8.小鳥が8歳の養女になりました
ここは城内の洗濯場。
「ちょっと! 今度はミレーヌが急に実家に帰ったらしいよ!」
「ええ? あの子はリエル皇子殿下の部屋清掃のメイドでしょ?」
「殺人事件が起きると、リエル皇子の周りの誰か一人がいなくなるの、もう鉄則になってる。」
「誰もリエル殿下の世話したくなくなるわよ」
洗濯しながら、大声で噂する三人のメイド達。
その近くの枝には一羽の小鳥が佇んでいた。
※ ※ ※
レオンは皇室騎士団長として、現場検証に立ち会っていた。
また被害者は見知らぬ男。首を短剣で一刺しされて絶命していた。大体、これまでと同じ刺し傷。
同一人物が、たぶん刺客と思われる被害者を始末しているのだろう。鮮やかだ。また叫び声を誰も聞いていない。
ーー そして、また何も解明されない内に、皇帝が捜査を打ち切るのだろうか?
レオンはいつまでこれが続くのかと、ため息を一つついた。
現場検証が終わり、後は副団長を中心に調査を進めるよう指示した。 彼には、午後からイマーラル孤児院の視察の予定が入っているためだった。
※ ※ ※
皇后アリシアの寝室。
彼女は体調を崩し、ベッドで伏せっていた。
ベッドサイドでは、へヴァン第一皇子が母の体調を気遣っている。今は、彼女の要望で人払いし、息子と二人きり。
「忌々しい! 一体誰が邪魔してるの!」
叫び声と同時に、水の入ったグラスを投げつけて、床にその破片が散らばった。
「お母様、外に聞こえてしまいます。落ちついて下さい」
11歳のへヴァンは、飄々としている。
表情からは彼の心は読めない。
そんな彼に母はたたみかける。
「またリエルは助かったのよ? もう8人目! あの事件から2年⋯⋯あの子を亡き者にするため、母はどれだけ綿密に計画を進めてきたか⋯⋯。しかも、今回はあの小鳥が鳴き叫んで、みんなを起こしたらしいじゃない!」
「そうですね。僕も残念です」
「側妃マリアンの子に皇帝の継承権があること自体、異常なのよ! 陛下のお考えがわからない!」
「しょうがありません。父の考えまではコントロールできませんから」
「⋯⋯だから、早くリエルを消したかったのに」
落胆した声と表情。彼女にとっての喜びは、リエル皇子の死のニュース。それを自ら裏で手を引いていた。
「お母様には僕がいるじゃないですか。そんなに悲しまないで下さい」
へヴァン皇子は、やつれた表情の母を抱きしめる。
彼女は、へヴァンに子供のようにしがみつく。
「あ、あなたもリエルが死んで、皇帝の座につきたいでしょ? 母はそれだけが願いなのです」
「はい。お母様が喜ばれるなら」
アリシアはその言葉を聞き、安堵したようだ。
「少し眠くなったわ、今日はゆっくりします」
「はい、メイドにそう伝えておきますね」
へヴァンは甲斐甲斐しく母に毛布をかける。
そして、母の手を握り、眠りに落ちるまで側を離れなかった。母の寝顔を眺めながら、へヴァンは静かにつぶやく。
「いつまで、こんなばかげたことを」
ため息まじりの言葉は、諦めにも似ていた。
※ ※ ※
レオンが孤児院に到着すると、院長が出迎える。
「レオン閣下、お忙しい中、よくお越しくださいました」
「いえ、子供は東帝国の宝。ぜひ、いろんな子供に手を差し伸べたい」
「ありがとうございます。こちらへ⋯⋯」
二人で話をしていると、子供達が争っている声が聞こえる。
「なんだよ、チビッ! 生意気なんだよ!」
「新人のクセに!」
「お前、チビなんだから一日一食でいいだろう!」
最近、この孤児院に入った少女に、配給されたパンを渡すよう少年3人が脅しているようだった。
少年の一人が少女を殴ろうと距離をつめる。
「危ない!」
思わず声を上げるレオン。
しかし、少女は、その拳ををひらりと横にかわした。
「チビのくせに! じっとしてろよ!」
足で地面を蹴った瞬間、後ろに回転。
次に、少年の背丈を越えて背後にまわる。
次々と跳んでかわされ、大柄な少年3人が翻弄されていた。
まるで少女は、人間をあざ笑う鳥のようだ。
「おやめなさいっ!!」
院長が大声で少年達を制する。
彼らはレオンの存在に驚いて静かになった。
「暴力は絶対にしてはいけないよ。自分より幼い子は特に守るべきだ」
レオンは、かがんで子供達と目線を合わせながら、優しく注意した。
そして、いじめられていた少女の方に向き直る。
その時。
彼はただ一言。
「……ナ、ナーシャ? ナーシャなのか?」
全ては夢だったのだ。
ナーシャがいなくなったことも。彼女の葬儀も亡骸も全ては悪夢だったのだ。そう思えるぐらい、小さなナーシャがそこにいた。
ふわふわと巻くゆるい癖毛。
丸い輪郭、丸い瞳、膨らんだほほに小さな赤い唇。
ただ、瞳の色が違うだけだった。
少女の瞳の色は、なんとシュバルツ家特有の淡い緑色……!
院長に詳しく話を聞くと、数日前に孤児院前に捨てられた推定7~8才くらいの女の子だという。
どこから来たのか聞いても、つじつまの合わない話しかしない。
「巣から落ちて気を失ったの。親切な人間が育ててくれた。親とは、あれから会っていない」 と、少女は繰り返すだけだった。
ーー 名前さえわからない⋯⋯記憶喪失?
「院長、彼女をシュバルツ家に連れて行きます」
レオンは、その場で少女を使用人ではなく、「養女」に迎えることに、ためらいはなかった。
ナーシャに似ていることも要因ではある。
しかし、あの身のこなしはシュバルツ家の騎士として有望だと判断したためだった。
※ ※ ※
レオンを乗せた馬車が邸宅に到着。
馬車から降りる孤児の少女を見た途端、使用人達からどよめきが起こる。
「ナーシャ様? 侯爵夫人……?」
「私は幻を見ているの?」
「ナーシャ様の親戚? 聞いたことないわ」
すると、ナーシャ様の不義の子か、と疑惑をもつ声がひそかに聞こえた。
「バカを言え!」
レオンは、陰でその噂をする使用人達を一喝。
「申し訳ございません! お許しを!」
「侯爵様 、お許しくださいませ!」
使用人達は真っ青な顔をして、口々に謝罪し、頭を下げ続けた。レオンはため息をつく。
「早く持ち場に戻りなさい」
※ ※ ※
早速、少女の身なりを整えさせた。
すると、生まれながらの侯爵令嬢のような愛らしさをもつ少女になった。
念のため、レオンはシュバルツ家の女児が体にもつ紋章が、どこかにないかチェックするようメイド達に指示する。
もし、この家の直系の女児なら、体のどこかに「シュバルツ家の紋章」が刻印されて生まれてくるからだ。
しかし、やはり紋章はなかった、と報告を受けた。
レオンはかわいらしく着飾った少女に再度たずねる。
「名前は本当に覚えてないの?」
「リリ……いえ、覚えていません」
少女は慌てた様子で応えた。
「そう……じゃあ、『ナユタ』はどうかな? 東帝国では『可能性』という意味だ 。私の妻が二番目の子供につけたがってかいたからな」
(ナユタ……私の二つ目……人間の名前……)
「はい 『ナユタ』がいいです」
満面の笑みでレオンに返答する少女、ナユタ。
彼女は正式にシュバルツ家の養女となったのだ。
※ ※ ※
夕方、シュバルツ家の一人息子キリアンは父の執務室に呼ばれた。
「お父様、失礼します」
「あぁ、待ってたよ」
キリアンは、父の背後に隠れている子供に気づく。
その少女は、おどおどしながら彼に小声で挨拶した。
「こ、こんにちは ナユタです 」
「恥ずかしいのかな? これからは君のお兄さんになるキリアンだよ。 ほら、君も自己紹介しなさい、キリアン」
「……キリアン フォン シュバルツ 11歳です」
それだけ言うと、彼は自分の部屋へ急ぎ足で逃げてしまった。
「キリアン? ……なんで逃げたんだろう? 急に妹ができて恥ずかしいのかな? すまないね、ナユタ」
レオンはナユタの頭をなでながら謝罪した。
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