愛しの地味眼鏡 2
魔法で錠がされた、白い壁の石造りの建物。
私の手を引く人物は、建物の入り口に立つとドアノブに手を掛け魔方陣を展開。
はぁ、もうどうにでもなれですわ。
この建物に入る資格をもつ、目の前の人物に目を細め、引きずられるように後を付いて行く私。
この後、どうなるかなんて分かりきってますわね。
あー、我が家の馬車どうしましょう。
心配してますわよね?
あ、「彼ら」が上手く伝えてくれるかしら?
でも、お父様が……恐ろしいわ。
「………入れ」
考え事をしていたら、いつのまにか目的地に着いていたようです。
手を引いていた人物は、ぶっきらぼうに部屋の扉を開くと、私を投げるように部屋へ押し込みました。
部屋の中は、本と機材が収まった棚が並び、机とソファーセットが置かれています。
「………ちょっと、乱暴ではなくて?」
全くもって理不尽ですわ。
私のせいではないのに!
「ちょっと、聞いてますの!「ミハエル」!」
ここに連れて来た人物の名を、私は少し不機嫌そうに叫びました。
そう、「彼」は私の婚約者様。
いつもと同じボサボサの頭に、瓶底眼鏡。
そして、見た目が根暗。
まぁ、実際は根暗と言ったって、お父上が長を務める魔法省にいるせいで、研究大好き人間になり、常に思考がそっちに行ってしまい自分の中に入り込んでしまうが故なのですけど。
側から見たら、何を考えているか分からない危ない人種に見えるみたいですわね。
因みに、この建物。
学園と敷地は一緒ですが、魔法省の研究棟になっています。
つまり、この部屋は彼の研究室と言う事です。
「ミーハーエールー!」
「聞いてるし、デカい声出すな!」
私の抗議の視線に、面倒くさそうな彼。
「理不尽ですわ」
「あ"?」
本当理不尽ですわ。
何故私に対してこんな態度ですの?
ちゃんと教えてありますわよね!
「貴方が不機嫌な理由は分かりますわ。でもそんなに不機嫌にならなくてもよいのではなくて?だいたい、今回私のお父様から話がいっていたでしょ?貴方にも協力を仰ぎましたわよ?」
本当にもぅ、困った婚約者様なんだから!
「それと……感情は別だ」
あ…これはマズイですわ。
「ちょっ!」
はい、えぇ、分かっていましたとも。
この超絶ヤキモチ焼きのミハエルが、黙って見てるだけなんて無理な事は。
「あっ…み、ミハエル待って!」
彼は力任せに私の腕を引き、自身の胸に囲い込みました。
「邪魔」
そして、自身がかけている瓶底眼鏡を乱暴な手つきで外し机に投げると、その手を私の頬に滑らせてきました。
「………ん」
やっぱりこうなりましたわ!
私は彼から甘く口付けを落とされ、立っているのもやっとな状態までもっていかれました。
「ミハ…エル…や」
何度も角度を変えながら、決して優しいとは言えない口付けをする彼に効果のない抗議をしてみますが、それは彼の感情を煽るだけでした。
「…リリスは誰の?」
魔力眼の力を抑える為の魔道具である瓶底眼鏡。それに邪魔をされて、普段は拝む事が出来ない紫の瞳が今は熱を帯びて私を映しています。
色気ダダ漏れですわ。
とろけるような瞳で私を見る彼。
これは…無理ですわ。
耐性のある私でも、これは無理!
「みはえるの…っん」
相変わらずの超絶美形ぶりに、私の気力がどんどん削られていきます。
「リリスは俺の…俺だけのものだ」
そんな艶めいた声と表情は卑怯ですわぁ!
魔力が高い人間は、容姿にも影響する。
つまり、膨大な魔力をもつミハエルは、誰もが見惚れる超絶美形なのです。
因みに、ミハエルはお父上の血を色濃く受け継ぎ、魔力眼まで持ち合わせて生まれてきました。
魔力眼とは、簡単に言えば「かなり視力のよい瞳」ですわね。
人の魔力を見る事の出来る不思議な瞳。魔力の流れを見ると、その人物の全てが暴かれる。
この世界の人間は誰しも魔力を持っています。
つまり、彼は嫌でも全ての人間の魔力に当てられるという事。それは、かなりの負担を強いられるそうです。
だから彼は普段魔道具でもある眼鏡をかけているのですが…。
ついでにその美麗な容姿を隠す事にも使われていますわ。
「………早く卒業してくれ」
「まだ半年ありますわ」
はぁ……ここまでミハエルが不貞腐れた理由。
まぁ、私の鞄にある「釣書」が原因ですわね。
実は今回、私は宰相でもあるお父様より「あるお話」をされていました。
それは、一部の貴族達が「私達の婚約を解消させようとしている」と言う事でした。
まぁ、公爵家同士の婚姻ですし、片や宰相家、片や魔法省のトップですもの。
貴族の派閥間でパワーバランスが崩れてしまう事を懸念した方々が動いた…と言う事ですわね。
本当、今更な行動ですわ。
今回動いていたのは、とくに第二王子派の方々みたいですわね。
なんせ、私に「第二王子の婚約者に是非!」と、釣書を持ってくるほどですもの。
いくらまだ第二王子殿下に婚約者がいないとはいえ、既に婚約者のいる私を選ぶなんてどうかしていますわ。
中立を決め込む我が家にとってはいい迷惑ですわね。
因みにミハエルの家である、フォンティーヌ公爵家は第一王子である王太子殿下についています。
ミハエルのお姉様が王太子妃なので。
つまり、フォンティーヌ家が王太子殿下の後ろ盾なのだから、ラングレー家は第二王子の後ろ盾をしたら?と言うお誘いですわ。
因みに、今回私に釣書を持ってきたのは、あの「アリアナ・メリナ伯爵令嬢」でした。
メリナ家は、第二王子派として名が知れていましたからね。
お父様より彼女の行動に注意しなさいと警告を受けていましたわ。
今日、案の定「釣書」と「第二王子殿下からの恋文」を頂きましたが。
「早くウチに来て欲しい…煩い連中が多すぎる」
「しかたありませんわ…婚姻は卒業してから。そう両家で取り決めましたでしょ?」
今回第二王子殿下までも動かれた事を、陛下と王太子殿下にお伝えするための証拠集めでしたが。
「ミハエルには嫌な気分を味合わせてしまいましたね」