復讐を誓った俺、気づいたら猫になってた。……可愛いって撫でるな!恨みを忘れるだろうが!
俺の名はガイル。
斥候として二十年以上、戦場を駆けてきた老兵だ。
血塗れの森で敵を探り、瘴気の洞窟で罠を解除した。
何度も死線を越えた。
それは全部、仲間を守るためだった。
俺がいなければ、あいつらは百回は死んでるはずだ。
……なのに、だ。
「悪いなガイル。おっさんはもう足手まといなんだよ」
「新しい斥候も入ったしな。若くて、動きがキレッキレだ」
「今までありがとな! じゃあ、元気で!」
それだけで終わり。
笑顔で、あっさりと。
二十年の功績は、一瞬で切り捨てられた。
――許せん。
必ず復讐してやる。
そう誓って、酒をあおって床に倒れ込んだ、その夜。
俺は猫になった。
◆
「……は?」
視界が低い。
足元がふにふにしている。
尻尾が動く。
肉球。
鏡に映ったのは、黒光りする小さな黒猫だった。
「にゃああ……(マジかよ)」
どこの神の悪戯だ。
いや、あの連中の呪いかもしれん。
だが関係ねぇ。
猫だろうが復讐はできる。
爪も牙もある。
影に紛れるのは得意だ。
――やってやる。
◆
その夜。
酒場の裏路地で、奴らを見つけた。
楽しそうに笑い、杯を傾けてやがる。
怒りが沸き立つ。
今こそ――。
「ニャアアアッ!」
(死を覚悟しろ!)
勢いよく飛び出した。
……のはずだった。
「うわ、可愛い猫ちゃん!」
「おいでおいで〜!」
「ふわふわ〜! ぎゅー!」
あっさり抱き上げられた。
「ちょっ、おま、やめ……ニャー!?」
「ゴロゴロ言ってる! 懐いてるぞ!」
「ガイルより役に立つんじゃね?」
…………。
待て。
俺はガイルだ。
復讐のために――
「ほら、お腹なでなで〜」
「にゃ、にゃああ……(やめ……いやもっと……)」
――駄目だ。
気持ちよすぎて復讐どころじゃねぇ。
◆
結局その夜、宿に連れ帰られた。
人間の頃は床で寝てたのに、今は――
「一緒に寝よー!」
「布団ふかふかだぞー!」
「ほらおいで!」
三人がかりで布団に押し込まれ、抱き枕にされた。
……くっそ。
あったかい。
毛布の中はぬくぬくで、心臓の鼓動まで聞こえる。
撫でられるたびに喉が勝手にゴロゴロ鳴る。
これじゃ、まるで仲間に戻ったみたいじゃないか。
「……ニャ」
(許さねぇ……許さねぇけど……眠い……)
瞼が落ちる。
怒りが毛布に溶けていく。
◆
翌朝。
俺は復讐のため、食堂に潜り込んだ。
皿をひっかけ、奴らに恥をかかせてやるつもりだった。
だが目の前に魚を差し出されて――
「ほら、おかえり。いい猫じゃん」
セヴァンの言葉と共に、魚の匂いが鼻をくすぐる。
復讐心は、一瞬で消えた。
……仕方ないだろ。魚は美味いんだ。
◆
二日、三日。
気づけば、俺は奴らの日常に溶け込んでいた。
夜は枕元で丸くなり、昼は訓練場の見張りをする。
危険があれば鳴き声で知らせる。
「猫がいると助かるな!」
そんな言葉をかけられて、心がざわつく。
誇らしいのか、悔しいのか。
人間として必要とされなかった俺が、猫として必要とされている。
◆
ある夜、盗賊団が酒場を襲った。
リオが不手際で危うく刺されそうになる。
俺は――迷わず飛び出した。
靴紐に爪を引っかけ、盗賊を転ばせる。
その隙にリオは体勢を立て直した。
「猫が……助けてくれた?」
信じられない顔。
だが確かに、俺が役に立った。
胸が熱い。
復讐の炎とは違う、奇妙な温かさだった。
◆
日々を重ねるうちに、俺は考える。
復讐だけが全てだったはずだ。
だが今、俺は笑い声の中で眠り、必要とされている。
老いた占い師が言っていた。
「人の心を改めるには、近くで見るしかないもんさ」
もしかするとこれは、罰じゃなく試練なのかもしれない。
◆
満月の夜。
窓辺で伸びをする俺の毛が、月光に照らされる。
遠くで、仲間の笑い声がする。
「……明日こそ仕返しだ」
そう呟きながら、丸くなって眠った。
だが心のどこかで小さな声がする。
――「そのままでいいんじゃないか」
もふもふの復讐は、思ったより長い。
だが案外、悪くはない。
【完】
最後まで読んで下さりありがとうございます。
連載版も出す予定です!
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