ハッピーエンドのその後で
もし戻れるのなら私はどの時代に戻りたいのだろう。
時折そんな無意味な考えを書類を読む中でふと窓の外を見て思ってしまう。
過去に想いを馳せて、遠く聞こえる子供の声に耳を澄ませる。
―――――――
10歳の年も終わり頃、婚約者として紹介されたリスターを見て私はとある作品の生まれ変わったことを自覚した。
白絹のような真っ白な長い髪、琥珀のような瞳、美しい凛とした王国のアストロメリアといずれ例えられることになる社交界の花の一人、アンジェリカ・スパルド。スパルド公爵家の一人娘で、亡き母に生き写しの彼女は父親から溺愛され、嫁に出すのではなく婿を迎えるためによい男を探していた。
そして見つけたのがリスター。リスター・ロバルド。スパルドとは遠い親戚にあたる子爵家の四男で、才覚がある男だった。
そのリスターを父親は引き取り、アンジェリカの夫とするべく婚約と同時に家に滞在させる契約を結んだ。
それが。
恋と魔法の花嫁という乙女ゲームに出てくる攻略対象、リスターと、リスターのストーリーを進めると出てきて恋敵になる婚約者アンジェリカの婚約の流れと理由だった。
「あ…あ…あなた…」
喉が引きつって、ふっと意識が遠のく。アンジェリカは過保護に育てられたからか随分と気弱だった。
「アンジェリカ!?」
「え?」
そう、私はアンジェリカとして産まれてしまっていたようだ。
焦るお父様と困惑するリスターの声を聞きながら気絶した。頭を打って記憶を消してしまえれば楽だったのに……。
気絶になれた使用人たちとは異なり、お父様はいつも死ぬんではないかと心配し叫ぶ。いつものことなのでそっとしておいてほしいとも思うけど。
「………ん…?」
ぼんやりと目を覚ましていつも通りベッドのなかで天井を見る。
「あの…大丈夫…ですか?アンジェリカ嬢」
「!?」
ガバっと思わず起き上がりクッションをギュッと抱きしめる。
「だ、だれ…?!」
聞き慣れない声に怯えたがすぐに顔色を悪くした。リスターが気まずそうに私を見ていた。まだ婚約も結んでないのに私室に案内されている、それがもうこの婚約は決まっているのだと私に拒否権がないことを悟った。
ポロポロと泣き出す私にリスターがそっとハンカチを目元に当ててくれる。
「そんなに僕との婚約がいや…?」
「でももう決まってるじゃない」
「でも公爵様はアンジェリカ嬢の言葉なら受け入れてくれるよ…僕と違ってアンジェリカ嬢は必要とされてるから」
唇を噛んでいた私はそのセリフで目を見開き顔をリスターに向ける。
「…、あ。ごめんなさい…配慮が足りなかったわね、あなたが嫌いなわけじゃないの、そうじゃなくて、驚いてしまって」
リスターだって私と会うのは初めてで婚約を急に言われて困惑しているに決まっている。ましてや上位貴族の申し出をリスターが断れるはずがない、私と同じなはずだ。
「君、不思議な人だね」
心底不思議そうにまばたきをして私を見るその目になんだか恥ずかしくなって布団のなかに隠れてしまう。
顔がいい、とても。声もいい、とても。
あぁどうしよう、少し話しても私のことを気遣い、それでいて不服なことがあったとしてもしゃんと立っていられる彼が魅力的に見えてしまう。今世でまともに男性と関わってこなかった反動なのかしら。
ちらりと布団から顔を出して覗き見れば、まばたきをぱちぱちとして私を見ている。
「どこか痛い?苦しかったりする?お医者様を呼んでこようか?」
矢継ぎ早にかけられる優しい言葉にときめく胸はどうしょうもなく“ちょろい”。やはり運命は変えられないのかもしれない。それでもできることはあるはずだ、少なくとも婚約者との関係は良くはできるはず。
……初対面から失敗はしているけれど。
それでもリスターのことを私は大切に思って大切に大切に関係を育んだ、時折嫉妬で泣いたこともある、でもその度にリスターは気づいて抱きしめてくれた。
「アンジェリカ、君ほど僕を思ってくれる人はいないよ、そして僕ほど君を愛するものもいないだろうね、心配などしなくていいんだ、もしそれでも泣きたくなったなら僕を呼んでくれないかい」
成長して背が伸びて互いに男女を意識しだしても私たちはいつも一緒に笑いあって、時には照れて、友人たちがあきれたように見ても二人で顔を見合わせて、それでも好意を隠さなかった。
私は悪役令嬢なんかじゃない、だって私は私だから、そうやってリスターの隣に立ち続け、お父様もリスターを実の息子のように扱い、私たちは学園を卒業後そのまま入籍をした。
「驚いたよ、卒業する前に招待状が届いたとき二度見したんだぞ」
呆れたようにしながらも私たちを祝福してくれる笑みを浮かべるエルド皇太子殿下。
「でも予想通りだったなとも笑っていたのよ?アンジェとリスターのことですもの、早いだろうとは思っていましたし」
エルド皇太子殿下の婚約者、セフィーリア様。
「むしろ一番に結婚するのはお前ら以外いないよなって裏で賭けたりもしてたんだぜ?まぁお前ら以外に賭ける奴がいなくて意味なかったけど」
伯爵家の跡継ぎであり、リスターの親友のガザ様。
仲のいい面々にそう口々に声をかけられドレスとタキシード姿の私たちははにかんで、礼を返した。
「来てくれてありがとうございます、本当に来てくれてうれしいわ」
「そうそう、アンジェリカが絶対一番に書くはこの3人って…」
「リスター!!」
顔を真っ赤にしてリスターをみあげるとリスターは意地悪そうに笑って、すぐに髪をぐしゃぐしゃにするのも気にせず撫でてくる。2度目に名前を呼ぶとやっと謝って、慌てた侍女たちが私の髪を直しにとんでくる。
幸せだった、本当に。だって大好きな人と大好きな人たちに囲まれて結婚するんだもの、たくさん祝福されて、ああ、これがハッピーエンド何だなって、私はやりきったんだなって思っていたの。
ーーーー思っていたのよ。
戦争が始まるまでは。
「アンジェリカ、いい?ちゃんとご飯を食べてしっかり休んで、仕事は義父上がしてくださるから」
「リスター、わかってる、ねぇそれよりもちゃんと帰ってきてね」
心配でたまらないとお互いの顔にきっと書いてある。玄関で人目も憚らず抱き合い、使用人たちが涙ながらに立っている。
エルド様とセフィーリア様が結婚なさった翌年、私は妊娠していて、セフィーリア様と共に妊娠生活をしっかりと送っていた。
エルド様が戦場に立つことが決まり、その周りを固めるためにリスターとガザ様が共に向かう事となった。
私はエルド様の計らいでセフィーリア様と共に王城で過ごす許可を与えられることとなり、屋敷は引退したお父様が面倒を見てくれることとなる。
「リスター、リスター…」
行かないでと言ったらきっと困るから、何回も名前を呼ぶ、お願い死なないで、無事に帰ってきて、そうじゃなきゃ生きていける気がしない。
「アンジェリカ、帰ってくるよ、ちゃんと勝ってくる。どうせエルド様の側近として付き添うだけだ、後方の後方だよ、大丈夫だから、体を大事にね」
「あなたこそ…」
抱きしめられその腕の中で泣きながらお別れをし、別々の馬車に乗る。その姿が見えなくなるまで私は小窓から見つめることしかできなかった。
ーーーーー戦争が終わったのは半年後、出産日が近づく中で、終戦の知らせが届き、セフィーリア様と抱き合い泣きあった。
城で3人を待つ。
一番最初に帰ってきたのはガザ様、疲れ切ったような顔で帰ってきて私を見ると泣きそうに顔をゆがめる。
どうしてだろう、喜ばしいことのはずなのに。
次に帰ってきたのはエルド様。セフィーリア様と抱き合い無事を確かめ合っていて、私はリスターの帰りを今か今かと待ち、門をじっと見つめてソワソワとしていた。
話したいことがたくさんあった。手紙すら送れぬ戦地で、どんな生活をしていたか聞きたかったし、何よりその体を抱きしめて、抱きしめ返してほしかった。
ーーーなのに。
「………アンジェリカ」
ガザ様が私を呼ぶ。
エルド様がセフィーリア様に何かを囁き、こちらに向かってくる。セフィーリア様は絶句して固まっていて。
エルド様がようやっと口を開く。
「リスターが、戦死した」
ひっと悲鳴がこぼれたのかもしれない、いや、息が止まる音だったのかも。だって彼がいなければ私はもう生きてけぬほど愛してしまっていたから。
それでもそれでもと、震える唇で言葉を紡ぐ。否定してほしくて嫌な冗談だと聞かせてほしくて。
「そんなはず、ありません、きっとすぐにでも」
「アンジェリカ」
「だって…だって!!帰ってくるって約束して!子供だってもうすぐ生まれるのに」
「アンジェリカ…」
エルド様が私の名前を呼ぶ。私が呼んでほしいのはあなたじゃない、リスターなのに。どこにもリスターがいないの。どこにもリスターの声がしないの。どこにもリスターの笑顔がないの。
「だって、二人だって無事で」
よく見たら2人は擦り傷だらけでガザ様に至っては左足を引きずっている。当て木をしていることから折れているのかもしれない。
「……後方の方に奇襲があったんだ、ガザとリスターが軍を率いて戦った、私も戦ったが、リスターは…私に向かってきた魔法をかわりに受けて…」
へたり込む。力がはいらない。立ち方が分からない。ねぇどうしてリスター。
約束したじゃない、帰ってくるって。
リスターは一度だって約束破ったことなんてないじゃない。
どうして、どうして。
「いやぁぁぁぁあああ!!」
どうしてあなたがここにいないの。
遠くでガザ様とエルド様が唖然としてすぐに周りに指示を出し、セフィーリア様に抱きしめられる。
「アンジェ…アンジェ…」
セフィーリア様の肩に顔を押し付け慟哭を上げながら、私は立つことができなかった、けれど時間はまってくれなくて、つよいストレスからか破水が始まってしまった。
「おなか、いたい…っ」
慌ただしいのがさらに大きくなり、意識を失う寸前リスターの顔を見た気がする。優しそうに笑って私を抱きしめるときの顔だった。
ーーーーーそれから
半日をかけて子供を産み落とした。子供は男の子だった。リスターによく似た顔で私の瞳の色と髪の色をした、赤ちゃん。
ぼんやりとその子を抱きしめて、リスターの遺体に会いに行った。魔法で凍らされた彼はひやりとしていて、頬に触れると固かった。
柔らかくて、温かいリスターはもうどこにもいない。
優しく微笑んで抱きしめて名前を呼ぶリスターもどこにもいない。
腕の中で言葉も発せぬ赤子をリスターのそばに寝かせてやる。長くはいれない。けれど、最後なのだ、このあと彼は埋葬される。だからせめて。
自分の子すら抱けず、見れず去ってしまった彼の傍に。
「アンジェ…」
セフィーリア様が私の肩を支えてくれる、セフィーリア様も出産が近いというのに私を気遣って申し訳なかった。それでもすやすやと眠る私たちの子と二度と目覚めぬリスターの顔が悲しいほどよく似ていて、涙の止め方すら、私は思い出せなかった。
実家に帰るとお父様に抱き絞められた、二人で泣いた、お母様に続き、大切な人を亡くした苦しみを二人で分かち合い、生まれた子…エムリスを抱きしめた。
最初はエムリスに構う暇がなくベッドから起き上がれぬ日が長く続いた。歩くのを覚えたとき、私のそばにやってきて抱っこをせがんできたとき、私ははじめて間違いに気づいた。
「あぁ…エムリスごめんなさい」
抱き上げてギュッと抱きしめて、エムリスに謝る。リスターはもういない、けれど私はこの子のために立たなければならない。いつまでも過去にすがっていて、大切なこの子まで失ってしまったらどうすればいいの。
私には再婚の話が何度も上がっている。理由は単純でお父様は既に年配。なのにお父様に頼り切りだからだ。領地の管理も何もかも。
私ができぬのなら人を探す、簡単で単純で、当たり前。けれど。
けれど私はリスターだけしか愛せない。彼を忘れることなんてできやしない。
「お父様」
「アンジェリカ!」
3歳になったエムリスを抱きしめたままお父様に会いに行くと、シワの増えたお父様が笑顔で迎えてくれる。
エムリスを抱きしめ頬擦りするのにエムリスが楽しそうに笑う。私ができない間、そうしてくれていたのだろう。
「お父様、私に領地のことを教えてください、領主として必要なことをすべて私に教えてほしいのです」
「アンジェリカ…」
お父様が唖然と私を見る、それでも私はしなきゃいけない。
付け入る隙なんて与えない。だって私はこの子の母で、亡くなったとしてもリスターだけの妻だ。
「アンジェ!」
久々にエムリスを連れて王城に向かう。セフィーリア様がエムリスの翌月に生んだ子供を連れてやってくる。
「ぼく、えむりす」
「わたくし、りたりあ」
子どもたちは自然とあいさつをしてじっと見つめ合っている。
この子達も私とリスターのようになることがあるのだろうか、もしあってもなくてもかまわない。私はただこの子を守り、育てるだけだから。




