第2部 前編
春の羽田空港は、朝日と桜に包まれていた。
滑走路の向こうで旅客機が動き出し、地上スタッフたちが忙しなく行き交う。そんな朝のミーティングで、部長がいつもの落ち着いた声で言う。
「みんな、おはよう。」
その声を合図に、また新しい一日が始まる。
片山さんがここに来て1年、もう羽田に完全に溶け込んでいた。大分空港での15年を感じさせないどころか、この大空港の中心に最初からいたみたいに自然だった。
私が
「昨日の復習もしてきましたから、大丈夫です!」
と言うと、片山さんは小さく頷いて、
「いい心がけだな。」
とだけ言う。
それだけなのに、不思議と背筋が伸びる。
鈴木さんも、もうすっかりチームの一員だった。片山さんの後輩らしい真面目さと、柔らかい人当たりをあわせ持っていて、忙しい時ほど頼りになる。
レーダールームでは三津谷さん、内田さん、篠田さんがいつものように連携を取り、羽田の空を支えていた。もう誰か一人が欠けても成り立たない、そんなチームになっていた。
ある日、私たちの日勤チームは少し早めに業務を終えた。
いつも明るい内田さんが、珍しく沈んだ顔をしていたので、私はつい声をかけた。
「内田さん、大丈夫ですか?何かあったんですか?」
すると内田さんは深いため息をついて、ぽつりと言った。
「俺、もう生きてられないかも。」
あまりにも重い言い方に、その場にいたみんなが一瞬固まった。けれど理由を聞けば、ただ彼女に振られただけだった。
「彼女に振られたんですよ。もうやってられない…」
三津谷さんが呆れたように言う。
「また別れたのか?前に言ってた、ジムのトレーナーのみづきちゃんか?」
内田さんは首を振った。
「それは4ヶ月前に別れたやつ。カフェ店員のかすみですよ。」
その瞬間、重苦しさは全部吹き飛んで、みんな苦笑いするしかなかった。
結局、その夜はみんなで飲みに行くことになった。けれど片山さんだけは誘いを断った。
「これで飲み代の足しにしてくれ。俺は遠慮しておくよ。」
そう言って五千円を置いていく姿は、いかにも片山さんらしかった。
居酒屋での話題は自然と三津谷さんの家庭のことになった。
三津谷さんが見せてくれたスマホの画面には、娘さんの志帆ちゃんがいた。
「ほら、これが俺の娘の志帆だ。5歳になって幼稚園のお遊戯会でシンデレラをやったんだよ。」
三津谷さんの目尻は、いつもよりずっと柔らかかった。
内田さんが
「俺もそんな家庭が欲しい!羨ましいっすよ、三津谷さん!」
と大声で嘆いて、またみんなが笑った。
その夜、話題は片山さんのことにも及んだ。
けれど、誰もあの人の私生活を知らなかった。大分の後輩だった鈴木さんでさえ、
「僕も大分で一緒に働きましたけど、実はあんまり知らないんですよ。家族の話とか、大分に来る前の関空でのこととか一切しなかったし、聞いてもいつもはぐらかされるんですよね。」
と首を振った。
片山さんは、近くにいてもどこか遠い。
そんな印象が、あのころの私にはまだあった。
夏になると、羽田では世界規模のネットワーク障害の影響で混乱が起きた。海外の航空会社を中心に出発遅延や運航の乱れが広がり、私たちはその対応に追われた。
さらにその後、新たな管制運用システムの導入も決まり、業務の合間に研修や準備が進んでいった。忙しさは増したけれど、その中で私は、仕事だけでは見えない同僚たちの姿を知っていくことになる。
ある日、早めに仕事を終えた三津谷さんは、まっすぐ家に帰った。
その日のことを後で聞かせてもらった時、私は少し羨ましくなった。
川崎のマンションで迎えてくれるのは、妻の典子さんと娘の志帆ちゃん。
玄関を開けるなり飛び込んでくる小さな声。
「パパ!おかえり!」
その日、志帆ちゃんは幼稚園でスイカ割りをしたのだと嬉しそうに話したらしい。
食卓には典子さんの作った夕飯が並び、三人で夏休みの予定を相談する。
「うん!長野のおじいちゃんちで川遊びしたい!」
志帆ちゃんのその一言に、三津谷さんは笑っていたという。
羽田で冷静にレーダーを見つめるあの人に、そんな穏やかな夜があることが、私にはとても新鮮だった。
夏休み明け、三津谷さんは長野の実家へ行ったときの写真を見せてくれた。
川遊びをする志帆ちゃん、笑う典子さん、そして三津谷さんのご両親。
幸せそうにみんなに話す姿を、片山さんは少し離れたところから静かに見ていた。
同じころ、私たちは新システム導入に向けて、羽田空港の敷地内にある東京航空局のシミュレーター研修を受けた。
そこで私たちを指導してくれたのが、新システム導入を統括する担当官、永井和樹さんだった。冷静で、無駄がなく、説明も的確な人だった。
「本日の研修を担当します、東京航空局の永井です。皆さん、今回の研修では新システムの基本操作や、緊急時の対応についても学んでいただきます。」
私は真奈美なりに必死で質問をしたし、鈴木さんも
「便利になるのはいいですけど、逆に操作が複雑になりすぎたりしないんですか?」
と食い下がっていた。
片山さんはそんな私たちを見ながら、いつものように静かに全体を支えていた。
システムは変わっても、空を守るのは人間だ。あの研修の日、私はそれを改めて実感した。




