第3部 後半
視察最終日の朝、片山さんはみんなの前で頭を下げた。
「みんな、この三日間視察対応で忙しい中、俺のことで心配かけて申し訳ない。本来なら自分で解決すべき問題なのに。」
その言葉に、三津谷さんがすぐ返した。
「何を言ってるんですか、片山さん。僕たちはチームなんですから、心配するのは当たり前ですよ。それに周りが部下ばかりだからって気を遣わないで、なんでも言ってくださいよ。」
篠田さんも、
「そうですよ。片山さんが一人で抱え込む必要なんてないんです。これからは、もっと私たちを頼ってください。」
と続けた。
内田さんは相変わらずの調子で、
「そうそう。俺なんかしょっちゅうみんなに頼ってますからね。」
と言って、少しだけ空気を軽くした。
そのあと私は片山さんに向き合って、関空時代のことを聞いてしまったと謝った。
片山さんは、驚いたような顔をした後で、静かに言った。
「謝ることじゃないさ。その話を知ったところで、俺がやったことは変わらない。」
そして、少しだけ自分のことを話してくれた。
「あの時、俺の指示ミスが原因で大きな事故を引き起こしかけた。それが悔しくて、今でも忘れられない。」
そこへ坂本さんが入ってきて、言った。
「片山、そろそろいい加減、自分を責めるのはやめたらどうだ?」
その直後だった。
緊急の連絡が飛び込んだ。
「片山さん、シンガポール発のSAA624便がバードストライクを受けて、片方のエンジンが停止。緊急着陸を要請しています。」
一瞬で、空気が変わった。
過去も葛藤も、全部を後ろに置いて、私たちは現場に戻った。
緊急着陸を要請してきたのは、シンガポール発、乗員乗客206人を乗せたサウスアジア航空624便。機体はエアバスA350。最終進入態勢に入る直前にバードストライクを受け、左エンジンが停止していた。
機内では、機長の アンソニー・ラウ と副操縦士の ジョン・ダグラス が、冷静に機体を立て直していた。
片山さんは、ためらいなく指示した。
「34Rを緊急着陸用に確保する!他の滑走路を使って通常運航の便を再調整しろ。」
坂本さんにも直接声をかけた。
「坂本、お前も協力してほしい。出来るか?」
坂本さんは笑った。
「一緒に働いていた頃を思い出せ。昔の勘はまだ残っているさ。」
さらに杉浦さんも前に出た。
「片山さん、緊急車両の配置と手配は私がやります。滑走路の安全確保を優先します。」
レーダールームでは三津谷さんたちが優先順位を組み替え、到着便と離陸便を調整し、私は片山さんの隣で状況を見守った。
そして最終進入。
片山さんの声は、どこまでも落ち着いていた。
「SAA624、こちら東京タワー。滑走路34Rに緊急着陸を許可する。北西からの風10ノット、横風に注意してください。」
「了解。滑走路34Rに緊急着陸します。」
けれど接地寸前、ウインドシアが発生した。
機体は右へ流れ、停止した直後に右エンジンから炎が上がった。
「右エンジン、火災発生!」
片山さんは即座に叫んだ。
「全緊急車両、滑走路34Rに急行せよ。右エンジンに火災発生!」
機内ではラウ機長とダグラス副操縦士、そして客室乗務員たちが懸命に避難誘導を行っていた。
「こちら機長です。直ちに脱出せよ。」
炎の中、乗客たちはスライドで次々に機外へ出ていった。
すべての乗客の避難が完了した時、私は心の底から安堵した。
無線で杉浦さんの声が届く。
「片山さん、全員無事に避難できました。」
私は思わず言った。
「片山さん、良かったです。」
片山さんは短く、
「よし」
と答えただけだった。けれど、その一言の中に、どれだけの思いが込められていたのか、私は少しだけわかった気がした。
火災はその後もしばらく続いた。
テレビでは事故が大きく報じられ、空港全体が混乱した。
それでも私たちは残る便の遅延処理を続け、夜遅くまで空を支え続けた。
ようやく鎮火し、すべての業務が終わったあと、坂本さんは片山さんに言った。
「火災は完全に治まったみたいだ。さすがだな、片山。見事な指揮だったぞ。」
片山さんは肩をすくめて、
「まだ終わっていない。他の便の遅延処理が残っている。」
と返した。
本当に、片山さんらしい返答だった。
その夜、ようやく一息ついた管制塔で、坂本さんはまた片山さんに向き直った。
「なあ片山、そろそろ関空時代のことをみんなにきちんと話してもいいんじゃないか?」
静まり返る部屋の中で、私たちは誰も目を逸らさなかった。
そして片山さんは、深いため息のあとに言った。
「…そうだな。」
それが、すべての始まりだった。
片山さんは、十七年前の関西国際空港でのことを、自分の口で語り始めた。
「17年前の8月、お盆休みの日だった。空港はとても混雑していた。到着便に遅延が発生し、出発便も次々と…誘導路にも長蛇の列ができていた。あの時、俺は坂本と一緒に管制業務をしていた。そして当時主幹管制官だった榎田さんが全体の指揮を執っていた。」
そして、続けた。
「その時、到着した航空機に誤った指示を出してしまった。滑走路を逸れる指示を与えるべきところを、出発準備を進めていた別の航空機とルートが重なる指示を送ってしまったんだ。」
結果は、ニアミス。
大惨事にはならなかったけれど、それは確かに、空の現場で絶対に起きてはいけない一歩手前の出来事だった。
片山さんは、その日榎田さんに厳しく叱責され、大分空港への異動が決まったのだと話した。
でも、その時坂本さんが割って入った。
「片山、それは全部じゃない。話していない部分があるだろ。」
私は思わず息をのんだ。
坂本さんは、はっきり言った。
「確かに片山が指示を出したけど、その指示は元々榎田さんが下した判断だったんだ。あの時、榎田さんが出発機のスケジュールを優先させるようにと片山に命令してきたんだよ。そして、その判断が結果的にニアミスを招いた。」
つまり、片山さんは一人で罪を背負っていた。
上司の判断ミスがあったにもかかわらず、自分が最後に指示を出したという一点だけを抱えて、17年も。
私はたまらず聞いた。
「片山さん、それをどうして今まで誰にも話さなかったんですか?」
片山さんは、静かに答えた。
「自分が指示を出したという事実は変わらないからだ。それに、俺には管制官としての責任があった。その責任を他の誰かに押し付けたくはなかった。」
その言葉を聞いた時、私は苦しかった。
尊敬していた人が、こんなふうに一人で自分を責め続けていたなんて。
でも同時に、片山さんらしいとも思ってしまった。
だからこそ、みんなで言葉を返した。
鈴木さんは、
「自分も大分で一緒に働いていた時に気づいていればよかったです。片山さん、これからは何かあればちゃんと相談してくださいね。僕たち、いつでも力になりますから。」
と笑顔で言った。
篠田さんは真剣に、
「片山さんの過去に何があっても、今の片山さんは私たちにとって、ほんとにすごい管制官です。何かあったらみんなで解決していきましょうよ、私たちチームなんですから。」
と言った。
私は、まっすぐに片山さんへ向き直った。
「片山さんがいるから私たちも頑張れるんです。これからも一緒に空港を守っていきたいです。」
あの時の片山さんの顔を、私は忘れない。
長い長い間、閉じたままだった扉が、少しだけ開いたような顔だった。
その夜遅く、片山さんは一人で管制塔の上階から夜の空港を見下ろしていた。
そこへ私と鈴木さんが行き、三人でカップラーメンを食べた。
「片山さん、三人でラーメンでもどうですか?こんな時間だし。」
「お前は相変わらずだな。」
ラーメンの湯気の向こうで、片山さんは少しだけ笑っていた。
そして、こんなことを言った。
「大分にいた頃も、夜遅くなったときは、よくこうやって鈴木とラーメンを食べたな。」
その声は、どこか懐かしくて、柔らかかった。
私は思わず言った。
「こんなこと言うのは変かもしれないけど、片山さんのことを知れて、なんだか嬉しかったです。」
片山さんは少し照れながら、
「そうか、それなら俺も話した甲斐があったよ。」
と答えてくれた。
その時、私は本当に思った。
片山さんは、ようやく一人じゃなくなったのだと。
翌朝。
焼けたSAA624便の残骸は、まだC滑走路の端に残っていた。
空港には前夜の緊張がまだわずかに漂っていたけれど、朝のミーティングでは、佐藤部長が私たちをねぎらってくれた。
「おはよう、みんな。改めて昨日の緊急着陸の対応、本当にご苦労だった。みんな、見事な連携だったよ。磯村空港長からも高い評価を受けた。」
そこへ坂本さんも現れて、航空局でも私たちの対応が高く評価されていると伝えてくれた。
その流れで内田さんが言った。
「それじゃあ、視察終了と昨日の緊急着陸の成功を祝って、みんなで飲みに行きませんか?」
いつもの片山さんなら、絶対に断る。
誰もがそう思っていた。
けれど、その時片山さんは、少しだけ照れた顔でこう言った。
「俺も…参加しようかな。」
あの瞬間の、みんなの顔といったらなかった。
内田さんは飛び上がりそうな勢いで叫んだ。
「マジですか!? 片山さん、本当に来てくれるんですか!?」
私は思わず笑ってしまった。
片山さんも少し肩をすくめて、
「まあ、たまにはこういうのも悪くないかな」
と答えた。
その夜、居酒屋「空の縁」に集まったのは、私、鈴木さん、三津谷さん、内田さん、篠田さん、佐藤部長、そして片山さんだった。
店主さんに「新人さんかい?」と聞かれて、内田さんが平然と
「そうなんですよ。2年前に来た新人でして。」
と返し、みんなで笑った。
乾杯は佐藤部長がしてくれた。
「まず、視察終了と昨日の緊急着陸の成功を改めて皆で祝いたい。そして、これまでの片山の活躍に敬意を評し、これからにも大いに期待して行きたい。このチームは素晴らしいメンバーで成り立っている。これからも皆で力を合わせて頑張ろう。乾杯!」
「乾杯!」
その夜の片山さんは、今まで見たことがないくらい、自然に笑っていた。
内田さんに絡まれて困った顔をしたり、三津谷さんにからかわれて苦笑したり、私と普通に話をしたり。
それだけのことなのに、私は嬉しかった。
「片山さん、来てくれて良かったです。」
そう言うと、片山さんは穏やかに答えた。
「まさか行きたいなんて自分から言い出すとは思わなかったけど、たまにはこういうのもいいな。」
帰り道、私は片山さんと同じ方向に歩いた。
夜風は気持ちよくて、遠くに空港の灯りが見えていた。
私は、ずっと伝えたかったことを言った。
「片山さん、私、本当に感謝しているんです。」
片山さんは驚いたように私を見た。
「最初は指示を出すのも緊張してオドオドしていた私が、片山さんと一緒に仕事をするようになって、自信を持って判断や指示を送れるようになりました。片山さんが羽田に来てくれて、本当に良かったです。」
すると片山さんは、少し照れくさそうに、でもはっきりと言ってくれた。
「真奈美、お前はこの2年でほんと成長したよ。俺にとってもすごく嬉しいことだ。」
さらに、こんなことも話してくれた。
「実は俺も羽田に来たときはすごく不安だった。15年も地方の大分にいたから、大きな空港でたくさんの便を捌けるかって。でも、そんな時お前やみんなにすごく助けられたよ。」
あの夜の私は、本当に嬉しかった。
片山さんが、自分の不安を言葉にしたことも。
私たちを、支えてくれた側じゃなく、“支えてくれた仲間”として見てくれていたことも。
そして、それから一年が流れた。
春の羽田空港に、また新しい年度がやってきた。
その日、鈴木さんは主任管制官に昇格した。
そして新しく配属されたのが、若い管制官の 濱田昴 くんだった。
「研修を終えて今日から配属になりました、濱田昴です。未熟者ですが、皆さんの指導のもと、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします。」
その姿を見た時、私は少しだけ、昔の自分を思い出した。
緊張して、でも前を向こうとしていた頃の自分を。
佐藤部長は言った。
「鈴木、お前には濱田の指導を頼みたい。主任管制官として初めての仕事だ。真奈美もサポートとして、しっかり面倒を見てやってくれ。」
私は濱田くんに笑いかけた。
「濱田くん、改めまして、山口真奈美です。これから一緒にいろいろやっていこうね。わからないことがあったら、遠慮なく聞いて。」
その言葉を口にした時、私ははっとした。
ああ、自分はもう“教わる側”だけじゃないんだ、と。
業務が始まると、濱田くんはガチガチに緊張しながら無線のやり取りを見つめていた。
私は隣で声をかける。
「濱田くん、最初はゆっくりでいいから、しっかり確認してね。」
「はい!」
その姿を少し離れたところから見ていた片山さんは、何も言わなかった。
でも夕方、私がふと
「片山さん、私も最初はこんな感じでしたよね。」
と聞くと、あの人は優しく笑って言った。
「そうだな。でも今はもう頼もしい先輩じゃないか。」
その一言が、すごく嬉しかった。
夕焼けに染まる滑走路の向こうで、飛行機は今日も空へ上がっていく。
片山さんが羽田に来て三年。
私はその隣で育てられ、そして今度は誰かを支える側になろうとしている。
鈴木さんは主任になり、濱田くんが新しく加わった。
空は変わらない。
でも、その空を守る人たちは少しずつ変わっていく。
そうやって受け継がれていくものがあるのだと、今の私は信じている。
そして私たちの物語も、まだ終わらない。
羽田の空の下で、これからもきっと続いていくのだ。
この物語は、私が羽田空港で過ごした出来事を振り返って書いたものです。
管制塔での慌ただしい日々、仲間たちとのやり取り――どれも、私にとって大切な時間だった。
じゃあ、どうして今になってこの話を語ろうと思ったのか。
理由はひとつ。
片山さんの異動が決まったからだ。
正式な発表があったのは、ほんの数日前のことだった。
それを聞いたとき、私は少しの間、言葉が出なかった。羽田に来てからの3年間、私にとって片山さんはずっと隣にいる存在だったからだ。
思い返せば、片山さんと初めて一緒に業務をした日のことを、今でもはっきり覚えている。
冷静で、的確で、そして少し近寄りがたい人。でも、その背中は誰よりも頼もしくて、私はその姿を必死に追いかけてきた。
片山さんは多くを語る人じゃない。
だけど、あの視察の3日間、そして緊急着陸の出来事を通して、私は初めてこの人が背負ってきた過去を知った。
18年前の出来事。
誰にも言わず、一人で抱え続けてきたもの。
それでも片山さんは、決して過去から逃げることなく、管制官として空に向き合い続けてきた。そして私たち後輩に、空の仕事の重さと誇りを教えてくれた。
だからこそ、私はこの話を書き残しておきたいと思った。
片山直樹という管制官が、どんな人だったのか。
どんな思いで空を守り続けてきたのか。
そして、その背中を追いかけてきた私たちが、どんな時間を共に過ごしたのか。
あと数か月で、片山さんはここを去る。
でも、あの人が私たちに残してくれたものは、きっとこれからもここにある。
空は、毎日変わる。
風も、天気も、交通量も、同じ日はひとつとしてない。
それでも私は、この空港を、この空を守り続ける。




