2.東帝国の不吉第ニ皇子
「ここに落ちているゴミを早く捨てなさい! 汚いわ!」
園庭を散策していたアリシア皇后は、近くにいたメイド達に指示する。側には彼女の実子へヴァン第一皇子と使用人数名が立ちつくしていた。
「はい! 申し訳ございません」
慌ててメイド達三人がゴミ袋を手にして、園庭の芝生に転がっている物体に近づく。
「こ、これは⋯⋯」
どう見ても巣から落ちた鳥の雛。
まだ産毛も生えていない。
目も開いていなかった。
それは、かろうじて呼吸をしている。
「どうしたの? 早く捨てなさい!」
皇后はイラついた様子で、少し語気を荒げて命令した。
「は、はい、ただいま!」
もたつきながら雛を回収して、ゴミ袋に入れようとするメイド達。
「お待ち下さい!」
その声に雛に触れようとした手が思わず止まる。
幼い少年の声。
それは、勇気を振り絞ったのか震えていた。
「僕が巣立ちまで育てます。だから、この雛を僕にください」
「あなたが?」
その声の主はこの東帝国リエル第ニ皇子。
榛色の瞳の少年。
「あなたに関わったらきっと即死するわね。このままでもこの雛は死ぬでしょうけど。」
アリシア皇后は義理の息子リエル皇子に冷たく言い放つ。
そして、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「ねえ? 『不吉第ニ皇子』は、一週間前ナーシャ夫人まで死なせたわよね?」
「ナーシャ」という名前を聞いたとたん、一瞬リエル皇子は怒りで顔が強張った。
しかし、彼は握り拳を作り、なんとか怒りと涙を堪える。
ここでアリシア皇后にたてついても天国のナーシャ様が悲しむだけだ、と自制する。
「僕にこの雛を下さい」
リエル皇子は真っ直ぐに皇后の目を見つめ、再度頼み込んだ。皇后は微笑みながら、小さな彼を見下ろす。
「いいでしょう。どうせ死ぬ運命の雛じゃない。あなたの不吉っぷりを証明してもらうわ」
「ちゃんと巣立ちまでは成長させてみせます」
はいはい、と皇后はこのやり取りに飽きたのか空返事をして、リエル皇子の横を通り過ぎた。
その時、皇后の後ろをついて行く義兄のへヴァン第一皇子と交わる視線。
へヴァン皇子は一切表情を変えず、彼の横を通り過ぎた。
一人残されたリエル皇子は園庭で立ち尽くす。
先程のメイド3人がリエル皇子に近づいてきた。
「リエル皇子殿下、この雛は⋯⋯いかが致しましょうか?」
「僕にちょうだい」
リエル皇子は、大事そうに小さな雛を両手で受け取った。
手の中の小さな命の灯火。
今にも消えかかっている。
「アリサに雛を温めるものを用意するよう伝えて」
「承りました」
メイド達は、バタバタとリエル皇子専属のメイドであるアリサの元へ向かった。
リエル皇子も雛を救命するため部屋へ急いだ。
※ ※ ※
東帝国シュバルツ侯爵家邸宅。
「閣下⋯⋯明日からは公務に復帰せねばなりません。少しでもお食べ下さいませ」
侯爵家当主レオン·フォン·シュバルツ。
彼は、ベッドサイドに置かれたスープに視線をうつす。
しかし、まだ夢の中で浮遊しているような感覚。
生気もなく横たわるだけの姿に、自分自身が情けなかった。
ーーこれは現実なのか? ⋯⋯私はこれからどうやって立ち上がることができるんだ⋯⋯ナーシャ⋯⋯教えてくれ、俺はどうしたらいい?
疲弊した体をベッドから起こして頭を抱えるだけで一週間。
レオンは愛する妻のナーシャを32歳という若さで失い、途方に暮れていた。
彼女は心臓が生まれつき弱かったのだ。
そして、それは突然動きを止めて、彼女の命は突然尽きてしまった。
執事と使用人も涙をこらえながら、やつれた当主を見守るしかない。
威厳と優しさで満ちた皇室騎士団長のレオン。
今は妻を亡くした廃人と化している。
「お父様」
11歳のキリアンがレオンの寝室におずおずと入ってきた。
彼はシュバルツ家直系のレオンとナーシャの一人息子。
「⋯⋯キリアン? その格好は一体⋯⋯?」
彼は髭が伸びた父レオンのベッドに近づく。
「僕⋯⋯僕が《《女の子》》になるから。お父様、どうか元気を出してください」
「キリアン⋯⋯? どうして?」
彼はシュバルツ家の嫡男として、たった一人の継承者。
11歳の彼は、同じ年頃の少女が身にまとうワンピースを着ていた。
着替えはメイド達に手伝ってもらったらしい。
手の甲には、「シュバルツ家の紋章」まで書かれていた。
これも、メイドに頼んで書いてもらったのだろう。
「ぼ、僕が女の子だったら、みんな喜ぶのでしょう? お父様も、僕が女の子になれば元気に 」
「キリアン!」
レオンは思わずキリアンを力強く抱きしめた。
それ以上、言葉を続けさせないために。
「今の私にはお前しかいないんだ。お前は女の子になりたいのか? それならそれで構わないが、違うだろ?」
「⋯⋯僕は、でも」
「お前はお前らしく生きることが、父の願いだよ」
その優しい声色の父の言葉を聞き、キリアンは彼の背中にしがみつき泣き出した。
「お父様⋯⋯! ごめんなさい、僕、僕は!」
「いいんだ、キリアンは優しい子だ。お前はずっと私から離れないでくれ」
ーーこの子が今の私が生きる理由だ。小さな体と心で私が元気になる方法を一生懸命考えたんだな。
レオンはキリアンを抱きしめる腕をゆるめた。
「悪いが、肉とパンも追加して持ってきてくれ。ここでキリアンと一緒に食べる」
「は、はい⋯⋯レオン閣下!」
メイド達は表情が明るくなり食事を取りに行く。
執事はそっと涙をぬぐった。
「キリアンの女装はもう見れないだろうから、今日はこの格好でいてほしい」
レオンはくすくす笑いながら、顔を赤くしてうつむく息子の頭を優しくなでた。
ーーキリアンは「エストニア神の平定」のためにこの格好をしたのだろう。ナーシャの葬儀で親戚達との会話でも聞いたかな。
彼はそんな推測をたてていた。
※ ※ ※
一方、リエル第ニ皇子の部屋では、雛を救命するため小さな木箱が用意された。
水筒に湯を入れ布をかぶせ、その上に雛を置いて保温する。
羽毛で体の上も覆った。
小さく体を動かす雛。生きようと必死にもがいている。
その様子をずっと見つめる幼い少年、リエル。
その側には、リエル皇子専属のメイドのアリサが見守っていた。
「アリサ、この雛は助かる?」
「殿下が精一杯のことをされましたよ。この子はそれだけでも幸せです。ゴミ袋に入れられなかったのですからね」
ーーピィッ
弱々しいが、確かに雛が鳴いた。
みるみる表情が明るくなるリエル。
「アリサ、僕も命が救えたんだ!」
皇子は、練りエサを雛のくちばしにスプーンで運ぶ。
アリサは、リエル皇子が子供らしくはしゃいでいる様子に胸をなで下ろした。
その翌日の朝。
皇居園庭には見知らぬ男の死体が転がっていた。
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