎耳セツナさん)

お題【夕暮れ/マフラー/SNS】

https://www.youtube.com/watch?v=-6ZeyY4DFIw






 最近、SNSに流れてくる記事がある。


 編みかけのマフラー。


 赤と白の毛糸玉。


 写真にはいつも、編み棒と毛糸と、少しずつ長くなっていくマフラーが写っていた。





 最初は、なんとなくSNSの記事を流し見していた。

 知らない誰かが、派手なマフラーを編んでいるだけの話だった。


 僕、加津弥浦《かず・みうら》が時々流れてくるその記事を気になり始めたのは、写真の隅に見覚えのある鉄棒が映り込んでからだ。


 錆止め塗装のくすんだ青色の鉄棒。


 最近は、老朽化だの安全性だので、公園から遊具がどんどん消えている。

 僕の知る限り、この近所であんな鉄棒が残っている公園は一つしかなかった。


 次の写真で、確信した。


 夕暮れに、編みかけのマフラーが置かれた木製のベンチ。

 背もたれの右端に、斜めに走った大きな傷。


 小学生の頃の僕が、自転車でアクロバットを気取って突っ込んだ時についた傷だった。


 それは兄の伊央太《いおた》に無断で借りた自転車で、近所では珍しいマウンテンバイク。


 誰かがベンチに傷をつけたところを見ていたのだろう。


 翌日、何も知らない兄は、僕の代わりに親父に大目玉を食っていた。


 本当に悪いことをしたと思っている。





 僕は、ほんの気まぐれで、その公園へ行ってみた。


 正解だった。


 ベンチに人が座って編み物をしていたのだ。


 僕の心臓の鼓動が速くなった。


 その人は、見間違えもしない、設楽羽沙美《したら・うさみ》さんだった。


 近所に住んでいる、僕の三つ年上、高校三年生のお姉さんだ。


 僕が小さかった頃からお世話になっていた面倒見のいいご近所さんだった。


 そして、僕がずっと憧れている人だ。


 その羽沙美お姉さんは、近づいていく僕には気づく様子もなく、ただ一心不乱に編み棒を動かしていたのだ。


 羽沙美お姉さんに声をかけ損ねた僕は、隣のベンチにゆっくりと腰かけた。


 視界の端で様子を窺うと、やはり彼女の膝の上には、写真より出来上がっていたあの赤白のマフラーがある。


 誰のために編んでいるんだろう。


 自分かな?


 家族かな?


 それとも――


 そこから先を考えると、胸のあたりがキュンと締め付けられた。


 いたたまれなくなった僕は、羽沙美お姉さんに声をかけずにその場を立ち去った。





 それでも、翌朝になると、僕はあの公園へ足を運んだ。


 その日の夕方も。


 次の日の朝も、夕方も。


 何もせず隣のベンチに座っているのは不自然だと考えて、普段なら絶対に読まないような分厚い小説を持っていくことにしたのだ。


 羽沙美お姉さんの隣のベンチ。


 離れた側に座って気づかぬ振りで。


 分厚い本を、時々めくった。


 僕の目は、ほとんど本のページを見ていなかった。


 ひたすらに視界の端に意識を集中していた。


 せわしなく動く編み棒。


 時々揺れるマフラー。


 何かいけないことをしているような後ろめたさと、妙な高揚感が僕の背中を走ることもあった。



 そうして、ある日のこと。


「あら? 弥浦《みうら》くん、この前も見かけたような?」


 心臓が跳ね上がって、口から飛び出したかと思った。


「最近、よくいるよね」


「ああ……うん」


 僕はとっさに言い訳をでっち上げた。


「兄ちゃんが受験でさ。めっちゃ神経質なんだよ。家だと集中できないんだ」


 兄の伊央太《いおた》は、そのとき高校二年生だった。


 大学を受けるにしても受験は一年くらい先だ。


 むしろ中学三年生の僕の方が受験だというのに。


 悪いな、兄ちゃん……許せ。


「そうなんだ。大変ね」


「まあね」


 羽沙美お姉さんは、僕の嘘を疑いもしなかった。


 喉奥に残った一抹の罪悪感。





 その日から、公園へ行く理由ができた。


 話題は他愛もないことばかり。


 寒いね、とか。


 その本、面白い? とか。


 学校はどう? とか。


 でも、羽沙美お姉さんのマフラーが誰のためなのかは、聞く勇気が出せなかった。





 そうして、クリスマスが翌週に近づいた冬の夕方のこと。


「やったー。間に合ったー!」


 羽沙美お姉さんが出来上がった赤白ボーダーのマフラーを高く掲げた。


「良かったね」


 実は完成まで見届けていたことを、おくびにも出さずに僕は言った。


「うん!」


 羽沙美お姉さんは、本当に嬉しそうに笑った。


「じゃあね、弥浦《みうら》くん」


「うん。また」


 羽沙美お姉さんは、僕に手を振るとマフラーを大事そうに抱えて帰っていった。


 僕はその背中を見送るしかなかった






 SNSに載せられていたあの記事の舞台。


 思い出の公園に、僕は久しぶりに足を踏み入れた。


 すっかり塗装が剥げて、錆びた鉄棒。


 鉄棒のほかは、滑り台も、ブランコも消えた公園。


 ――あれから、ずいぶん時間が経ったものだ。


 その鉄棒も、今年度中には撤去されるらしい。


 僕はふと思いついて、鉄棒を握った。


 ほんの軽い気持ちだった。


 昔は簡単だった逆上がりなら、なんとかなるだろう。


 地面を蹴って、腹を鉄棒へ寄せ――


 回り切れず、尻から地面へ落ちた。


「うおっ……痛っってぇ」


 したたかに打った尻をさするが、痛みがなかなか引かない。


 尻もちをついたままの僕のすぐ傍で、聞き慣れた笑い声がした。


 僕は差し出された手を取った。


 羽沙美だった。


 彼女が抱えたバスケットには、赤白の、複雑なフェアアイル模様のマフラーが入っていた。


 もうすぐ、クリスマスだ。


「あなた、帰ってたの? あらやだ、もう夕方じゃない」


 僕は尻についた砂を払いながら答えた。


「ただいま。羽沙美」





  《終わり》








【自己解説】


 ざっくり言うと『勇気の物語』です。


 回想では、現在の主人公が「あの頃はあんな感じだったな」と

 勇気を出せなかった頃を回想しながら公園に向かっています。

 回想の先の時代で勇気を出した主人公は、愛を手に入れたのです。


 ……自分で解説するもんじゃねえな。





【お題の回収について】


 そのまま拾うのも芸がないな、といつもの悪い癖で、

 少年期と青年期、それぞれの時代で反復させました。


《SNS》

 少年期、公園に向かう動機(なんとなく)。

 青年期、公園に向かう動機(なつかしんで)。


《マフラー》

 少年期、羽沙美が編む赤白のボーダー柄。

 青年期、羽沙美が編む赤白のフェアアイル模様(※)。


《夕暮れ》

 二つの時代の公園を重ねる時間帯。


(※)イギリス・スコットランドのフェア島発祥のめっちゃ複雑な編み柄。

   多色で細かな幾何学模様を段ごとに組み合わせて水平に配置するのが特徴。

   「愛がなければ完成しない」と言われる上級者向けの柄です。

   昔々に挑戦しましたが、

   クリスマスに全く間に合わず、レッグウォーマーに切り替えた。





【余談】


 18歳の羽沙美が誰のためにマフラーを編んでいたのか。


 片想い?

 両想い?

 家族用?

 自分用?


 この不明そのものが、中三の弥浦の苦しさ。


 どれでも美しい。


 読んだ人によってその順位は変わるけど、それはその人に任せたい。


 少年だった弥浦は、誰のためのマフラーなのかを聞けなかった。

 でも、その先のどこかの段階で、勇気を出した。


 《冒頭に戻る↑》

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― 新着の感想 ―
お話に対して直接の感想になっておらず申し訳ありませんが、ボーダーを編んでいた女の子が、フェアアイルを編むに至っているところに、ときめきというか感動というか…、十代の娘さんが一過性的に手を出してたんじゃ…
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