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カリ・カネ  作者: 織部 
3/3

渋谷の国 ③

エスカレーターのシックな色合いとモダンレトロのレンガ色の組み合わせは、その釣り合わなさにどこか滑稽に感じた。

看板の少女が、今度はポスターとなりエスカレーターに並行して等間隔に連なっている。

もはや異常と言っていいほどの数なのだが、どうしてか煩わしいとは思えなかった。

俺は会ったことのない彼女にすでに惚れてしまっていたのだった。

エスカレーターの先にある円形の広場。


床の模様は造花の大国の一部であることを表したように、新宿の国の国旗があしらわれていた。

赤色の毛糸を中心として赤い糸が張り巡らされている、蜘蛛の糸を連想させるデザインとなっている。


内装はモダンレトロだが、外見は数年前から変わらない物々しい古典主義建築が全面に出た駅になっている。

北口側に大きく建てられた、歴史を感じる時計台のてっぺんには渋谷の国の国旗が掲げられていた。

背景は真っ白、中央にクマのマークが描かれている。

しかしクマのマークには顔はなく、その代わりに花のイラスト、ハートのイラスト、星のイラストが不規則な色で描かれていた。

カラフルだが、どこか不気味な印象を感じさせるデザインには色も形も、コンセプトでさえとらわれないという意味合いがあるという。


まさに近代芸術のような鮮やかさを表したこの国旗だが、国の入り口と言える駅はまるで魔法の大国を連想させる古代建築。

このチグハグさこそ渋谷の国を表している様だった。


とにかく、理屈にとらわれない国。

渋谷の国。



この世界には大国が三つある。

『アーティフィシャル・ニュー・フラワ』

通称 造花の大国

『オールドイングリッシュ・ガーデンローズ』

通称 魔法の大国

『クローズ・ウォールド・シティ』

無の大国


やけに長い名前が多いため、通称で呼ばれることが多い。

魔法の大国の歴史は古く、魔法が発展している反面花人という名の貴族階級の血統を大事にする風習から追いやられる人が少なくない。

そうした人の行き着く先に造花の大国があるという。

ある日、魔法の大国に突如として現れた魔女により作られた造花の国。

最初は小さな国だったが、彼女の絶大なカリスマ性と魔法の技術の高さより絶大な人気を誇り、やがて国は大きくなっていく。

当然魔法勢力より危険視された彼女はやがて魔法の大国から追いやられてしまう。

しかし追いやられたその先で作られた”造花の国”はやがて”造花の大国”へ。

魔法とは正反対の価値観に縛られない自由な風習が特徴の国へと変わっていった。

造花の大国の中心は新宿の国。

その他渋谷の国、ツギハギの国、秋葉原の国と存在する。


そして造花にすら見捨てられた人の行き着く大国、無の大国。


駅の出口付近に設けられた切符売り場。

まるで遊園地の待機列の様な長蛇の列だが、全て入国のための手続きのための列だった。


「貴族ですか?入国許可証は」

「話が違うじゃないか!誰でも入れるって」

「入れるのは駅までです」

「はぁ???そんなに金が全てか!」


原因としては渋谷の国が『いつでも、誰でも、どこからでも、入れる自由な国』という謳い文句でポスターや掲示板、ネットで宣伝しているからだった。

現在この国は造花の大国の中でも新しいことから入国者が少なく、入国者、住居者を探しているという状況だった。

その男は肌がまさに木肌のようにざらざらで、草木を服にしている。

また、他に並んでいる人間のほとんども近からずも遠からずといったところだった。

なんの加工もされていない、草木だけでできた服の着心地の悪さは着たことのあるものにしかわからない。

あの見た目であれば許可証があろうとなかろうと、入れたくないだけかもしれない。


108の入国許可証をみた。

ホーステールではなく腕の立つ偽造屋に作らせたものであり精度は確かなもののはずだった。


『108専用であり、駅での使用はできません』

「………」

(これ、入”館”許可証じゃないか…)


偽造屋に頼んだのも、結局ホーステールだったこともあり、彼に任せるべきではなかったと反省した。

その時、この行列(俺を含んだ)を横目にそのまま先頭まで早歩きで進む一人の男がいた。

小太りの、中年の男。

いかにもな黒のタキシードにシルクハットという上品な紳士が彼らの言い合いに割って入った。

喚いていた彼も、また小太りで中年の男。

それぞれ同じ年齢で、体型で、まるで違う。

そんな格差がどこか頭から離れなかった。

「・・・貴族の方ですね。どうぞ」


その反応により怒号が加速していく。

ましてや許可証を見せずとも見ることができたことが、この騒ぎに火に油を注いだ様だった。

このままでは埒が開かない。

だからと言って匂いを消したところでここは国の入り口、セキュリティがそこらの店に入るのとは訳が違っているはずだった。

迂闊に近づくことすら危険だった。

いよいよこの騒ぎより列から人混みになっていた。

そしてこの人混みに溺れそうになった時だった。


俺は懐から列車の中で見つけた傘とサングラスを取り出した。

屋内であるにもかかわらず、まるで炎天下の中を歩いている主婦のような上品さをイメージした。

「いや~今日は暑いですねぇ」


人一倍、声を張り上げてみる。

一同、シーンとなった。

そこでもあえて足音が鳴るように歩いた。

先ほどの駅員とは違う制服の、駅長だと思われる人物が前に出た。

「貴族ですか?身分証をください」

「いやいや、ご機嫌麗しゅう。ランプランサスさん。お日柄もいいようで」

そういい、わざとらしくもハンカチをパタパタとした。

これも街中で見た主婦の真似だった。


「どこかの御貴族様でいらっしゃいますか」

「………ええ、どうしてそれを?」

「いえ、その真っ白な服、高貴なお方でなければ着れないでしょう」

「まぁそうでしょうね。何せ高貴ですから。許可証は」

「いえいえ滅相もございません。」


「待て」


駅長と書かれた札を胸に下げた小さな男が現れた。

帽子を目まで深く被り、表情がうまく読めない。

「本当に貴族ですか?許可証をみせてもらえますか」

ぎくりとした。

「なにぶん、最近白いそのスーツを着た、あのラ・フランス様を弄んだ不届きものがいるらしいので」

しかし態度がバレないようにと、必死でハンカチをパタパタとする。

(露骨すぎたか……?)

「ん?そのハンカチは……。まさか”クリサンセマス一家”の方ですか?」

「え?……そうです」

「なるほど、その白スーツもあのバーバル製……。ご無礼のほど申し訳ございません。どうぞお通りください」

そういい、俺は人がひしめき合う中、やっとのことで駅から出ることができた。

「見なくてもよかったんですか。」

「見せ方だ。あえて見せずに見られるように動くやつは紳士かどうかに関係なく優秀なやつだ、彼は貴族で間違いない」


クリサンセマスは魔法の国でも有数の貴族一家だ。

そんな家の家紋となればその効力は国や建物、危険地域などにも入ることができるほどだ。

このたった一つの布切れを見せるだけで、出入国以外の全ての障害が突破できる。

それほどに地位というものが、この世界にとって重要となってくる。

パスポートだけでどうにかならないと考え、先ほど行列を素通りし入国した紳士からハンカチを盗んだのだ。


渋谷の国は、数ある国の中でも小さい部類に入る。

しかしそれでも昨今の人気からセキュリティーは万全だった。

それゆえに各場所の空間魔法が入り乱れ、目的地にたどり着くのに一苦労するというのも有名な話だ。


高く聳え立つビルの合間を、白線の書かれたコンクリートを踏みしめながら進む。

スマートフォンのGPS機能の示す自分のいる場所は、まるで行き場を失った蟻のようにぐるぐると回っていた。

(匂いも魔法のオーラも、人が多くて探知が難しいな。この方法しかない)


「おね〜さん。今暇?一緒にお茶しない?美味しい抹茶が飲める場所知ってるんだけど。いつでに108の行き方。教えてほしいんだけど」


そうして教えてくれた、狭くまるで迷路のような道を歩いく。

「緑の三本線の描かれた壁を右に。その後シワのある白い床を破き上に、上に上がる階段は下に」

まるで呪文のように意味のわからない説明だったが、言葉の通りに行くしかなかった。


狭い道を進み、やがて視界は開け円形で灰色の広場にたどり着く。

雰囲気から察するに、どうやらここで行き止まりらしい。

しかし広場というには、あまりに閑散としすぎていた。

ベンチもなければ植栽もなく、噴水もなく、ただ真ん中に一匹のチワワのロボットが石の台座の上に忙しなくぐるぐると暴れていた。


108の事前情報曰く、このチワワロボットこそが入り口そのものらしくあのコンクリート迷路のゴールであることに間違いはなかった。


確かに、誰もいない。

しかし人の形をした影が頻繁に、自分の横を通ってはそのチワワロボットに向かっては消えていく。

その影からの匂いは全くといっていいほどなく、しかしその影の視覚からの情報のみでも溢れ出るほどの存在感。

かつての俺に近い状態に”意図的”になり尚且つ、それを保つ高度魔法。

身分の高い魔法使いが身分を隠すためだけに使っていることが容易にわかった。

実力のある魔法使いですら、行きたくなるほどの場所。

しかし、この事実より自分にはこの先の空間の侵入の難しさを悟った。


俺はチワワロボットを押さえつけ尻尾や口の中、耳など手当たり次第に探ってみる。

ロボットには必ずある電源ボタン。

パソコンにしろスマートフォンにしろ、一度電源を落とし”再起動”すればどんなバグだって治ると相場で決まっていた。

きっとこの入り口の役割を果たす番犬だって、その再起動で扉を開けてくれるだろう。

「よーしよし。暴れるなよー。口にないなら股間あたりなら……っm、いっっってーーー!!」

チワワロボットは、股間を弄るその指を噛み切る勢いで俺の指を噛んだ。


「こんのっっ……クソ犬!!離せよコラッ」

そうして思い切り叩こうとする俺の腕に、冷たく、細い手が伸びた。

「あんまり乱暴にしちゃダメよ。この子はずっと飼い主を待っているの」

その手の主は、もう反対の手で犬を優しく撫でた。

まるで「ここがくすぐったいの?」と本当に犬を撫でるようだった。

するとみるみるうちにそのロボットは、鉄製から銅製へ、ロボットから銅像へ。

その佇まいはまさに忠犬といったところか。

犬の背後には鉄扉が現れ、やがて重厚な音を立てて開いた。

その象が立っていた台座からは一段ずつ段差が現れ、進めと言われているようだった。


「イライラしている時ほど、優しくしてあげるのよ」



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