5.女の子しかいらない侯爵家
皇帝テオの執務室。
キリアンがリエル皇子と遊んでいる間。
レオンは皇帝テオに先日の殺人事件の調査報告をしていた。
「被害者の身元はまだ判明しません。他国の者なら、時間がもう少しかかると思われます。」
「そうだろうな。致し方ない」
「それに加えて、リエル殿下の護衛騎士の一人ナーバルが消息不明です。関連を調べています。」
レオンのその報告を受けた後、テオは少し目を伏せた。
「彼は⋯⋯北の辺境地リバルヴェに急遽赴任させた」
言葉がすぐに出ず、戸惑うレオン。
ーーなんだって? 皇帝陛下自ら急に異動命令を?
「なぜですか? 彼が何かしましたか?」
「本人の強い希望があった。それだけだ。」
「しかし」
「何か異議があるのか?」
皇帝のテオはいつもは温厚な人柄だが、急に強い命令口調に変化した。
思わず、レオンは謝罪の言葉を述べる。
「申し訳ございません。もちろん異議はございません。」
「もうこの事件の調査はここまでにしよう。他国の者となれば調査に時間もかかる。とりあえず、皆無事なのだから」
「⋯⋯それで良いのですか?」
「それで良い。君も忙しいだろう」
「かしこまりました。」
ーーまただ。皇居内の事件なのに、さっさと調査を打ち切られる。何故だ? 疑いたくないが、陛下が関わっているのか?
「ところで、キリアンは元気か?」
レオンはいつもの陛下の声色に戻り安堵する。
「はい、今もリエル殿下の部屋で、一緒に遊んでいますよ」
「そうか⋯⋯リエルと」
一瞬。
テオ皇帝が父親の顔を見せた。
「シュバルツ家の皆には、リエルが世話になっている。あまり触れたくなかったが⋯⋯ナーシャ夫人のことは気の毒だった。彼女にもリエルは世話になっていたから」
レオンは、亡きナーシャの話題が出ることは想定していた。次に問われることがわかりきっているから。
「東帝国の統率者として、言わなくてはならない。また心動かされる令嬢がいれば、再婚も考えてほしい。」
またか。
レオンは、予想通りの要望にうなだれそうになる。
「シュバルツ侯爵家の婚姻は、皇家にとっては重大な問題だ。皇家だけじゃない。教会、国民、他国⋯⋯全てに影響する。全国民がシュバルツ家に令嬢が誕生することを望んでいる」
「重々承知しておりますが、こればかりは⋯⋯私はナーシャしか」
「わかっている。時間がいるだろう。皆が心待ちにしている。よく考えてみてくれ」
テオはこの報告会議を終わらせ、レオンを退出させた。
レオンはこの話題に辟易していた。
キリアンが産まれた時は、それが男だと知ると落胆した東帝国全国民。
ナーシャが二人目をなかなか妊娠しないと、子供が授かるように様々な民間療法や祈祷を受けさせられた。
僕自身、暗に愛人を作れと脅迫も。
夫婦二人、この状況にかなり疲弊していたのは確かだ。
東帝国を建国した神。エストリニア女神。
少し恨みもした。
確かに建国以来、シュバルツ家直系の令嬢が皇后についた時代、国は安定する。
それをいつからか「エストリニア神の平定」と呼ばれるようになった。
以来、シュバルツ家は令嬢の誕生が望まれるのだ。
そして、令嬢はこの200年誕生していない。
おかげで、内戦が多発。
他国とも領土争いが絶えない。
だから、東帝国の皇帝テオがレオンに「再婚」という俗っぽい話題を出したのだ。
ーー全国民に再婚を望まれる未来なんて。僕には無理だ。キリアンが早く良い令嬢と婚姻してもらうか⋯⋯あともう一つの方法がある。しかし、それは奇跡に近い。
レオンは、これから始まるいらぬ圧力にため息をついた。
その上、ナーシャは妊娠していた可能性があったという事実。
月のものが遅れ、体調も優れなかった。
主治医が妊娠判定をする日に心臓発作で亡くなったのだ。
ーー 今となってはもう⋯⋯どうでもいい。
ナーシャが生きていれば。ナーシャさえいれば。
レオンは静かに涙した。
誰にも見られないように、足早にリエルの部屋へ向かう。
一人息子の愛しいキリアンを迎えるために。
※ ※ ※
リエル皇子の部屋に入るレオン。
すると、キリアンが駆け寄る。
「お父様! お仕事は終わったの?」
「終わったよ。リエル殿下、キリアンといつも遊んでいただいてありがとうございます」「ううん、僕もキリアンといると楽しい。またすぐ来てほしい」
「3日後、また登城しますよ」
レオンは、テーブルの上の木箱に気がついた。
ーー何か動いている。昆虫かな?
「そうだ! お父様! モモイロノトリの雛が入ってるんだよ! 見て、見て!」
キリアンは自分が育ての親のようにはしゃぐ。
中には、羽が生えそろえ出した一羽の雛。
飛ぶ練習をしているのか羽を広げている。
モモイロノトリだが、幼鳥なのでまだ羽の色は濁ったようなピンク色だ。
「殿下が育てているのですか?」
「うん、僕も生き物の命を救えたんだよ!」
その言葉を聞いて、レオンは胸が苦しくなる。
きっと彼は貴族達に『不吉第ニ皇子』と気味悪がられていることを知っている。
ーーナーシャがその異名に怒ってたかな。未来ある子供にひどいと。
レオンは亡きナーシャの分もリエル皇子を守らなければ、と決意を新たにする。
彼は10歳のリエル皇子の目線に合わせるためにしゃがみ、彼の肩に手をおいた。
「いいですか? 私がナーシャの分もあなたの味方になります。キリアンもいます。必ず何かあれば話して下さい」
リエルはレオンの優しい言葉に表情がゆがむ。
そっとリエルを抱きしめるレオン。
リエルは大きなレオンの背中に手を回し、肩を震わせ泣いた。
キリアンは、そんなリエルの背中を優しくなでる。
専属メイドのアリサは背中を向けて涙した。
そんな中、木箱の中でリリィの羽音だけが響く。
ーーもう少しであの空を自由に飛べる!! このリリィ様が巣立つわ!! 待ってて、世界!!
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